第五部 第四章 第二十六話 共感


 ライに心を見透かされ憤るラゴウ。対して、ラゴウの心を見抜いたが故に生身一つで対峙することを決めたライ……。 



 それまでの対話で挑発されたと感じたラゴウは、ライに向かい龍の姿で一直線に突撃。ライはそれを素手で真っ向から迎え撃つ。


 龍の鱗はロウドの地上にて最硬を誇る。無防備で殴ろうものならば無事では済む訳がない。

 それは纏装の常時展開により肉体進化したライも同様で、当然ながら手の骨は砕け血塗れ……しかしライは、激痛などお構いなしに殴り続けた。


 砕けた手は再生するも再び砕けるの繰り返し。ライと言えど脂汗が滲み意識が駆られそうな激痛が続く。


 それでもライは自らの手を止めることはない。


 これはラゴウの心と真っ向から向かい合う機会。宣言どおりに人としての意思を見せねば、ラゴウの心を開くことなど不可能なのだ。



 そんなライの行動に驚いたのはラゴウだ。自ら傷付くことも厭わず本当に人としての身一つで挑むライの姿に、正気を疑う程だった……。


 そしてラゴウは、更に驚くことになる。


『な……何故だ!何故これ程に痛みを感じる!素手で骨が砕けるような弱者の拳が何故……』

「覚悟の違いだよ。俺はお前を殴ることで意思を伝えようとしている。だけど、お前はまだ迷っているだろ?混乱しているだろ?俺に言われたことが頭から離れないことに困惑している筈だ」

『違う!断じてそんな筈は……』

「………。なら……何でお前は泣いているんだ?」

『!?』


 黒龍の目からは大粒の涙が溢れていた……。


「お前は今まで真正面から立ち向かったことも、受け止めて貰おうとしたことも無かったんだろ?初めてこうして対峙し向かい合ったことに、どうして良いのか分からないんだ。だから泣いている……違うか?」

『………』

「ラゴウ……全部ぶつけてこいよ。怒りも悲しみも嫉妬も、罪への罪悪感も全部纏めて俺が受け止めてやる。俺の全部を使ってな?」


 ライの呼び掛けにラゴウは答えない。


 態度を変えることは出来ないという気位……それに、カゲノリに加担した自分を今更どう取り繕って良いのか判らないのだ。


「龍の一生は長いんだろ……?今吐き出さなきゃこの先で後悔し続けるぜ?」

『……貴様は何なんだ?人の癖に龍を受け止めるだと?一体何様のつもりだ?』

「何様のつもりもないさ。これは性分……生まれ付いてのお節介焼きなんだよ。それに、俺には龍だ人だは関係無い。縁が全てだ」

『縁……俺もその縁か?』

「そうだな。良縁か奇縁か……どうなるかは分からないけどな。だから、見せてみろよ」

『……良いだろう』



 この瞬間、ラゴウは全ての驕りを捨てた。


 今、目の前に居るのは人ではない……。いや、人かどうかはどうでも良い。本当に自分を受け止められるのか、それさえ分かれば他はどうでも良いとラゴウは思った。


 そうしてラゴウが選択したのは人型での対決。龍の力で押し切るよりも、今まで自分が身に付けたものをぶつけたいと心から思ったのだ。


「行くぞ、勇者!」

「来い!ラゴウ!」


 始まったのは壮絶な殴り合い。ライはラゴウが刀を使わないことに応えたのだ。


 先程までと違い全てを技に注ぐラゴウは強敵だった……。

 人の研鑽する様子から技を盗み己の為に高めたそれは、今確かなる覚悟として振るわれている。


 そして恐らく、カゲノリからは王家の格闘術を……フウサイからは『葛篭心円流』の技を幾つか伝授されていたのだろう。ここに来て戦士の風格を感じさせ始めたラゴウ……。

 ライはそれらをしかと受け止め、更には自らの技で返す。


 やがて二人の男は、純粋な手合わせをただ楽しんでいた……。




 互いの拳だけで語り合うこと実に半日……既に周囲は日暮れとなるも、アグナの結界により一帯は妙に明るく戦い続けるライとラゴウを浮かび上がらせる。

 そんな光景を寿慶山から見ていたカグヤは涙を流していた……。


「おぉ……。ライ殿は……ラゴウの頑なな心すら拾ってくれたのだな……」


 カグヤではどうあっても溶かすことが出来なかったラゴウの心……。正面から、しかも対等な目線でぶつかり合うことを選択したライだからこそ、ラゴウも遂に応えた……カグヤにはそれが本当に嬉しかった。


「全く……龍にすらも対等に向かい合うか。ドウゲン様はライがディルナーチに来ることを待っていた節があったが……これがクロウマル様の語っていた未来への兆し、なのだろうな」


 トビは自らを支えるミトの手に触れた。それは無意識の行為だが、その温もりこそが縁。やがてトビはそれを理解するだろう。


 今、この時……ライの存在特性【幸運】は縁ある者達を大きく導いている。それに気付く者はいない。



 いや───一名だけそれを理解している者が居た。



 それは遥か上空から地上を見下ろす赤い鳥……。


「これでディルナーチ大陸には幸運の連鎖が巡るだろう。一時的だろうがな」

(バベルの目指す未来……そこに至る流れは確保出来たってこと?)

「さてな……。だが、アイツが居なければディルナーチ大陸は滅んでいただろう。それはアイツの力だけが防いだ訳ではないが、 アイツが居なければそもそも始まらない話でもある」

(ふぅん……ま、ボクにはどうでもいい話かな。ただ、あのライという男……確かに面白いよ、バベル)

「ハッハッハ!その内お前も会える。そう遠くない内にな?」


 単身に声二つで会話している赤い鳥は、嬉しそうに羽ばたき月へと消えた。



 一方のライとラゴウは遂に決着に至る。


 ラゴウの拳に自らの拳を合わせたライは、押される勢いそのままに回転。裏拳でラゴウを弾き飛ばす。

 そして一気に踏み込み両手の掌底を重ねた。



 華月神鳴流・無刀 《空震掌》


 ──突貫衝撃を予備動作無しで与える技である。


「ゴハッ!」


 とうとう力尽きガクリと崩れたラゴウは、ゆっくりと落下を始める……。

 が、ライはその身体をしっかりと受け止めた。


「フン……。無茶苦茶な……奴だ……。だが……ハッハッハ。妙に気分が良い……」

「少し眠れ、ラゴウ。起きたら改めて話をしよう」

「そう……する……か……」


 戦いの決着が付くと同時にアグナは結界を解除。周囲には暗き静寂が訪れる。


『ライ……。お前は黒龍を殺そうとはしなかったな……。何故か聞いても良いか?』


 ラグナの問いにライは苦笑いで応える。


「初めは殺すつもりだったよ。でも……コイツと剣を合わせて改めて感じたんだ。コイツは昔の俺と同じだって……。なまじ龍の力を持っていたから俺と違って歪んじまったんだ……ってさ?」

『同じ?まるで別の様に見えるが……』

「いや……同じだよ。ラゴウはコウガさんに対して劣等感を持っていた。才覚溢れ人望もある兄に対する劣等感……対して不器用な自分。俺は人間として弱かったけど、理解してくれる友人が居た。でも、ラゴウには居なかった。それだけの違いなんだ」

『……そうか』


 ラゴウは決して孤独だった訳ではない。カグヤは何かとラゴウを気に掛けていた。

 しかし、それは親の慈愛とも例えるべきもの──。ラゴウに必要だったのは保護者ではなく『でぶつかり合える相手』だったのだ。


 但し、コウガとラゴウを比べる者以外でなくてはならない。故にディルナーチの龍では駄目だったことになる。


『成る程……確かに見届けさせて貰ったぞ、我が主。私はお前が契約者となってくれて良かったと思う』

「多分、それはお互い様だ。ありがとうな、アグナ」

『ハッハッハ……では、私は戻るとしよう。大聖霊様が待っているぞ、主よ?』


 そう言い残しアグナは契約紋章の中へと帰って行った。



 アグナの言葉に地上へと視線を向ければ、メトラペトラが呆れた様に溜め息を吐いているのが分かる。

 そして当然ながら、お小言が待っていた……。



「全くお主は……わざわざラゴウに合わせてボロボロになるとは……マゾかぇ?」

「し、失礼だなぁ……ラゴウには正面からぶつからないと話にもならなかったんですよ。そうしないと気位の壁が壊せなかったんです」

「……。ラゴウはどうしてそこまで歪んだのじゃ?」

「劣等感ですよ。同じ卵から生まれたにも拘わらず、コウガさんとの間で使える力に差があった。だから、それを埋めるのに必死で人間の剣技や文化を学んだんです。でもコウガさんの人望までは真似が出来ない……要は無いものねだりの子供ですよ」

「お主はそれを汲んだ訳か……よくもまあ……」

「身に覚えがありましたからね、俺にも……。俺の兄……シンは凄く優秀でした。更に妹は天才。対して俺はほぼ凡人……ラゴウの気持ちは痛いほど分かりましたよ」


 それは体験した者しか分からない挫折。ちゃんと向き合える者は割りと少ない。


「しかし……ラゴウの罪は消えぬぞよ?」

「これも縁ですよ。同じひねくれ者として罪滅ぼしの手伝いくらいしてやろうかと……」

「……全く。つくづく面倒な奴じゃな、お主は」

「そんなこと言うなよぉ、おニャンコちゃ~ん……」


 またもやムチュ~ッ!と唇を近付けるライ。当然、メトラペトラのマジ・ネコパンチ炸裂。


「うぅ……時と場合を選んだのに……」

「時と場合を選んでもワシの口付けは安くないんじゃよ」

「もぅ……ツ・ン・デ・レ・さん!」

「………。ワ、ワシは時折、お主が二重人格に感じるわ」



 黒龍ラゴウを殺さずに済んだことで、ライは内心安堵していた。


 ラゴウが歪んだ理由こそライが歩みを止めなかった理由でもある。ならば、ラゴウもやり直せる筈……ライはそう信じたかったのかも知れない。



 赦されない罪は確かにある……。だが、罪を死で償うのが当たり前の世界というのは喜ぶべき形ではない。それはライの本心でもある。



(ホタルさん、キリノスケさん……。ラゴウの罪は罪として償わせます。俺の判断を赦してくれなくても良い。これは俺のエゴだから……。でも……もし赦してくれるなら、ラゴウのこの先を見ていて下さい)



 この後ライは、メトラペトラに回収して貰っていた尾をラゴウに触れさせ回復魔法を唱える。巨大な尾は吸い込まれる様にラゴウの中に消えた。


 転移の準備を済ませたライは、メトラペトラ、そしてラゴウと共に寿慶山へ。トビ達との合流を果たす。



 この後、ラゴウの口から語られたのは王位争いを決定付ける情報。そして舞台は神羅国王都へと向かうことになる。



 首賭けの日は、残り四日というところまで迫っていた───。



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