第五部 第四章 第二十二話 隠密同盟
隠密の地位は血で継ぐもの──。
より優秀な隠密の血は長きに渡り隠密として生きる。これは謂わば呪いのようなもので、たとえ優秀でない世代があろうとも隠密の地位に就かされる。
秘密保持や秘伝などの意味もあるのだろう。だが……そうして才無き者を家族に持った者は、その最期すら看取ることが出来ない。
それどころか遺体すら無い場合まであるのだ……。
モモチ達の望みは血の宿命からの解放。隠密として才無き者が役割を解放され、平民として暮らす事を選べる自由──。
「私は弟を失った。周りにいる者達も同様……皆、家族を失ったのだ。カゲノリ様はそれを理解し我々を解放して下さると約束してくれた」
「……貴公らの意志は理解した。だが何故カゲノリ殿の言葉を鵜呑みにする?」
「あの方は我らの為に泣いてくれた。そしてこれが最期の仕事にしてくれると約束し、力まで与えて下さった」
「力……?」
「そう……力だ。貴様らの様な神羅の敵を屠る力をな?」
そうして掲げたのは何らかの魔導具らしき短刀。
しかし、その短刀から立ち上る禍々しさにモモチ達は気付いていない。
トビは素早く仮面の機能 《解析》を発動……それは以前、飯綱領で感じた禍々しき存在と同種のもの。
それを理解したトビは《念話》を使用し警戒を呼び掛ける。
(サブロウ殿、シレン殿!あれは魔獣の宿る魔導具だ!以前似たものを見たことがある!)
(!……な、何だ?トビ殿の声が頭に……)
(落ち着け、シレン。これも神具の力よ。で……それはどんなものだったのだ、トビ殿?)
(中の魔獣が人と融合し化け物になる。あれを止めねば……)
(ならば私がやろう)
(待ってくれ、サブロウ殿!私に任せてはくれまいか?)
(何か策があるのか?)
(無い……が死なせたくない)
(……わかった。但し、貴公の命が危機となった場合は諦めてくれ。私は貴公を死なせる訳にはいかぬ)
(……感謝する)
トビは両腕の神具を外し、両手を開き無抵抗の姿勢を見せた。そして少しづつモモチへと歩を進める。
「モモチ殿……それでは駄目なのだ。力は所詮、力……心までは変えられぬ。良き未来を望むならば、力ではなく心を信じねば。特に隠密は……隠密だからこそ」
「くっ……来るな!それ以上近寄るならば」
「俺はモモチ殿の心を信じる。本当に信ずべきは貴公の仲間。同志ならばその犠牲を出しては駄目だ」
「う、うるさい!」
躊躇うモモチ。信じている筈のカゲノリを実は信じ切れていない……甘言に縋っていた自分に今更ながら気付き、遂に混乱をきたした。
「うわぁぁぁぁっ!」
「駄目だ、モモチ殿!」
そして遂に魔導具が発動……トビは咄嗟にモモチからそれを奪い取るも、魔導具から伸びる触手がトビの腕に突き刺さる。
このままでは取り込まれる──そう判断したトビは、咄嗟に触手の食い込んだ左腕を切り離しモモチを抱え魔導具から距離を置いた。
「ぐっ……」
「トビ殿!」
「モ、モモチ殿は無事だ……サブロウ殿。それよりアレを頼む……。シレン殿はそこの神具を使ってくれ」
「……貴公はそこまで……分かった!神具を借りるぞ!」
素早く行動するサブロウ達に対し、混乱を隠せないモモチの同志達……。そこに神羅隠密頭の怒号が飛ぶ。
「貴様ら!今のトビ殿を見て何も思わんのか、たわけが!神羅隠密の意地があるなら、全員トビ殿とモモチを護衛しつつ避難しろ!!」
我に返りシレンの指示に従った隠密達……急ぎ安全な距離へと移動を開始する。
隠密達はトビの左腕を迅速に応急処置、横にして様子を伺っている。
「貴様、何故私を……」
「……血の宿命から逃げたいのは私も同じだ。だからこそ、両国の隠密同士が変わらねばならぬ。その為には……生きて、生き抜かねばな?」
「しかし、どうしてそこまで……」
「……少し俺の過去を見せようか」
幻覚魔法 《迷宮回廊》を使用し自らの過去をモモチ達に流し込むトビ……それは幼き頃からの悲劇の連鎖。
トビは両親、兄妹の全てを隠密の任務で失った。預けられた先の親類も、皆が犠牲となった。
そんなトビは【死神】と呼ばれ蔑まれ、幼き内から一人暮らしとなった。
そんなトビを引き取ったのは先代隠密頭、ハヤブサ。久遠の為に犠牲になった一族の忘れ形見であるトビを、実の子の様に温かく育てたのだ。
トビが独り立ちした後、そんなハヤブサも神羅での任務で命を落とす。それからトビは人が変わったように冷徹な男になっていった。
ある日……トビは護衛の任に就きクロウマルと出会う。クロウマルは母の死を悲しみながらも前を向いていた。
幼いクロウマルはトビを一人の人間として接した。父がそうしていた様に、クロウマルはトビを信頼すべき存在として接したのだ。それが心地好く、トビは少しづつ心を取り戻す。
クロウマルはある日、思い出話を語る。それはディルナーチの皆が幸せに暮らせる時代……王妃ルリはその来訪をクロウマルに良く語って聞かせていたという。
この時、クロウマルはそんな王を目指すと宣言した。トビにも力を貸して欲しいのだと……。それからトビはクロウマルへの生涯忠誠を誓った。
全ては二人の立てた誓いの為。自らが汚れ役になろうともクロウマルの為の未来を作る。そう誓い、遂に隠密頭にまで登り詰めたトビ。
だが結局、心を殺したままでは主の過ちを諌めることすら出来ない……それを異国の勇者に気付かされたのだ。
勇者は言った。クロウマルを信じ友として支えよ、と。それからはトビは新たな道を模索し始めた。
クロウマルの友として、道を違えず主を希望の未来へ……。そしてその為に今、神羅隠密の為に命を賭けた。トビはその行動に一切の後悔はない。
「お前は……」
「ハハハ……偉そうなことを言ってはいるが、結局は主の為なのだ。だが……それは真なる友の為でもある。その為に貴公らの犠牲を見過ごせなかった」
「…………」
「貴公にも言い分や信念があることは重々承知だ。だがな、モモチ殿?全ては生きていてこそだ。あれを見ろ。あそこにある化け物……未来を約束したカゲノリの意思があれなのだ」
「我々は……騙されたのか……」
項垂れる隠密達……その表情は暗い。
だが、トビはそんな空気を明るく笑い飛ばす。
「道を誤ったなら正しき道を探せば良い。急ぐ必要は無い。久遠と神羅が別れて数百年── 我らの代でそれが交わるなら、時間など大した問題では無い。違うか、モモチ殿?」
「……ミトだ」
「?」
「私の名はモモチ・ミトだ」
「フッ……そう言えば自己紹介がまだだったか。ライが聞いたら笑うかな……」
残された右腕を差し出したトビは改めて名を明かす。
「俺はヤヒコ……サルトビ・ヤヒコだ。ディルナーチの為に力を貸してくれるか、ミト殿?」
「……こちらからお願いする、ヤヒコ殿。我等もディルナーチの未来に加えて欲しい」
固い握手が結ばれた……これが本当の神羅隠密と久遠隠密の同盟の成立。モモチの呼び掛けでカゲノリから離れる者も増える筈だ。
「後はあの化け物を何とかせねば……」
「大丈夫だ、ミト殿。あそこにいるのは神羅隠密頭、そして伝説の隠密『コウガ・サブロウ』殿だからな」
一瞬ザワリとした隠密達……その名を知らぬ隠密は居ない程の存在、コウガ・サブロウ。
かつて神羅国に攻め入ろうとしたペトランズ大陸の大国・トシューラの大艦隊をたった一人で殲滅した男……。
他にも魔獣退治や謀叛勢力の潰滅など、数え上げたらキリが無い伝説の隠密。
「我々は危うく死にかけたのか……」
「いや……サブロウ殿は今はカリン殿の家族。かつての強さはそのままだろうが、心は人に戻った筈だ」
「それを為したのがカリン様……どうやら我々は本当に仕えるべき御方を間違えていたのだな」
隠密達が見守る中、トビの腕を取り込み変化した魔獣とサブロウ達の戦いは続いていた。
黒い、左腕の形をした籠手のような形状。至るところから伸びる触手。そして一際目立つ掌の赤い目玉──。
それは中途半端に腕だけを取り込んだ結果の形状だった。
触手を使い身体を持ち上げている魔獣は、触手と爪、目玉からの光線で攻撃を繰り返していた。
「くっ……!何なんだこれは?幾ら切っても再生するぞ?」
「やれやれ……修行不足だな、シレン。頭になってふんぞり返っているからだ」
「……言うに事欠いてそれかよ。大体、師匠が投げっぱなしで頭を引退するから大変だったんだぞ?」
「ホラホラ、泣きごと言っても始まらんだろ?火属性纏装で斬ると幾分再生が遅い……つまり、此奴は火に弱い。但し並の火力では再生されるから、神具を使うのだ」
「わかった……合図は師匠に任せる」
「では行くぞ?」
サブロウは残像が残る速さで触手を全て切り裂き、一撃で魔獣を空中へと蹴り上げた。
「今だ!」
「応っ!」
魔獣を挟むように飛翔したサブロウとシレン。が、次の瞬間サブロウは《纏装分身》で四人に別れている。
ギョッとしたシレンだが流石は隠密頭。構わず火炎魔法 《金烏滅己》を魔獣に向け放つ。
合わせて五つの超高熱の火炎鳥──魔獣は瞬く間に炭化した。
が、サブロウは分身を解除すると黒身套を展開。そのまま燃え続ける炎を下方に蹴り落とした。
足元は燃え盛る炎。そこに落下を始め慌てたシレン。それをサブロウが蹴り飛ばしシレンは難を逃れた。
「くっ……!何してくれてる、師匠?」
「馬鹿者め……あれを見ろ」
「……?」
燃え盛る炎の中には炭になった筈の魔獣の姿が……。
「上空で炎に包んだあの瞬間、目玉だけ下に逃げたのよ。あれが奴の核なのだろう。切り落とされた周囲の触手を取り込んで再生を始めたから、ああしてやったのだ」
「…………」
「やれやれ……。全くなっとらんな、シレン」
批難されているシレンが心の中で『化け物ジジイ』と言っていたのはせめてもの抵抗。口に出せば何をされるか分からない。
「……ん?助けてやったのに、文句があるのか?」
「いや……。それよりトビ殿を……」
「そうだったな」
駆け寄ったサブロウの神具により回復魔法が施される。だが、喪失した腕は戻らない。
「……済まん、トビ殿。私も耄碌したな」
「サブロウ殿のせいではないさ。これは俺が選んだ結果だ」
「それでも……済まん」
サブロウが油断しなければ防げた可能性は高い。
しかし、それは飽くまで可能性の話……。トビにとっては左腕より大事なものを得られたことが大きい。
「……モモチ。トビ殿への恩、忘れるでないぞ?」
「シレン様……私は間違っていた。どんな処分でもお受けします」
チラリとトビに視線を送るシレン。だがトビは首を振っていた。
「処分はない。が、どう償うかは己で考えよ」
「………ならば私は、トビ殿の腕の代わりを務めます」
「いや……それは……」
困惑するトビ。だがミトはどうしてもと譲らない。
「私に出来るのはその程度。どうかご容赦を……」
「………仕方無い、か。では宜しく頼むよ、ミト殿」
それを見てニコリと笑うシレン。隠密頭としては納得の行く答えだった様だ。
「トビ殿……。神具を返そう」
「……しかし、この腕ではな。そうだ、ミト殿。それを使ってくれ」
「私が、ですか?」
「左の籠手だけで良いから使って貰えまいか?それと、具足も片側を使って欲しい」
「分かりました。大切に致します」
「もう一つ……先程の魔導具。あれはミト殿だけが持っていたのか?」
「いいえ……。あと二名程が与えられています」
トビはサブロウとシレンに視線を向けた。二人はその意を察し首肯く。
「では、次の役目はあの魔導具の破壊。皆は元の役割に戻りカゲノリ派の蛮行を注視、報告だ。これは神羅の隠密としての誇りが掛かっていると知れ」
「哈っ!」
「では……大丈夫か、トビ殿?」
「ああ……行こう」
龍洞領・雨積の出来事は隠密達により瞬く間に伝わる。これによりカゲノリ派の隠密は一層減少し、カリン派が勢力を確実なものにした。
しかし、隠密達を纏めるにはこの後もしばしの労力が必要となる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます