第七部 第五部 第十二話 異空間の果て


 それは、やがて訪れる闘神との戦いの為にライが研鑽を試みていた『可能性の力』──。


 【神衣】を一枚のコインと例えるなら、【存在特性】と対となるもう一つの能力……。


「んじゃ……危なそうなら止めてくれ、アトラ」

『承知しました』

「いくぞ!」


 額のチャクラを開き、《千里眼》にて魔力物質を射出した魔物を捕捉。そしてライが波動と共に展開したのは闘気……生命力である【氣】から生み出される纏装『命纏装』──それを波動と少しづつ融け合わせ効果を変化させる。


 結果、発生したのは当人以外の目に見えない纏装──波動よりも重い圧力を放つ純粋な攻防一体の強化戦術。


 ライはそれを【波動氣吼法】と名付けた。


「先ずは小手調べ……死なないでくれよ?」


 ライにのみ見える仄かに赤い纏装を右腕に集中、そのまま空を凪ぐ様に振るう。

 赤い纏装──波動氣吼は腕から拡大展開され巨大な腕型を形成。長い鞭の様に伸びつつ森の木々をへし折り凪ぎ払った。


 魔物は本能で身構えたがその速度に反応が間に合わず、見えない力によって弾き飛ばされることとなる。


「……う~ん。大丈夫……だよな?」


 ライは思ったよりも威力が出てしまったことに首を傾げる。それでも【神衣】よりは抑制された力なのだが、こればかりは慣れの問題なのだろう。


 一方、ライを見守っていたベルフラガ達は驚きを隠せない。


「……。本当に彼には驚かされてばかりですね。ここに来て新しい力……いえ、技法ですか」

「べ、ベルフラガ殿。今のは……」

「アービンは【神衣】という力を知っていますか?」

「情報としては、ですが……今のが?」

「いいえ……。ですが、それと同種の力の様ですね。力を感じることができませんが、あの威力……ライは決着を意識し始めたのかもしれません」


 見えず感じない力はそれだけで優位性が高い。後はその力の質だが、これはベルフラガにも把握は出来ていない。

 先程エイルやアービンに告げたことが今、自身にも当てはまっていることにベルフラガは苦笑いを浮かべている。


(そうですか……これを期に私にも波動を知れということですね?ならば存分に見せて貰いましょうか)


 サザンシスの使用する完全なる隠形纏装とは違い、波動氣吼からは得体の知れない圧力のみは感じられる。ベルフラガはその感覚を修得する為に意識を集中しライの戦いを見守った。


 一方、ライは凪ぎ払った魔物の様子を窺う。魔物は加減抜きではあっさりと死に至らしめてしまうだろう。ならばこそ、この場にて研鑽が必要となる。


 不殺を解いてはいるが、力に差があるならば無理に仕留める必要もない。

 そして、これもまた研鑽──殺さず、かつ無力化する程度の加減と力の行使が求められた。


「遠距離だとやっぱり操作が雑になるな……。かといって、近距離でもなぁ……取り敢えず最小出力で試していくしかないか」


 常時展開している纏装の様に出力を衣一枚まで抑制。それでも【纏装】の比ではない力は【神衣】の一端故か……引き上げられた身体能力はやはり大きい。

 地を踏みしめ一蹴りしたライは凪ぎ払われた森を瞬時に移動。新たな魔物の姿を捉えると再び跳躍……その速度に魔物は反応することができない。


「先ずは一体目……」


 波動氣吼法の特性の一つは【命纏装】と【波動吼】のどちらの効果も引き継いでいること。ライが使用するのは波動吼・《鐘波》の様に指向性を持たせた波動──。


 波動氣吼法により進化した力を拳に乗せ、魔物の身体に当たる直前で寸止めを行う。他者に見えない赤い波動は前面に水紋の様に拡がると獣の咆哮の様な音が響いた。

 途端……魔物は意識を刈り取られ昏倒し倒れた。


「うっし!今度は成功……《鐘波》とはまた違った使い方ができるな」


 波動氣吼法・【波紋鐘はもんしょう


 波動吼の力を集束し放つ《鐘波》とは逆に、強すぎる波動気吼の力を薄め散らす。この際に発生する余波を利用した《鐘波》の変型。

 威力と指向性に課題があったものの、常なる研鑽で調整に成功した波動氣吼最初の技である。


 この技の利点は、範囲の限定される《鐘波》と違い広範囲に複数放てることだ。


『主……』

「おっと……封印封印」


 朋竜剣を地に突き立て《封縛重鎖》にて魔物を封印。次の目標を定める。 


「もう一丁!」


 再度の移動と同時に三体の魔物を見付けたライは、再び《波紋鐘》を使用。近接していた魔物二体の意識を刈り取った。

 だが、一体は直感で防御し意識を保っていた。


「コイツ、【見えない壁】のヤツか……。波動魔法で封印されてなかったんだな」

『恐らくですが、見えない壁を足場に跳躍し魔法から逃れたのかと』

「へぇ~……中々便利な存在特性だな」


 朋竜剣を地に突き立て先に二体を封印。様子を見ていた魔物はライを警戒しつつ後退りしている。


 《波紋鐘》を防いだことから波動氣吼やある種の存在特性も防げるであろう【見えない壁】。《波紋鐘》は相性が悪い印象を受ける。


「なら……」


 手を前に翳し波動氣吼を拡大展開。巨大な手型で魔物上部から被せるように取り囲み、その状態を維持しつつ《波紋鐘》を放つ。

 波動氣吼を伝い魔物を閉じ込めた空間内に《波紋鐘》が響く。魔物は反射的に【見えない壁】を展開するも四方八方から伝わる波に翻弄された。


 複数の《波紋鐘》により【見えない壁】は破壊され、魔物は意識を失った。


「中々頑張ったな。……。こういうのを見ると魔物が消されるのが余計に可哀想に感じるんだよなぁ……」

『……主は優しすぎるのですよ』


 所詮は意図の元に生み出された存在……。しかし、そこには確かに心がある筈だとライは考える。単なる魔法式だった【破壊者】に対してさえ心を慮るのだ。命を宿す者には尚のことだろう。


 魔物には敵意は有れど悪意は無いのだ。ヒイロを救う為なれど、現時点でライにはかなり辛い戦いに身を置いていることになる。


「さて……残るは四体。姿が見えないな……。【魔力物質射出】のヤツもまだ封印してない筈なんだけど」

『恐らく隠形型の存在特性が隠しているのでしょう』

「なら、波動で見付ける」


 自らを中心に波動氣吼を展開。水に波紋が伝わるように広がる波動は、異空間内に存在する者の波動と干渉し場所をライに伝える。たとえ気配を隠蔽する能力でさえも、その揺らぎで位置が分かってしまうのだ。

 

「残りは三体……固まってるなら好都合かな?」


 どうやら存在特性による膜を張り一切の気配を絶つ能力らしいが、波動の揺らぎはそこにある違和感を浮かび上がらせる。


「【御神楽】のハヤテさんに近い存在特性みたいだな。汎用性は魔物の方が上かな?でもまぁ、残念というか勿体無い」


 跳躍による移動。魔物達に接近したライは、波動氣吼の新しい力を展開。


 波動氣吼二つ目の特性は形状変化。纏装も似た様なことはできるがそれ程多機能という訳ではない。精々身体に重ねる部分に多少の変化を加えるといった範疇である。

 しかし、波動氣吼はその出力の大きさから多様な形状変化が可能となった。先程樹木を薙ぎ倒した変化もその一つ。


 右手から拡大した波動氣吼は三又に分かれ魔物を把握した位置へと伸びる。更にその形状は鋭い刃へと形を変えた。

 存在特性の膜は波動氣吼の刃に斬り裂かれ、魔物が姿を現す。


 続いてライは《千里眼》を使用。【魔力物質射出】の存在特性を持つ魔物を特定し接近、《波紋鐘》による無力化と朋竜剣での封印を手早く行った。


 この時点で魔物は……既に戦意を失っている様だった。


「……こ、これは後味が悪い」


 圧倒的な力による制圧──そのこと自体は否定はしない。しかしこれは、魔物にとってはその存在意義を全否定されたとも言えなくもない。


「……。取り敢えずヒイロに会って会話が可能なら消さないで貰えるか聞いてみる。そしたら……お前達の存在も調整して生きていられる様にするからさ?悪いけど封印されてくれないか?」


 ライの呼び掛けに魔物は答えることはない。ホオズキならば魔物の気持ちも理解できるのだろうが、今のライにはこの程度が限界だった。


 そしてライは、ほぼ無抵抗となった魔物を朋竜剣の《封縛重鎖》にて封印。波動氣吼法を解除……しようとしたのだが……。


「……っ!」


 遠距離から飛来したのは巨大な銛の様な形状の物体。ライは反射的に波動氣吼で《無傘天理》を展開……半球状の膜が銛を防いだ。


「何だ……!?」

『ヒイロの傍に居た魔物、【猟師貝】の攻撃です』

「……。いよいよ以てお出ましか」


 ヒイロの主戦力とも言える魔物四体。その内一体は魔獣に取り付き操っている特殊な個体だが、残りは一般的に知られている魔物を巨大化させた姿だ。

 当然、猟師貝も小さな一軒家程はある。遠距離からの攻撃は一種の砲台の如きだった。


「……。でも、今のはヤバかったか?普通の《無傘天理》じゃ貫通してたかも」

『ですが、主なら《天網斬り》で対処できた筈です』

「まぁね……。でも、あの距離からこの威力は脅威だな」


 『猟師貝』という魔物はイモ貝が魔物化したものである。イモ貝は口から毒針を伸ばし獲物を刺し捕らえるのだが、猟師貝は毒針自体を撃ち出すよう進化していた。当然、先程の銛にも毒が付着している。

 そして毒は猛毒……ライに即死は無くとも動きを鈍らせる程度の効果はあるだろう。


(さて……どうするかな)


 先行して猟師貝だけを蹴散らす手も無くはない。が、十中八九残りの魔物はそれを待ち構えている筈。


 波動氣吼はまだ不馴れで長時間の連続使用には向かない。皆を守りながら進むのも負担が増える。不殺の枷を外したとはいえ殲滅は極力避けたい。そう考えていたその時……後ろから声が掛かった。


「もう良いぜ、ライ。後はあたしがヒイロの前まで連れていく」

「エイル……」

「これだけ近付けば問題ないよな、コウ?」

『そうだね。ま、行けるんじゃない?』


 エイルはライに近付こうとしたが波動氣吼に阻まれ近付けない。


「……む~!何で近付けないんだよ!」

「アハハハ。ちょっと待っててくれ、エイル」


 波動氣吼を解除した途端、エイルは前のめりになりライにしがみついた。


 しかし……。


「鎧が厳つい……」

「そ、そこは流石に戦場だし?」

「ま、良いや。ここからはあたしが道を作る……というか盾になる。本当はトンネルみたいな壁を造るつもりだったんだけどさ?」


 聖獣コウの概念力を用い鉱物に囲まれた通路の作製を予定していたエイルだが、有象無象はライが片付けてしまった。故に負担が減ったのは好都合だった。

 後は正面の魔物のみ……ならば、全員の前に盾を展開し進む方がより疲弊も抑えられる。


「大丈夫か、エイル?」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとヒイロと対峙した時の余力も残すからさ?」

「分かった。頼む」

「おう!頼まれた!」


 エイルは【御魂宿し】としての概念力を展開。出現したのはロウド世界に於いて三番目の強度を誇る『燐天鉱』にて構築された円盾。


 全員の前にその身を隠す程の大きさで展開した円盾は、幾つも穴が開いていて向こう側が覗けるようになっていた。

 それを更に回転させることにより、まるで火の粉を撒き散らす半透明な盾のようになり視界が確保される。


「おお……」

「さ。行こうぜ?」

「でも、森を行くにはちょっと不便じゃないか?」

「それは大丈夫ですよ」


 ベルフラガの神具により竜巻が発生──進行方向の木々は薙ぎ倒され一筋の道が拓けた。


「………。ベルフラガは樹を倒すの躊躇しないよな」

「経験の差ですよ。私は取捨選択を繰り返してきましたからね……。必要なら取り払うことに慣れてしまいました」

「……。いや、助かるよ」

「では、行きましょうか」


 拓けた道の先には最後の障害である魔物……そしてヒイロが待つ。


 異空間での行動は間も無く終わりを迎えるのだが……物事はいつもの如く一筋縄では行かないことをライは自覚させられることになる。


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