第六部 第三章 第十八話 幸運の勇者


 ライの部屋を訪れていたエレナは、アムルテリアと話をしながらその帰還を待っていた。


「その……」

「何?どうしたの?」

「あのね……?」


 少々遠慮がちのエレナが訊ねたいこと──ライにはそれが何か直ぐに判った。


「もしかして、アウレルさんのこと?」

「ええ……。ここに来たら『アウレルに会いに行った』って聞いて……あの馬鹿、元気だった?」


 適当に誤魔化すことは簡単だったが、ライは敢えて事実を伝える。


「アウレルさんはエレナを守れなかった責任を感じて自分を追い込んでいたよ。強くなろうと必死にね……」

「私が怪我をしたのはアイツのせいじゃないのよ。あの時、私が勝手に飛び出して……」

「それはエレナの言い分だ。そして、アウレルさんの考えは違う。それだけの話だよ」

「でも……」


 本当は本人の口から伝えるべきことだが、エレナには知る権利がある。ライは心の中でアウレルに謝罪しつつ事実を伝えることにした。


「アウレルさんがエレナを好きだって気付いてた?」

「えっ……!」

「好きな相手を守れなくて……だから自分を許せない。それが今のアウレルさんの気持ちだよ」

「アウレルが……」

「そして今も悩んで苦しんでいる……。エレナはアウレルさんをどう思ってるの?」

「私……私は……」


 気の知れた仲間、ガサツな喧嘩友達、頼れる戦友……しかし、どれもそうでありながら何か違う気がする。


「分からないわ……」

「そう……。うん……まぁ、答えを急がなくても良いんじゃないかな。ただ一つ、エレナに伝えることがある。アウレルさんは魔人化を望んだ。だから俺はそれに応えようと思う」


 【魔人化】という言葉にエレナは目を見開き動揺を見せる。ライの言葉はアウレルを危険に晒すことを意味しているのだ。


「なっ!ちょ、ちょっと!正気なの!?」

「正気だよ。今のままじゃアウレルさんはいつか壊れる。どのみち壊れるかもしれないなら、当人に希望がある方を選ばせたいから」

「……アウレルはそんなに」

「うん。アウレルさんがカジームに居た時点でおかしいと思ったんだよ。カジームは最近まで国として認知されていなかった。それどころか魔族の国扱いだったんだ。当然、訓練地として有名な訳でもない。オルストやフィアーのアニキだって、【ロウドの盾】やエクレトルからすれば手合わせ相手に薦める相手でもないし」


 では、何故アウレルはカジーム国に姿を現したのか……ライは何となく理由を理解した。


 どこから聞き付けたのかは判らないが、恐らくアウレルは【禁術・魔人転生】の存在を耳にしたのだろう。そしてそれがカジームのレフ族に伝わっていることも……。


 それは【ロウドの盾】に関わったからこそ得た情報であることも察しが付いている。


「じゃあ、アウレルは……」

「初めはレフ族から奪ってでも魔人になろうとしたんだと思う。でも、フィアーのアニキやオルストが居たからそれが出来なかった。それでも機会を窺っていた……」

「そんな……そこまで……」

「そこまでしてでも強くなりたかったんだよ。アウレルさんにとってエレナが死に掛けたことは、人生を変える程の出来事……男が絶望するには充分な理由だ」


 だからこそライは、手を貸すことにしたのだと続ける。それはアウレルの為でもあり、レフ族に危険が及ばぬようにする為でもある。


 そんな話を聞いたエレナが涙を流すのは予想出来ていた。出来てはいたが、ライは話さずにはいられなかった……。


「私は……どうすれば良かったの?私はずっと……私のせいでアウレルが苦しんでいたなんて……」

「エレナのせいじゃないよ。男ってのは大概馬鹿なんだ。自分で勝手に決めて勝手に突っ走る。そういう部分が大なり小なりある生き物だからね。だから……」

「だから?」

「エレナはいつものように接してあげれば良いよ。暴走さえしなければ魔人になること自体は実は大した問題じゃないんだ。ディルナーチ大陸なんて魔人が多いけど上手くやっていた人も多い……。だから……責任とかじゃなく自分に正直な気持ちで応えれば良いんだ」

「………少し……考えさせて」

「良いよ。エレナが答えを決めたらそれに従う。勝手にアウレルさんを魔人にはしないから安心して」

「……ありがとう、ライ」


 そこで、本来何の用件でライの部屋に訪れたのかを問うと本当に些細なものだった。


「洗浄魔法を教えて欲しい?別に良いけど……」


 エレナは長旅の際に衣服の洗浄を行う為、魔法を教えて貰いたかったのだという。

 確かに長旅になる程衣服を洗う時間は減る。特に女性からすれば問題の一つだったのかもしれない。


「風呂場脇の洗濯室にあった洗浄魔導具、ライが造ったって聞いてたから」

「そっか……簡単な魔法だから直ぐに教えられるよ。元々は服を着たまま身体も洗える魔法なんだ」

「便利な魔法よね……似たような魔法はあるけど私が知る限り一番綺麗に洗浄出来るし。やっぱり旅に必要だから編み出したの?」

「えっ?さ、さぁ~、どうだったかな……」

「?……どうしたの?」


 まさか、少女のお漏らしを誤魔化す為に編み出された魔法だとは流石に言えない……。


「あれは少女のお漏らしを誤魔化す為に編み出された魔法じゃ」

「うぉぉぉい!コラッ!ニャンコ!バラすな!」


 あっさり口にしたのはライではなくニャンコ大聖霊だった……。


「本当のことを言って何が悪いんじゃ!お主は大人の女まで粗相させたじゃろが!」

「うわぁぁぁっ!あ、あれは師匠が悪いんでしょうがっ!?」

「へ、へぇ~……ライってそういう人なんだ……」

「ち、違うっ!エレナ、違うんだ……!話を……」


 エレナ、ドン引き……ソファーの一番端に退避して冷たい眼差しを向けている。


 何やかんやと騒ぎつつ事情を説明し誤解を解いたライだったが、エレナは『猫の恨みは恐ろしい』ことを理解しメトラペトラだけは怒らせない様にしようと誓うのだった。



 先程までの重い空気は嘘のように軽くなった……。




 エレナが去った後、夕食になるまで【空間収納庫】の作製を続けたライ。

 アリシアはまだエクレトルに居るらしく食事の場には姿を現さなかった。


 ともかく完成した【空間収納庫】を、食後同居人全員に一つづつ手渡す。


 腕輪型【空間収納庫】──それは、ちょっとした小部屋程度の異空間内に様々な収納が可能という代物だ。

 装備品や道具のみならず着替えや家具等もある程度は持ち運べるそれは、通常の旅より格段に身軽になる一品。当然ながら、皆は大いに喜んだ。


「お兄ちゃん、私には?」

「マーナ、俺が造ったヤツよりずっと良いの持ってるじゃん……」

「それはそれ、これはこれよ。私だけ貰えないなんて不公平~」

「わ、分かったよ……余分に造っといたから一つやる。それで良いか?」

「流石はお兄ちゃんね。ありがとう」


 そんなやり取りの後、ライは再び自室に移動。今度は邪教徒の居場所を確認する作業を進める。

 メトラペトラとアムルテリアはライに同行しソファーで寛いでいた。


 と、そこに扉を叩く音が……。


 入室を許可すると姿を見せたのはアリシアだった。


「只今戻りました。邪教討伐の件は話が通りましたので、数日内に各国に打診。【ロウドの盾】にも通達されると思います」


 アリシアは神聖機構の法衣のまま急ぎ戻ったといった感じだった。


「ご苦労様。アリシア、食事は?」

「大丈夫です。それで……ライさんは何を?」

「ホラ……街に隠れた邪教徒の居場所をちょっとね」


 テーブルにペトランズ大陸の地図を広げペンで印を付けている姿に、アリシアは首を傾げている。


「地図を見ているだけで分かるのですか?」

「いや……コレをこうやってね……」


 額のチャクラによる《千里眼》を使用し邪教徒の居場所を確認。ペトランズ各地にはかなりの数が潜伏していた。

 それを一つづつ書き出して行くのは地味に手間が掛かる作業だ。


 しかし、アリシアが注目したのはそんな作業ではなくライの額の目【チャクラ】である。


「ライさん。そ、その額の目は……?」

「チャクラじゃよ。エクレトルの者ならその存在くらい知っていよう?」

「メトラ様……ほ、本当にあの【チャクラ】──神の存在特性なのですか?初めて見ました……。チャクラはそれ自体に意思があって彷徨っていると聞いていましたが……」


 アリシアに凝視されたライは気恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いている。


「うん。魔の海域で魔王アムドと戦う寸前にいきなり身体の一部になった……。そういや皆には見せてなかったんだっけか……ま、その内分かるから別に良っか」

「まさか、そんな力まで持っているなんて……ライさんは本当に、一体何者なんですか……?」

「イェ~イ!只の勇者で~す!」


 ビシッ!と親指を立ててウインクする『只の勇者』を詐称する『とんでも勇者』。何者かと聞かれれば痴れ者と答えるのが道理だ。


「…………」

「アリシアよ。此奴に関しては深く考えたら負けじゃぞ?」


 アリシアの知る限りでもライは有り得ない程様々なものを獲得している。竜鱗魔導装甲、大聖霊契約、そしてチャクラ──改めて考えれば、それは群を抜いた特殊なものばかり……。


「幸運の……勇者……」

「ん……?」

「いえ……あなたには話していませんでしたね。四つの竜鱗魔導装甲は相応しい資質ある勇者の元へと向かうもの。あなたの鎧は【運】……それを改めて実感しました」

「あ~……俺って存在特性が【幸運】なんだってさ。自分じゃまだ良く分からないんだけどね?」

「それはあなたの前世が……」


 アリシアがそこまで口を開いた時、メトラペトラはアリシアの膝に飛び込み言葉を遮る。

 メトラペトラとしては、ライの前世は然るべき時に伝えるつもりだった。


「アリシア。風呂に行くぞよ?」

「え……?で、でも、ライさんに任せきりでは……」

「大丈夫だよ。纏めて書き出しておくからちょっと休みなよ、アリシア。何だかバタバタとしちゃっただろ?」

「そうじゃ。お主が居ても作業が捗る訳でもあるまい?」

「そうですか?……ではお言葉に甘えます」


 そうしてメトラペトラとアリシアは風呂場へと向かった。



 残されたライは作業を続け程なく全ての邪教徒を特定。ソファーに横たわるアムルテリアに添い寝するように抱きかかえ優しく撫でる。


「う~……。まさか、こんなに邪教徒が居たとは……」

「……そんなに居たのか?」

「大陸中に凡そ三百……バラバラに散っててかなり厄介だった」

「だが、特定したんだろう?」

「トゥルク本国以外はなんとかね……あの国は結界か何かがあって妨害されてる感じだ」


 だが、本来……神の存在特性たる【チャクラ】を妨害するのは不可能。ライはそれが少し不安だった。


「何か最近調子悪いんだよなぁ、チャクラ……魔獣アバドンも見えないし、ベリドや魔王アムドも見付からないし……」

「……それは何かしら妨害があるのだろう。智識ある者なら事象神具を使い妨害を掛けている可能性はある」

「そうなのかなぁ……ま、視えないものは仕方無いんだけどさ?」

「……他に異変は無いか?」

「異変?ん……う~ん……特には無いかな……」

「そうか……なら良い」


 この時、アムルテリアの様子がおかしいことにライは気付かない。そしてそれは、ライ自身の異変を示唆しているものでもあった。


 当然ながら異変の予兆は誰からも見逃されてしまったこととなってしまった……。





 しばらくして風呂上がりのアリシアが再びライの部屋に訪れ、邪教徒の名前と居場所を書き出した名簿に目を通す。

 各地に潜む邪教徒の数にアリシアは困惑の色を見せていたが、エクレトルへの報告を手早く果たしたのは流石と言うべきだろう。



 役割を終えたライはアムルテリアとゆっくり風呂に浸かる。アムルテリアは自室にて休むとのことで、ライも自らの部室で休息を取ることにした。


「今日は何だかバタバタした一日だったな……ったくティムのヤロウ、俺の大事な宝物を父さんに渡そうなんてトンでもない奴だ……」


 そこでふと隠し棚に手を伸ばしたライは、青春の聖典『愛の虜』を一冊手に取った。


 それは子供が読むには明らかに早過ぎる本だったが、今のライには十分過ぎる程に知識を与える指導書。

 図解が表記され事細かに事例を並べてある『愛の虜』をライは食い入るように読んでいる。


 だが──それがいけなかった……。



 昼間の慌ただしさで少し低下していたライの欲望──【悶々ポイント】とも呼ぶべきそれが再び上昇を始めたのだ。


 元々『勇者ムッツ~リ!』の名を冠する程に性愛に興味のあるその漢は、一心不乱に本を読み続けた。



 75パーセント……80パーセント……85……90……95……そして遂に、100パーセントに達してしまったのである!





 次回!『スーパーリビドー勇者』……お楽しみに!



 【ピンポンパンポ~ン!】


 注)タイトルと内容は皆様の予想を悪い意味で裏切る場合が御座います。御了承下さい。



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