第六部 第三章 第十五話 傭兵街構想


 居城での話は、ライの財産話から今後の行動についてへと移行。


 トゥルクの邪教は大聖霊メトラペトラですらも警戒する事態。ライの中からは放置という選択肢は消えていた。 



「邪教……確かに私も気になってたわ。かなり厄介な相手だし」


 邪教徒と幾度か遭遇し拿捕しているというマーナは、心底面倒そうな表情をしている。


 邪教徒は明確な強さを発揮する者こそ少ないが、他者を平気で巻き込むので犠牲を抑えるのが大変なのだとマーナは嘆く。

 しかも、普段は民に紛れて暮らしているので見付け出すのが至難の技なのだとも愚痴をこぼした。


「う~ん……まぁ、それは明日までに何とかするよ」

「何とかって……一体どうするの、お兄ちゃん?」

「取り敢えず、俺は邪教徒を捜す方法を持ってる。それを使ってどの国の何処に邪教徒がいるのかを書き出しておくんだ。その後の対応は各国に任せようと思う。でも、問題はトゥルク本国……」


 邪教の巣窟とおぼしきトゥルク……だが、そこには邪教徒以外も存在する。迂闊に攻め入れば犠牲も少なからず生まれる可能性があるのだ。


「……ライ様。何を気にしているのですか?」


 トウカはライが何かを警戒している様子を見抜いている。ディルナーチ大陸にて共に過ごし長く行動を見てきたトウカは、ライの機微に聡い。


「……。これは勘だけど、トゥルクの中に魔王が居るんじゃないかと思ってさ?」

「魔王……ほ、本当なのですか?」

「いや……勘の範疇だけどね。ティム……商人組合の方には何か情報は無いのか?」


 ライの問いにティムは困ったといった表情を見せた。商人達にとってトゥルクという国はディルナーチ大陸並みに未知なのだという。


「以前からトゥルクに入ると行方不明になるって有名でさ……ヤバイから商人は入らないんだよ。だけど、魔王か……言われてみれば可能性はあるかもな。……で、お前の根拠は?」

「だから勘だよ。ただ、魔獣を召喚する様な奴らの首領ともなると魔獣の制御法を知っていると思うんだ。そして恐らく、プリティス教主は魔人かと……」


 それが現行魔王かは分からないが、魔獣の制御はいにしえの智識……脅威存在の可能性は高いとライは言う。


「まぁ、それも後で調べる。それで皆には悪いんだけど、邪教討伐でちょっと留守にするから……」


 そこでマーナはライの言葉を遮りスッと立ち上がった。


「何言ってんの、お兄ちゃん。私も行くわよ?」

「マーナ……だけど相手の殆どは人だぞ?」

「どのみち【ロウドの盾】に依頼が来る筈だし、私は自分がやるべきことをやるわよ」

「う~ん……でもなぁ……」


 ライとしては皆には戦って欲しくない。邪教徒といえど人間……対人戦闘で手を汚させるようなことは避けたかった。


 もっとも……ライはいつも一人でやろうとするのだが……。



 しかし、女性陣はそんなライの気持ちを理解しつつも自らの意思を示す。


「私もご一緒します」

「トウカ……」

「私は剣士……お力になれる筈ですから」


 その後、次々に声が上がり結局全員が同行すると発言するに至った。


「気持ちは嬉しいよ。でも……」

「“ でも ”は無しよ、ライ。皆には皆の気持ちがある。あなたが皆を危険に晒したくない様に、私達もライにだけ背負わせたくないの」

「シルヴィ……」

「それに、あなたの同居人が皆強いのは理解しているでしょ?」

「…………」


 強さの問題ではないのだが、確かに頼りになる者は多い。力になろうとしてくれる皆の気持ちがライにはとても嬉しかった。


「それに何かあれば皆はあたしが守るから……」

「……俺はシルヴィも危険な目に遭わせたくないんだけどな」

「あたしはロウド最強のドラゴン種よ?生意気言うな」


 シルヴィーネルに額を指でつつかれ根負けしたライは微笑みを浮かべている。同時に皆を危険から守ると改めて決意した。


「分かった……皆で行こう。でも約束だ。本当に手が必要な時以外は後方支援。約束が守れないなら置いていく」

「仕方無いわね」

「そうなると移動をどうするかな……メトラ師匠、トゥルク国辺りに行ったことあると良いんだけど……」

「それが駄目なら、あたしが運べるから大丈夫よ。トゥルクはトォンに隣接した国だし、帰りは予定していた挨拶回りをしながらゆっくり帰ってくれば良いでしょ?」

「……そうだな。じゃあ、移動はシルヴィに頼むとするかな」

「旅の支度は私が御用意致します。皆様の装備もご安心下さい」

「うん。よろしく頼むよ、マリー」


 こうして勇者御一行は【邪教徒制圧】も予定に加わることとなった。それぞれは旅の準備を始めることとなる。

 移動はメトラペトラかシルヴィーネルが担当してくれるので長旅にはならないだろうが、身の回りの品はどうしても嵩張る。


 そこで………。


「さて……それじゃ【空間収納庫】の用意をするかな。アムル、手伝ってくれるか?」

「わかった」

「そうと決まれば俺の部屋に行こう。あ……皆はまだ慌てなくても良いと思うよ?【ロウドの盾】や各国の準備にも何日か掛かるだろうから」


 話が纏まったところでティムはライの部屋を見たいと言い出した。

 そこでライは居城の案内がてら自室へと向かう。


 数年振りに再会した親友なのだ。ティムとしてはまだまだ話し足りないのだろう。


 自室に着いたライは転移陣で一階に向かい、温かい紅茶とミルクを用意して戻った。


「大した城だな。外から見たよりずっと立派だ」

「そりゃあ、大聖霊のアムルが造ってくれたんだし」

「アムルか……まさか、あのベルリスが大聖霊だったなんてな。俺のこと覚えてる?」

「勿論。幾分痩せた様だが覚えているよ、ティム。私はお前から貰ったチーズの味を忘れていない……」

「ハハハ……俺は『チーズをくれた人』か。ま、ライは本当に必死に看病してたからな……」


 貯めていた小遣いを全て使って一番高い回復薬を購入し、足りない分は蜜精の森で魚や木の実、薬草を手に入れティムの店に仕入れ治療代にしていたライ。子供故にそれがバレないようティムが商品を捌いていた。


 そんな経験があったからこそティムは商人のノウハウを一から学び、蜜精の森の薬草を商売にすることを思い付いた。それは懐かしい思い出話である。


「それにしても、同居人は見事に女性ばかりだな……ライ。もしかしてハーレム目指してんのか?」

「はぁ?ち、違うぞ?偶然だぞ?」

「本当かのぉ?」

「げっ!し、師匠?」

「げっ!とは何じゃ、げっ!とは……」


 突如ライの頭上に転移し現れたメトラペトラ。タシタシとライの頭を踏みつけている。


「先程は挨拶が疎かになり申し訳ありませんでした、大聖霊様。私はティム・ノートンと申します」

「うむ。殊勝な心懸けじゃな……大聖霊メトラペトラじゃ。ライの友と聞いておるぞよ?」

「はい。以後お見知り置きを……」


 社交的な挨拶……なのだが、両者はお互いに何かを感じたらしく企む様な笑顔を浮かべていた。その様子はまるで『お代官様と越後屋』の様だ……。


「……そ、それで、ティム?何か話があったんじゃないのか?」

「ん?ああ、そうだった。お前に幾つか頼みがあってさ?」

「頼み?何だ、改まって……」

「実は商人組合の方でも傭兵部門を拡大する話があってさ……意見を聞きたいんだ」


 商人組合の中には元々傭兵部門が存在する。

 国で対応するのが後回しになってしまう様な過疎地や領地同士の境など、兵をあまり送れない地域の安定に派遣されていた商人組合の傭兵。


 しかし、昨今の不安定な世情を考え新たに増員されることが決まったのだという。


「だけどノウハウが無くてな……。どうしたら良いのか意見を聞きたい」

「それだったら父さんとかフリオさんから聞いた方が参考にならないか?」

「いや……世界を見て回ったお前の意見が聞きたいと思ってな。それにオジさん、忙しそうだし……」

「あ~……ストラトは文官が足りないって言ってたからなぁ。それも後で考えないと駄目か……」


 基本的に、ライが巡った地域には傭兵という存在は殆ど居なかったので正直参考になるかは微妙……と思いつつも、意見は意見として述べることにした


「まず傭兵って雇われじゃん?通常の有事は国や領地の兵で何とか出来る訳で……」

「そうだな。だから今まで傭兵は商人護衛の任務が多かった」

「傭兵は安定しない仕事で、しかも危険……その分報酬は高いけど安らぎも無い訳だ。で、一つ提案。傭兵にも暮らしと保障を付ける」

「そりゃあ駄目だ。高く付き過ぎる」

「だから費用を抑えるんだよ。結論から言えば傭兵の街を創れば良い」

「は……?正気か、お前?」

「勿論。場所は何処でも良いけど、普通はシウトかトォンだろうな」


 傭兵達が暮らす街……聞いただけで物騒な印象しかない。ティムは相変わらず突飛なライに呆れた。


「つっても、傭兵だぞ?素直に街なんかに住むかよ」

「んなこた無いだろ。騎士の募集すると傭兵が来るとは良く聞くし、本当はもっと安定を求めているかもしれないぜ?」

「いや……自由を愛するから傭兵なんだろ?」

「その自由ってのもそれぞれ違うだろ?」


 命令されるのが嫌という輩も居れば、時間に束縛されたくない者も居る──その中には自由を求めるのではなく、寧ろ安定して仕事が出来ない事情を抱える者も居るだろう……と、ライは推察する。


「例えば子持ちとか、家族の看病とかな?だから余計に命懸けなのかもしれないけど……」

「う~む……確かに無いとは言えないけどよ」

「そういった傭兵が働きやすい街……勿論、掟は必要だから自由さを残した縛りを掛けるんだ。街にルールを作って、従わなかったり破ったりしたら追放。街の魅力は『税が無いこと』だな」


 ライの【傭兵街構想】は完全な思い付き。しかし、思考を僅かに加速させて出される意見はティムすらも唸らせることになる。


 まず【傭兵街】は飽くまで商人組合の管理下であること。

 商人と傭兵の間に立つ『名のある傭兵』を街の代表に就かせ、兵の育成や街の管理を行わせる。


 依頼は商人組合を通して受ければ安定するだろうが、個人で依頼を受けることも自由。

 但し、商人組合から重要な任務がある時は優先して受けねばならないようにする。


 更に商人組合の依頼をこなし評価が上がれば、報酬の増加や社会保障の拡充が受けられる。つまり商人組合の依頼を熟した方が暮らしが良くなるといった具合だ。


「で、鍛冶屋とか道具屋とか飯屋とか商人組合が用意すれば経済が回って互いの利益になるだろ?だから、国への税金は商人組合持ち。勿論、各種の店は割安にしてやらないと駄目だけど……」


 更にライは、娯楽施設の提供も提案した。何かしら他の街と違うものがあれば自然と人は足を運ぶのだ。

 そうすることにより外からの金の流れも出来る。これは割りと重要なことである。


「……良くまぁそうポンポンと考えが出るな、お前」

「まぁ、思考加速してるからな。そうだ。ちょっと待ってろ、ティム」


 アムルテリアに何やら説明を受けた後、ライは掌を合わせて僅かに口を動かした。

 一瞬の光の後ライの手に現れたのは銀の腕輪──。


「どう?アムル?」

「大丈夫だ。問題ない」

「よし!後は……」


 更にライが掌を握り締め再び開くと赤い石が出現。それを埋め込んだ腕輪をティムに放り投げた。


「おっと!お前、コレ………って熱っ!熱っちぃ!」

「ハッハッハ!出来立てホヤホヤだからな?」

「くっ……!凄いのかアホなのか……」


 しばらくして冷めたその腕輪を腕に嵌めてみたティム。同時に腕輪はティムのサイズに調整された。 


「これって……」

「腕輪型【空間収納庫】だ。お前用に《思考加速・小》も加えてみた。試してみ?」

「あ、ああ……」


 恐る恐るといった感じで《思考加速》を使用したティムは驚きの声を上げる。


「す、凄ぇ!何だ、コレ!同時に二つ三つ思考出来るぜ?」

「面白いだろ?時間が無い時に使えるし、自分の中で討論染みたことも出来る」

「へ、へぇ~……凄いね~」


 友人のぶっ飛び具合を改めて体感したティムは若干引いていた……。


 が、ティムにとって思考加速は非常に有用な能力。【空間収納庫】と併せて有り難く使わせて貰うことにした様だ。



 新たな戦力になり得る『傭兵街構想』は、この後少しづつ動き始める……。



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