第五部 第四章 第二十七話 元凶たる者


 神羅国・寿慶山に転移したライとメトラペトラ……そしてラゴウ。それを真っ先に迎えたのはカグヤだった。


「ライ殿……」

「カグヤさん。ラゴウを殺さずに済みましたよ」

「うむ。全て見ていた。ありがとう……本当にありがとう……ライ殿……」


 泣き崩れるカグヤ……。ライはそっとその小さな身体を抱き寄せる。



 異界からロウド世界に渡った龍──その全ての龍の転生を見守ったカグヤにしてみれば、龍は皆自分の子供同然なのだろう。


 特にラゴウは昔から手間が掛かった分、尚更に可愛いのかもしれない。



 ドラゴンは同種での結束が強いとされている。氷竜がコミュニティを形成している様に、他の竜も同様に種族毎に固まって暮らす傾向が強いのだ。


 竜よりも数が少なく、また異界から来たこともあり、龍同士の場合は【龍】という種族そのものに絆があることが見受けられた。



 歪んでいたとは言え仲間には違いないラゴウの助命は、カグヤにとって心の底から喜ぶべきものだったことは間違いないだろう。


「ラゴウの罪は妾も共に背負おうと思う。赦されぬとしてもな」

「俺も手伝いますよ……あまりお役に立てないかも知れませんけど」

「いや……ライ殿にはもう充分な程に心を砕いて頂いた。この御恩……どうやって返せば良いかも解らぬ」

「そんなこと言わないで下さい。俺は大したことはしていません。ただ出来ることをやっただけですよ」


 優しい笑顔でカグヤの頭を撫でるライ……カグヤはライよりも遥かに歳上だが、何処となく嬉しそうだった。


 ライは親しくなった中で自分より幼く見える相手の頭をこうして撫でることがある。それは、妹マーナに対しての行動が身に付いたが故の無意識の行為。

 しかし、異性であるフェルミナ、エイル、トウカ、ホオズキ、そしてカグヤにとって、その行為がライの暖かさに惹かれる原因となっていることを当人は気付いていない。


「コホン。それよりカグヤよ……此奴はどうするんじゃ?」


 横たわるラゴウの額をタシタシと叩くメトラペトラ。すっかり忘れられていたラゴウは、ライの回復魔法で怪我こそ無いが戦いの疲労で眠っている。


「……忘れとったわ。誰かに運ばせねば……」 

「あ……俺がやりますから大丈夫ですよ。何処に運びますか?」

「何から何まで済まぬのぅ……。奥でライ殿のお仲間が休養を取っておる……そこで休ませるとしよう。ライ殿とメトラペトラも一緒に休んでくりゃれ」

「ワシが送ったサブロウ達のことじゃな?駆け回っていた疲弊もあったようじゃからの……アヤツらも助かったじゃろう」

「師匠……もしかして俺がラゴウを殺さないと見越して……。だから皆を寿慶山に送ったんですか?」

「いや……偶々たまたまじゃよ。結果としては正解じゃった様じゃがな」


 そう……。メトラペトラはライがラゴウを殺す可能性も考えていた……。

 それ程にホタルの記憶を見たライはラゴウへの怒りを燃やしていたのである。


 しかし、ライはラゴウの心の闇を知ることで改心の可能性を見た。

 それをライがどう感じているのか……メトラペトラには分からない部分もあるのだが、今はラゴウを救おうという様子が窺える。


 結果、メトラペトラは流れを見守ることにした……。




 そうして奥の座敷へと移動するライとメトラペトラ。再びトビやサブロウ達と合流を果たした。


「相変わらず無茶をするな、お前は……」

「え?ト、トビさん、見てたんですか?」

「カグヤ様のご配慮でな……。しかし、本当に良かったのか?」


 ラゴウを討たずとも良いのか、というトビの問い掛けにライは申し訳無さそうに微笑んだ。


「少し……ホタルさんの記憶に引っ張られ過ぎていました。ラゴウと対峙したことでそれが分かったんです。ただ……カリンさん、それとサブロウさんに申し訳なくて……」


 仇を討てなかった……。そう謝るライの背を叩いたのはサブロウだった。


「……私はラゴウを責められる生き方をしていない。気にするな」

「でも……」

「確かに赦されぬ罪もあるだろう。それでもラゴウは、償う機会を与えられぬ程の罪ではあるまい。この場合、本当に罪深いのは神羅国の現状を生んだ者達……つまりは国そのものに問題があるとも言える」


 元隠密頭の国家批判……それは少し前ならば到底考えられないことだった。


「皆、薄々は感じていた筈だ。領主による圧政、力を重視した国の姿勢、血族同士の命の駆け引き……しかも、そこに民の意思は無い。力無き領民が領主と対峙する『道理比べ』など、初めから民を抑圧するのが目的の制度でしかない」

「サブロウさん……」

「この国は……もう限界だったのだろうな。だからカリン様はその身を賭してまで王位を継ごうとした……」


 サブロウの言葉にシレンとミトも頷いている。国と民……その両方に触れる隠密だからこそ、殊更それを実感していたのかも知れない……。

 特にミトは、それ故にカゲノリの甘言に乗せられたとも言える。


「だが、ここ数日で神羅国は大きく変わった。本来敵対する久遠国からの来訪者が道を拓いてくれたのだ。感謝する……ライ殿」


 サブロウはライに平伏しようとしたが、ライは慌ててそれを止めた。


「そういうのは無しにしましょう。結局、俺は戦って何とかするばかりだった。しかも犠牲まで……」

「そんなことはない。戦いとは押し通す手段……だが、ライ殿は我々に選択する機会を与えた。それが縁を作り、各領地の変革を促した」


 シレンの配下からの報告では、現在カゲノリに恭順の意を示す諸侯は僅か二名。カリン派を除けばほぼ全てが中立へと変わったらしい。


 だが、その中立もカゲノリからの謀略を避ける為の建前。隠密からの情報が途切れたカゲノリは、恐らく現状を理解出来ていないだろうということだった。


「いや……カゲノリは気付いている。だから俺が送られたのだ……」

「ラゴウ!起きたか!」

「カグヤ……ということは、此処は寿慶山か」


 目を覚ましたラゴウはムクリと身体を起こし頭を振る。戦いの傷はライにより治療されているが、僅か四半刻では疲労まで回復はしなかった様だ。


「……どんな気分だ、ラゴウ?」

「お前のお陰で最低の気分だ。疲労、敗北、内心を見抜かれた羞恥……。だが……嫌ではない」

「そうか……」


 嫌っていた自分を受け入れた……そんな心境からか、ラゴウは憑き物が取れたような顔をしている。


「それより話の続きだ。俺の知ることは全部話してやる」

「……良いのか?」

「元々俺は自由意思で行動していた。契約などはない」

「わかったよ。聞かせてくれ」


 ラゴウは最もカゲノリの側にいた男。ほぼ全ての事情を知っているのは間違いない。


「俺がカゲノリに会ったの偶然じゃない。アイツから会いに来たんだ」


 カグヤはラゴウの側に座り回復術を施しながら問う。


「ラゴウよ……お主が居たのは確か……」

「そうだ。俺は六年前まで南の極地……氷の大地に居た。人の身で到達することはないだろう地にカゲノリはやって来た。魔術師を伴ってな」


 ラゴウは自らに劣等感を持つ故に孤独を選んだ。だからこそ南の果てに居を構え、そこで暮らしていた。


「魔術師ってのは異国の女か?」

「そうだ。ライ……お前と同じペトランズから来た者だ。名をイプシーという。かなりイカレた女だった」


 カゲノリとイプシーは最初にラゴウを仲間に引き入れたという。


「俺の中の怒りにも似た渇望を何故知っていたのかは分からん。だがカゲノリは、言葉巧みに俺の自尊心を刺激した。それからはカゲノリの側で力を貸すことになった」

「……それもイプシーって奴の能力なんだろうな。他の連中もソイツが勧誘したのか?」

「いや……後はカゲノリが顔を見せ頼むだけで加勢した。あれでも王族だから才覚や魅力は持っているのだろう。それと一番大きいのは対価だ」


 フウサイは若き肉体と力……これはラゴウがカグヤから盗んだ秘薬が使用された。

 ヒョウゴの対価は広大な敷地。自ら練り上げた技術を用い生存競争を楽しむに見合う領域が欲しかったらしい。


 そしてラゴウの対価は技術。人の編み出した剣技や剣の精製。方術、魔術などあらゆる技術を求めた。

 ラゴウは自らが劣っていないことを証明する為にそれを求めたのである。人の生殺与奪などは、実はどうでも良いことらしい。


 足りぬ故に埋めようと足掻き、あらゆるものを取り込む……ラゴウはそんな部分も自分に似ているのだなと、ライは苦笑いを隠せない。


「それで結局、カゲノリ様の願いは何だったのだ?」


 サブロウの問いに、ラゴウはしばしの間を必要とした。


「……王位……だけでないのは確かだ。カゲノリとイプシーの会話を遠巻きに聞いていたが、どうやら久遠国側の異国兵と何かを画策していたらしい」

「……久遠国の異国兵?ライ……それは……」


 トビの言葉に頷いたライ。それは飯綱領に居た兵で十中八九間違いない。


「成る程ね……となるとイプシーはトシューラ国関係者で間違いないですね。両国同時の内乱が狙いだった……ってトコかな」


 カゲノリが魔獣融合の魔導具を利用していた時点で察しは付いていたが、改めて考えればトシューラは実に周到にディルナーチの中に潜り込んでいる。

 カゲノリ自身が何を望みイプシーと結託したのかは判らないが、ディルナーチへの侵略に加担しているのだ。王族として到底まともな行動とは言い難い。


「カゲノリの計画は久遠国側の兵と連絡出来なくなったことで頓挫した」

「幾つか気になるんだけど、神羅国側にはトシューラ兵は居ないのか?」

「いない。こちらのことは全てイプシーが一人で行っている。元々イプシー自身、その姿を晒すのは稀なこと。それ程周到に姿を隠している」

「一体、何でそこまで……」

「恐らくキリノスケ様の事を警戒したのだろう」


 そう切り出したシレンは、以前キリノスケから外敵の脅威を相談されたという。嫌な気配が時折国内に現れ、消えるのだと。

 シレンも協力したが、探知に長けた隠密に探らせてもついぞ見付けられなかったそうだ。


「キリノスケ様の契約精霊は強力だからな……それに友たる銀龍が加われば一堪りもあるまい」

「だから先ずラゴウを引き入れたのか……何と周到な……」


 トビも久遠国側の騒動で警戒を強めざるを得なかったのだ。神羅国の現状は苦々しく感じているのだろう。


「疑問なのは、久遠国側と連絡取れなくなった時点で確認しなかったのかなんだけど……ラゴウに転移魔法教えたの、イプシーだろ?」

「ああ……確かにあの女は転移を使える。ライよ……あの女が久遠国の侵略を諦めたのはお前が居たからだ。イプシーは久遠国にてお前を見た。だから手を引いた。下手に接触して対峙すれば、手間を掛けた神羅国の計画がお前にバレる。それを避けたのだろう」


 ライにイプシーの存在が知られれば間違いなく介入してくる。それだけは避けたかったらしい。


「まさか、久遠国と深い縁者になったお前が神羅国側に来るとは思っていなかったのだろう。それからイプシーの計画は狂い出した。だからこそのあの魔獣融合魔導具……」

「だけど、それで俺に正体を晒した訳だな。これで俺は最後まで手を引けなくなったよ」

「……イプシーは得体が知れない。気を付けることだ」

「わかってるよ」


 転移魔法に魔獣融合魔導具、それに驚く程の隠形……並の魔術師でないことは確かだろう。


 恐らくはが絡んでいる……ライはそう感じ取っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る