第六部 第三章 第九話 モフ王降臨


「何じゃ、お主……ホオズキを愛でておったのかぇ?」


 帰宅早々、メトラペトラはサロンで繰り広げられている『モフモフタイム』を目撃し厭らしく笑っている。

 確かに端から見れば、ホオズキとイチャついている様にしか見えない……。


「ち、違いますよ!?これは厭らしいものじゃないんですってば!」

「分かっとる、分かっとる……皆まで言うでない。何だかんだ言いながらも、お主も一端の男じゃからのぉ……」

「だから違うんですって!これはその……ホオズキちゃんの尻尾と耳がね?モフモフで……」


 必死に弁明するライの話を一応は聞いているメトラペトラ。だが、『モフモフ』のくだりで反応を見せた。


「モフモフじゃと……?お主、モフモフを語っておるのにワシを無視するとはどういう了見じゃ?」

「え……?」

「ここに居るじゃろうが。極上モッフモフのニャンコがのぅ……?」


 メトラペトラは胸を張って『モフモフ』としての対抗心を見せている。確かにメトラペトラは猫……モフモフな存在だ。


「やれやれ……。このワシを差し置いてモフモフを語るなど……」

「モフモフ……猫……モフモフ……」

「ん?な、何じゃ?その怪しい目付きは……」


 ライはワナワナと震え身構えている。その目は獲物を狙う狩人……妖しい光がキュピーン!と輝いた。


「モフモフ……モフゥゥゥゥ!」

「ギニャアァァァ━━━ッ!?」


 ビョ~ン!と飛び掛かったライはメトラペトラを捕らえ丹念に撫で回し始める。その顔は恍惚の表情を浮かべていた……。


 対するメトラペトラ……思わぬ弟子の行動に反応が遅れ捕縛されてしまい撫で回されている。抵抗の意思を見せるも、ライが的確にポイントを攻める為に嬌声を上げつつも身動きが出来ない。


 結果──メトラペトラは、ライにモフモフを堪能されグッタリと崩れ落ちた。

 盛大な自爆……メトラペトラは死んだ魚の様な目で床に横たわり、恍惚の表情で足を痙攣させている。


「フゥ~……充電完了。クックック………良いモフモフだったぜ、ニャン公」

「くっ……!こ、この……」

「フハハハハ!この『モフモフをこよなく愛する男』ライにモフモフされたこと……光栄に思うが良い!」

「………。ホオズキを愛でていたこと、皆にチクるぞよ?」

「本当にごめんなさい。ワタクシ、少しばかり調子に乗りました」


 フワッと飛び退いたライは美しい土下座を披露。メトラペトラはその後頭部にノッシリと腰を下ろす。


「全く……お主は何時でも何処でも痴れ者じゃのぅ」

「ヘヘッ……そんなに褒めても何にも出ませんよ?」

「褒めとらんわ!」


 丁度その時、アムルテリアが帰宅。玄関先で土下座するライとその頭に乗るメトラペトラを目撃すると、盛大に呆れ深い溜め息を吐いた。


「……。な、何をやっているんだ、お前達は……?」

「ん?犬公か……。………。のぅ、ライよ。新たなモフモフがやって来たぞよ?」

「なな、な、何と!更なるモフモフ……モフゥ~……」

「お、お前達、何だその目は……」


 ライとメトラペトラは獲物を狙う狩人の目をしていた……。


「モフモフモフゥ~!」

「ニャオォ~ッ!」

「ワン!ワンワンワンワン!?」


 居城の入り口では、痴れ者と大聖霊様達による混沌カオスが繰り広げられた……。


 アムルテリアに飛び付いたライは、そのツボを完全に掌握。アムルテリアはライにされるがままだ!

 そしてライと共にアムルテリアへと迫ったメトラペトラは、何故か途中からライに捕縛され再び全身を撫で回される結果に……。


 そうして大聖霊という超越存在二体は、グッタリと床に倒れ仲良く後ろ足を痙攣させている。



「ま、まさか、私がこんな目に遭うとは……」

「ワ、ワシなんぞ二回目じゃぞ?二回目……」

「クックック。我は『モフ王・ライ』なり……世にあまねくモフモフは我の供物と知れ!」


 玄関先に犬猫が脱力している暮し……それって案外悪くないよね?


「何が“ 悪くないよね? ”じゃ、この痴れ者めが!」

「このモフ王、我がモフ道に悔い無し!」

「……う、う~ん……昔はこれ程無茶苦茶じゃなかった筈なんだが……」


 完全に痴れ者のペースに巻き込まれた大聖霊達。そんな様子を見ていたホオズキは、自らの契約霊獣たるコハクに問い掛ける。


「皆さん、楽しそうですよ?コハクちゃんも一緒に遊んで貰ったらどうですか?」

(ホ、ホオズキ……?あ、あれに加わるのはちょっと……)

「そうなんですか?」


 良識霊獣であるコハクといえど痴れ者に巻き込まれるのは真っ平ご免の様だ。



 その後──大聖霊達は何とか復活を果たす。


 メトラペトラはフラフラと飛翔しサロンのソファーで丸くなった。


 ライはアムルテリアに手伝って貰い洗濯魔導具の製作・改良を行ない洗濯室に設置。更に愛刀『九重頼正』の手入れを済ませ、サロンにて少し休むことにした。


 そんなサロンには、未だ料理本を読みふけるホオズキの姿が……。



「ホオズキちゃん。お茶飲もうと思うんだけど、一緒にどう?」

「………」

「ホオズキちゃ~ん?」

「……。ハッ!ラ、ライさん!またまた何時の間に……」

「うん……まぁ、今し方?」

「そうですか……あ、お茶ならホオズキが入れますよ?」

「たまには俺が……と言いたいけど、ホオズキちゃんが入れた方が美味いんだよね。じゃあ、お願いします」

「はい。ホオズキにお任せです」


 誉められたホオズキは上機嫌で茶の用意を始める。ホオズキが戻った時にはメトラペトラとアムルテリアにも飲み物を運んできた。


「メトラさんには卵酒を用意しました。アムルちゃんには温かい牛乳を。温めにしてありますが、火傷しないようにして下さいね?」

「た、卵酒じゃと?ヒャッホ~!でかしたぞよ、ホオズキ!」

「ホットミルク……感謝する」


  すっかり餌付けされている大聖霊達は満足気……ホオズキへの大聖霊達の評価は高まった様だ。


「ホオズキちゃん、勉強の邪魔しちゃって悪かったね。もしかして、あれからずっと本を?」

「はい。ライさんのお陰で読めるようになったので、ホオズキ嬉しくて……でも」

「うん?どしたの?」

「ディルナーチの料理をするには食材や水が違うので……」

「あ~……うん。それなら多分、何とかなるかな……食材は後でストラトに買いに行こうか。水は少し離れたところに水源があるよ」


 ライは帰郷してストラトを見て回った際、スランディ島からの輸入品を見掛けている。その中にはディルナーチ産野菜の種子や食材が売っていた。

 水の軟水、硬水はペトランズにもあるので、それに合った湧き水を使えば良いのだ。


「じゃあ、ディルナーチの料理も出せますね!ホオズキ、腕を振るいますよ?」

「うん、期待してるよ。ところでホオズキちゃん……文字が読める様になったんだから、コハクと融合解いたら?森の中には清らかな場所もあるし、たまには自由にさせてやると良いんじゃないかな?」

「そうですね……コハクちゃん」


 融合を解き現れた霊獣コハク……その姿は以前の巨大な姿ではなく、自己調整を行ないアムルテリアとほぼ同じサイズになっている。


『ありがとう、ライ』

「森の中には何ヵ所か良さそうな場所があるから見て回ると良いよ」

『はい』


 ここでメトラペトラがポソリと一言……。


「ライよ……またも新たなモフモフが現れたぞよ?」

「はっ!モモモモ、モフモフ……」

『ラ、ライ?』

「モフ!モフモフモフモフモフモフゥ!」

『イ~ヤァ~ッ!』


 三度みたび狩人の目を見せたライがコハクへと襲い掛かる!


 このあと霊獣コハクは痴れ者勇者にそのモフモフを存分に堪能されグッタリと崩れ落ちるのだが、その光景は割愛するとしよう。


「良かったですね、コハクちゃん。遊んで貰えて」


 見当違いのホオズキに我関せずで素知らぬ顔の大聖霊達……それでもコハクは、山で孤独だった頃に比べれば遥かに幸せを感じている。

 それもまた存在特性【幸運】の影響なのだろう。



「あ……コハク。頼みがあるんだけど」

『は、はい……何ですか?』

「森を散策するなら精霊を連れていって欲しいんだ。俺の契約精霊が住処を探しているらしくて……この森なら良いところがあるんじゃないかと思ってさ」

『分かりました。では……少し出てきますが、ホオズキは大丈夫ですか?』

「大丈夫です、コハクちゃん。たまには広いところで羽を伸ばしてきて下さい」

『ありがとう、ホオズキ』


 霊獣コハクに同行するのは【雷の精霊・星鷹セイヨウ】と【水の精霊・海月ミツキ】……【星鷹】は雷を帯びた鷹の姿、【海月】はその字の如くクラゲの形状をしている。


 精霊二体は霊獣コハクに伴われ蜜精の森散策へと向かった。



 その後、しばらくして昼食前程に女性達が帰宅。そしてその中には──嵐の様な存在が加わっていた……。


「お兄ちゃん!お帰りなさい!」

「マ、マーナ!お帰り……は、マーナの方じゃないか?いや……確かに俺もお帰りか……」

「どっちも『お帰り』で『ただいま』で良いんじゃない?」

「………。ま、確かにそうだな」


 ライの妹にして【伝説の再来】とまで言われる勇者、マーナ・フェンリーヴ登場。遂に痴れ者勇者である兄ライとの再会の時──。


「ただいま、マーナ。……ところで何だ、その格好は?」


 マーナは純白のドレスで着飾っていた……。

 いつもはポニーテールに束ねた髪を解き、ドレスに合わせた白のハイヒール。更にはイヤリングや指輪で飾り化粧までしていた……。


「何って久々の再会なのよ?正装して当然じゃない!」

「そ、そうなんだ。へぇ~……」


 他の女性陣に視線を向け助けを求めるが、全員残念そうな顔で目を合わせようとしない。良く見ればエレナやシルヴィーネルの頬っぺたが赤くなっている……。


「……と、ところで、良く俺だって分かったんじゃないか?父さんや母さんでも直ぐには判らなかったんだぞ?」

「私がお兄ちゃんを見間違う訳ないでしょ?たとえヒキガエルやスライムでも見分けて見せるわよ」

「さ、流石にヒキガエルにはならないぞ、マーナ……」


 ところが、ライは虫やムカデに変化したことならば経験がある。だがマーナの『お兄ちゃん判別能力』を以てすれば、たとえその場にいても姿の判別など容易かったことだろう。

 愛の力……マーナは心の中でそう誇らしく叫んでいた。



 兄であるライは妹との再会を心から喜んだ。今後マーナは共に居城に暮らすこととなるだろう。

 ライの居城は更なる賑やかな日々となるのは間違いない……。

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