第五部 第四章 第二十四話 急襲


 新たに生まれたイタチ聖獣を抱えたライは、高速飛翔で赤垣領へと帰投を果たす。


「どうじゃった?」

「問題なく。魔導具を持っていた隠密は無事ですが放置して来ました。神羅隠密達が説得した方が良いでしょう?」


 そこでズイと歩み寄ったシレン。ライに対し握手を差し出す。


「私は神羅隠密頭シレン。御配慮、感謝致す」

「俺はライです。堅苦しいのは抜きで……」

「そうか。では、遠慮なく……神羅隠密の件、助かった。後はこちらで上手くやるとしよう」

「助かります」


 そこでトビは、先程から気になっていたことを問い質した。


「ライ……それはイタチか?一体どこから……」

「え?ああ……これは聖獣ですよ。先刻さっき生まれたばかりの」


 魔導具に宿っていた魔獣を元に生まれた聖獣。そもそも聖獣自体を滅多に目にしない一同は、驚きの声を上げる。


「契約をしておらんな?どうするつもりじゃ?」

「実は考えがあるんですが……。その前にミトさんに確認したいことが……」

「わ、私ですか……?」


 ライの超常に気付き慌てているミト。何事かとかなりの動揺ぶりだ。


「ミトさんはトビさんの腕代りになると決意した……そう聞きました。それは神羅王が決まった後も変わりませんか?」

「む、無論です。私の命はトビ殿に救われた。この命、トビ殿のもの」

「……もし久遠・神羅が和解に至れなくても?」

「その時は神羅から抜けてでもトビ殿のお傍に」

「……わかりました」


 ニコリと笑ったライは聖獣をミトに差し出した。


「コイツはトビさんの腕を奪った魔獣と同じ魔導具から生まれた。だから、あなたとも縁深い。コイツと契約して貰えませんか?」

「……し、しかし、私などが」

「あなたにもコイツにも……トビさんの力になって欲しいんです。どうかお願いします」

「………」


 迷うミト……。しかし、聖獣はライの意図を察したのかミトにすり寄った。


「お前……」

「ソイツはそれが良いと言っていますよ?後はミトさん次第だ」

「……わかりました。宜しくね?……えぇと、この子の名前は?」

「まだありません。ミトさんが付けてやって下さい」

「じゃあ……フウ。宜しくね、フウ?」


 聖獣フウは一鳴きしてミトの懐に潜り込んだ。


「それじゃ師匠……」

「お馴染みの神具贈呈タイムじゃな?」

「な、何ですか、お馴染みって……それじゃ俺が見境なしに神具配ってるみたいじゃないですか……」

「実際そうじゃろ?」

「ぐっ………ま、まぁ良いや。カゲノリから盗……回収した物を幾つか出して貰えますか?」

「良かろう」


 この場にて必要なのはシレンとミトの飛翔神具。サブロウ達との差別化はせず殆ど同じものを用意した。


「ミトさんの左籠手はトビさんのものをそのまま使って下さい。右籠手は少し特種な物を用意しました」


 一際大きな純魔石を付けた籠手。それは純辺沼原の聖獣ハクテンコウが籠っていた神具を参考に作製したもの。


「簡単に言えばそれは聖獣……フウの家です。その中に居れば聖地に移動する手間はない極小の聖地。中には聖属性魔力を蓄積しますので成長も早い筈」

「ありがとうございます。大事に致します」


 ミトの武器に関しては聖獣の力があるので嵩張る物は用意しなかった。


「シレンさんはサブロウさんと同じものですね」

「恩に着る。遠くに移動するには私は幾分歳を取り過ぎた」

「爺むさい奴だな、シレン……」

「魔人の師匠と一緒にしないで欲しいな……」

「修行が足らんのだ、修行が」

「くっ……。この修行至上主義者め……」


 隠密師弟のサブロウとシレン……何のかんのと仲が良い。


「それと、トビさんにはこれを……」


 それは金属で出来た腕。カゲノリから奪った物の中からペトランズ製の金属鎧を元に造り上げた義手だ。


「これを腕に付けると自動的に腕の分身ならぬ分肢が発生します。勿論纏装で構築したものですが、自分の腕と同様に動かせると思いますよ」

「済まんな……お前には貰ってばかりだ」

「そんなこと言わないで下さい。それと、籠手の機能以上に色々仕込みました。少しづつ慣れて下さいね」

「……まさか、また魔王がどうとか言うんじゃないだろうな?」

「フッフッフ……。『鉄腕の魔王トビ』……今日はその伝説の始まりとなるだろう!」

「…………」


 生温い表情のトビは無論、感謝の気持ちで一杯……の筈?


「……必ず……いつかこの腕を治しに来ます。約束しますから」

「何……隠密としては、この腕の方が都合が良いかもしれんさ」

「でも、きっと……それが必要なくなる日が来ますよ。その日までには必ず」

「……そうだな。待っている」


 シレンはその様子に感心頻りだった。


「本当に損得で動かぬのだな、ライ殿は……」

「最早あれは悟りの領域かも知れん。私の様な力一辺倒と違い出来ることが果てしない……そうでしょう、大聖霊様?」


 シレンの頭に着地したメトラペトラはサブロウの言葉に笑う。


「フフ。なぁに……あれは只の阿呆じゃよ?」

「ハッハッハ。しかし、それが全てではありますまい?特にライ殿は」

「まぁ……の。力は既に精霊格から大聖霊格に傾き掛けている。どういう訳か妙なところで力が足りぬがの」


 精霊格に至ると、自らの身体を精霊の様に魔力体へと変換が可能になる。

 しかし、ライにはまだその片鱗はない……。


(無意識の拒絶か、肉体への拘りか……それとも……)


 何者かの封印。大聖霊同様のそれがライにも施されている可能性……今更ながらメトラペトラはそこに思い至った。


(ライは明らかに人を越えた。故郷より旅に出た時は才覚などなかったと言っておったが、魔人化も含めて成長が異常じゃ。これは才覚無き者の行き着く領域ではなかろう)


 肉体や精神、技術などの変化はライの努力に由るもので間違いはないだろう。


 だが、能力には不可解な部分が多く見て取れる。


 使える理由が分からない分身、大聖霊の力を取り込んだ半精霊体化の形状、そして複数の存在特性……。

 シウト国に暮らしていた際、何故その片鱗すらも確認されなかったのか……メトラペトラにはどうしても理解できない。


(そう言えば昔、死にかけたと言っておったな……。そこに何かが絡んでいるのか……考えられるのは、やはり……)


 勇者バベル──メトラペトラは、バベルは邪神との戦いの後寿命で死んでいると考えていた。

 だが……もし生きているならば、現在も何処かに生き長らえている可能性はある。


 本来の『竜人』は半魔人程度の寿命。しかし、バベルは【神衣】を修得していた。


 神格化を果たした者には寿命の概念が無い。不死ではないが寿命では死なないのだ。


(バベルよ……お主はライに何をさせようとしておる?)



 そんなメトラペトラの考察は突如、破られることになる。


「メトラ師匠!皆を転移させて下さい!」


 突如響くライの叫び声……。我に返ったメトラペトラは、即座に状況を理解した。


 上空を埋め尽くすように浮かぶ光球。何故感知出来なかったのか……メトラペトラ自身が一番驚愕していた。


 横を見ればサブロウも舌打ちをしている。感知出来なかった事態に苛立たしさを抑えられないといった様子だ。


「こ、これは一体……」

「とうとう奴が出て来たんですよ。あの野郎……転移まで使えるのか……」

「………!まさか!?」

「そう……黒龍ラゴウですよ……。《千里眼》で見ていなかったら俺も気付かなかった……」


 王都に居るカゲノリの側から突然転移してきたラゴウ。どうやらカゲノリの側に控えていた魔術師が指示したらしい。



「メトラ師匠……。早く皆を……」

「わかった。者共……この先お主らは邪魔じゃ。サブロウは別のようじゃが……」

「サブロウさんは皆さんをお願いします。アイツは俺がやると龍にも宣言しているので……」

「……わかった。だがライ殿、無理はするなよ?」

「……わかってます。また後で」


 メトラペトラは如意顕界法 《心移鏡》を発動。ライとメトラペトラ以外の全員を龍洞領にあるカグヤの社へと転移させた。


「さて……。どうするかな……」


 あの攻撃を受けてもライは無事……だが、赤垣領は甚大な被害が出る。


 翼神蛇を召喚し《具現太陽》で防御をしようかと考えていたその時、突然として上空全ての魔力が消えた。


 そして降りてきたのは全身黒づくめの鎧武者。その長い黒髪を後で束ねた男は、まるで……。


「やっぱり……コウガさんそっくりだ……」


 その言葉を聞いた男はニタリと笑う。


「銀龍コウガと俺は兄弟龍だ……同じ時、同じ卵として生まれた」

「龍の……双子……」

「初めまして、異国の勇者殿?我が名はラゴウ……黒龍だ」


 双子の龍……しかし、その威圧感は温厚なコウガと比較にならない。まるで荒ぶる雷雨の如きである。


「俺はライ・フェンリーヴ。お前と話がしたい」

「ほう……言ってみろ」

「お前は何でカゲノリに付いたんだ?」

「下らん質問だな。カゲノリに付けば都合が良い……それだけの話だ」

「都合?」

「俺は人間が虫酸が走る程嫌いなのよ。だから今の半分以下にしたい。カゲノリとはそういう契約だ」

「……テメェ……」

「あの火鳳の女も翼神蛇も全く役に立たなかったからな……。そこで隠密に期待していたんだが、お前が邪魔をした。俺は二度邪魔した奴は許さん。だが……」


 コウガと同じ顔でニヤニヤと笑うラゴウ。


「お前には興が乗った……どうだ?仲間にならんか?」

「断る。お前こそ改心する気はないのか?」

「バカを言え……人を減らすのに何故改心が必要になる?あんな愚かな存在……不要でしかあるまい」

「お前には龍としての誇りは無いのか?カグヤさんはお前を……」

「黙れ!貴様に何が分かる!」


 互いに睨み会うライとラゴウ……周囲に人が居ればその殺気の鬩ぎ合いで気を失う程の圧迫感が伝わる。


「ほう……。只のお人好しかと思ったが、随分心地好い殺気を向けるじゃないか……」

「……もう一度聞くぞ?改心はどうあれ大人しくする気も無いのか?」

「くどいな……もういい。俺を止めたきゃ殺してみろ」

「……仕方無い。済みません、カグヤさん。コウガさん」



 遂に黒龍ラゴウと対峙することになったライ。


 赤垣領の外れで起こる勇者と龍の戦い──それは、王位争いを大きく決定付ける戦いでもあった……。



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