第六部 第三章 第十二話 親友の変化


 手合わせを終えたライとマーナ、及び同居人一同は、再び居城内サロンで話をすることになった。

 新たな同居人マーナの話に始まり、【高速言語】を用いた魔法、ディルナーチの剣技など話は尽きない。


 この際なので、ライは自分のこれまでの旅を皆に知って貰うことにした。


「………」

「……何かもう、濃厚過ぎて言葉も無いわね」

「え、ええ。そうですね、シルヴィ……私もそれなりに長く勇者を見てきましたが、何というか凝縮されています」


 ドラゴンや天使ですら呆れる経緯。そこに嘘がないのは同行したメトラペトラが証言していた。


「アリシア。堕天使……スフィルカさんはエクレトルに着いた?」

「はい。マリアンヌさんから連絡を受けアスラバルス様と面会を済ませています。『堕天使の帰還禁止』は神の下した決定……本来は覆りません。しかし、神の代行たる大天使ティアモント様が命令を解除して下さり現在はエクレトルに……」

「天界には帰れるの?」

「いえ……それが……」


 言い淀むアリシア。そこにはエクレトルにとって何か極秘な事情があるのだろう。

 それでも……アリシアは何とか少しだけ説明してくれた。


「実は今、天界には殆ど天使がいません。皆エクレトルに降りているのです」

「?」

「スミマセン。あとは極秘で……」

「いや……無理には聞かないよ。アリシアも立場があるんだろうから。でも、一つ聞かせて……スフィルカさんはどんな様子だった?」

「はい。とても嬉しそうでしたよ?天に帰参が叶わなくとも神の膝元には滞在出来る訳ですから……」

「そっか……それなら良いんだ。ありがとう」


 人の為に神に逆らった慈悲深いスフィルカが赦されないのは、ライとしても不本意だったのだ。

 実質の赦免とも言える配慮に、ライはただ感謝した。


「それにしても、堕天使、それに海王に妖精……龍、聖獣、精霊……人外に余程縁があるのね、ライは」

「ん?そう?俺からすると人とそんなに変わらないよ、エレナ」

「私は寧ろ魔王級遭遇の方が驚きね……一人で何体戦ってるの、お兄ちゃん」

「ん~……気にしてないからなぁ。でも、エイルは味方になったんだから悪いことばかりじゃないさ」


 そのエイルはレフ族を捜しにカジーム国を出ていると聞いている。後で【火葬の魔女】リーファムにでもレフ族捜索の仕事を依頼してみようと考えたライは、二人が知り合いであることにさぞや驚くことだろう。


「ホオズキちゃんが抱えている卵は今の話に出てきたヤシュロの子ですね?もうすぐ生まれそうですけど……」

「分かるのか、フェルミナ?」

「はい。かなりの力を秘めていますね……育て方を誤ると大変ですよ?」

「それは心配していないよ。困った時は母さんを頼りにすれば良いしさ?それに……当てにしちゃって悪いけど、ホオズキちゃんを始めこんなに良いお母さん達がいる訳だから……」

「お母さん……」


 女性陣は満更ではない表情を見せた。世が不安定な故かロウド世界の女性は母性が強い。


「今後は説明した様に挨拶回りもあるけど、唱鯨に頼まれたこともある。また忙しくなるかな……。でも、一番心配なのは……」

「魔王級の脅威ですね、ライ様?備えが必要だと……」

「流石はマリー……理解が早い」


 マリアンヌの言う通り魔王への備えは必須。それは今後の課題となる。


「ま、どのみち一つづつ対応して行くしかないね。それまではゆっくり……」


 している暇がないのがライという男の運命……。

 マーナを含め何故か同居人に手合わせを申し込まれる男は、当然新たな用向きが発生する。


 申し合わせた様にマリアンヌの腕輪型通信魔導具が呼び出し音を放ち始めた。


「はい。何でしょうか、ローナ様?」

『マリーさん?そこにライは居るかしら?』

「はい。今お側に……」


 通信魔導具をライの前に差し出したマリアンヌ。ライは腕輪に向かい用件を確認する。


「魔導具で呼び掛けって急用?ってか母さん、通信魔導具持ってたのか……」

『ええ……。ところで、そこにフェルミナちゃんも居るのよね?実は双子が熱を出して……』

「えっ?な、何で……?」

『分からないから聞いてるのよ。フェルミナちゃんなら何か分かるかと思って』

「分かった……今すぐ行く。それじゃ」


 スッと立ち上がったライはフェルミナと共にストラトに向かうことになった。メトラペトラも素早くライの頭上に飛び乗り同行する。


「転移で行くかぇ?」

「近いから飛翔で行きましょう、師匠」

「私達も行くわ」


 続いてアリシアとエレナも同行を申し出た。


 アリシアにはエクレトルの技術と智識が、エレナには神聖浄化系魔法がある。自分が役に立てる可能性を判断したのだろう。


 そしてライ達は実家フェンリーヴ邸へと向かった……。



「母さん!ニースとヴェイツは?」

「今は眠ってるけど、まだ熱が引かないのよ……」

「熱……。魔人が何でこんな平和な時に熱なんか……」


 通常の病原菌など効かない魔人。熱を出すなど殆ど前例はないとメトラペトラは言う。


「もしかすると【魔力臓器】の異常かもしれません。魔人にも通じる病の可能性もあるので確認しましょう」


 フェルミナの力で双子を全身隈無く診察。そして出された答えは……。


「どうやら知恵熱みたいですね」

「ち、知恵熱?」

「はい。多分環境の変化で大量の情報が入ったからでしょう」

「そうか……じゃあ、大丈夫なんだね?」

「はい。直ぐに適応する筈ですよ?」


 ライとローナはヘナヘナと腰を落した。


「アハハ……良かったわね」

「何か……前もこんなことがあった様な……」

「マーナが小さい時のことね。あの時もライとシンが夜中にお医者様を呼びに行ったのよね……」

「父さん、あの時は仕事に出てたんだっけか」


 それはちょっとした、そして懐かしい思い出……。


「さて。それじゃあ、俺は何か果物でも買ってくるよ。熱があるなら水気が欲しくなるだろ?」

「そうね。お願い」

「ライさん。私はここで様子を見ています」

「分かった。頼むよ、フェルミナ」


 家を出たライはアリシアとエレナを伴いティムの店へ……。と、そこでティムの父ロージから声を掛けられた。


「お?ライ坊……ティムに会わなかったか?」

「え?おじさん、ティムの奴戻って来たんですか?」

「ああ……じゃあ、すれ違いになっちまったか。城に報告に行った後フェンリーヴのお宅に行くと言ってたんだが……」

「じゃあ城の方かな?ちょっと捜してみます」


 リンゴやナシなどの果実を買い入れたライ達は、少し城の方角へと足を伸ばしてみる。まだ昼間なので、ストラトでは結構な商人達の仕入れ搬入する姿が見えた。


「そういえば……アリシアとエレナは、ティムのことは?」

「私は存じています。商人組合はエクレトルと連携しています。それにディコンズの街でも何度か……」

「私も知ってるわよ。フェンリーヴ邸でお世話になってる時に会ったから」

「じゃあ、改めての紹介は要らないか。アイツ、また太ったかな……」


 ライの言葉にアリシアとエレナが少し笑っていたことに気付かないライは、親友との再会に胸を踊らせている。


 そうして城の近くまで足を運んだ時、遠巻きにロイの姿が……。


「父さん!」

「おお、ライか……。丁度お前に連絡をと」

「ん?そちらの方は?」

「よっ!久し振りだな、親友!」


 ロイの同行者は細身の若い男──。旅の装いから商人であることが窺える。

 

「親友?………。誰?」

「何を言ってる、ライ……。まさか、お前の幼い頃からの親友を忘れたのか?」

「ティムのこと?ハッハッハ……ご冗談を。ティムがこんなに細い訳無いじゃん」

「くっ……我が息子ながら仕方無い奴だな。よぉ~っっく見て確認してみろ」

「はい?」


 ライは商人に顔を近付けその顔を観察した。髪や目の色はティムと同じ。身長はあれから三年も経てば参考にはならない。面影は似ていると言えば似ている気はする。


「う~ん……お前、本当にティムか?俺の知るティムはプルプルブヨンブヨンのナイスガイだったぜ?」

「くっ……!プルプルブヨンブヨンはナイスガイとは言わねぇよ!」

「……この反応。お前、本当にティムか?親父さんに内緒で色々仕入れて小遣い稼ぎしてた、あの?」

「馬鹿野郎、声がデカイって……。今でも親父には内緒なんだからバラすなよ?」

「……ってことは本当にティムか!うわっ!お前何でそんなに痩せてんだよ……!?」

「お前のせいじゃねぇか!ったく……散々用事増やして中々帰って来ねぇし、忙しくて痩せちまったわ!」

「ティム~!」


 親友との感動の再会……しかしティムは近付いたライの抱擁をヒラリと躱す。


「テ、ティム?どうしたんだ?」

「……。人を散々偽者呼ばわりしやがって……お前こそ本当にライか?別人じゃねぇか、コノヤロウ!」


 痩せたティムに対し、身長、体格、髪の色まで変化しているライ。ティムの意見はもっともな話だ。


「お、俺はライだよ……ティム。親友なら判るだろ?」

「……お前、先刻さっき俺のこと判らなかったよな?」

「ハハハ……そ、そんな訳無いじゃないか。あれは冗談さ?」

「ホントかなぁ?」

「本当だって……。ホ、ホラ!蜜精の森の薬草で商売しようとして二人で盗賊から逃げたじゃないか……」


 二人の思い出を語るライにティムが僅かに反応を見せる。


「本当に……ライなのか?お隣のクロム家の鑑賞魚を夜中に全て釣り上げて逃がした、あのライか?」

「ぐっ……あ、ああ。そのライだ」


 『クロム家鑑賞魚消失事件』──長い時を越え遂に犯人が明らかに!


「……。犯人はお前だったのか」

「と、父さん!誤解だ!」

「……まぁ良い。きっと時効だ。あ~……因みに私は何も聞いていないしぃ~?皆も聞こえなかったに違いないよなぁ~?」


 この親にしてこの子在り…… ロイは知らぬ存ぜぬで通す気満々である。


「……成る程のぅ。ライの痴れ者は此奴譲りじゃったか」


 メトラペトラの言葉に、アリシア達は気不味くなり半笑いだ。


「その反応……やっぱりライなんだな?」

「よ、ようやく信じたか、ティム……」

「ウチの店で密かにバイトして貯めた旅立ち資金を、貴族向け性教育読本『愛の虜~快楽の伝道師』【初級編】から【性神編】の全十巻の購入に費やし熟読していた……あのライなんだな?」

「うぉぉぉ━━━━い!ティム!テメコノヤロウ!?」


 天下の往来で己の恥ずかしい秘密を暴露される『お盛ん勇者』。ライに胸ぐらを掴まれ揺さぶられているティムは、何処か遠い眼差しで乾いた笑いを漏らしている。

 メトラペトラ、そしてアリシアとエレナは、そんな光景に呆れつつ生暖かい目で見守っていた……。


「ハハハハハ。この反応……やっぱライはこうでないとな?」

「くっ!ティム、お前……わざとだな?」

「当たり前だろ?お前の姿はエイルさんやマリアンヌさんから聞いてたんだからな?知らない訳ないだろ」

「くそぅ……そしてティムが痩せてたことは、アリシアとエレナも知っていたと……」

「ごめんなさい、ライさん。ティムさんに口止めされていたので……」

「ティムはあなたを驚かせたがっていたから、私もつい……ね?」


 全てはティムの掌の上……ティムの恐ろしさは健在な様だ。


「……ま、まぁ良いや。とにかく久し振りだな、親友」

「そうだな、親友」


 互いの拳を当て再会を喜ぶ親友二人……。互いの姿は随分変わってしまったが、二人はその友情を疑ってはいない。


 ティムとの再会によりライは改めて故郷への帰還を感じることが出来た。


 そして一同はフェンリーヴ邸に向かい、ティムとの会話に移ることになる。



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