第六部 第三章 第十一話 兄 対 妹  


 突如妹から勝負を申し込まれたライはそれを承諾した。それもまたライなりの詫びの一つである。


 蜜精の森、居城の浮かぶ湖の畔にてフェンリーヴ兄妹の対決が始まる──。



「それで……どんな勝負にするんだ、マーナ?」

「そうねぇ……勝負方法は決着をハッキリとさせる為に三つにしましょう。魔法、剣術、あとは……エレナ、何か決めて」

「え?え~っと……そうねぇ。じゃあ、飛翔勝負なんてどう?正直私から見ると全てライが有利に見えるから、マーナの得意なものを入れないと公平じゃないわよ?」

「お兄ちゃんはそれで良いかな?」

「問題無し」

「じゃあ決まりね」


 マーナは腕輪型神具を発動し一瞬にして戦闘服に着替えた。

 エクレトルの青い法衣に似た服は上着の丈を短くした軽装。マーナの『白の特殊竜鱗装甲』は装備しておらず服だけの衣装変更ではあるが、それ自体も優秀な魔法防御効果がある。


「その神具って……空間収納庫か、マーナ?」

「うん。旅先で手に入れたの」

「そっか……」


 未だ自らが持ち得ない【空間格納庫】をほんの少し羨ましく感じているライに、アムルテリアが声を掛ける。


「ライ。収納空間が少ない物で良ければ造ってやれるが……」

「本当に?じゃあ是非頼むよ、アムル。後で造り方教えてくれれば、俺が造って皆にも渡せるし」


 思わぬ収穫。念願の【空間収納庫】獲得にライはやる気を出した。


「先ずは魔法勝負ね。早撃ち勝負で良い?」

「了解」

「じゃあ、的は……あの小石にしましょう」


 マーナが湖の畔に見える小石を指定し、二人は待機状態で待つ。


「アリシア。合図をお願い」

「分かりました。では……」


 手を振り上げ掛け声の間を空けるアリシア。頃合いを見計らい開始の合図を上げる。


「始めっ!」


 合図の声にほぼ間髪を入れず、電撃で弾かれた小石が宙を舞う。

 マーナは詠唱の途中で絶句……アリシアとシルヴィーネル、そしてエレナはあんぐりと口を開き固まっている。


「やった~!勝った~!」


 大人気の無さには定評のある男ライ……。一切の躊躇無く【高速言語】を用い、最速の 《雷蛇弓》で石を弾いた……。


「え?い、今のって……」

「何って高速言語だよ?エクレトルで習わなかったのか、マーナ?」

「習ってないわよ!ねぇ、アリシア?」

「え、ええ……。高速言語はエクレトルでも上位天使しか使えません。何せ言語の数が膨大な上に発音が難しいので……」

「そうなの?あっちゃ~……。じゃあ、ズルになっちゃうか……」


 マリアンヌに託した高速言語はまだまだ普及には時間が掛かるらしく、使い手も少ないのだろう。

 つまり、マーナはまだ高速言語を使えない。勝負と言うには少々ハンデがあり過ぎる。


「どうする、マーナ?もう一回やり直そうか?」

「う~ん……そうね。やり直して貰って良い?」

「了解。じゃあ、次は通常の詠唱でやるから」


 アリシアはまだ呆然としているが、マーナに促され新たに掛け声を準備した。


「始め!」


 再びの詠唱勝負。良い勝負になるかと思いきや……。


「ばぺっ!」


 ライは盛大に舌を噛んだらしく、口を抑え蹲った……。

 その間にマーナは魔法詠唱を完成。小石を弾き勝負終了となる。


「ムグググ……いひゃい……」

「し、勝者マーナ」

「………」


 初戦──魔法詠唱勝負はマーナに軍配が上がった。


 呆れているのは『大聖霊モフモフコンビ』……。



「……あ、相変わらず訳分からんのぉ。通常詠唱でも余裕の筈なんじゃが……」

「……。今のは妹に華を持たせたんだろう?」

「さてのぉ……こういう時の奴は本気か遠慮か区別が付かんのじゃよ。ずっと高速言語を使っておるから単純に呂律が回らなかった可能性もある」

「…………」


 ともかく勝負は負け──。


 実力では勝っていたとしても勝負には負けたのは事実。それはある意味ライらしいと言えばらしいもの……。


「くっ!早くも一敗か……やるじゃないか、マーナ!」

「わ、私は殆ど何もしてないけどね?」

「良し!次は剣術勝負だぜぃ!」

「う、うん……」


 マーナの中に何か不完全燃焼のモヤモヤ感を残したものの、とにかく勝ち負けどちらでも良いのである。いや……勝った方がマーナにとっては安心であることも確か……。


 愛する兄を危険から遠ざけたいのは本心からのもの。そこにはマーナの純粋な優しさも含まれている。


「次に私が勝ったら、お兄ちゃんは戦いから身を引くのよ?」

「勝てたらね?お兄ちゃんとしてはマーナが戦う立場から身を引いてくれる方が嬉しいんだけどね……」

「これでも一応、民の希望を担う存在だからそうは行かないの。それに……」

「ん……?何だ?」

「何でもない」


 兄を守ると決めている以上、勇者を辞める訳には行かない……とは面と向かっては言えないマーナ。こんなところはしっかり乙女である。


「そういう意味では俺も引けないな……。俺はお前が傷付くのも当然嫌なんだから」

「お兄ちゃん……」

「という訳で……次は勝つよ」

「私も負けないわ」


 腕輪型収納庫から新たに細身の剣を取り出したマーナ。それを確認したライは、自らも小太刀を抜刀。少し距離を取りつつアリシアの合図を待つ。


「………それでは、始め!」


 合図と同時に一気呵成に攻めるマーナは、突きを主体にした剣術。

 マーナの剣は始めエクレトルで学んだものだったが、その後別の者に師事を受け自らに合った剣技を修得していた。


 その後、経験と才能により大きく開花していたマーナの剣術。だが、その剣がライを掠めることはない。


 マーナの剣の殆どは、ライの動体視力で回避。時折小太刀で軌道を逸らす程度でマーナの剣は届かなかった……。

 その様子をマーナの旅の仲間でもあったエレナが感嘆の様子で見守っていた。


「……ライの剣はディルナーチの技なのよね、トウカ?」

「はい。私と同門……華月神鳴流です」

「ライってどのくらい強いの?」

「とてもお強いとしか……技量的にはまだ私に利がある部分もありますが、実戦経験ではライ様の方が上回りますから」

「う~ん……それならマーナの方が経験は多い筈だけど……?」


 マーナは既に多くの試練を潜り抜けた勇者。旅の期間を考えるならば、マーナの方が戦闘経験も多い筈。

 そんなエレナの言葉に対し、トウカは首を振った。


「ライ様の研鑽は並の方法ではありませんでした。分身を使っての乱戦……自分を殺すよう設定した身体能力に差がない分身と、生き残りを掛けた訓練を繰り返しました。そんな地獄の様な環境を自ら作り出し生き抜いたのです」

「…………」


 それは最早、狂気の沙汰と取られてもおかしくはない訓練……。しかし、ライはそこまでしてでも剣技を修得する必要があった。

 より多くの絆を守る為に……自分に足りぬものを埋める為に。


「経験と言う意味では誰よりも死地を乗り越えた剣……加減はしても衰えることはありません。じきに分かるでしょう」


 トウカの言葉通りライの剣はマーナの攻撃を往なし続けている。

 決してマーナの剣が未熟なのではない。ライの剣技がそれ程に研鑽されているのだ。


 数百年もの間、剣技の研鑽にのみ意志を注いでいた『剣神』とも言える存在───華月神鳴流開祖トキサダ。

 そんなトキサダと互角に渡り合う……それは、剣士としても大きく超越した存在であることを意味していた。


 それ程まで剣技を練り上げたライとの手合わせ。結果……マーナは剣を往なされた隙に間合いの内に踏み込まれ、額を指で押されて体勢を崩した。


「本当に強くなったんだなぁ、マーナ」


 ライは複雑な笑顔を浮かべマーナの頭を撫でる。マーナの実力を読み取れる今なら、その努力の程も理解出来るのだろう。


「お兄ちゃんも……こんなに強くなったんだね……」

「まぁ、マーナに出遅れた分は取り戻せたかな。伊達に白髪じゃないってことだよ」

「うん……」


 剣術勝負はライの勝ち。勿論互いに真の全力は見せていないが、実力者である二人にはそれで充分だった。


「マーナ……その剣は神具か?」

「うん。エクレトルから貰ったものよ。まぁ、これは予備の武器だけど……」

「ってことは本当の装備もある訳だな。それも旅で見付けたのか?」

「うん。お兄ちゃんはそういうの無いの?」

「無いよ。俺が持ってるのは新しく造ったものが多いんだ。唯一古いのはこの刀だな。これも魔導具・神具じゃないし……。でも……」


 ライは軽く刃を振るい離れた位置にある岩を両断した。


「代わりに多くの技を手に入れることができた」

「い、今の何……?魔法や纏装じゃ無いわよね?」

「純粋なだよ。剣の斬撃に上手く全身の力と速さを乗せると斬撃を飛ばすことも出来る。もっと上の技もあるぞ?」

「凄いね……ディルナーチはそんなに剣の技が洗練されているんだ」

「ここだけの話だけど、ペトランズの大国一国がディルナーチと戦ったら先ず勝てないよ。今のディルナーチは特にね」


 魔人の人口数、技の多彩さ、加えて結束の強さ……纏装技術だけでなくライにより魔法まで加わったディルナーチ大陸。

 魔導具の数で優位なペトランズとはいえ、一国では相手にならないだろう。


 下手をすればサブロウとカズマサ、そしてゲンマの三人で半壊させられる……それ程にディルナーチの戦士達は基礎能力が高い。

 勿論、そんな事態が起こらぬとライは信じている訳だが……。


「マーナにも後で技を教えておくよ。いざという時に役に立つ筈だから……」

「うん!」

「それで……どうする?最後の勝負もやる?」


 改めて問われマーナは首を振った。一勝一敗ということにはなっているが、実際は二敗……勝負としてはもう充分だろう。


「もう良いよ、お兄ちゃん。私の負け……でも、お兄ちゃんは無理をし過ぎるから負担を減らす為に私は勇者を辞めないよ?」

「本当は心配だけど仕方無いか……勇者の血ってのは世間には必要だけど家族からすると厄介だよな」

「御先祖様のせいとも言えるけどね?」

「違いない」


 勝負はマーナの敗北ということで決着となる。これでライは勇者のままで居られる……といっても初めから辞める気など無かった様だが……。


 そして、この勝敗に拘わらずマーナが新たな同居人に加わることとなる。 


 勇者マーナが加わることにより、蜜精の森は超越戦力の集中地帯となることは余談としておこう……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る