第七部 第五章 第十一話 波動氣吼法


 存在特性は魔力のように感知することはできない……しかし、対応できない訳ではない。

 存在特性という力を感じることは出来ずとも、その使い手までもが消える訳ではないのだ。


「存在特性は使用者の意思の力。つまり、意識が途切れれば効果も消える……だったよな、アトラ?」

『はい。稀に永続効果や常時発動のものも存在するそうですが、使い手を倒すのが単純にして有効な手段です』

「あとは相性と工夫。相手の能力を正確に把握することが重要だ……ってエルグランさんが言ってたっけ」


 暗殺集団サザンシスの長・エルグランは存在特性【簒奪】の使い手。ライは【神衣】を修得する為に存在特性に関する助言を受けていた。


 存在特性の看破は戦いを有利に運ぶ為に必須……。たとえ魔物相手でもそれは変わらない。


 先程の『地下を透過する能力』はこちらの攻撃を当てづらい反面、地下に限定されているので地上に出してしまえば効力を失う可能性がある。

 また『透明化』は、実体が消えたり透過する訳では無いので波動を使用し感知すれば良い。『見えない壁』も通常ならかなり厄介ではあるものの、同じく波動で感知は出来るだろう。


 ただ、一つ問題もある。波動と纏装は同時展開できないのだ。


「まぁ当然だけどさ……出来たらそれは擬似とはいえ【神衣かむい】な訳だし」

『主は研鑽の末に技術を修得したのでは?』

はまだ完成じゃないけどね……。ベルフラガと戦う際は遠距離主体……しかも相手が強すぎる上に研鑽不足でとても使う余裕が無かったけど」

『この際、魔物相手に試しますか?』

「う~ん……は威力が強いからなぁ。取り敢えず今は保留。不殺を解いても出来れば殺したくないんだよね、魔物でも」


 新たな波動の技法はライも未だ研鑽中──その力の程は間もなく明らかになる。


「とにかく、残るは二十二体……出来れば全部封印したいかな」

『では先ず、神具による広範囲神格魔法で試してみるのは如何ですか?』

「そうだな」


 存在特性により抵抗や打ち消しをされる可能性はある。しかし、全ての魔物が抵抗できる存在特性を宿している訳でもない筈。

 ならば、数を減らしていくのが常套手段。せめてライの分身が減った分は魔物も減らしたいところだ。


「もう一丁波動魔法……と、いきたいところだけど流石に温存かな」

『例の“四体の大型魔物”を見越してですね?』

「ああ。それに、ヒイロ自身もまだ未知数だし」


 今の魔物達を突破した時点で、異空間内の行動はヒイロとの対話を残すのみになる。だが、魔物を幾度も創生していることから穏便にとはいかないのは目に見えていた。

 ヒイロがベルフラガと同等の強さだった場合、抑えるにはやはり力が必要となるだろう。


 しかし……今のライは制限が掛かっている状態。半精霊体以上には変化できず、聖獣ワタマルによる因果補助も無い……。

 【神衣】の使用も五分五分の賭けに出るしかない。やはり消費は抑えたいところだった。


「まぁ取り敢えず色々やってみるさ。手伝ってくれ、アトラ」

『承知しました』


 今の朋竜剣はアトラの一部でもある。組み込まれた魔法に早速補助として範囲拡大を行った。


 ライが朋竜剣にて発動したのは時空間系の《封縛重鎖》という封印魔法──。


 地に浮かぶ魔法陣から伸びる黒き鎖が相手を捕らえると同時に重力負荷が発生、相手を地に縛り付け魔法陣内に封印する。

 本来ならば対個人用の封印魔法をアトラの補助により広大な範囲で展開。ライの意図を理解した魔法式構築は、実に残る森全てを対象として発動した。


 そして魔法の手応えはそれなりにあった……。改めて確認すれば凡そ半数といったところだ。


『………封印は十体。残るは回避・抵抗されました』

「ああ。ヒイロと三体の魔物、それと魔獣もあっさり抵抗したな……」


 一体の魔物は地下なので対象外。結局、ヒイロの主戦力は削れなかったことになる。


「まぁ十体封じられたなら御の字か……。さて……ここからは地道にいこう」


 残る十二体の魔物を一気に封じることにしたライは、《千里眼》を発動し位置を捕捉……近場の魔物から順に対峙し朋竜剣の封印効果を使用。幸いなことに残る魔物同士は上手くバラけていて、五体の魔物は難なく封印することができた。


 だが……残る七体が問題だった。五体の封印をする間に集結しライを待ち構えていたのだ。


「コイツら……連携する為にわざと五体を囮にしたのか?」

『恐らくは……どうやら魔物同士は何かの意思疎通を行っていた様です』

「……。てことは、最後の七体が連携してくるのは間違いないな……やることは変わらないけど」


 ライは警戒を更に高め次の魔物へと迫る。


 が……。


「うおっ!?」


 突然視界がぼやけたかと思った瞬間、目の前が空色一色に……次に気付いたのは、浮遊感から身体にかかる重力により落ちる感覚……。

 即座に周囲を確認し気付いたのは、そこが森の遥か上空であるという事実。


「くっ……!上空に【空間転送】されたのか!?」


 事前に魔力の流れを感じなかったことから存在特性だろうことはほぼ間違いない。通常ならこの程度は問題にもならない……だが、この異空間では魔法による飛翔が行えない。落下で死ぬことは無くとも空中で大きく移動出来ないのは痛手だ。


 そして、恐らくそれこそが魔物の狙い──ライの考えが正しいことを示すように、下方からは魔力物質の杭が連続で迫る。


 ライは風属性纏装で直ぐ様体勢を調整し波動展開へ変更。自由落下しながら球状に発動した波動吼・《無傘天理》により魔力物質を受け流すが、一つが表面で炸裂……追撃した杭が波動の壁を貫いた。

 そこでライは波動を解除し即座に《魔力吸収》纏装を展開。炸裂前の魔力物質全てを取り込んだ。


「今のはちょっとヤバかった……」


 流石に魔力物質の炸裂となると全くの無傷という訳にはいかない。たとえそれが“ 掠り傷程度のアトラの損傷 ”だったとしても、ライは納得はしない。


 しかし現状、飛翔ができないことはかなりの不利……そこで朋竜剣の空間魔法効果による防壁を足場にしようとしたのだが……今度は朋竜剣が発動しない。


「?……効果が発動しない?」

『【魔法式妨害】……これも存在特性の様ですね』

「次から次に……」


 その間も下方からは続けて神格魔法が迫る。


 チャクラによる《解析》を使用し判明した魔法は、重力魔法 《闇葬刃》に吸収魔法 《魔蝕蟲》……中でも厄介だったのは創生魔法 《奪命光》──触れれば即死という拳大の赤い光球は、波動で逸らしてもひたすら付き纏い《無傘天理》の周囲を廻っている。しかも複数……。


 纏装と波動吼とを切り替えつつ落下しているライはかなり追い込まれた状況となった──。



「なぁ!ベルフラガ!ライを手伝わないのかよ!?」


 とうとう痺れを切らしたエイルがそう提案したが、ベルフラガはやんわりと嗜めた。


「エイル……ライは助けを求めていますか?」

「いや……。求めちゃいないけどさ……」

「では、見ていなさい。これは貴女達の為でもあるのです」

「あたしらの為?」

「そう……。この先、闘神が復活し戦いが始まれば待っているのはこんな危機の比ではありません。最低でも存在特性が必要になります」


 存在特性は概念の力──戦いの場で多くの存在特性を見て感じることは自らの存在特性の開花にも繋がるのだ、とベルフラガは述べた。


「それならウチの同居人が存在特性が使えるから、使って貰って近くに居れば良いだろ?」

「それでは駄目なのですよ。必要なのは追い込まれる危機感……人は窮地でこそ眠った力を引き出すのです。直接ではないにしろ今の貴女達はライの危機を目にし自らの無力を感じている筈……その焦りで心から力を求めなさい。……アービン、貴方もですよ?今、この時に感覚を研ぎ澄ませ感じることです」


 かつてベルフラガは、魔獣と対峙した際に魔法を一種類に制限し自らを追い込んだことで存在特性に覚醒したと経験を語る。それとて魔石食いで魔人化していたベルフラガがギリギリで勝てた上位魔獣との戦い……。


 ライに至っては闘神の眷族デミオスとの戦いで限界を超えた先での獲得……それまでライは数多の危機を乗り越えたにも拘わらずようやくの体得だった。


 存在特性の後天的な修得はそれ程に困難なのである。


「特にエイル……貴女は聖獣との融合で漠然とした感覚は解る筈なのですよ。だから敢えて言いましょう。ライを手助けしたいならば存在特性で行いなさい。それ以外は認めません」

「くっ……あたしがお前の言うことを聞く謂れはないぜ?」

「では、御自由に。そしてライの足手まといになれば良い。魔法すら使えない貴女達を感知できない複数の攻撃からライは身を呈して守るでしょうね?」

「…………っ」

『エイル。ベルフラガは後々ライの力になる為に今を学べって言ってるんだよ?憎まれ役まで買ってさ』

「………わかってるよ、そんなことは」


 コウの言葉にエイルは仏頂面で地に腰を下ろし胡座をかいた。そしてそのまま目を閉じ魔物達の気配を探る。

 エイルはエイルなりに自分のやるべきことを理解したのだろう。


「………厳しいですね、ベルフラガ殿」

「ライと協力を約束したのでね。闘神との戦いにはより多くの【存在特性】……そして【神衣】という力が必要になる。エイルはそこに至れる可能性が高いですから、必然的に……ね」


 そして……ベルフラガは視線をフェルミナへと向ける。


(その点、概念力を宿す大聖霊は【神衣】に最も近い筈なのですが……)


 何故、大聖霊たるフェルミナが【神衣】に至っていないのか……ベルフラガは不思議に思っていた。いや……実は【神衣】に至れないのではなく無意識に避けているとさえ考えている。


(創世神の写し身・大聖霊──その辺りも何かありそうですが、私の役割ではありませんね……ライ)


 次に視線を向けた先には、間もなく地上に着地するであろうライの姿が……。

 しかし、ライは地に足を着くことはない。何故ならば再び上空高くへと【転送】されたから……。


「またかよ!?」


 落下の無限ループ。御丁寧に《無傘天理》にまとわり付く《奪命光》も一緒だ。これには流石のライも苛立ちを隠せない。


「くっ……。こっちは魔法使えないのにアッチはやりたい放題とか、段々腹が立ってきた……」


 《無傘天理》を解除し、迫る《奪命球》を素早く《天網斬り》にて撃ち破ったライは、次の手を考えていた。


「予定変更。アトラ……を使う」

『宜しいのですか?』

「そろそろ時間も惜しいからね……頑張って調整してみるさ」


 異空間に入って凡そ半日程……ベルフラガとの戦いも合わせればかなりの時間が経過している。異空間の内と外で時の流れが同じならば当然、夜になっている筈だ。


「とはいえ、このままじゃ近付くのも難しい。そこでアトラ……大聖霊化した時みたいに翼を出せる?」

『可能ですが、この空間では魔力の推進飛行が無効化されるので遅いですよ?』

「そこは大丈夫。要は滑空する際の姿勢制御で的を絞らせない様にしたいんだ。推進は風属性纏装で何とかする」

『分かりました』

「さて……じゃあ、やるか」


 暴風とも言える風の纏装を足に展開し空を蹴る。姿勢制御をアトラに任せライは下方へと加速した。


 風属性纏装による加速、プラス落下の等加速……竜鱗装甲から展開された竜の翼で不規則な軌道を描く。攻撃を回避し地に着地した瞬間……ライは新たな力を解放。


 【波動氣吼法】


 それもまた【神衣】の変化型──敢えて見せたのはベルフラガやエイル達に知覚させる為でもあった。


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