第五部 第四章 第二十三話 セイエンの炎


 トビ達は各地の隠密を納得させるだけの意思を見せた──。

 特にモモチ・ミトは、敵対していた筈の久遠隠密の覚悟を目の当たりにしそれを受け止めたのだ。


 それからトビ達は各地を巡り更なる説得を続けることになる。



 各地のカゲノリ派隠密の説得はミトが率先して行った。

 魔導具により魔獣と融合され掛けたところを久遠隠密トビに救われた──このことは、カゲノリ派の隠密にも大きな衝撃を与え考えを改めさせる切っ掛けになる。


 しかし……彼等にも気位がある。それまでのことを考えれば、直ぐに転身という気は起こらなかったのだろう。


 そんな微妙な空気を読んだシレンは改めて『和解』を提案。


 和解としての決めごとは一つ……。



 もしカゲノリ派から離れてカリン側に付くかを迷っているならば、王位争いが終結するまで傍観すること。


 これにより今後の待遇が変わることはないから安心しろ、とシレンは約束した。

 トビの心意気を見たシレンとしても無理強いはしたくない。これが最大限の配慮である


 これを承諾した隠密達は、各地の任務のみを優先し王位争いには関与しないと隠密頭たるシレンに誓いを立てるに至る。

 カリン派でない隠密達も、今後カゲノリに加担することはない……それだけでも大きな成果と言えるだろう。




 だが──人と魔獣を融合させる魔導具の脅威は、まだ取り除かれていなかった。



 魔獣融合の魔導具を与えられていたのは、特に強い願望を持った隠密。命懸けで救われたミトは、トビにより考えを改めることが出来た。

 だが、残る二名はそうはならず魔導具を持ったまま逃走。危険度は寧ろ高まることとなってしまう。


「まさか、高速移動型の存在特性とは……儂としたことが油断した」

「いや……あれは仕方無いだろう。流石のサブロウ殿でも追い付くのは至難の技」

「とはいえ、魔導具を奪えなかったのは痛いな。このままでは民にも危機が……」

「ならば、今回だけは……」


 そこでトビは、ライに助力を求めることにした。犠牲を拡大させぬ為、今は頼るべき……そう判断したのだ。



「トビさん……」


 神羅国・赤垣領外れの森……呼び掛けに応え合流したライは、サブロウから経緯の説明を受けた。そして、左腕を失ったトビを見て愕然とする。


「ライ……何て顔をしている」

「トビさん……。俺が……神羅国に同行させたから……」

「違うぞ、ライ。同行は我々の方から頼んだのだ。それに、これは俺が選んだ選択の結果……お前が気に病む必要はない」

「でも……」


 申し訳が立たないといった顔で項垂れるライ。トビは素直に呆れた。


(全く……本当にこの男は知人が傷付くことを嫌がる。まさかこの俺に、自分が傷付いて他人に申し訳無いと思う日が来るとはな……)


 そんなトビを余所に、途切れた腕を心配そうに確認するライ。何やら懸命に試しているがトビの腕に変化はない。


「すみません。まだ俺には【創生】……腕の再生までは出来なくて……」

「だから気にするなと言っている。確かに腕は失ったが、それ以上に得たものはとてつもなく大きい」

「………すみません」


 こればかりは今のライの力でもどうしようもない。いや……世界を探してもこれをどうにか出来る人間は片手の指程もいないだろう。

 それでもライは火鳳や翼神蛇の再生力をどうにか使えないかと考えたが、あの力の効果を他者に与えることは出来ないとメトラペトラは語る。


 そうなると、残された手段はペトランズ側のフェルミナを連れてくること。ライは真剣な面持ちでメトラペトラに申し出た。


「メトラ師匠。フェルミナを連れて来たいんですが……」

「少しは落ち着かんか、バカ弟子め。トビの命に別状はない……つまり腕の再生はいつでも出来るのじゃ。それより、そんな状態でありながらトビが優先しようとしていることに応えるべきではないのかぇ?」

「……そう……ですね」

「どうせ治すならフェルミナを当てにせず、お主が自らの力を得てから治してやれ」

「……わかりました。取り敢えず優先して、『魔獣の宿る魔導具』ってヤツを回収して来ます。ミトさん……トビさんをどうかお願いします」

「はい」

「メトラ師匠は皆さんと此処で待っていて下さい」

「些事じゃから同伴は不要か……ついでに、少し頭を冷やして来るんじゃな」



 メトラペトラの言葉に頷いたライは、《千里眼》で目標を確認し分身を展開。二人のライはそれぞれの方角に一気に飛翔し、ものの数秒で見えなくなった。



「成る程……あれが異国の勇者か。確かにとんでもない力だ」


 少し離れていたサブロウとシレン。感じ取ったライの力に驚嘆している。


「いや……あれは力の片鱗だ。本来の半分以下よ」

「な、何と………」

「少し気になるから聞いてみるか……。大聖霊様……」


 サブロウはメトラペトラに確認を行うことにした。ライが力を失った可能性……とすると、やはり神羅国のせいではないかと心配したのだ。


「お主がサブロウか……ふむ、聞きしに勝る強者じゃな。それ程の力……お主、良く大人しくしておるな」

「ハッハッハ。大聖霊様、私は一介の爺……欲など捨てましたよ」

「ワシを見くびるかぇ?」

「………。失礼しました。私はカリン様に仕えているのです。家族と呼んでくれたカリン様の為に、非道な真似は決して致しません」

「そうか……それは悪かったのぅ」


 この時メトラペトラは改めて運命の流れというものを感じた。サブロウが居ればどのみちカリンは王位に付くことになっただろう。

 いや……もしかすると、神羅国から久遠国に亡命した可能性もある。


 形は違えど久遠と神羅は繋がりが生まれた可能性は高い。



 ただ、そこにライが加わったことで格段に被害が減った。


 翼神蛇が暴走したままでは神羅国は甚大な被害が出た。更に燃灯山の噴火が加わりディルナーチ全域が大災害に襲われたのは間違いない。

 それは久遠国側も同様で、トシューラ侵略や玄淨石鉱山の崩落、嘉神の争乱などが穏便に済んだのはライの存在あってこそと言える。


 久遠、神羅の両国ともがライの出現により救われた……それを真に理解している者は、恐らく一握り。サブロウはその一人で間違いはない。



「それより大聖霊殿……ライ殿の力が落ちている気がするのですが……」

「ああ……それが気になったのじゃな?心配は要らん。過大な力に封印を掛けたのじゃよ。簡単に解除できるから問題は無い」

「そうでしたか……我々のせいで何かあったかと要らぬ心配を……」

「……お主も人が良いのぉ」

「ライ殿はキリノスケ様……そしてカリン様の恩人。故に当然のこと……」

「そうかぇ……」


 それがライに触れて変わったからかは判らないが、サブロウが悪しき存在ではないことは理解したメトラペトラ。

 チラリとトビに視線を向け溜め息を吐く。


「トビよ……お主は少し毒された様じゃな。言ったであろう?ライの真似はせぬように、と」

「言葉もない……。だが大聖霊……いや、メトラペトラ殿。私は必要と思ったことをしたまで。後悔はしていない」

「お主はともかく、ライが心配なんじゃよ……ヤツは親しき者が傷付くことを異常に恐れる。その為に暴走する可能性も無いとは言えぬのじゃ……それだけは忘れんでくれ」

「わかった……」


 実際にそこまでに至るとは思えないが、メトラペトラは何よりライが悲痛な顔をするのが嫌なのだ。


「……ところで、ライは大丈夫なのだろうか?」

「ん?魔獣化魔導具のことかぇ?先刻も言ったが些事じゃから問題は無い」

「しかし……」

「……これも巡り合せの運命とやらじゃろう。ホタルが遺したのは悲劇だけではない。“ アレ ”は間違いなくライにとっての大きな力となる」


 聖獣・火鳳──『浄化の炎』を宿している存在。

 その力を使えば属性の強制転化を簡略化してくれる。魔導具の浄化など確かに些事になる筈だ。




 そんなメトラペトラの予想通り、ライは難なく魔導具を回収。

 その際、敢えて所有者は放置した。借り物の力に頼れなくなった後どうするかは本人次第。あとは神羅隠密達の判断に任せることにした。



 魔獣化魔導具二つを手にしたライは、周囲に何もない荒野に移動。《解析》を発動し、魔導具の中の魔獣を確認している。


「一つ二つじゃ自我を持つまでには至らないのか……どうするかな、コレ……」


 以前、飯綱領で天雲丸が形を成した際は十個以上の魔石の融合。今回は二つ……とても力が弱い。


「……なら、ハクエカクみたいに武器に宿らせるか?そうすれば何時か自我を持つかもしれないし」


 試しに二つの魔導具を《物質変換》で融合。更に火鳳を召喚した。


「よっ……。少しは回復したか?」

『はい。………。あなたにはお礼をしたかった。私……そしてホタルを救って頂いた』

「……俺はホタルさんを本当の意味で救えなかった。済まないと思ってる。お前も半身を割かれた様なものだろ?恨んでくれて良いよ」

『いいえ……消滅するあの時、ホタルの魂は私に語り掛けてきました。こんなことになってごめんなさい、それとありがとう……と。最後にあなたへの感謝も……』

「…………」

『勇者ライ……改めて誓いましょう。私はあなたの為にこの力を使いたい。どうか正式に契約を』

「………ありがとう、火鳳」

『私の名はセイエン……ホタルが付けてくれた名です』

「セイエン……良い名前だな。じゃあ、契約だ。頼りにしているぜ?」


 既に契約は果たされているが、名を知るのと知らぬのでは繋がりの大きさが違う。これで火鳳……セイエンは本来の力を存分に発揮出来る。


「早速だけど、この魔導具を浄化出来るか?」

『はい。これは……魔獣の欠片が宿って?』

「ああ。でも、これを浄化しても聖獣にならないだろ?」

『直ぐには無理ですね。ですが、僅かながら自我の種は生まれている。もう少し力があれば聖獣が誕生します』

「そっか……じゃあ、手伝ってくれるか?」

『わかりました』


 セイエンによる《浄化の炎》は、魔導具を持つライの腕ごと激しく燃え盛る。

 しかし、ライには一切の影響はない。《浄化の炎》は物理的炎ではなく霊位的干渉……精神の浄化なのだ。


 美しい白銀の炎は瞬く間に魔導具を浄化した。


「これに俺の魔力を……」


 あるだけの魔力を聖属性に変化させたライは、魔導具に流し込む。本来の半分程だが、セイエンの話では補助として加えるには充分だという。


 しばし間を置き様子を伺うライとセイエン。魔導具はピシリと音を立て崩れ去った……。


 そうして中から現れたのは、真っ白なイタチ。その額には赤い魔石。そしてその尾は異常に長い。


「……以前聖獣化したヤツと姿が違うんだけど?」

『恐らく、元になった体自体が違うのでしょう。しかも、あなたの魔力を受けて中位聖獣にまで至っています』

「会話は出来るのか?」

『意味は理解出来るでしょうが、喋るのは無理かと……』

「いや、充分だよ」


 イタチに近付いたライは、改めて語り掛けた。


「お前に頼みがあるんだ。一緒に来てくれるか?」


 イタチは一鳴きした。


『理解しています。大丈夫』

「良かった……じゃあ、頼む。……セイエン、助かったよ」

『いつでも御呼びください。私はあなたの為の力であることを望む者……では』


 火鳳セイエンは浮かんだ召喚陣の中へと姿を消した。


「じゃあ行くか……。名前は……いや、あっちに付いたら付けて貰おうか」


 新たな聖獣を引き連れ、ライはトビ達の待つ森へと戻って行った──。


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