第五部 第四章 第二十五話 勇者と黒龍


「カグヤ様!」


 神羅国・寿慶山にある金龍を祀る大社『魂寧殿』に響く声──。主であるカグヤは直ぐ様呼び掛けに反応した。


「騒々しい。一体何事だ?」

「そ、それが、中庭に人が……」

「人だと?参拝客が迷い込んだだけではないのか?」

「い、いえ……。それが、目撃した者の話では突然現れたとのことで……今、警備の者が見張っております」

「ふむ……」


 寿慶山にはカグヤの施した結界がある。通常の転移程度ならば遮るそれを越えて来た……となれば、考えられるのは大聖霊の力。


「とにかく行くぞよ?案内せい」

「はっ!」


 社の主・金龍カグヤは、幼女の姿で中庭へと向かった。


 辿り着いたそこには、確かに参拝客らしからぬ身支度の者達が四人……。


「この者らか……?」

「はい。突然鏡の中から現れました」

「鏡?」

「はい。鏡は直ぐに消えてしまいまして……」


 如意顕界法 《心移鏡》のことはメトラペトラから聞いていたカグヤ。直ぐに事情を察知した。


「わかった。下がってよいぞ」

「し、しかし、カグヤ様……」

「この者らは恐らくライ殿所縁の者よ。問題なかろう」

「勇者殿の……わかりました」


 侵入者を取り囲んでいた下仕えの龍達は、カグヤの言葉により警戒を解除。それぞれの役目へと戻って行った。


 改めて見れば怪我人も居る様子……。カグヤは直ぐに休息と治療の手配を指示。そして自らは、確認の為に来訪者との対話を試みる。


「其方らはライ殿の仲間か?」


 カグヤの問い掛けに答えたのはサブロウだった。


 この場に飛ばされた者は皆、狐に摘ままれたように呆けている。そんな中で一番落ち着いていたのがサブロウだったのだ。


「確かに我らはライ殿に所縁ある者……付かぬことをお尋ねするが、此処は一体……?」

「寿慶山の山頂の社よ。妾はこの地の主、金龍カグヤだ」

「何と!これは御無礼を……私はサブロウと申します。突然の来訪、本当に申し訳ありませぬ」

「いや……それは問題ない。どうせニャンコの仕業だろうからの。それより、事情を聞かせて貰えるか?」

「はい。実は……」


 サブロウは赤垣で起きた事態を掻い摘んで説明する……。



 突如襲来した黒龍ラゴウ。その脅威に巻き込まない様にとライが配慮し、一同はメトラペトラの力により転移させられた。

 何故、寿慶山に飛ばされたのかはサブロウにも分からないという。


(……恐らく妾に伝える為だろう。黒龍ラゴウはこれで死ぬことになる。覚悟せよ、と)


 覚悟はしているつもりだった……。しかしカグヤは、やはり諦め切れない表情を見せる。


「カグヤ様?」

「いや……済まぬ。ともかく事情は理解した。中でゆるりと休まれよ。今もてなしの準備をする」

「かたじけない」


 龍の社は聖域。サブロウ達は緊張しつつもカグヤの厚意に甘えることにした。


 サブロウ達が休息する中、カグヤは従者に一枚の大鏡を運ばせ眺めやすい位置に立て掛ける。


「この神具でライ殿の様子を見守るとしようか」

「御配慮、ありがとうございます」

「場所は赤垣領の外れだな?どれ……」



 映し出された赤垣領。森の入り口付近にてライと対峙したラゴウ……。

 二人は互いの様子を窺っている。



 ラゴウは龍化せず鎧武者の姿のまま。ご丁寧に刀まで腰に下げていた様だ。



「どうした?来ないのか?」


 刀は手にしているが構えも取らないラゴウ。余裕を見せ空いた手で挑発するように手招きをしている。


「………人間嫌いな龍が人の真似事かよ」

「フン……俺は人間全てが嫌いな訳ではない。特に文化や技術などは気に入っているぞ?例えば剣術などは強くなるには都合が良い」

「……やっぱり矛盾してるよ、お前は」

「人間のお前がそれを言うか……覇竜王を模した力でドラゴンを殺す人間の分際で」

「…………」


 覇王纏衣は覇竜王の持つ闘気を模したもの。それは人間の研鑽の結果として編み出された技法だが、それが無ければ上位ドラゴンとは到底渡り合えない。


「まぁ良い……人間を絶滅させないでやるのはそういった技法や技術が役に立つからだ。感謝して欲しいものだな」

「…………」

「どうした?怖くなったか、異国の勇者?」


 ライは盛大な溜め息を吐き刀をスラリと抜き放つ。


「最後にもう一度だ。覚悟は良いんだな、本当に?」

「あまりしつこいと嫌われるぞ?」

「わかった……」


 ライの目からスゥッと光が消える。尋常ならざる殺気……ラゴウは軽薄な笑みを消し刀を構えた。



 一足飛びで間合いに踏み込んだライ。そしてそれを迎え撃つラゴウ……二、三度斬り結んだ後、二人は再び距離を取った。


「………。貴様、本当に人間か?」

「ん?ああ……生物で言うなら、正確には人間だよ。今は半精霊体だそうだけど」

「成る程な……どうりで生意気な力を持つ訳だ。しかし、剣の腕は互角といったところか?」

「お前の剣と俺の剣が互角?本気でそう思っているのか?」

「何だと……?」


 ラゴウが再び刀を構えた途端、その刀身がパキリと折れた。


「な、何だと!……この刀は龍鱗だぞ?」

「お前の剣の腕は自分が思っている程じゃない。その程度なら俺以外の人間にも敗けるぜ?」

「ハッ!ならば試してやろう」

「………やれやれ」


 ラゴウは折れた刀の代わりに自らの鱗で再び刃を生み出すと、ライの間合いまで一気に踏み込んだ。

 しかし、その刃はライの身を掠めもしない。


 痺れを切らしたラゴウは更にもう一刀を造り出し、二刀による嵐の様な斬撃が襲い掛かる。


 だが、その刃すらも届かない。ライの刀捌きと身の熟しの前に、ラゴウは苛立ちを隠せない。


「くっ!何故当たらん!?」

「言ったろ?修練不足なんだよ。お前、剣技より龍の力のが上だと思ってるだろ?だから剣術を軽んじている」

「若造が……。この俺に説教か?」

「ただ事実を話しているだけだ。師匠も付けないから欠点の指摘もして貰えない。強い相手と手合わせしないから技術が上がらない。剣技が道具程度にしか感じていないから技に振り回される」

「そうか、よっ!」


 会話の不意を突いた攻撃もライの刃により防がれた為、ラゴウは益々苛立った。


「やっぱり理解していない。お前、人間の技術だから簡単に使えるつもりなんだろう?」

「ちっ……ぐだぐだとやかましい奴だな、貴様は」

「人間を軽んじて技を軽んじたのが今の結果だ。お前は世界の何もかもを嘗め過ぎだ」

「言ってくれるじゃねぇか……たかだか百年も生きていないガキの分際で」

「生兵法をやるくらいなら龍の力だけのが遥かにマシだ。だけどな、ラゴウ?例えお前が龍化して全力で来ても、俺には届かないぜ?」

「……その言葉、後悔させてやる」


 変化を始めたラゴウは龍の姿に……更に龍化した途端その身体は纏装に包まれた。


 最上位龍・黒龍──ラゴウは勝ち誇ったように咆哮を放つ。



 その様子を離れて見ていたメトラペトラは、ライに近付き封印の解除を促した。


「最上位龍相手じゃ。力を解放せい」

「必要ありませんよ。このままでもアイツは倒せます」

「お主、あの聖獣に力を注いだじゃろ?魔力は元の一割程しかないぞよ?」

「それで十分ですよ。まあ、見ていて下さい。それと一つお願いが……」


 耳打ちしたライの願いに、メトラペトラは盛大に呆れている。


「やれやれ……結局はそこに行き着くんじゃな、お主は。わかった。引き受けてやるぞよ?」

「流石は師匠……愛してるよグゲェ!」


 ムチュ~ッと唇を近付けるライにメトラペトラのネコフックが一発炸裂。


「………酷い」

「時と場を弁えんか!緊張感台無しじゃわ!」

「……時と場を弁えたら良いの?」

「うっ……そ、そうは言っとらんじゃろ?」

「え~?師匠のツンデレ~」

「シャーッ!!」

「い、行ってきま~す!」


 いつまでもお巫山戯しているライを威嚇したメトラペトラ。ライは脱兎の如く駆け出した。


 ライはそのまま大地を強く踏み込むと、龍化したラゴウの頭の下に潜り込み一気に蹴り上げた。

 ラゴウはまるで糸で釣り上げられた様に上昇、ライはその後を飛翔で追う。


 同時に翼神蛇アグナを召喚。念話で確認を取る。


(アグナ。結界って張れるか?)

(無論。具体的にはどうする?)

(戦いが終わるまで俺と黒龍を閉じ込めて欲しい。外に被害が出ないようにしてくれ。そしたら戻って良いよ……聖獣が見るには気分の良いものじゃないだろうから)

(いや……見届けよう。我が主の在り方、私は見てみたい)

(……わかったよ。頼む)


 アグナは具現太陽を変化させた結界を展開。巨大な光球の中にライとラゴウを閉じ込めた。


 それはその名が表すが如きもう一つの太陽。赤垣領ではさぞ騒ぎになっていることだろう。



「ちょっとばかし暑いけど、まぁ良いか。それじゃあ、ラゴウ……お前に剣術ってヤツを教えてやるよ」

『ほう……見せて貰おうか?出来るものならばな!』



 ラゴウは纏装を纏った尾で攻撃。樹齢千年の巨木の如き尾がライに迫る。


 が、次の瞬間にはラゴウの尾は綺麗に両断され落下した。


『グ、グアァァァッ!ば、馬鹿な!?覇王の気を纏っているんだぞ?』

「まず、お前は知識が足りない。覇王纏衣には更に上の技法があるんだよ。そして今お前の尻尾を両断したのは、人間の編み出した秘奥義だ」

『な、何だと……?』

「万物両断の存在特性を剣技にした《天網斬り》……お前がもし真剣に剣を学んでいたら、その程度の知識はあったかもな?』

『く……くそっ……!ならば』


 距離を取ったラゴウは雷雲と竜巻を発生させライへ放出。雷を纏った竜巻は唸りを上げライへと迫る。


 ライは無抵抗なまま竜巻に飲み込まれた。凄まじい稲光と暴風はライを蹂躙した……筈だった。



 頃合いを見計らい竜巻を解除したラゴウ。だが……そこには無傷のライの姿が……。


『馬鹿な!馬鹿な馬鹿な!』

「馬鹿はお前だ、ラゴウ。今のが覇王纏衣の最終型、黒身套──コウガさんなら使える筈だぞ?」

『お、俺がコウガに劣る?巫山戯るな!あんな、人間かぶれの奴に……』

「お前……本当に気付いてないんだな……」

『何だと……?何を言って……』

「お前はコウガさんより……いや、どの龍より人間に憧れてるんだよ。いい加減に気付け」

『そんな訳があるか!貴様!俺を虚仮にするのか!?」


 ライは刀を納め盛大な溜め息を吐く。


 ここに至るまでライはラゴウの攻撃を幾つも受けた。最初の剣技、尾による打撃、そして雷の竜巻……。


 本来の力を解放すれば、ライは有無を言わさずラゴウを圧倒出来る。わざわざ手合わせ染みたことを行ったのは、ゲンマ同様に戦いの中から本心を見抜く為である。


 ライ自身が龍の思考全てを理解出来る訳ではない。だが、深いところで何を考えているかを探るにはそれが最善だったのだ。


 結果、一つだけ理解したことがある。


「お前……何でそんなに劣等感を抱えてるんだ?」

『!?』

「お前が人を見下そうとするのは、自分より下の存在を感じて安心したいからだろ?しかも見下す筈の人間の技術にまで嫉妬しているから本気で修得出来ない……身が入らない」

『だ、黙れ!』

「特にコウガさんに対しての劣等感が酷い。お前がコウガさんと同じ格好をしているのは当て付けか?」

『黙れぇぇぇぇっ!!』


 錯乱したラゴウは火炎を撒き散らす。だが、炎はライを傷付けることなく結界に吸収された。


『ハァ……ハァ。………き、貴様に何が解る。それ程の力を持つ貴様が……仲間に信頼される貴様に、何が解るんだ!あぁ?』

「解る訳ないだろ……お前が心を隠す限り、一生誰にも解らない。だけどな?お前の周りには解ろうとした誰かが居た筈だぞ?何故、頼らなかった?何故、信用しなかったんだ?」

『そんな真似出来るか!俺は黒龍……最上位龍だぞ!」

「どうやらお前はそこから叩き直さなきゃ駄目らしいな……」


 ライは全ての力を解除した。今はただ飛翔しているだけである。


「来い。本来最弱である人間の力でお前の目を醒まさせてやる」

『……何処までも嘗めやがって。後悔させてやる』


 今度は龍の心を救う為……。


 そしてライは、【人】としてその最弱の拳を振るう……。

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