第六部 第三章 第十話 妹、来たる。


 数年振りに兄妹の再会を果たしたライとマーナ。居城にて互いの無事を改めて喜び合う。


「捜してくれてたんだってな……。本当に心配を掛けてゴメンな、マーナ。それと……お前も無事で何よりだよ」

「うん……。ただいま、お兄ちゃん」


 そっとライに身を寄せるマーナ。


 ライはマーナに嫌われていたと思っていたので、可愛い妹が身を寄せたことにやはり心配をさせていたと申し訳無く感じている。

 一方のマーナはライの胸の中で恍惚の表情でヨダレまで垂れている。まるで『グヘヘヘ……』と聞こえそうな美少女の残念な顔はライ以外から丸見えで、場に更なる残念な空気を醸し出していた……。


「なぁ、マーナ?此処に来たってことは、俺が森に居を構えたことは知ってるんだろ?というか……母さん達のところで双子に合わなかったか?」

「双子?私、ストラトの王城に報告に行った帰りでエレナ達に会ったの。お兄ちゃんが帰ってきたって聞いたからそのまま此処に……」

「コラコラ。先ずは母さん達に無事な姿を見せないとダメだろ……。それにその服……家で着替えたんじゃないのか?」

「え……?お兄ちゃんの無事を確認して直ぐに店に向かって用意したのよ?」

「…………」


 どうも妹の行動や性格が記憶とかけ離れているのは気のせいだろうか……?とライは少々困惑している。

 ライが行方不明になる前から離れているのを思い返しても、過剰な反応に思えるのだ。


 妹の重い愛──兄知らずといったところだろう。


 しかし、自分を慕ってくれる妹を可愛いと思うのは当然のこと。そうでなくてもライは、幼い頃から妹を大切な存在と考えている。


「仕方無いなぁ……。じゃあ、取り敢えず食事の後は母さん達のトコに行くぞ?」

「うん。分かった」

「その前に風呂に入って来ると良いよ。天然温泉だってさ」

「うん!」


 風呂好きのマーナは【温泉】の一言に小躍りした。早速、他の女性陣も誘い風呂へと向かう。


 今回、昼食はホオズキが担当。早速料理本を参考にテキパキと調理の準備を進めている。


「あれがお主の妹かぇ?」

「はい、メトラ師匠」

「うぅむ……確かに凄いのぉ。かつてのバベルと遜色無いぞよ?完全に【竜人】の力を引き出しておる……」

「へぇ~……。昔は差があり過ぎてマーナの実力なんて分かりませんでしたけど……」

「今はどうじゃ?」

「う~ん……それでもアグナよりは弱いかな」

「それは比べる相手を間違えておるわ。お主だってアグナはギリギリじゃったろうが」


 神の写し身、翼神蛇アグナ……優しい存在故に全力で攻撃を行うことはないが、まともに当たって無事な存在など片手で数える程だろう。


「そんなアグナも今、お主と契約中じゃからのぅ……。更なる高みへと進化するじゃろう」

「えっ?アグナって完成体じゃないんですか?」

「本来はの?じゃが、今のアグナは大聖霊の力の影響もある。まぁ、アグナが強くなる分にはお主も困るまい?」

「そっスね」

「話を戻すが……ワシら大聖霊やアグナの様な存在以外ならばマーナとやらはほぼ負け無しじゃろう。成る程……【伝説の再来】とは良く言うたものじゃな」


 そこまでの流れでライは一つ気になったことがあった。


「今の話だと、俺はバベルより強い筈ですけど……」

「何を今更……お主は素の力ならばバベルを越えておるわ」

「……でも、もし今『破壊者バベル』と戦っても勝てる気がしないんですけど」

「当然じゃ。『破壊者バベル』は【神衣かむい】を使えるんじゃぞ?幾らお主でも神格持ちに勝てる訳無かろう」

「……。そういや【神衣】の修行もしないといけないんですよね……。でも、まだ存在特性がなぁ……」


 ライの存在特性【幸運】は常時発動型。新しく縁の出来た相手に接触した際に幾分強くなるとのことだが、ライはまだそれを感じられないでいた。


「うぅむ……この際じゃから他の存在特性を探ったらどうかのぅ?」

「他のと言われても……結局何の力か分からないですよ?」

「……まぁ、急ぐ必要も無いじゃろう。ゆっくり確かめれば良い。それよりも今は明後日のクローダーが先かの」

「そうですね……」


 そんな師弟の会話をアムルテリアは静かに聞いていた……。

 アムルテリアにとって友であり家族であるライ。本当は……これ以上ライが強くなることをアムルテリアは望んでいない。


 ライは優し過ぎるのである。力を増せばそれに比例して自らの身を危険に晒すだろう。

 そしてアムルテリアは、それが分かっていても状況に置かれている……そのことをライとメトラペトラは知らない。



 やがて女性陣が風呂から上がり一同揃っての昼食となる。風呂上がりのマーナは流石にドレスから着替え、ラフな普段着になっていた。


「何これ……お、美味しいわ!」

「ホオズキ、頑張りました」

「まさか、ライバルがこんなに増えているなんて……運命の女神は一体何を考えているのかしら?」

「……?」

「いえ……こっちの話よ」


 兄を取り巻く環境は益々マーナに不利になって行く。

 そもそも、ライと血が繋がっている時点でマーナには大きく不利なのだ。マーナは改めて己の計画を練り直す必要があった……。


(先ずはお兄ちゃんと近い相手を亡き者に……いえ、バレた場合お兄ちゃんに物凄く嫌われちゃうわね。なら、寝込みを襲って既成事実を……)


 マーナは食事をしながら至極悪い顔をしていた……。


「マ、マーナ……?し、食事の時は楽しく食べような?」

「ハーイ!」


 そんなこんなと食事を終えた一同。ライとメトラペトラ、マーナ、そしてエレナは予定通りストラトへと向かうこととなった。

 残りの皆はお留守番。準備していた家庭菜園に着手する。


「あれがライ様の妹君ですか……」

「い、色々凄かったでしょ、トウカ?」

「でも、兄妹仲が良さそうで何よりです」

「トウカにはそう見えたのね……ま、まぁ良いわ」


 シルヴィーネルにはかなりヤバイ妹に見えたのだが、他の者は気付かないのか気付いていないフリをしているのか普通に接していた。

 そんなシルヴィーネルも、ライに関することを真面目に考えるのが馬鹿らしく感じ、やがて思考を放棄するに至る。


「さて……双子の魔王にマーナはどう反応するのかしら?」




 一方、ストラトのフェンリーヴ家に辿り着いたライ達。


 エレナは既に双子の魔王から謝罪を受け全てを水に流している。その上で友好まで約束していた。

 しかし……マーナにとっては親友が殺されかけた相手。内心穏やかではないだろう。


 ……と考えていたライだったが、マーナと双子はあっさり打ち解けた。

 それは、ライの『仲良くしてやってくれ』の一言があったからこそである。


 マーナにとってお兄ちゃんの頼みは、何より優先させて然るべきものなのだ。


「それにしても、ライとの再会を最優先するなんて……仕方無い子ねぇ」

「………ごめんなさい」

「まぁ、生死不明で三年以上も会ってない訳だから気持ちは分かるけど……お母さん達だってマーナが心配なんだからちゃんと顔を見せるのよ?」

「うん。……。それでね、お母さん」

「分かってるわよ。ライと一緒に住むんでしょ?まぁ、私としてはその方が良いと思っていたけどね?」


 ライの居城は美女ばかり。妹であるマーナの目があれば間違いが起こる可能性は大きく減る、というのがローナの思惑だ。


 だが……ライの貞操はマーナが居た方が危険だと当然ながら気付かない。母とはいえマーナの秘めた想いまでは読めなかったのだろう。


「良いわよ。行ってらっしゃい、マーナ。ライ……マーナを宜しくね?」

「分かってるよ。父さんと母さんも時折遊びに来なよ。勿論、ニースとヴェイツを連れてさ?」

「ええ。そうさせて貰うわね」

「お兄ちゃんは私に任せて、お母さん」


 こうして新たな同居人マーナが加わったライの居城。

 しかし、ライ自身の家にも拘わらずそこでゆっくりする時間は少ないと言える。


 クローダーを救った後はトシューラ国ドレンプレルにて友であるクレニエス・メルマーの救出、更にその後は帰還報告を兼ねた挨拶回りが控えている。


 加えて、世界には未だ数多あまたの脅威が残されている。

 魔獣アバドン、正体不明の現行魔王、そして魔王アムドや魔術師ベリド……まだ見ぬ脅威までをも想定し対策せねばならないのだ。


 今はささやかな一時の休息……そんなライの夢『食っちゃ寝』への道程はまだ遠い。



 取り敢えずマーナの無事をローナに伝えたライ達は、居城に帰還。

 の筈が……戻った途端マーナから手合わせを申し込まれることとなる。


「勝負よ、お兄ちゃん!」

「え~?何で~?」

「もし私に負けるようなら、お兄ちゃんは戦いに向いてない。勇者を辞めて貰うわ」

「………。じゃあ、俺が勝ったら?」

「今後私はお兄ちゃんのサポートをします」


 どう転んでもマーナに損はない申し出──。


 ライが負ければ、マーナが共に暮らすこの居城で面倒を見る。マーナが負ければ、ライの後を何処へでも付いて行ける……まさに狡猾。


「う~ん……受けない選択肢は?」

「駄目よ。もしお兄ちゃんが勝負を拒否したら、同居人の皆がお嫁に行けない顔を晒すことになるわよ?」


 その言葉を聞いた女性陣は恐怖でブルブルと震えた。

 マーナ必殺の『美女殺し』という恐ろしい技は、たとえ天下一の美少女と言えどお嫁に行けない程に歪められ晒される。女性からすれば堪ったものではない。


「それ、俺には関係無いんじゃ……」

「別に良いわよ?私は勝手にやるから……」

「お前……仮にも『三大勇者』なのにとんでもない悪党の発言だぞ、ソレ……」

「あ~!聞~こ~え~な~い~!」

「………」


 耳を塞ぎ惚けるマーナに呆れつつ女性陣を見渡せば、フェルミナを除く全員がライに救いを求める目を向けていた。

 自分の妹が元凶である以上、流石に放置出来ずライは渋々勝負を受けることになった……。


(フッフッフ……計算通り。優しいお兄ちゃんが無視出来る訳ないことはお見通しよ!)


 ライの見えないところで悪い顔をしているマーナ……勇者とは思えない程の腹黒さだ。


「マーナ?」

「何、お兄ちゃん?」


 ライの呼び掛けでパッ!と美少女の表情に戻ったマーナ。その変わり身の早さにメトラペトラですら怯んでいる。


「仕方無い……取り敢えず勝負は受けるよ」

「それでこそお兄ちゃん。どれだけ強くなったのか見せて貰うわ」

「ハハハ……お手柔らかにな、マーナ?」


 【伝説の再来】勇者マーナと【残念な超越者】勇者ライ。その手合わせは最早、魔王級の衝突と変わらない。


 中々の大事おおごとになってきたライの休日。蜜精の森には穏やかな風が吹いていた……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る