第六部 第三章 第十六話 戦士の涙
ライの突飛な考え『傭兵街構想』──。しかし、ティムはそのアイデアに興味を示した。
そして二人は『傭兵街』についての意見を《思考加速》を使用しアレやコレやと仮定を交える。
その間もライは、手元で着々と【空間格納庫】を作製し続けていた。
「成る程な……。街の構築方針は大体は煮詰まったかな?となると次は街を仕切る『名のある傭兵』を誰にするべきか……」
「誰か適任者はいないのか、ティム?」
「居るには居るけど乗って来る気がしない……」
「誰……?」
「マーナちゃんの仲間でアウレルさんて人が居るんだ。でもなぁ……」
元傭兵アウレル──伝説の再来マーナの旅の仲間たる戦士。実力と知名度は申し分ないだろう。
だが、ティムが無理だと判断したのであれば十中八九断られるとライは理解している。
「……取り敢えず会いに行くか」
「は……?アウレルさんにか?だから無理だって……。あの人、エレナさんが死に掛けてから守れなかったことを悔やんでて……今も修行に没頭してるし……」
「まぁ落ち着けって。無理にどうこうって話じゃなくて、挨拶に行くだけだから。マーナも世話になった訳だし」
「良いのか?やること山積みなんだろ?」
「大した手間じゃないから問題無いよ。で……アウレルさんは今、何処に居るんだ?」
「カジームだ。そこで修行を続けてるって聞いてる」
「良し。じゃあ、ニャイ棒?カジームまで一っ飛び頼まぁな!」
「………。ワシは馬車代りではないぞよ?お主、近頃師匠に対する敬いが足り……」
シュッ!と姿を消したライはメトラペトラを背後から捕獲。ガッシリと抱えその耳元で甘く囁く。
「こ、このっ……!またかぇ!」
「砂糖、蜂蜜、飴、バナナ……」
「な、何じゃ?何を言っておるんじゃ、お主は?」
「え……?耳元で甘く囁いて魅了しようかと……」
「………そ、それは、甘く囁いているのではなく『甘いもの』を囁いているだけじゃぞ?」
「なっ!そ、そんな馬鹿な……!?」
「馬鹿はお主じゃ~!!」
ジタバタと足掻くメトラペトラ。だが、捕縛したライの腕は鋼鉄の枷の如く硬い。
「お願いだよぉ~、師匠~!嫌だっていうならこの耳……甘噛みするぞ?」
「ニャッ!や、止めんか、馬鹿者めがっ!」
「フッフッフ……甘噛むぜぇ?超甘く、そしてネットリとしゃぶるぜぇ?」
「わ、分かった!分かったから!の?じ、じゃから、離さんか!」
「やった~!流石は師匠、モッフモ……フ……?……モフ……モフゥゥ!」
「ギニャアァァ~!!」
メトラペトラは結局、本日三度目のモフモフを堪能されグッタリと力尽きた……。
そんな様子を見ていたティムとアムルテリアは……当然、半笑いになる。
「……………」
「……………」
「……テ、ティム。ライは昔、こんな風では無かった筈だが?」
「あ~……ベルリス……じゃなかった、アムル。アムルが去った後に色々あってね。それからは大体こんな感じだよ。ま、まぁ、中身は基本的に昔と同じだから……」
「そ、そうか……」
『風呂覗き冤罪事件』以来、ライは少々破天荒になった。
昔は穏やかで優しい子だったが、何故か行動する痴れ者に……ティムとアムルテリアは、そんな友人の痴れ者さ加減に少し残念な気持ちになったという……。
「フゥ~、今日はモフモフの日だな……悪くない。ところで………何の話だっけ?」
「コラコラ。目的を忘れるな」
「そうだった。師匠~?転移お願いしま~す」
だが、メトラペトラは足をピクピクさせて横たわっている……。
「じゃ、アムル頼む」
散々メトラペトラを弄っておきながらあっさりアムルテリアに転移を依頼するライに、ティムは飲みかけた茶を吹き出した。
「ブハッ!ゴホッ!お、おい……じ、じゃあ、始めからアムルに頼めば良かっただろ!お前、
「ん……?そりゃあ、師弟のスキンシップだよ?」
「………酷ぇ」
「大丈夫だって。ホラ」
ライが指差した先ではメトラペトラの尻尾がピコピコと揺れている。案外ライとのスキンシップに満足しているらしいメトラペトラ……とんだ『ツンデレニャンコ』である。
「今日はアウレルって人に会ってチョチョッと話するだけですから。ね、メトラ師匠?お願いしますよぉ~?」
「し、仕方無いのぉ……カジームの訓練所じゃな?」
「はい、頼んます」
「アムルテリアはどうするんじゃ?」
「ここでミルクを堪能している」
「……。ワシも酒が欲しいニャ~?」
チラチラとライを見るメトラペトラ。ライは仕方無いとばかりにティムに酒の注文をすることに……。
「ティム。ペトランズで一番美味いって酒を頼むよ。高くても良いから樽でね?」
「わかった。早速、明日届けちゃる」
「呑み過ぎちゃ駄目ですよ、師匠?」
「わ~い!じゃからお主を嫌いになれんのじゃ。そうと決まればとっとと行くぞよ?」
アムルテリアをライの部屋に残し、メトラペトラにより展開された《心移鏡》へと飛び込んだ一同はカジームへと移動した。
森の中にあるカジームの訓練所では二人の男による激しい打ち合いが繰り広げられていた。
一人は背中まで伸びた長い黒髪に浅黒い肌の大男。もう一人はやはり黒髪だが短髪の大男。
長髪の男は防具も付けずラフな姿に素手。対して短髪の男は曲刀型の大剣を構えている。
「どうした!貴様はこの程度か、アウレル!?」
「ま、まだまだぁぁっ!」
大剣で迫る短髪の男の攻撃を素手で軽々と往なす長髪の男。ライから見てもその実力はかなりのものだ。
だが……ライは直ぐに長髪の男の正体に気が付いた。
「フィアーの兄貴……人型だとそんな姿になるの?」
「むむっ!貴様は……ライか!フハハハハハ!久しいな!」
手合わせを中断したフィアアンフは近付くなりライの頭を脇に抱える。
「また強くなったようだな。それでこそ我が舎弟よ!フハハハハ!」
「ハハハ……」
「それで何用だ?顔見せに来るならば先にレフ族の里に行くだろう?」
「流石は兄貴……変なトコ鋭い」
「我は最強故に視野も広いということよ。なぁ、アウレルよ?」
アウレルは少し遅れてライ達へと近付いてきた。全身汗だく……まるで一日ぶっ続けで訓練したような姿である。
「よ、よう……お前がライか?あちこちで噂は聞いてるぜ、マーナのお兄ちゃんよ?」
「だ、大丈夫ですか?何かフラついてますけど……」
「だ、大丈夫だ。飯の時間以外フィアアンフと手合わせして貰っていただけだからな……」
「それ、全然大丈夫じゃないですよ……」
見兼ねたライは回復魔法 《無限華》をアウレルに使用した後、洗浄魔法を掛けることにした。
身綺麗になったアウレルは近くの丸太にドッカリと腰を下ろす。回復した自らの身体を確認し、色々な感情が綯交ぜになった笑顔を見せた。
「へぇ……スゲェな。その力、羨ましい限りだ」
「まぁ、何回も死に掛けましたから……」
「それは俺だって同じだ。何回も死に掛けて、鍛え直して、工夫して……それでも俺は大事な女を守れなかった……。クソッ!俺に才能がありゃあ、アイツをあんな目には……」
「……………」
悔しさを滲ませるアウレル。話を切り出せなくなり困ったライがフィアアンフを見ると、肩を竦めている。
すると、掌の契約紋章を通じライの脳裏にフィアアンフの念話が響き始めた。
(この男は心底から力を欲している。我やオルストが少しばかり鍛えてやってはいるが、魔力が足りんのはどうしようもない)
(アニキから見て実際どのくらい強いんですか、アウレルさんは?)
(人としての強さは十分だろう。だが、上位魔人相手となれば少し劣る。此奴はそれが気に入らんようだ)
(そうですか……)
(だが、このままではいつか道を踏み外すぞ?まあ、我にはどうでも知ったことではないがな)
エレナが瀕死になって以来、酒も女遊びもスッパリと止めたというアウレル。始めこそ明るく振る舞っていたが、やがて自責の念に駆られたのだろう。
項垂れて座るアウレルの身体は傷痕だらけ……その姿が苦悩の深さを物語っている。
「………アウレルさん。先に言っておきます。エレナさんを傷付けた双子の魔王は今、俺の実家……フェンリーヴ邸に居ます」
「……。何ぃっ!?」
アウレルは勢い良く立ち上がりライの胸ぐらを掴んだ。同時にメトラペトラが毛を逆立てたが、ライはそれを制止した。
「テメェ!どういうつもりだ!?」
「あの双子は倫理を知らなかったから暴れることが悪いと知らなかった。人を傷付ける意味を知らなかったんです。だから今、母が常識を教えているんですよ。そうすれば今後、大きな力になる」
「くっ!アレだけのことをやらかして、そんな温いこと許さねぇぞ!?」
「エレナさんが許したのに……ですか?」
「エ、エレナが……それは本当か?」
「……はい」
アウレルの手は力を失いスルリと襟元から滑り落ちた。そのまま力なく丸太に腰を下ろす。
「クソッ……俺は何をやって……」
目元を拭うアウレルは悔しさで涙が止まらない。大の大人が涙を堪えきれない姿は少なからずライの心に突き刺さった。
「……強くなりたいですか?」
「当たり前だ!好きな女くらい守れなくて何が戦士だ!」
「……エレナが好きだったんですね、アウレルさん」
「………。気付いたのは失いかけた時だがな。情けねぇ限りだ。だがよ……お前が噂通りのヤツなら分かるんじゃねぇか?」
「勿論です。俺は……」
遠い昔に大切な誰かを失っている──そう確信がある。
「……どうした?」
「………。決めた。アウレルさん……自分の何を犠牲にしても強くなりたいですか?」
「当たり前だ。俺は……」
「今から二、三年待てば魔人化する方法ならありますが……」
「それじゃあ遅過ぎる。また魔王級が現れた時、俺がエレナを守れないんじゃ意味が無ぇ……早い方が良いんだ」
「………分かりました。でも、覚悟をして下さい。最悪の場合、人の姿じゃ居られなくなるかもしれない。それでもやりますか?」
「やる。たとえ化け物になってでも守れないより遥かにマシだ」
即答したアウレルの覚悟を見届けたライは、自らの決意を伝え一同に驚愕の提案を持ち出した。
「【魔人転生】を使います」
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