第五部 第四章 第二十八話 劣等感の果てに 

「ラゴウ。ベリドって名前、聞いたこと無いか?」


 元凶たるトシューラの尖兵・イプシーの存在が明らかになった今、ライの中では一つの可能性が浮かぶ。

 イプシーの力は並みの魔術師ではないのだ。恐らくその背後には力を与えた者が居る。


「イプシーが何度か連絡を取っていた相手がそんな名だった筈だ。……。ソイツは何者だ?」

「ペトランズの魔術師……だけど、実質は魔王と言って良い。物凄く厄介な奴でね」

「お前がそこまで言うならば余程危険な奴なのだろうな……ソイツがディルナーチ大陸に現れる可能性は?」

「ラゴウ。龍の秘薬とかってイプシーに渡さなかったか?」

「済まん。渡してしまった」

「いや……それで良かったかも知れない。そうじゃないと龍自体を狙いに来る可能性がある。ベリドが求めるのは研究知識だからな」


 龍の秘薬が渡ったこと自体は望ましいことではないものの、龍そのものの命を狙われる方が危惧すべき事態。

 それを回避出来たならば悪いことではない。


「ディルナーチは魔導関連の技術がペトランズより低い。イプシーって奴も恐らくは医療と方術の知識を送る程度しかやっていないと思う。だからディルナーチは多分大丈夫。それでも、警戒だけはしておいた方が良いけどね」


 方術はどちらかと言えば守りの術。精霊術はペトランズ側にも存在し、剣術は魔術師には不要なもの。

 加えて実験を行うには、人に加担するディルナーチの龍達の結束は厄介な筈だ。


 恐らくライはベリドを超えた強さを手に入れているが、それは飽くまで『最後に見たベリドよりは』という前振りが付く。あの男は何をやらかすか想像が付かない……。


「ともかくイプシーを尋問するのが先かな……。最後の質問だ、ラゴウ。カゲノリとイプシーは何処に居る?」

「……王都の外れにある館だ。結界が張ってあるから直ぐに察知され逃げられるぞ?」

「大丈夫だよ。こっちには結界すら抜ける転移を使う大聖霊様がいるから。ね、メトラ師匠?」


 猫なのに肩を竦め首を振るメトラ。結局そう来ることはお見通しだった様だ。


「わかっとる。頼る様になっただけ遥かにマシじゃからの……が、今直ぐは行かんぞよ?」

「わかってますよ。得体が知れない相手……準備は必要ですからね」

「分かれば良い。幸い奴らもカグヤの結界の中までは見えぬじゃろう。出発は明日……共に行く者は明日申し出よ」

「だそうですから、皆さん今日は休みましょうか……。さて……それじゃラゴウ。少し話しようぜ?」

「良いだろう。カグヤ、裏庭を少し借りる」


 カグヤの了承を得た二人は魂寧殿の裏にある広場へ向かう。メトラペトラはカグヤの用意する酒を待つと言いつつ、ライに配慮し同行をしなかった。



「……話は何だ?」

「刀を抜け、ラゴウ」

「………。まだ俺を試すか?それとも今度こそ斬るか?」

「違う違う。今回は単なる手合わせだ。殺し合いじゃない」

「……わかった」


 始まったそれは、鬼気迫るものではなく互いを確かめる様な手合わせ。少しゆっくりと、力も加減した交流染みたものだ。


「お前、流派は……?」

「無い。見よう見まねの我流だ。幾つかの技はフウサイから盗んだがな……」

「成る程……お前、それでこれだけ振れるなら大したもんだよ?」

「だが、お前には及ばなかっただろう?」

「さて……今のお前ならちょっと危ないかもな。でもまあ、それは止めようぜ?」


 しばし無言で剣を振るう二人。そんな中、ライは思い立った様に切り出した。


「なぁ、ラゴウ?もしお前が嫌じゃないなら、俺と一緒にペトランズに行かないか?」

「何……?」

「いやさ……お前も気不味いかと思ってさ?ほとぼりが冷めるまでで良いから俺と行動しないかなぁ~と」

「……お前はペトランズ大陸に帰るのか?」

「最後の役割を果たしたらね……。俺って仲間が居ないからさ。どうかと思ったんだけど……」

「……有り難い話だが、俺はディルナーチに残る。罪滅ぼし……をどうやったら良いのか分からんが、俺は龍としてやるべきことをやる。カグヤにも心配を掛けたからな」

「そうか……残念」


 少しガックリと肩を落としたライ。今だ正式な仲間はニャンコ一匹……。


「仕方無い、諦めるよ……。ま、それは別としてラゴウ。お前に言いたいことがあるんだ」

「何だ……?」

「お前は別にコウガさんより劣ってる訳じゃないよ。お前の劣等感は勘違いだ」

「……。同情か?ならば不要だ」


 ラゴウに覇気はない。何処か諦めてしまっているといった感情が見て取れる。


「う~ん……一度勘違いするとそうなっちゃうのかな?俺は嘘は言ってないよ。お前、コウガさんと自分の魔力を比べて劣っていると思っただろ?……使える力の差は魔力の差だからと」

「……………」

「確かに魔力はコウガさんのが高い。だけどな、ラゴウ……?生命の気はお前の方が倍近く高い。それと魔力回復速度……ハッキリと言って反則級だ。気付かなかったか?」

「何……だと……?」

「コウガさんは全体的に高い力を持つ万能型。対してお前は生命力特化型なんだ。コウガさんの魔纏装とお前の命纏装だと、多分お前が押し勝つ」

「馬鹿な……そんな筈は無い!そんなことは……」


 驚きの余り、ラゴウは刀を手放しライの肩を掴み揺さぶる。


「何故だ!何故そう言い切れる!?」

「俺の額……目が見えるだろ?これはチャクラって言って、複数の存在特性が使える神の力の一部なんだよ。これでしっかり確認した」

「……そ、それじゃ……俺は今まで……」

「だから勘違いだよ。黒のドラゴンは突然変異なんだってメトラ師匠……大聖霊から聞いた。お前、最上位ドラゴンの力がある癖に更に生命力だけ突出してるんだ。寧ろコウガさんより才覚が高い」


 他の力はコウガの方が高いが、その差が引っくり返る程にラゴウの生命の力は高い。

 しかも魔力回復力は、ライのそれと同等以上。最大値は通常の上位龍ほど……しかし、魔力を全て使い果たす前に瞬く間に回復して行く。


 魔力が突出し応用の幅広いコウガ。加えて他者を惹き付ける魅力──そこに嫉妬していたが故にラゴウは己の目を曇らせていた。


 無いものねだりだった……それを今更ながら気付かされた様だ。


「フッフッ……ハ~ッハッハ!」


 突然笑い出すラゴウ……ガクリと膝を付き、その目からは涙が溢れている。


「……結局、俺は……本当に只のガキだった訳か……」

「今更気付いたか……。まあ、駄目な時は何をやっても上手く行かないからな。それで勘違いしたお前は、恵まれていたことに気付かなかっただけなんだよ。俺とは全然違う」

「……お前は龍よりも更に超越だろう。なのに何故、そんなことを言う……?」

「……あんまり見せたくないんだけどな。他人には言うなよ?」


 ライはラゴウの額に手を翳し自らの記憶を流し込んだ。


 それはライが旅立つよりずっと以前からのもの。ライの兄シンがアスラバルスと修行していた頃の記憶から始まる……。



 シンの修行の様子を盗み見たライは、自らも強くなる為に様々な努力を行う。肉体も魔法も必死に研鑽し努力を続けた。


 ある日、神聖機構が力ある子供を育てる計画が立ち上がる。勇者を育成し脅威に備えるというのが目的だった。

 神聖国エクレトルと協力関係にある国の子供は、一度神聖機構の検査を受け将来的な能力を測定される。

 しかし──ライに下されたのは残酷な結果。『戦いの才覚無し』というものだった……。


 対照的に妹のマーナは将来を約束され、神聖機構へと向かう。ライは諦めず修行を続けたが、結局芽は出ないままだった……。


 家族が悲しむからと絶望の表情を隠し、明るく振まいながら続けた努力。そこでようやく旅立つに足ると父から認められたのである。


 それからは激動の旅……何度も死にかけ、何度も無理を続けたライは遂に魔人化に至った。

 その後も苦行は続き、そして現在もライは力を求め続けている……。


「…………」

「恥ずかしいから黙り混むなよ……」

「お前は……本当に……」

「そうだよ。凡人の絶望から始まったんだ。救われたのは周囲の人達が居たから。導いてくれたからなんだ」

「…………」


 足掻いて足掻いて諦めず、遂に超常に至ったライ……ラゴウは己の甘さを思い知らされた。


「ラゴウ……周りをちゃんと見ろ。お前は本当に一人だったか?」

「………俺は……」


 カグヤやコウガはラゴウの力になろうとしていた。カグヤは親の様に、コウガは対等な兄弟として……。

 だがラゴウはそれを拒絶した。


 今、ラゴウはようやく全てを受け入れた……。己の甘え、歪み、短慮……罪の重さで潰されそうだった。


「腐るなよ、ラゴウ?心は間違っていたかもしれないけど、努力は間違っていないんだ。後は覚悟と意志……間違わない覚悟とやり遂げる意志だ。自分の為だけの力ほど虚しいものはない。今のお前なら解るんじゃないか?」


 ラゴウの腕を掴み引き起こしたライは、その肩に手を置いた。

 項垂れていたラゴウは、ようやく顔を上げライを見る。


「………今は……まだハッキリとは言えん。だが、道は見えた気がする」

「そっか……よし!じゃあ、最後に一つ。お前に師匠を紹介してやる。今の件が全部終わったら、そこで剣を学べ」

「……だが俺は……戦う力はもう……」

「戦う力も無ければ大事な者を守れない。だから、それに必要な力を学べ。剣技を使う龍なんてそれこそ最強になれるぞ?どうせなら、最強の守護龍になってみろ」

「最強の……守護龍……」


 目標を持つことは変わる為の切っ掛けになる。ラゴウは何かを思考し始めた様だ。


「急がなくても良いさ。とにかく明日、俺は全ての決着を付ける。その後俺が久遠国に帰る前に答えを聞かせてくれ」

「……わかった」

「それまではカグヤさん達を安心させてやれ。これで話は終わり……またな、ラゴウ」


 ライの別れの言葉が届いていないラゴウは、まだ何か思考を続けている。



 ライはラゴウの目の中に僅かな光を見た。あの光が灯ったならもう大丈夫……後はカグヤに任せれば、二度と間違うことは無い筈だ。



(それにしても、またお前かよ……ベリド。いつか決着を付けてやる)



 因縁深いベリド……明日はその尖兵たるイプシーとの対峙になる。油断は出来ない。



 そして翌日──神羅国の王位争いは、遂に結末を迎えることになる……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る