第六部 第三章 第十七話 真なる魔人転生
「ま、魔人転生じゃと!?」
メトラペトラはライの言葉に混乱している。
当然ながらティムも口を開いて固まり、フィアアンフは笑おうとしているが声が出ていない。
「お主……正気かぇ?あれがどれ程危険な術かはワシが散々言って聞かせた筈じゃが?」
そう告げるメトラペトラからは殺気すら立ち昇り始めた。
それはそうだろう──【魔人転生】を行えば精神を蝕まれた新たな魔王を生み出す結果となるのは目に見えている。
メトラペトラは己の弟子の愚行は止めねばならない。
「俺は本気ですよ、メトラ師匠。但し、直ぐに行う訳じゃありません。準備が必要なんです……」
「準備じゃと?………。聞かせてみぃ」
「はい。メトラ師匠……それはそうと、魔王アムドをどう思います?」
「何じゃ、いきなり……アムド・イステンティクスは最上位魔王らしく絶大な力を持っておるな。そして高い魔法の知識と………むっ!」
「気付きました?」
「成る程……そういうことかぇ。じゃが、それは仮定じゃ。いや……それが事実だとしても……」
「おい!キサマ達、我を差し置いて話を進めるな!」
痺れを切らしたフィアアンフ。ティムに至っては魔法の智識など聞き齧った程度。改めての説明が必要だった……。
「【魔人転生】……っていう魔法術式のことは誰かから聞いたことあるか、ティム?」
「あ、ああ……エイルさんから聞いたよ。カジームの大地から魔力を奪いエイルさんを魔王にした儀式魔法……だったよな、確か?」
「そうだ。でも、あれは大地じゃなくても膨大な魔力さえあれば可能な術……な筈。でも、魔人転生には一つ問題がある。アニキはエイルを封印してたから知ってますよね?」
「うむ。【魔人転生】により獲得した体内の魔力臓器が、不完全な術により歪むのだったな。我ら竜は心臓そのものが魔力臓器でもあるが、人間とは面倒なものだ」
「そう……それが一番の問題。魔力臓器が歪むと魔力の流れが暴走して神経を蝕む──でしたよね、メトラ師匠?」
「そうじゃ」
自然発生した魔人は、大概長い時間を掛けて魔力源の吸収蓄積が起こり先祖返りなどに変化……いや、進化したと呼ぶべき存在。少しづつ適応しつつ新たな魔力臓器が育つ為暴走は起こらない。
そもそも魔力臓器は、本来人間が持ち得ない器官……それを後天的に即時獲得するのが【魔人転生】である。
因みに、半魔人化は竜と同様に心臓が魔力臓器になるもの。先天的な魔力の才に恵まれていないと基本的に半魔人化は起こらない。
そして半魔人の魔力性質はドラゴン種に近いのも特徴だ。
「でも……それじゃ【魔人転生】は危なくて使えないんじゃ無いのか、ライ?」
「そこで
「そ、そんなものが……でもよ?それってヤバくないか?」
魔王アムドがそんな術式を獲得していたというならば、今後脅威となる魔人が更に増えることを意味する。
「さて……その辺りは何とも……。魔王アムドは生死不明。千里眼でも見付からないし……」
ベリドの時同様、魔王アムドの姿も靄の様なものが掛かり《千里眼》の視界が阻害された。
神の存在特性である千里眼を阻害する可能性……それは『存在特性』などの概念力、若しくはライの不調……そしてアムドが死んでいる可能性も含まれる。
「そ、そうか……。でも、それならお前も術を使えないんじゃないか?」
「まぁ落ち着くのじゃ、ティムよ……。此奴の仮説じゃがの……可能性は無いとは言えん」
「どういうことですか、大聖霊様?」
「此奴には当てがあるということじゃ。魔王アムドが居ようが居まいが、術を得る方法がのぅ?」
ライの新たな力の可能性──それは更なる大聖霊の解放と契約……。
「それじゃあ、【魔人転生】を使う準備ってのは……」
「クローダーと契約して術式を確認するんだ。今の俺じゃ狙った記録を引き出せないから……」
ライは大聖霊クローダーの膨大な記録の中に『真なる魔人転生』の術があると確信している。それを用いれば魔人化は可能……。
「……もし、それが無かったらどうするつもりだ?」
それまで黙って聞いていたアウレルはライを見つめている。懇願に近い希望……藁をも掴む心境の筈だ。
「その時は普通の【魔人転生】の後で強制的に魔力臓器の歪みを治します。フェルミナが居ればそんなに難しい話じゃない」
「そうか……」
アウレルはチラリとメトラペトラを見る。今度は反対の姿勢を示さないが、やはり厳しい目をライに向けていた。
アウレルはそこでようやく理解した。ライは会ったばかりの自分の為に危険を承知で力になろうとしていることを……。
「だからアウレルさん……数日待って貰えますか?それと……この話はカジームのレフ族やラジックさん以外には内密に願います。【魔人転生】を安全に使えると分かれば安易に力を求める輩が増える。存在を強制的に変えてしまうこれは本来は忌むべき術ですから、アウレルさん以外に使用する気はありません」
これはアウレルという男の覚悟を汲んだからこその行為。ライは再度、他言無用と念を押した。
「それで……元になる魔力はどうするんじゃ?」
「アグナから分けて貰いましょう」
「成る程……確かにアグナの魔力なら『疑似太陽』を最大にすれば【魔人転生】は発動可能じゃろうからの」
「それで多分条件は揃うけど、肉体変化は個人差があり過ぎて予想も付かないと思います。だから、覚悟だけはしておいて下さい」
「ああ……。……悪かったな、胸ぐらを掴んでよ」
「それは良いですよ。俺の妹もかなりお世話になったみたいですし、その程度は気にしません」
「そうか」
「それでですね?一つ約束をお願いします。魔人化した後、ちゃんと身を律して下さい。大きな力に浮かれて悪用することは無いと信じていますが、これまでと力の匙加減が変わってくるのは間違いないですから」
手合わせ程度でも力の加減を更に気を付ける必要があるとライは言う。そうでないと人はあっさり死んでしまうのだ、と。
「……お前はどうしているんだ?」
「マリーから習いませんでしたか?衣一枚の纏装……あれを枷代りに使ってます。力の流れを内側に向ければ必要以上の力は出ませんから」
「……今度は制御に時間を割く訳か。参考にさせて貰うぜ」
「それともう一つ……たとえ魔人化に成功したとしても決して万能になる訳ではありません。一人で魔王級と戦う真似は極力避けて下さい」
「それじゃ意味がない」
「意味はあるでしょう?守らなければならない場面では一人でも仕方無いですけど、普段から一人で戦うことを選ばないのも知恵ですよ。一人より二人、二人より三人……仲間は多い方が確実ですよ。それがエレナの為でもある」
「……わかった。それも考えておく」
ぼっち勇者がどの口で語るのか──と、メトラペトラはライの頭上で足踏みし鼻を鳴らす。
「じゃあ、最後にもう一つだけ……魔人化すると解毒能力が上がります。当然ながら酒も分解されて相当量呑まないと殆ど酔えなくなる。
「そうだな……じゃあ、そうさせて貰うか」
「以上で俺からの話は終わりです。で、ここからは商人組合からの話」
『傭兵街構想』をざっと説明した後、代表者になる者の話を確認。一応アウレルに提案を持ち掛けたが、やはり遠慮された。
「ガラじゃねぇし、魔人化したヤツが街の管理者じゃマズイだろ?」
「う~ん。余程異形化すれば別ですけど、予定通りなら黙ってればそんなに気にしないでも良いと思いますけど……」
「いや、一応は気を付けねぇとな……。だが、『傭兵の街』って考え自体は案外悪くないと思うぜ?傭兵は自由を求めている奴ばかりじゃない。傭兵くらいしか道がない奴もいるのさ……となると、代表者が問題なんだな?」
「はい。それが本来ここに来た用件です。アウレルさん、誰か知りませんか?信用出来て代表者に相応しい人物は……」
アウレルはしばし唸っていたが、ふとある人物が思い浮かんだらしく顔を上げる。
「流れで傭兵団をやってる夫婦が居る。傭兵の癖に人格者で、多くの奴等が従ってるぜ?」
「知名度や実力は?」
「申し分無い。何処かの領主の娘が魔族に狙われたのを追い払ったってのは傭兵の間じゃ有名だからな。ただ……」
「何かあるんですか?」
「追い払った時に傭兵夫婦の息子が呪いを受けたって聞いている。だから以前ほど活発に移動しなくなったんだとよ。今どこに居るのかは知らねぇが、ソイツ等なら申し分無ぇんじゃねぇか?」
「分かりました。ティム」
「ああ。アウレルさん、ありがとうございました」
「いや……奴等は『ラッドリー傭兵団』ってんだ。少し前はアステ辺りにいるって話だったが今は分からねぇぞ?」
「大丈夫です。後は商人組合で見つけてみせます」
新たな約束が増えたカジームの地。しかし、傭兵団が受けた呪い……そして彼等が戦ったという【魔族】も気になる。問題は増えてゆくばかりだ。
「ところで……アニキはどうします?俺と一緒に来ませんか?」
「フム……そうしたい所だが、エイルからもカジームを頼まれているのだ。放置は出来ん」
「そっスか。アニキが居るなら安心ですもんね」
「……ライ。キサマはもしかして」
「ん……?どうしました?」
フィアアンフがライを見る目は何処か懐かしさを浮かべている。
確かに久々の再会ではあるが、その目はもう少し慈愛が含まれたものにも見えた……。
「いや……今のは忘れろ!まぁカジームは任せよ!我は最強だからな?フハハハハ!」
フィアアンフ、そしてアウレルとの再会を約束しライ達は居城へと帰還。カジームと違い窓の外はいつの間にか夕刻になっている。
と、ライの部屋には来客者の姿が……。
エレナがアムルテリアと話をしていたのだ。
「どしたの、エレナ?」
「少し話があって来たんだけど、あなた達がアウレルに会いに行ったって聞いて……」
「それで待ってたのか……」
と、ここで気を利かせたティムは部屋を出ていくことに。
「ライ。また来るぜ」
「どうせなら泊まってけよ」
「いや、
「分かった。気を付けて戻れよ、ティム?」
「ああ。じゃあ明日な?」
残されたエレナはしばし沈黙の後、重い口を開く。その表情には何処か不安な色が含まれていた──。
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