第七部 第六章 第五話 創世神の願い
トシューラ女王ルルクシアの宣戦布告以降、ロウド世界の不穏な流れは止まらない。
アステ国──その行動を予測できぬ王子クラウドは、元勇者にしてイズワード領主シンを友とすることを望んだ。それが本心からの行動かは不明だが、シンがクラウドを支えると誓った時点で戦争回避という選択肢は無くなったに等しい。
シウト国内部は混乱の種を抱えている。女王クローディアは世界の為にと奔走してはいるものの、政治面でのピエトロ公爵の工作が枷となっているのは間違いない。
必然的に各小国側への支援も僅かながら遅延してしまうが、この点に於いては小国自体の努力で大きな問題には至っていないのは救いだろう。
そして、神聖国家エクレトル──。
最高指導者同士による方向性の違いにより各国との連携が最善とは言えない状況になっていた。
「ペスカーよ。我々の本分を忘れたのか?」
「貴方こそ優先すべきを履き違えていませんか?アスラバルス」
「アスラバルス……解析班の情報から魔獣アバドンは更に力を増しているのは間違いありません。ならば、エクレトルの力はそちらに向けるべきなのです」
「だが、それでは想定外の事態の際に甚大な被害を
「ですから、それでは非効率だと述べているのです」
議題は魔獣アバドン対策。アスラバルスを拘束から解放した後、二人は本来の立場として方策を練っている。
もし、この場にセルミローが居たならば……アスラバルスもペスカーも内心ではそう思っているのは明らかだった。
「ともかく、今は『至光の剣』が居るのです。アバドンは彼等に任せ我々は闘神との戦いの準備を進めるべきです」
「エクレトルのみの備えで闘神との戦いを乗り越えることは不可能だ。世界を守り団結、成長させることが道だと何故気付かぬ」
「その為に『ロウドの盾』が存在するのでしょう?彼等には必要なことは容認しているのです。人は人同士で困難に打ち勝たねば闘神には勝てません。今は天使を大事に育てる時期……その必要性に何故あなたは気付かぬのですか?」
『至光の剣』とはエクレトルに新設された脅威事例対策部隊である。
元々エクレトルは、人の世で超越となり孤立することを避けた者達の受け皿でもある。魔人化した者をペトランズ大陸で殆ど見掛けないのはこれが理由の一つでもあった。
これまでエクレトル国内で穏やかに暮らしていた実力者達。しかし、ここ最近の脅威増加……そして闘神の復活等の危機に対応する為、エクレトルは彼等への協力を求めることにした。
無論、それは飽くまで強制ではなく要請。迎えて貰い安寧な暮らしを与えられた感謝と自国の安全、そして世界の危機という現実を鑑みてその多くが快諾したのである。
部隊とは銘打ったが、実質は十六名程の少数。天使と人の混合編成による三人一組の小隊を五つに分け、残る一人が小隊の中継、兼司令塔といった構築である。しかし、災害級と思われる相手に数は意味を為さないという通例から敢えて戦力は分散されている。
因みに、彼等を【剣】と名付けたのは【ロウドの盾】に
「人と天使と分けている点が問題なのだ。我等のみで脅威に対峙できなくなったからこそ『ロウドの盾』や勇者育成……それは既に人の力を借りる必要性の表れだ」
「だからといって全てを協調すれば良いと言うものでも無いでしょう。現に各国の中には人間の負の感情による内紛さえ起きている。我々はそういったものから隔絶されているからこそ安定した神のご意思を………」
「ペスカーよ。神はもう……居らぬのだぞ……?」
「…………」
三百年前の闘神来訪により神は倒され、その継承は途絶えている。代行として大天使ティアモントが天界に座してはいるが、正式な手順を踏んでいない為に『神の座』の力を完全には使用できないのである。
代行は飽くまで代理……偉大な存在ではあるが大天使ティアモントは神そのものではないのである。
かつてティアモントは天使達にこう述べた。
『私は新たな神を据える為の礎となります。しかし、これは区切りの時でもある。純天使が地に根付き、人との融合体である法天使が多数となった今……我々天使は変わらねばなりません。自ら考え正しき道とは何かを探すのです』
その言葉を受けた天使達はそれまでとはまた違った多様性が生まれた。無論、天使の本分たる慈しみや友愛は変わらぬが自らの在り方を考える様になったのである。
中でも『至光天』は天使達の導き手である故に、より正しい道を模索しなければならなかった。至光天が三人とされているのは思考のバランスを取り是非を議論する為のこと、そして現在の様な反発を回避する意図があった。
しかし、今や至光天は二人……意見が反発した際の調停役が居ない。
だが、これもまた試練なのだとアスラバルスは考えていた。しかし、ペスカーはそこまでには思い至らない。
「ペスカー……恐らく貴公の言っていることも正しいのだ。だがそれは、これまでのエクレトルの考え方の延長だ。貴公は神の理念を守る為に同族である天使こそが大事と考えたのであろう」
「……。それの何がおかしいのですか?天使達でなければ神の意を真に理解し反映させられないのは事実。違いますか?」
この言葉にアスラバルスは小さく首を振った。
「我々天使の役割はそうだが、それは決まり事ではないのだ。神の意志は押し付けずともこの星に根付き広がって行く……自然の摂理の中にも神の想いはあり、万象の法則のように人の内に芽生える。人が意図せずともな?」
「では何故、人は未だに争いを続けているのです……その言葉は貴方の願望から来る詭弁にしか聞こえません」
「人という種はまだ幼いのだ。我々の様に初めから神の意志を感じその支えとなるように生まれた訳では無い。命の短さも理由だろう。人の精神の成長もまた時を必要とする」
だからこそ代を重ね少しづつ種が成長してゆく。長い生を与えられた天使はその導きも役割なのだ……と、アスラバルスはペスカーに伝えた。
「……。何故そう言い切れるのです?」
「私がかつて人の世を見て回ったことは知っているだろう。だからこそだ」
「私が世間知らずだとでも言いたいのですか?」
「そうではない。私とて世界の道理全てを分かっている訳では無い。だからこそ人を理解しようとした。そして分かったこともある」
「それは一体……」
「この世界には神の願いが溢れているのだ。根源たる大聖霊、そしてドラゴン、精霊、聖獣、霊獣……魔獣や魔物でさえ創世神の願いを理解した神々の産物なのだよ。そして人もまた同じ」
「……。何が言いたいのか良く分かりませんね……」
「そうだな。では、言い方を変えよう。何故、この世界には【勇者】が存在している?」
「それは……」
人の世に在り脅威から世界を救う存在である【勇者】──。富と栄光を求めるには些か無謀な立場であり、また、あまりに個人差がある存在。しかし、その本質は確かに民の救いが根源となっている。
『至光の剣』にも故郷から追われた元勇者が存在する。勇者の多くは血筋によるものであるが必ずしも勇者の子が勇者になるとは限らない。【勇者】とは飽くまで称号であり、何を以てそれを形成するのかの決まりも無い。そもそも、いつ誰がそれを呼称し始めたのかそれさえ分かっていないのである。
にも拘らず、いつの世も危機となれば必ず現れる救いの存在──現在に至るまでそれが途絶えたことは無い。
「闘神復活が迫る未曾有の危機にかつてない程の力を備えた現代の勇者達……それこそが神の願いであり人の種としての成長だとは思わぬか?」
「それは飛躍し過ぎでしょう……」
「飛躍、か……。だが、私には確信がある。そう思える存在と出逢った故にな」
「………。ライ・フェンリーヴ……ですか?」
「そうだ。我等が神の伴侶だった【竜】の生まれ変わり。【人】として育った者でありながら【大聖霊】と契約を果たし、【魔獣】を浄め【聖獣】【霊獣】とさえ打ち解ける存在。【魔物】を家族とし【精霊】を従える、【天使】の友となる者──」
「…………」
通常の人間は広大なロウド世界での繋がりに限界がある。幾つかの存在と出逢えたとしてもそれは通り過ぎるだけの間柄だろう。契約を為せる聖獣や精霊であっても基本的には単体といった者が殆どなのだ。
たとえ出逢ったとしてもそれを受け入れられるかは素養にも左右され、受け入れられてもどこかで関係性に齟齬が生まれる。恐らく、期限付きでもなければ生命さえ危ぶまれる筈だ。
「それらを意図せず、しかも当然のように受け入れられる存在──特に大聖霊さえ家族とする者が『勇者ライ・フェンリーヴ』だ」
「………」
「そして、あの者は人の世で人として世界に向き合っている。私はそこに神の願いを感じた。ペスカー……ライはロウドの星の子──【要柱】で間違いない」
この話を聞いてもペスカーはまだ納得した様子を見せない。確かにペスカーはライと親しい訳ではない。その魂がかつての友、幸運竜ウィトだとしても同じ存在ではないことを理解している故である。
「……。やはり飛躍ですね。『地孵り』は寧ろ脅威にもなる。そして【要柱】は創世神ラールの再来とも目される存在です。その様な者が『世界の敵』などと罵られることが起こるとは到底思えません」
「ペスカー……」
「この話はもう良いでしょう。今は魔獣アバドンへの対応を話し合う場。アスラバルス……もし貴方が納得しないのであれば、天使の数を割り振れば良い」
「ペスカー!」
「但し、『至光の剣』は私の発案で構築された部隊です。こちらは私の管理下にて行動して貰いますよ?」
取り付く島もないペスカーにアスラバルスは小さく嘆息する。
「……。今はそれでも良かろう……。だが、貴公が頼りにする『至光の剣』もまた人であることを忘れてはならぬぞ?彼等はエクレトルの住民ではあるが、道具ではない。無理をさせぬことだ」
「それは天使兵も同じでしょう……。言われずとも分かってます。では……」
背を向けたペスカーは振り返ることなく嚮導の間から出ていった。アスラバルスは再びの嘆息の後、自室へと向かう。
ペスカーが動いている状態で指揮系統に絡めば更なる混乱に繋がりかねない。内部分裂の不安を与えることは避けねばならぬ……それを理解しているアスラバルスは単独での行動を余儀なくされた。
そんなアスラバルスを自室前で待っていたのは天使マレスフィ……そして、もう一人若き天使。
「どうした、マレスフィ?それに、エルドナよ?」
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