第七部 第五章 第十四話 ベルフラガの予感


 遂にヒイロの元へと辿り着いたライ達。ここで改めて役割の確認が行われることとなった。


「先ず重要なのはヒイロとの対話を邪魔されないことでしょうね。その為に魔物と魔獣を受け持つ役割の分担が必要になりますが……一つ問題があります」

「異空間を構築した魔物、か……」

「ええ。異空間を創造した魔物は下手に手を出せませんからね……。この空間が維持できなくなれば、そのまま全員別の次元に飲まれて帰れなくなる可能性があります。だから封印が望ましいのですが……」


 エイルとフェルミナにはヒイロとの対話を、残るライ、ベルフラガ、アービンが必然的に魔物との対峙……ということになる。


「ライ。異空間を造ったのはどの魔物か確認しましたか?」 

「千里眼で確認したら『猟師貝』だったよ。地下に潜ってる状態でこの異空間の要になってる」

「地中ですか……厄介ですね」


 ヒイロの異空間に於ける要の魔物『猟師貝』は地中──。その状態のままなら問題ないのだが、時折口唇を地上に伸ばしそこから毒の銛を放っている様だ。


「と、なると……猟師貝は毒の銛を無力化しつつ地下に封じ込めるのが妥当かな……」

「そうですね……。ですが、その前に魔獣です。貴方は浄化するつもりなのでしょう?」

「ああ。出来ればそうしたいけど……」


 ベルフラガの内に存在していた魔獣細胞は、ライの手により聖獣のものへと変化している。霊獣細胞にならなかったのは細胞が自我を宿していなかったことが大きい様だ。

 そして自らの身を以て体験したベルフラガは、ライが魔獣に対し『浄化の力』を使う意図を理解していた。

 

 勿論、性分という面は大きいだろう。しかし、理由はそれだけではない。聖獣は無力な者達を守る力になる。多すぎて困るということは無いのだ。


「魔物が取り付いた今の状態で魔獣を浄化できますか?」

「いや……分離しないと多分無理かな。あの魔物、意識の固定とかしてるんだと思うし……」

「では、魔獣と魔物は一纏めでライに任せます。そうなると、地中の『猟師貝』は私が相手をするのが妥当なところでしょう。アービンには先に述べた様に残り二体を任せますが……大丈夫ですか?」

「分かりました」


 アービンは残る魔物、『剛猿』『飛竜』の実力を探る。そこでライは新たな『意思ある竜鱗装甲』であるガデルの機能使用を勧めた。


「アービンさん。竜鱗装甲の《解析》を使って下さい」

「解析……?」

先刻さっきの覚醒でアトラの機能の殆どはガデルも使えるようになった筈ですよ」

「……分かった。ガデル、頼む」

『御意』


 ガデルの機能によりアービンの視界に魔物の情報が表示される。


「こ、これは……」


 情報化された映像は直ぐに消え脳内情報へと変換される。これにより魔物の力や体力、魔力、能力等も把握……。

 魔法による《解析》を元に別モノへと変化した竜鱗装甲アトラの解析能力は、一部ライのチャクラの力からも影響を受けていた。


 そこでエイルには、ふとした疑問が浮かんだ。


「そう言えば、ライの《解析》と他の【解析】って何が違うんだ?」

「エイルは神格魔法の《解析》は使えるんだっけ?」

「ああ。でも、神格魔法の解析って何かゴチャゴチャしてるだろ?その割には解析できたり、できなかったりさ」

「ん~……そうだなぁ……」


 折角なので、ライは《解析》について説明を始めた。


 先ず、通常魔法の《解析》。正確には『相対解析』といい、自分を基準に相手の生命力と魔力を測るもの。少しづつ改良され、現在は魔力の残滓による使用属性判定まで行えるようになった。


 次に固有能力、または神格魔法の《解析》。こちらは神格魔法属性による【情報】の概念力が絡むもの。元が概念力なので解析・分析は大きく精度が上がる反面、情報量が多くなる。

 使用できる個体能力も明らかになるが、存在特性を解析する性能は低めである。


 マリアンヌの《解析》はこれに当たり、魔導人形だった頃の名残りとして固有能力を獲得したものである。


 そして、チャクラの能力の一つである《解析》は【存在解析】という存在特性。基本は概念力なので固有能力の解析と同様なのだが、存在を概念側から解析・分析するので精度はとても高い。情報の数値化やグラフ化、感覚としての把握等も可能となる。


「因みにアトラの《解析》は固有能力だけど、俺との同期でチャクラの能力の影響も受けたから精度が高い。情報も整理して貰えるよ」

「へぇ~……良いな、ソレ?」

「エルドナに頼んであるエイルやフェルミナの竜鱗装備も新型だから、多分能力は写せるよ。ただ……」


 《解析》は万能ではないとライは言う。霊位格が自分と同じ、またはそれよりも上の相手の場合は精度が著しく下がる。存在特性はおろか技能の判別も付かなくなることはライも体験済みだ。


 恐らくは《千里眼》も同様。チャクラは『神の存在特性』ではあるものの、所有者の力量に左右されるのは致し方無きことか……。


「それでも……ガデルの機能は私には十分すぎる力だ」

『光栄の極み』

「ハハハ……アービンさん。竜鱗装甲の力は信頼で上がります。力を与えて与えられて互いが進化して行く。それを忘れないで下さい」

「分かった。ありがとう、ライ」


 と……ガデルは魔物の《解析》を終える。魔物二体は想像よりも強く、アービンは存在特性の判明までには至らなかった。

 だが……アービンは自信に満ちた顔で宣言する。


「飛竜と剛猿の相手、確かに私が引き受けた。存外の強敵の様だがガデルとの初陣には丁度良いさ」

「そうですか……では、アービン。任せましたよ」


 ベルフラガはこれもまた試練だとアービンの肩を叩いた。


「じゃあ、役割は決まったな。エイルとフェルミナには念の為俺の小型分身を付けるから」

「あたしは……いや、フェルミナも守って貰う必要ないと思うぞ?」

「分かってるよ。それでもね……傷付いて欲しくない、守りたいって気持ちはあるんだよ」


 ライの言葉を聞いたエイルとフェルミナは、顔を見合わせて笑い合う。


「え、え?な、何?」

「何でもないですよ。ね、エイル?」

「ああ。何でもないから気にすんなって」

「え~……気~に~な~るぅ~!?」


 『守りたい』と言われて喜ぶ乙女心に気付かないのは残念勇者故か……。 

 そんな様子を見ていたベルフラガとアービンの目はやはり生温い。


「ハハ……。緊張感は崩れましたね」

「肩の力が抜ける分には良いでしょう。それにしてもライは何というか……」

「天然、ですか?」

「そうですね。良く言えば裏がないというか……。……。ところでアービン。貴方に意中の女性はいないのですか?」

「へっ……?」


 突然の質問にアービンは面食らった。


「ど、どうしました、突然?」

「いえ……。私達レフ族の血は大切な相手の為に暴走することもありますが、それは想いの強さの裏返しでもあります。そして想いは力にも成り得る。もし居ないのであれば見付けなさい……それが闘神と戦う際の原動力にもなります」

「………。ベルフラガ殿もそうなのですか?」

「ええ。恐らく今は……ね」

「……考えておきます」

「フフフ。まぁこればかりは縁でしょうがね……。それより今は……」


 先ずはヒイロを──同族を救う為にここまで来たのだ。今はそれを果たすことに全力を尽くす必要がある。


「ライ。そろそろ……」

「了解。多分これが異空間最後の仕事だ……皆、自分の安全が最優先だって忘れないでくれ。じゃあ……先ずは俺から」


 そう告げたライが先陣を切る。一気に魔獣・『影鹿鳥』の元へと距離を詰め、その足を掴み全身に力を込めた。


「ヨッ……コイショ!」


 巨体の筈の『影鹿鳥』はそのまま抵抗する間も無く遠方へと放り投げられる。だが、魔獣は鳥型……上空で体勢を立て直し滞空した。

 そこへ間髪入れずライの蹴りによる追撃。更に遠方へと飛ばされた魔獣を追ってライはエイル達の視界から消えた。


「……では、私も」


 ライの様な真似ができる程アービンはまだ強くない。しかし、竜鱗装甲の力が加われば話は別……。


 明星剣を鞘から抜き放ち現れたのは鎖状の刃。それを接近した『飛竜』に絡め、更に『剛猿』の周囲を回る。

 二体の魔物を絡め取ったアービンは竜鱗装甲の力を惜し気もなく使用した。


「身体強化!」


 竜鱗装甲ガデルの機能により剛力が加わり、アービンは思い切り明星剣を振るう。巨体を持つ『飛竜』『剛猿』はライが消えたのとは別方向へと引き離され、同時に明星剣の形態変化を解除し自らも二体の魔物を追った。


「……。エイル、フェルミナ。貴女達はヒイロの元へ。私は此処で邪魔をされない様に見張りつつ『猟師貝』への対処を行ないます」

「分かった。頼んだぜ、ベルフラガ」

「ええ。……。二人とも……一応警戒は忘れないように。少し悪い予感がします」

「悪い予感?」


 それはベルフラガがずっと考えていた違和感。恐らくライも気付いては居たが、ヒイロを救うことには変わらないので口にしなかっただろう可能性。


 助けを求めるようにエイルの前に姿を現したヒイロ。だが、この異空間内での対応は明らかな拒絶……。


 しかしながら、それならば何故異空間への侵入時にもっと抵抗しなかったのか?聖獣・聖刻兎の力が強くても抵抗の気配くらいは有っても良さそうなものだ。


 やはり何処か不安定なヒイロの対応には、何等かの問題が隠されている様にも思える。


「……。恐らくヒイロは私が状態に近い」

「そうだった?」

「私の場合は意図してそうしていましたが、ヒイロは違うのでしょう。エイル……ヒイロは二重人格、またはそれに類する状態かもしれません」

「…………」


 それは【魔人転生】による精神の歪みとは幾分異なる状態を意味する。

 魔力臓器の歪みは精神のバランスが崩れ不安定な状態に陥ること。負の感情が剥き出しになってはいるがそれもまた心の中で抱えている自分自身の感情なのだ。


 一方、ベルフラガは自らの精神を意図して分けた。元は一つではあるものの、同一根幹の思考では新たな視野を拓けないので敢えて別人格になるよう手を加えていた。


 そしてヒイロは、全く別者の意思が取り憑いているのではないか……とベルフラガは見立てていた。


「取り憑いているって……何がだよ?」

「私にもそこまでは……。ただ、ヒイロは操られていた場合は厄介ですよ?その時は迷わずライを頼りなさい」

「……分かった」

「ライも聞いていましたね?後は任せましたよ」


 ベルフラガの呼び掛けでフェルミナの肩からひょっこり顔を覗かせた『小人勇者ライ』はサムズアップで応えた。


(……。ま、まぁ何とかなるでしょう)


 忠告を終えたベルフラガは背を向けると新たな神具を取り出す。


 それは魔導師に相応しき錫杖型──真っ直ぐな黒い杖には赤い植物の蔦が装飾されている。杖の先端は半透明な球状の宝玉。更にその中には人頭鳥体の彫刻が収まっていた。


「では、始めましょうか」


 ヒイロとの邂逅──そして【解放】への行動が始まった。  



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る