第六部 第三章 第十三話 ペトランズの現状


 親友ティムとの再会を果たし買い出しからフェンリーヴ邸に戻ったライ達は、まず双子の様子を確認する。

 ニースとヴェイツは先程より状態が落ち着きスヤスヤと眠っていた。


 知恵熱は病気というより疲労に近い……どうやらフェルミナが回復魔法で治療を施してくれたらしい。



「アリシアも通信魔導具持ってたよね?マリーの魔導具と繋がる?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、皆に連絡してくれる?双子はもう大丈夫だって。それとティムに再会したから話をして行くからとも」

「わかりました」


 アリシアに連絡を頼んだライの様子にニヤニヤとしているティム。その視線に気付いたライは首を傾げた。


「何だよ……。何かあったのか?」

「いや……マリアンヌさんやアリシアさんまで呼び捨てなんだなと思ってよ?」

「と、当人達の希望なんだから良いだろ……」

「ホウホウ……ま、その話は良い。……しっかし、今度は双子の魔王かよ。相変わらず何かしら驚きを運んで来る奴だな、お前は」


 フェンリーヴ邸の狭い居間にて茶を啜り苦笑いをしているティム。『トラブル大魔王』の帰還をヒシヒシと感じているといったところだろう。


「俺にはお前が激ヤセした方が驚きだけどな?全く……お前らしさが八割近く無くなっちまったじゃねぇか……」

「俺らしさは脂肪かよ……いつの間にか痩せたんだから仕方無いだろ?」

「まぁ、あのままじゃ体調が心配だったからこれで良いのかもな」


 軽口を叩き合うライとティムは、親友との会話が本当に嬉しそうだった。


「お前から手紙を貰ってから冗談抜きで忙しくてさ。【ロウドの盾】の話は聞いてるか?」

「魔王級の脅威に対する組織ってヤツだろ?聞いたよ」

「その【ロウドの盾】の後ろ楯はエクレトルなんだけど、報酬に関してエクレトルの通貨限定だと手間だろ?そこで、商人組合が仲介に入って【ロウドの盾】所属者には望んだ国の通貨を報酬として払うことになった。代わりにエクレトルから薬剤や魔法薬を受け取って互いに損の無い構図になっている。その管理が俺に一任された」

「へぇ……じゃあ、かなり偉くなったんだな」

「ああ。今じゃ商人組合の幹部様だぜ?」


 ライの関わった騒動の事後処理を繰り返す内に、いつの間にか偉くなっていたティム。元々切れ者だっただけに商人組合は功績に相応しい地位を用意したのだろう。

 しかし、偉くなれば多忙になるのもやむを得ないこと。そんな理由でティムは故郷を離れて駆け回っていた。


「他にもカジーム国との交易や【回復の湖水】の流通とか、まぁ忙しいこと忙しいこと」

「そっか~……そりゃ悪かったな。それはそうとパーシンはどうしてる?マリーから経緯は聞いていたけど、まさかトラクエルの領主補佐とはね」

「キエロフ大臣はかなり厚遇してくれたからな……元気でトラクエルに居る筈だけど」


 この時点でパーシンがトシューラ国に向かったことは極秘事項……ティムもまだ情報を掴んでいない。


「他には……」

「落ち着けよ、ライ。シウト国の現状を説明するのは簡単だけど、自分の目で確認する方が良いだろ?久々の故郷なんだし……」

「それは、まぁ……確かに」

「自分の目で見て気になったところがあれば、クローディア女王やキエロフ大臣に提言してやれ。その方がこの国の為になるし、お前も把握しやすいだろ?」

「うん……そうだな。そうするよ」


 挨拶回りは初めから予定していること。確かに慌てる必要もあるまい。


「という訳で世界情勢をざっと説明してやる。魔獣に荒らされたトシューラは混乱の最中さなか。魔獣騒動で大国の庇護下に入った小国は以前よりかなり増えた。それと『高地小国群』は……」

「途中で立ち寄ったアロウン国で聞いたよ。ノウマティンていうんだってな?」

「そうだ。そういやお前の狙い通り『猫神の巫女』は大ヒットしてるぞ?まぁ、俺が関わって失敗なんかさせないけどな?」

「そりゃあ良かった。巫女達は皆、元気か?」

「お前に会いたがってたけど、魔獣騒ぎでノウマティンに戻ったよ。全員無事だって報告は入ってる」

「そっか……あとで顔見せしないとな」


 アロウン国に居たシウト兵の様子から着実にファンは増えているのだろう。加えてティムが手を貸しているなら問題は無い筈だ。


「……ライって、あの『猫神の巫女』と知り合いだったんだ」

「知り合いも何も『猫神の巫女』は此奴が創ったんじゃぞ?」

「ほ、本当に?」

「因みに猫神はワシじゃ。初めはヤバイ宗派じゃったんじゃが……な、何とか一安心じゃな」

「………」


 エレナは思った──ライは修行に行っていた筈なのに、何故唄って踊る『猫神の巫女』が出来上がるのだろう、と……。



「現状シウトはノウマティンとトォン、そしてカジームと同盟関係だ。でも、トォン国とはエルゲン大森林の所有権で対立もしている」

「うわぁ……面倒臭そうだな」

「で、エルゲン大森林の主権を巡っての格闘大会をやる予定だ」

「はい?いや……話が飛び過ぎて訳が分からん」

「獣人達の要望でな。森を二つに分断されている獣人達はエルゲン大森林に独立国家を創りたいみたいでさ。で、彼等の流儀で『公正な手合わせで勝った者を王として、その命に従う』とさ」

「おいおい……それって……」

「ああ。世界中から権利を求めて腕自慢が集まるだろうな……エルゲン大森林は自然の宝庫。しかも獣人族の戦力まで手に入る訳だし」


 そんなことをやっている場合なのかとライは考えたが、獣人達の側からすれば何より獣人の国を創るチャンスでもある。迫害されていた身分を考えると一刻も早く成し得たい気持ちも分からなくもない。


「とまぁ、こんなところか……後は自分で見聞きして確かめろ」

「魔王級の出現は無かったのか?」

「幸いなことに少なかったな。お前が関わっている案件以外では例の殖える魔獣とそれ以外の魔獣、あと魔物が少々かな……。知性ある奴は居なかったって話……いや……でも、確か数日前あの流星雨のあった日に魔獣のぬしみたいなのが出たって……アリシアさん、知りませんか?」

「赤い魔獣の話ですよね?【ロウドの盾】の若者二人が遭遇して交戦──危ういところで氷柱が魔獣を射抜き倒したとのことでした」


 魔獣化したメオラと戦ったイグナースとファイレイ。エクレトルへの報告では、赤い魔獣は意思疎通の出来る存在だったとのことだ。


「ふぅむ……それは魔獣のぬしではないのぉ。恐らくは召喚主といったトコじゃろうよ」

「召喚主?魔獣を操っていた存在とは違うのですか?」

「本来はそうなんじゃが、アバドンを操るには器が足りんかったんじゃろう。内側から存在を食われて自らも怪物に変化したと見るべきじゃろうな」


 魔獣アバドンは、召喚した者が持ち得る優位性をも喰らったのだろう。

 結果として召喚魔導具を持つ者の願望が暴走して魔獣化。自我は有れど恐怖や危機感が欠落し魔獣の性質に取り込まれた、というのがメトラペトラの見解だ。


 事実、メオラがもっと狡猾に戦えばイグナース達は倒された可能性は高い。

 『死への恐怖』の欠落と、高い不死性への過信、そして対象を食らう欲求が『逃げる』『潜む』『企む』という選択肢を奪い結果としてライの魔法に射抜かれることとなったのだ。


「では、他の者が召喚していた場合魔獣を操れた可能性も……」

「さて……出来なくはあるまいが、長く操ればいずれは喰われたじゃろうな。神が封印した原初の魔獣──そう易くはあるまいて。それにしても、問題はアバドンなんぞを解放したアホウじゃ。あんなもの、魔王アムドですら解放するとは思えんがの……」

「それなのですが、実は解放の裏に『邪教崇拝』の可能性が出ています」

「何じゃと……?」


 アリシアの言葉にメトラペトラはピクリと耳を動かした。


 『邪教崇拝』──即ち邪神復活を目指す者達の存在は何より危険なもの。無視は出来ない。



「ライよ……予定変更じゃ。邪教とやらを潰す方を優先するぞよ?」

「メトラ様……まだ可能性の範囲なのですが」

「甘いのぉ、アリシアよ。邪神復活は何より避けねばならぬ事態──それともワシ自らが消し去ってやろうかぇ?」

「そ、それは、エクレトルとしては流石に避けたいです……」

「ならば至急、邪教殲滅の準備を呼び掛けよ。本来ならワシとライで壊滅させたいんじゃが、此奴はたとえ邪教徒でも躊躇するじゃろうからの……」


 毛を逆立てているメトラペトラからはピリピリとした空気が伝わってくる。

 大聖霊ですら邪神という存在の恐ろしさを過敏な程に警戒している……その事実が一同を重い空気に包んだ。


 但し、約一名を除いて……。


「取り敢えず落ち着こうぜ、二ャイ棒?」

「おい!ワシは今大事なことを……」

「やれやれ……メトラ師匠らしくもない。確かに邪教徒ってのは見過ごせないですよ?。でも、よぉく考えて下さい。覇竜王が命を賭けた結界って人が動いた程度で解けちゃうんですか?」

「………いや」

「じゃあ慌てる必要もないでしょ。逆に焦った方が邪神や邪教徒の思惑通りじゃないんスか?」

「…………」


 ライの言う通り、地上の人間の一部が魔獣を召喚しても邪神の封印が解ける訳ではない。

 だが……そう目論むこと自体が邪神に力を与えている可能性もあるのだ。


「……じゃが、ワシは邪教を潰すべきだと断言する」

「それは潰しちゃえば良いんじゃないですか?」

「は?お主、反対したじゃろが?」

「俺は反対したんじゃなくて落ち着きましょうと言ったんです。俺も邪神信奉者にはちょっと思うところがあるんで潰すのは反対しません。でも、慌てて行動すると相手に読まれるでしょ?」

「う……む。それはそうじゃな」

「だから取り逃がさない様に落ち着いて考える必要があるんです。ま、悠長にもしてられませんから優先する順を決めましょうか」


 ライは先ずクローダーの救出は最優先だと述べた。


 クローダーは常に精神を苛まれている。この苦しみは一刻も早く取り除いてやるべきなのだとライは譲らない。


「それに『大聖霊クローダー』の解放はこの世界の為になる。これから先に必ず」

「じゃが……のぅ」

「メトラペトラ。ライさんは私達の為に……」

「フェルミナ……分かっておる」


 クローダーの解放はきっと大聖霊達の哀しみも取り除く筈なのだ。だからこその最優先……それは大聖霊達の隠された願いでもある───。

 

 更なる大聖霊クローダーの解放は最優先……ライは再びそう呟いた。


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