第六部 第三章 第十四話 成金勇者


 クローダー救出を最優先と決めたライは今後の行動を皆に提言。誰かに不都合が無ければそれがそのままライの行動となるだろう。


「今日の午後は予定を変更して【空間収納庫】の作製に切り替えます。クローダーを救った後に俺が不調にならないとも限らないので、先に邪教の討伐に必要な物を用意します」

「それじゃライに疲労が残らない?」

「大丈夫だよ、エレナ。俺は回復早いから。殆ど空になっても一晩寝れば全快する」

「む、無茶苦茶ね、本当に……」


 特筆すべきライの回復力は魔獣由来。限界を越えない限りは眠る必要も殆ど無い。

 無論、眠れば精神の休息に繋がる。回復効率も高まるので、普段は極力眠るようにはしている。


「クローダーを救出することが出来ても出来なくてもその次がクレニエスの解放、それから邪教対策って感じかな……。ところでアリシア。邪教ってプリティス教で間違ってない?」

「はい。小国トゥルクの宗派……といっても神聖教やルクレシオン教に比べれば比較的新しいですけど」

「やっぱりか……あれって国ぐるみのものなの?」

「それが……実はトゥルク国内は二つの派閥に別れていると報告されています。トゥルクに現れた神の代行者を名乗った存在がプリティス教の祖、バーテス……対立しているのが王家派」

「ここに来て更に面倒そうな話が出てきたなぁ……」


 実質トゥルク国を乗っ取り支配しているのは邪教プリティス教。王家は勢力が弱まっているが何とか無事らしい。

 そこには邪教の勢力を退ける何か特殊な力があるのだろうとアリシアは見解を述べた。


「プリティス教から逃れた者達は、トゥルク王家の庇護を受けある区画に籠り生活しているそうです。不思議なことに何故かプリティス教はそこに攻め入りません」

「う~ん……そこで暮らしている人達は邪教徒じゃない訳だよね。協力は受けられそう?」

「恐らくは、ですが……」

「じゃあ、その方面でアスラバルスさんに提案しておいて。多分準備に時間も掛かるでしょ?」

「わかりました」


 小国とはいえ一国を相手取るのだ。それに邪教徒は恐らく他国にも潜んでいる筈……拿捕には各国同士の協力が不可欠だ。

 そして、トゥルクに攻め入る際にも王家派の守りや邪教徒の逃亡阻止に人手が必要となる。それらはライだけで出来ないことはないが、かなり手間なのだ。


 魔獣アバドンや魔王級の脅威への警戒を考えれば、他者に任せられることは任せた方が良い。


「エクレトルの準備はどれくらい掛かりそう?」

「魔獣の件もあるのでエクレトルは人員をあまり割けません」

「魔獣の件は俺が引き受けるから大丈夫。エクレトルや各国には邪教徒の方を優先して欲しい」

「断言は出来ませんが、それなら一月ひとつき掛からず準備は可能かもしれません。ただ、魔獣被害への復興支援等はシウトやアステにお願いすることになりますが……」

「メトラ師匠……それで良いですか?」

「良かろう。では、アリシアよ。エクレトルへはワシが同行しようかの」

「宜しいのですか?」

「何……少しアスラバルスとも話があるからの」


 少し落ち着いたメトラペトラはアリシアのふくよかな胸に飛び込んだ。


「また大事になってきたな……」

「流石はトラブル大魔王……」

「え~……?これ、俺のせいじゃないだろ?」


 ライの抗議に半笑いのロイとティム。確かにライが原因ではないが、結果的に関わっている時点で十分に『トラブル大魔王』である。


「それじゃ、俺は一旦ウチに戻るよ。メトラ師匠……アリシアを」

「うむ。任せよ」


 メトラペトラとアリシアは、出現した 《心移鏡》に飲み込まれる様に姿を消した。


「ティムはどうする?」

「お前とまだ話があるから俺も同行するよ。お前の新居も見てみたいしな?」

「わかった。じゃあ父さん……また明日双子の様子を見に来るから」

「おう。ここがお前の実家だ。いつでも来い」

「父さんも後でウチに遊びに来なよ。美味い料理と温泉があるから」

「そうだな」


 こうして再び居城に向かうライ達。今回は飛翔で来ているので馬車は無い。


「フェルミナもエレナも飛翔出来るけど、ティムはどうすっかな……男を抱えて翔ぶのは嫌だし」

「俺だって嫌だよ。だけど移動は心配要らないぜ?ハーネクトから来た方法があるからな」

「そういえば、確かに商業都市から来たにしては早かったな……」


 シウト国の商業都市ハーネクトは王都ストラトから馬車で五日は掛かる距離にある。魔法が使えないティムには容易な距離ではない筈……。


「実はな?ラジックさんから魔導具を貰ったんだよ。それもあの【スピリア】を分析して作製したものだ」

「スピリアって、お伽噺の?」

「そう、伝説の空翔ぶ船スピリア。そしてこれが俺専用に造られた移動魔導具【風鋼馬ふうこうば】だ」


 ストラト城塞門前……ティムは腰に吊るしていた『馬を模した銀細工』を取り外し軽く放り投げる。銀細工は膨張しつつ、鋼鉄の馬を形成した。

 鋼鉄の馬には牽引する荷馬車が付属している。車輪は付いておらず、馬車は常に浮いている状態だ。



 魔導具【風鋼馬】は、魔導具というより神具である。

 【創造魔法】に属する 《質量変化》を備え、馬車形態と小型装飾具に変化する鋼鉄の移動用馬車。


 魔力蓄積により魔力の少ないティムでも使用が可能で、通常の移動は《飛翔魔法》による浮揚。その気になれば飛行することも出来る。


「へぇ……ところで今、スピリアを分析したって言わなかったか?」

「ん……?レグルス君に聞かなかったのか?スピリアは彼が持ってるんだぜ?」

「マジか……今度見せて貰おう」

「で……どうする?皆も乗ってくか?」


 馬車は屋根付き。荷物に合わせて荷台が変化し、人間ならば最大十人程まで搭乗が可能……。


「そうだな。折角だから頼む」

「了解だ」


 そうしてフェルミナとエレナを先に乗せた馬車はライが乗り込もうとした瞬間、音もなく発進──。

 ライの上げた片足は空を切り間抜けな恰好で置いてきぼりになった。


「………。フッフッフ、そう来たか。流石は我が友ティム……底意地の悪い悪巫山戯に余念が無いな。だが!今の俺は以前とは一味違うぞ!」


 ライ、猛ダッシュ……。


 ドドドド!っと音を立て一瞬でティムの馬車に並ぶ。


「うぉっ!ラ、ライ!」

「フハハハハハハ!遅い遅い!遅すぎてアクビが出るわ!?」

「くっ……!本当にとんでもない奴になった様だな。だが……良いのかな?」


 ティムは至極悪い顔でニタリと笑う。まだ何かを企んでいる様だ。


「俺は先刻さっき、ロイおじさんにお前の『秘密の隠し場所』を伝えてきた。この意味──分かるな?」

「なっ!ティム……ま、まさか、貴様!?」

「そうだ!お前の大切な聖典……『愛の虜~快楽の伝道師』全十巻は間も無くオジさんの手に落ちる!残念だったな!ハ~ッハッハッハ!」

「くっ!このド外道がぁぁ━━━っ!」


 ズザザザザッ!と踏み留まったライは踵を返しストラトへ向かう。この程度では本来汗などかかないのだが、その顔には冷や汗がダクダクと流れていた……。


「神よぉぉっ!我に力を~っ!」


 やがてライは土煙を上げ見えなくなった。


「フッフッ……良し良し。相変わらずで安心したぜ」

「あ、あなた達、仲良いのよね?」

「勿論、親友ですが?」

「そ、そう……」


 とてもそうは見えなかったのは自分の気のせいか?とエレナは首を振る。そして改めて『エロの救いを神に求めんな!』と心の中で叫ぶのであった……。


「エレナ。ライさんが取りに行ったのはそんなに大事なものなの?」

「良い、フェルミナ?この場合、聞かないのも優しさよ?だから、何も知らない振りをしてあげなさい。その方がライも助かるから」

「?……分かったわ」


 息子のエッチな秘密を見付けてしまった母親の如く達観した表情を浮かべるエレナ。フェルミナは言われた通り知らぬ振りをすることにした……。


 ティム達が居城に着く頃、大事そうに袋を抱えたライが上空から自室に帰還。その姿を見たティムが腹を抱えて笑っていたのは余談である。


 こうしてライのエロ本……ならぬは無事居城へと移されることになった。

 自室に《物質変換》を駆使して隠し棚を作製したライは、これで一安心といったところだろう。



 その後、一階サロンにて皆にティムを紹介し経緯を説明。今後の予定が最終的に邪教討伐になったことを告げる。


 その為の下準備に向かったメトラペトラとアリシアは、まだしばらくは帰還しないと思われる。


「本当に城暮らしかよ……」

「ティムも住むか?」

「いや……遠慮しとく。まぁ、たまに来た時にでも泊まらせてくれよ」


 城内の装飾の素晴らしさに驚いているティムだが、美女ばかりの城に厄介になるのは避けた形だ。


「そうだ。まず先にコレを……」


 サロンにてティムがテーブルにコトリと置いたのは指輪。続いて巻物が並べられた。


「ん?ティム……何だ、コレ?」

「コイツは商人組合の手形と明細書だよ。指輪は預けている金を引き出す認証魔導具だ」

「……?」

「【回復の湖水】に始まったお前の資金は商人組合に預けてある。大きな街には大概組合があるから引き出して使えるぞ?」

「………すっかり忘れてた」

「悪いが資金の一部を勝手に運用した。その利益も含まれていて……まぁ、細かいことはその明細書に書いてある」


 巻物の一つを広げれば収支決算がビッシリと書かれていた。


「………。コレ、間違いじゃないのか?」

「足りなかったか?」

「いや……多過ぎるだろ……」


 預けられている金額はざっと貴族位を買える額の数倍。シウト国内の領主が持つ平均資産の半分程は蓄えられていた。


「………何か訳分からない利益があるぞ?」

「ああ。エルフトの訓練所のヤツだな?あの土地の借地代とか兵の初期育成報酬だな。それはマリアンヌさんのだ」


 マリアンヌの報酬はライの資産──とマリアンヌ当人に言われた為、同一利益に計算されていた。


「この『スポンサー謝礼』ってのは?」

「兵の育成の初期は貴族の子息が多かったからな……その礼金だ。後は、そこで知り合って結婚した人もいるから感謝の気持ちだってよ」

「……猫神の巫女・収益は?」

「読んで字の如しだよ。興行や歌の売上げの五パーセント」

「魔導具開発費・利益は?」

「ラジックさんの開発したものはライの協力があったからだって言われて、その収益の一割」

「資材売買・利益……」

「それは俺がお前の資金勝手に使ってやってみたら儲けた。その取り分」

「………」


 他にも先物取引、土地開発、装飾品販売とライの資金を元に行った事業は軒並み増益。ティムの才覚とライの【幸運】が揃った結果の最終的な資産だった。


「まだ回している事業もあるけど、それは含まれていないぜ?」


 ライは……白眼だった──。


「ヒャッヒャッヒャッ!よっ!『成金勇者』!」

「……はっ!こ、これは後から考えよう。え~っと……マリーに管理任せて良い?」

「承りました」


 額が大きすぎる故の恐怖……自分はまだ堕落する訳にはいかないという単なるビビり判断で、適任であるマリアンヌを頼ることにしたライ。

 ともかく……この資金により今後金策に困ることは無くなったといって良いだろう。


「……ティム。ありがとうな?」

「なぁに、気にすんな」


 互いの拳を当てた二人。


 だが、ライは知らない───ティムの資産は優にその数倍であることを。



 そんな現実離れした金銭事情から話は変わり、一同は今後の行動計画の相談に移るのだった……。


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