第七部 第六章 第六話 発覚した暗躍
エルドナは装備開発に没頭すると開発室に籠もる傾向がある。現在シウト国のライの居城とエルドナの研究室は空間を繋いでいるので、あちら側に居ることも増えた。
そんなエルドナに闘神対策の装備や道具を開発せよと命じたのはアスラバルス自身……故にエルドナの来訪は少しばかり意外だった。
そして、マレスフィが騎士団長を務めるエクレトル星光騎士団は魔獣アバドンに対し警戒態勢の筈……。団長自ら役割を放棄しているのはあまりにも解せない。
アスラバルスは少しばかり嫌な予感がした……。
「エルドナ……開発の方は順調か?」
「開発自体は順調といえば順調ですかね〜。装備開発の方は一部を除いてラジックとカートちゃんに任せても大丈夫になりましたし、大聖霊のアムルちゃんの協力もあります。ただ、
「……何かあるのか?」
「人手が足りないのが一つの理由ですよ。魔導科学に精通する者が単純に足りないんです。本当ならルルナリアを連れていきたかったんですが……」
エルドナの部下だった天使ルルナリアはペスカーによって配置換えされてしまった。どうやら別部門担当者として引き抜かれたらしい。
「でも、それは仕方無いといえば仕方無いかなと諦めました。それより問題は『至光の剣』の装備ですよ。ペスカー様が優先させろというのでライちゃんの用意した素材を流用してしまって素材がかなり減っちゃいました」
特殊竜鱗装甲……とまではいかないが、竜鱗の装備は揃えねばならなかったとエルドナは肩を竦める。それが『至光天』の権限による命令なのは明らかだった。
「それでもライちゃんの同居人分は確保してますけどね。お友達の分までは回らなくなっちゃいましたけど……」
「うぅむ……。ライならばその辺りの容赦はしてくれるだろうが……確かに申し訳無いな」
「そうですね〜。ライちゃんなら足りない素材も直ぐに揃えてくれるとは思います。でも、忙しいみたいでシウト国にも戻って来ませんし」
エルドナとマレスフィは、実はライが拘束されていないことを知っている。故に、その気になれば連絡は可能だ。
しかし、そうしないのは現状ライの行動を阻害しないのが最善と判断した故のこと。
「まぁ、それもアムルちゃんに頼めば何とかなるとは思うんですけどね?」
「……。では、何が問題なのだ?」
「もう分かってるんじゃないですか?」
アスラバルスは深く溜息を吐いた。今の話に共通していること……いや、エクレトル内でアスラバルスの気苦労の原因となっているのは一人しかいない。
「ともかく……中で話すとしよう」
「待ってました!アスラバルス様の紅茶、美味しいんですよね〜」
「マレスフィも入るが良い。要件は恐らく同じ……なのだろう?」
「流石はアスラバルス様です」
観葉植物に囲まれた部屋の中、アスラバルスが手早く用意した紅茶の甘い香りが漂う。一息吐いた後、アスラバルスは早速要件の確認に入った。
「それで……ペスカーの何が問題なのだ?」
エルドナとマレスフィは互いを視線で確認する。先に口を開いたのはエルドナだった。
「ペスカー様って今程強引では無かったですよね?」
「うむ……。ここ最近のペスカーは少々無理を通そうとするのは確かだ。が、それはエクレトルの為と考えていた」
「何時頃から変わったと感じました?」
「そうだな……。三度目の……いや……二度目の大陸会議の後辺りか……」
アスラバルスは三度目の大陸会議の際、ペスカーに拘束された。つまり変化はそれ以前ということになる。
しかし、二度目のペトランズ大陸会議の際にペスカーは警備と司令統括の役割を担っていて外部の者とは接触していない筈だった。
ペスカーは思慮深く基本的には成り行きの限界まで口を出さない性分である。本当に必要な時には発言するが基本的には任せることを選択し、同時に自らの案は腹案として進めることが多かった。
『至光の剣』もそういった過程で生まれた組織であり、アスラバルスにも意見として通し容認を受けてから本格的な部隊編成を行った。
「……。つまり、二度目と三度目の大陸会議の間にペスカーに変化が起こったのは間違いない訳か……」
「その間にエクレトルにあったことというと、魔獣アバドンの出現対応……そして邪教討伐作戦……でしょうか?」
「もう一つ。アムド一派侵入による情報漏洩……」
この言葉にエルドナは“ムキーッ!”っと憤慨している。
「アムド一派め……次はそうはいかないわよ!?今度侵入したらケッチョンケッチョンにしてやるんだから……フフフ!」
「エ、エルドナ、落ち着いて。それで……アスラバルス様はどう思いますか?」
「う〜む……」
アムド一派の侵入の際、ペスカーが何かをされた可能性は極めて低い。現にエクレトル最高司令室には侵入されておらず最重要情報の漏洩も起こっていない。それを考えればアムド一派とペスカーの変化に因果関係があるとは思えない。
「そもそも、ペスカーが何かされたとは思えぬのだが……」
天使は生まれながらに存在特性の使用が可能なのだ。当然ながら『至光天』にもその力が備わっている。
(魔法の精神攻撃に対しては防御神具もある。それにペスカー自身も警戒すべき相手には存在特性で精神を守ることも可能な筈だ)
確かに存在特性には相性が存在する。しかも存在特性は意志の強さにも左右される……が、それでも天使の精神力を上回る相手がペスカーと接触した機会はアスラバルスの記憶には無い。
「アバドンの出現による被害を考えれば今のペスカーの行動は別段不思議ではなかろう。邪教……あれが闘神の眷族の仕業だったことが考え方を変化させたのではないか?」
「確かにそれは否定できません。ですが……」
「マレスフィ?」
「以前アムド一派に破壊されたデータをエルドナが復元してきますよね?その監視映像の中に第二回大陸会議の様子があって……少し気になるものが……」
腕輪型の端末を操作し宙空に映し出された映像。それは第二回ペトランズ大陸会議の様子……。
「……。第二回大陸会議はアバドン出現により中断だったな」
「はい。映像からも判る様に、アバドン出現の警報後に散会となっています」
当時参加していた国は五大国とされているエクレトル、シウト、トォン、アステ、トシューラと、改めて国と認識されたカジーム。国土面積からこれが現在の六大国となった会議でもある。
アバドン出現の際、各国首脳は即時帰国の選択を行ったのは賢明な判断と言えるだろう。
「この際、シウト国は神具船スピリアにて帰国。カジーム国は転移魔法神具を使用しての帰還。残るトォン、アステ、トシューラの三国はエクレトルの転移装置を使用しての帰還となっています」
「うむ。それで間違いはない筈だが……」
「見て頂きたいのはエクレトルから転移した際の様子です」
映像の場面が切り替わりエクレトル内の転移装置が映し出される。そこには各国の首脳が装置内にある魔法陣にて帰還する姿が映されていた。
初めに帰国を急いでいたトシューラ女王パイスベルとその護衛騎士団が……続いてトォン王マニシドと配下の者達が転移してゆく姿が確認できる。
「問題はこの後です……」
マレスフィの言葉でアスラバルスは映像を注視する。そこにはアステ国王子クラウドの姿が映されていた。
クラウドは帰還の前に案内の天使と握手を交わしている。しかし、直ぐに転移陣には入らず天使と会話を続けていた。
直後、天使はクラウドを残して何処かへと去って行った。しばらくして現れたのは案内役の天使……ではない。
そこに映し出されていたのはペスカーの姿……。
「これは……どういうことだ!?」
流石のアスラバルスも動揺を隠せない。思慮深い筈のペスカーが単独で、しかも危険視されているクラウドと直接会うなど考えられないのである。
アスラバルスの憤慨に気付いてもマレスフィは映像を止めない。映像の中のクラウドはしばらくペスカーと対話していた様だが、やがて握手を交わした後に転移陣の中へと姿を消した。
その後、ペスカーは何事も無いように転移装置の部屋から戻って行った……。
一見すると然程問題にならないだろう映像……だが、アスラバルスは憤怒している。普段温厚なだけにその怒りの表情はエルドナとマレスフィさえも寒気がする程だった。
「くっ……やられた……!アステ王子クラウドの危険性は事前に知らされていたというのに……」
「アスラバルス様……」
「クラウド王子の力は【魅了】。事実、ペスカーは映像の中で不可解な反応を見せた」
握手の一瞬、アスラバルスにはペスカーがほんの少しだけ身体が硬直したことが判ったのだ。
「あれは魅了された瞬間の反応だろう。まさかペスカーが他者の存在特性に飲まれるとは思っていなかった……」
「映像を提示しておいて何ですが、現在のペスカー様は自分の意志で行動している様にも見えますが……」
「恐らくクラウド王子の【魅了】は切り替えが可能なのだろう。普段は本人も気付かぬ無意識下でクラウド王子の利になるよう行動し、必要な時には魅了状態で服従させる……といったところか。故に本人も周囲の者も魅了されているとは気付かない」
至光天として永い刻を共に過ごすアスラバルスでさえペスカーの機微に違和感を感じなかった。些細な癖や仕草がそのままであり、思考や行動もその性格の範囲内……だが、先程の映像はペスカーがクラウドの手に落ちたことを明確に告げている。神聖機構内で仕掛けられたことも油断の原因だったのかもしれない。
「だが、何故この映像が報告されなかったのだ?そうすればもっと早く気付く筈が……」
この問いにはエルドナが答える。
「どうやら最初に魅了された天使の仕業の様ですね〜。あの時は魔獣アバドンの情報が優先されていた状態でしたから、監視室の映像の一つがそちらの対応に回されていても気付かなかったんでしょう」
「しかし、映像は後から再確認が入るだろう?」
エルドナの開発した疑似人格搭載型の管理機構は半日に一度神聖機構内の映像を精査している。ペスカーの単独行動も当然抽出され報告が上がって然るべきだ。
「多分ですが、ペスカー様が自ら消去したんですよ。映像消去は上位権限ですし。そのせいで最近までこの映像が見付からなかったのかと」
魔王アムドの配下フェトランが神聖機構に侵入し破壊活動が行われた際、エルドナはデータの洗い出しと管理機構の修復を行った。これによりペスカーに消されていたであろう大陸会議の映像が復元されたのはある意味皮肉である。
マレスフィは今後の為に過去の映像からトシューラの戦力や要注意人物を確認しようとしていた。その中で偶然今回の映像を見付け疑念が発覚したのは不幸中の幸い……かはまだ分からない。
「魔王アムド一派の侵入がなければ気付かなかった、か……。確かに皮肉な話だな。そうとなればペスカーを拘束せねばならぬ」
「そこが問題なんですよねぇ……。魅了されているとなると発覚は自害に繋がる可能性もありますよ?」
「くっ……」
闘神の復活、そしてペトランズの大戦が迫るこの状況でエクレトルさえも混乱に巻き込まれてしまった。だが、混乱すべき状況はアスラバルスを逆に冷静にさせた。
本当に危機的な状態ならば大天使ティアモントが黙っている筈がない。しかし、指示が無いということはこれもまた乗り越えるべき試練……。
「……。ペスカーを捕らえる方法は幾つかある。一番手早いのは時空間結界での拘束だが……その前に、最初に魅了された天使はどうした?」
「所属と身元は昨日確認済みです。まさかペスカー様が魅了されていたとは思いませんでしたけどね」
「ふむ……ならば先ずその天使を捕らえる。ペスカーに対しては少し策を講じる必要があるだろう。済まぬがエルドナ、そしてマレスフィ。今しばし力を貸してくれるか?」
「勿論ですよ。そうじゃないとオチオチ開発もできませんしね〜?チャチャっと終わらせましょう」
「フフフ。頼もしいことだ」
発覚したクラウドの暗躍……。アスラバルスは怒りを胸に秘めたまま行動を開始した。
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