第七部 第五章 第十三話 アービンの覚悟


 ライ達はベルフラガが切り拓いた道を再び駈ける。


 時折砲弾の様に放たれる巨大な銛は、エイルの展開した円盾が防いでいるので進行を妨げるには至らない。


「あと少しだな……」

「残る魔物は四体。うち一体は魔獣を操っているので実質戦力はヒイロを入れて五──。対するこちらも五人……但し……」

「フェルミナは戦わせないよ?回復の他にも役割があるし、エイルがヒイロの説得をする際の手助けも頼むつもりだから」

「………。では、エイルとフェルミナにはヒイロを任せるとして……戦力は私とライ、アービンの三人ですか?」

「問題ないだろ?」

「問題はないですね」

「………」


 さらりと話を続けるベルフラガ。が……アービンは自分の存在に意味があったのか不安になっていた。


 レフ族由来の相手ということでシュレイドに話を聞かされ協力を買って出たことに後悔はない。だが、蓋を開ければ自分はあまり役に立っている気がしない。

 活躍の場が欲しかった訳ではない。利を求めている訳でも、責務で動いている訳でも無い。ただ先祖の血筋の不幸を救いたいという純粋な気持ちからの行動だった。


 しかし、改めて思えば自分は守って貰ってさえいる様な気がする。現に今、エイルの力で労することなく移動をしているのだ。



 近年名を馳せた『剣の勇者アービン・ベルザー』。大層な通り名に気恥ずかしさを感じていたが、自分は確かに勇者として実力を伸ばしている自信はあった。

 事実……マリアンヌから直接指導を受けた者の中では上位の実力を誇り、家宝の神具『明星剣』と組み合わせれば中位の魔獣とも単独で渡り合うことができる。魔獣アバドンの大量発生時に各地を駈け巡ったことはシウト国でも評判となっている。


 それでもアービンは慢心することなく修行を続けていた。全てはベルザー家から輩出された勇者という誇りと、レフ族の血の正しさを認めて貰いたいが故……。

 だから、魔法に適性が有りながらもそれに頼りきりにせず剣や纏装の研鑽も怠りはしなかった。


 しかし、そんなアービンは自らの実力が届かぬ領域を目の当たりにし少なからず動揺している。勿論、他者の実力を妬んでいる訳ではない。


 簡単に言えば……アービンは実力不足に落ち込んでいるのだ。


 と──そんなアービンに気付いたのは同じ勇者であるライだ。


 無論ベルフラガも気付いていた様ではあるが、勇者のことは勇者に任せるのが一番だと考えたのだろう。


「アービンさん、何かありましたか?」

「特には……。……。いや……正直なところ、私は自分の弱さを痛感しているところだよ。今、この場に居る中では私は必要がない気がしていた」

「そんなことは……」

「気を遣う必要はないさ。私は……」

「アービンさんて普段どんな生活なんですか?」

「え?あ……いや……」


 突然話の方向が明後日に……。


「……。基本的にはデルテン領で研鑽している。有事の際はデルテン領主やシウト国から依頼がくる様になっているよ」

「剣の流派は?」

「ガルナアルド流を元にした我流」

「へぇ~……シウト国じゃ珍しいですね」


 ガルナアルド剣術は小国ラヴェリント発祥の流派。門外不出という訳ではないが、修得が難しい剣でもあると伝わっている。


「先代の当主……父が若い頃に武者修行に出ていたらしくてね。私はそれを叩き込まれた」

「でも、ガルナアルド流って確か……」

「そう、大剣の流派だ。私は本来大剣使い……しかし、『明星剣』に選ばれて型を変えた。明星剣の刃は大剣にも変化が可能だけど、柄の長さは長剣のそれでしかないからね」


 柄の長さが違えば握りから振りから勝手が違ってくる。結局、元の技の型は幾つか使えなくなりアービンは自己研鑽の末に今の剣術へと昇華した。

 アービンはレフ族の血を継ぐだけあり線が細い美男に見えるが、実は剛剣の使い手でもあることはあまり知られていない。


「剣が軽い分、片手がどうも力が有り余る感じがした。加えて明星剣は切れ味が良いから尚更に……だから私は空いた手に防御の技を加えた」


 防盾術、甲冑術、そして魔法を加えた防御の技。鎧の右腕は通常より厚く硬くを選択した。それでも今は竜鱗装甲になったので軽く、殆ど負担にはならない。


「つまりそれって、シュレイドさんの『アルバー双剣流』に似てますね」

「確かに。シュレイドは友人だから似た……訳ではないが、家族からの流派に改良を加えた点では同じか」

「強くなる為には工夫や必要なものが多いですね……。俺もまだまだですし」

「君が……?」


 超常の力を持つ者が何の冗談だと思った。だが、ライの表情から本気でそう考えていることがアービンに伝わる。


「救えたかもしれないものを俺は沢山こぼしてるんです。あ……これは剣術に限った話じゃないですよ?」

「だが……人には限界がある。全てが救える訳ではないだろう?」

「ハハ……師匠にも良く言われます。でも、出来ることなんて多い方が良いじゃないですか?」

「確かにそうだが……」

「だから、もっと必要になる。もっと、もっと……って。でも足りない。俺は……まだ弱い」

「…………」

「勿論、一人じゃ限界があるってことも理解してます。だからアービンさん……協力して貰えませんか?」


 ライからの頼み……アービンは少し緊張気味に確認した。


「それで……一体何を?」

「今からアービンさんの竜鱗装甲に覚醒を促してみます。上手く行けば意思持つ竜鱗装甲になって【波動】に関わる技術が伝えられる……受けてくれますか?」

「そんなことが可能なのか……?」

「マーナやルーヴェストさんの竜鱗装甲は無理でした。何でも、改修前だったんで機能が足りないとかで……。でも、アービンさんの竜鱗装甲は新型──【アトラ】の情報を基礎にして作製したと聞いてます」


 アトラの情報が元になっているのならば覚醒の可能性はある。そして成功した場合、それは新たな意思ある竜鱗装甲の誕生を意味する。


「それが本当なら、こちらから頼みたいが……」

「ありがとうございます。アトラ」

『了解しました』


 その行為は走ったままで行われた。


 ライがアービンの背に触れると、アトラとの魔力回路が伸びアービンの竜鱗装甲に繋がる。同時にアービンの竜鱗装甲は魔石を激しく輝かせた。

 行われたのはそれだけのこと。ライは直ぐに手を離し走り続けている。


「どう、アトラ?」

『まだ少し足りませんね。必要なのは命を揺さぶる力……つまり纏装の力です』

「纏装の……わかった。やってみよう」


 極薄で常時展開の纏装を全開にしたアービン。その力が竜鱗装甲の魔石に吸い込まれると、鎧は変化を始める。


 重装甲の右側肩の辺りが竜の頭部を思わせる形状へと変化し、前腕部は籠手と一体型化した六角形の盾が出現。各部装甲も少し重厚感が増すデザインになった。

 暗めの赤だった鎧は、赤と金、そして黒の紋様を組み合わせた色へと姿を変える。


「こ、これは……」

『成功した様です。最後に新たな名を与えれば竜鱗装甲は完全に覚醒します』

「名前………」


 アービンは迷うことなくその名を呟いた。


「ガデル」


 名を口にしたと同時……竜鱗装甲の魔力回路が解放された。


『命名、確かに頂戴つかまつりました。我が名はガデル……主アービンの守りを担い敵を討つ力添えを致します。以後、お見知り置きを』

「あ、ああ……。……。これから宜しく頼むよ、ガデル」

『御意』


 新たに生まれた意思ある竜鱗装甲。ラジックやエルドナが知ったら憤慨した上『素晴らしい!』と叫ぶこと請け合いである。


「ガデルですか……。確か『おうさまのケンカ』の中で唯一、自分から戦わなかった王でしたよね?」

「ああ。ガデルは国民の為に守りに徹した鉄壁の王だよ」

「ともかく、これで波動に関する知識と感覚はガデルから学べるかと。それで改めて頼みなんですけど……」

「ハハ。そちらが本題か……」


 しかし、アービンはガデルの礼もある。今、感じている竜鱗装甲の力はそれまでのものとは別格……頼まれた形だが、これは大きな借りとも言える。


「聞こう」

「アービンさん、波動を修得したら信用できる相手に伝授して貰えませんか?」

「それは……私より君の方が適任なのでは?」

「恥ずかしながら、今は色々手一杯でして……。それに俺は『世界の敵』……だそうですから……」


 他者に技能を授けるには少々厄介な称号にライは苦笑いするしかない。

 そんな姿を見たアービン……成る程この男には似合わぬ称号だと苦笑いで返す。


「わかった。直ぐにとはいかないが修得を果たしたら必ず」

「ありがとうございます。じゃあ、俺はエイルにも話があるので」

「ああ……」


 そうしてライはエイルの傍へと移動して行った。


「………」

「……少しでも迷いは晴れましたか?」


 アービンの傍らに寄ってきたベルフラガ。少し呆れた視線を一瞬だけライへと向けたのが判る。


「……私は……励まされたんですね」

「自覚はできてるようですね。しかし、ただ励まされた訳ではないでしょう。半分は本心から託したのだと思いますよ。同じ『勇者』である貴方に……ね」

「責任は重いですね」

「気負うことはありません。ライは恐らく誰に対しても可能性を提示し続けているのでしょう。それこそ本当に『世界の敵』であった私にさえそうなのですから」


 期待していない訳ではない。相手がより最良の道を選べることがライにとっての願いでもある。

 そして縁が繋ぐ可能性の力を無自覚に理解し期待しているのだろう……ベルフラガはそうも口にした。


「アービン……もう一度聞きます。迷いは晴れましたか?」

「……はい。『世界の敵』とされても歩みを止めぬ勇者の姿を見たのです。励まされて、託されて……奮起しないのでは勇者失格でしょう」

「では、アービン。魔物との戦いに於いて不殺で挑んで下さい。加えて貴方には二体の相手をして貰います」

「……。望むところです」


 その目には力強い光が宿る。今、アービンの勇者としての覚悟は確かな信念へと変化した。

 目指すのは勇者としての高み。より多くの命を救い守る力……その為に必要なものは揃っている。


 アービンの覚悟はどれ程の意味を為すのか……他の縁ある者達の行動と同様に後に明らかになるだろう。


「さぁ……見えてきましたよ。アレがこの異空間の目的地……」


 ベルフラガが切り拓いた道の先に残る僅かな木々。更にその間からは地に根差す大きな花の蕾らしきものが見えた。

 花の蕾の周囲は花の絨毯で溢れている。そこにあるのは争いとは無縁な筈の光景……。


 だが……木々の手前には三つの影がある。


 一つは飛竜と呼ばれるトカゲが進化した魔物。通常知られる個体より一回りは大きく、確かに【竜】と目されても仕方のない姿だった。


 一つは剛猿と呼ばれる猿の進化した魔物。赤い体毛と額中央の角……飛竜と並ぶ程の巨体は怪力で知られ、『厄災』と認定されている程に狂暴と語られる個体。


 そしてもう一つ……。


「あれは……影鹿鳥かげしかちょうですね」


 ヘラ鹿の頭に鳥の身体、長い尾羽と強靭で太い足……。羽毛は黒茶基調だが、ヘラ鹿の角が薄紫がかっていて毒々しい印象を受ける魔獣。

 良く見れば鹿の首の部分に足を絡めたサソリの様な姿が見える。ライによると魔物は魔獣を操作しているらしい。


 猟師貝は地中……これが紛うことなきヒイロを守る最後の魔物達。



「さぁ……ヒイロとの対面といこうか」



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