第七部 第五章 第十五話 守護獣との戦い①


 ベルフラガが取り出したのは『見下ろす者の杖』という重力系の神具。


 この杖の効果は突いた物を対象に重力を増やすというもの。一度突けば五割増に、二度突けば倍に、三度目以降は倍掛けの状態を繰り返す。

 基本は対象のみに効果を与えるが、重力領域を展開することも可能だ。


 ベルフラガは視覚纏装である【流捉】を使用し地中の魔物『猟師貝』を捕捉……『見下ろす者の杖』にて大地を突き重力領域を展開。その行動を封じようとした。


「………」


 しかし、猟師貝は重力の効果影響下を受ける範囲からあっさり脱け出した。


 さながら水中を泳ぐかの様なその動き。猟師貝は海の魔物なので地中はそれ程素早く移動を行えない筈……ベルフラガはしばし思考した後、直ぐに結論に至った。


「考えてみれば空間の創造主でしたね。自分の創造した空間はさしずめ庭といったところでしょうか」


 異空間の設定は最低限創造主に都合良いのは当然の話……いや、この異空間に於いては自らが生息するに適した環境でなければならない。

 恐らく猟師貝が触れている場所は水棲領域となるよう設定されていると思われる。


 だが、それでもベルフラガには驚くべきことがあったのは事実だ。


 本来、異空間の要は固定される必要がある。中心となる位置に何らかの楔を用意し世界を構築し固定する。聖獣・聖刻兎が太古の建造物『祝福の塔』を中心に異空間を維持しているように、そして妖精達の住まう『彷徨う森』が中心に大樹と玉座を据えているように。


 余談だが、結界によっては異空間と同様の構築が存在する。聖獣達の聖地・月光郷の結界はラール神鋼を使用した異空間型結界である。


 因みに、空間収納庫等の神具にも中心核の楔が存在する。ライの作製したものは小指の爪程の魔石が収納庫中心にあることは当然知られていない。


「……初めは役割だけ果たせれば良い魔物を創生したのかと思っていましたが……ライの言うように確かな自我を持っているのでしょう。つまり、中心核は猟師貝ではなかった訳ですか」


 ベルフラガは猟師貝自身が異空間の要となっているのだと考えていた。中心に据える前提は最初の設定で変更が可能で、故にヒイロの傍で守られているのだと。

 しかし、地中を自在に動く様子から異空間の要の役割と猟師貝が別々であることが判った。


(………。そう言えばライが言っていましたね……。【千里眼】は細かく設定しないと情報が曖昧になると)


 千里眼での確認は『異空間を創造した魔物』……つまり、空間の要を探った訳ではない。それはベルフラガが述べた『魔物が空間の要となっている』という言葉からのことだろう。

 自分が発した言葉により先入観が生まれ見落としがあった……ベルフラガは一人苦笑いを浮かべた。


「私もまだまだですね……さて、それではどうしますか」


 空間の要は存在特性で形成されているだろう。そうなればベルフラガの存在特性【空間内魔力情報書き換え】は効果がない。

 それは恐らく猟師貝についても同様。存在特性は魔力を介さない力である。


 可能性としては『魔力を宿す生命』には違わないので干渉できるかもしれない。が、恐らくは通じないだろう。優位性は存在特性の方が高いのだ。


「仕方ありませんね……では、やはり封印が望ましいのでしょう」


 とはいうものの、猟師貝は地中をかなりの速度で移動できる様だ。封印の為に捕らえるにも地中に潜らねばならない。 

 そこでベルフラガが選択したのは精霊体化……物質干渉を受けず動ける魔力体ならば地中も動くことが可能。


 そして始まった地中での追走劇──。


 ベルフラガは転移系の神具を所有していない。故に通常の移動が必要となる。

 だが魔力体ならば物理干渉は受けないので、かなりの速度での移動が可能だった。


 それでも事はそう上手くは運ばない。


 先ず、猟師貝……これが巨体ながら意外に素早く、かつ勘が良かった。恐らく魔力感知能力だろう回避能力でベルフラガの動きを尽く避ける。

 加えて地の理。異空間内は魔法が使えない……というのはライ達侵入した側の条件である。当然魔物は魔法の行使が可能だった。


 そして追走するベルフラガに対し放たれる魔法。その多くは通常の大地魔法ではあるが、魔力体であるベルフラガを遮る魔力の壁程度の効果は宿していた。


(高い知能を宿しているとは思いましたが、ここまでとは……)


 やりづらい……ベルフラガは改めてそう感じた。


 そもそも、あらゆる事態に対処できるようにと用意してあった神具だが地中での効果は限定的になる。ベルフラガ得意の魔法も異空間では封じられていて、実体化して動くことも儘ならない。

 何より……不殺というのは存外足枷になる。ベルフラガはライの在り方を改めて難儀だと感じた。


(ふむ……弱りましたね)


 ベルフラガは一度移動を止め思考加速に入る。


 この状況でも可能な対策は幾つかある。予め罠を張りそこに追い込む方法、半精霊化による大規模破壊を行ない地上に炙り出す方法、そして使用が可能な波動魔法による制圧……。


(堅実的なのは罠ですかね……あまり周囲に被害を出すと、ライはともかくアービンの不利な状況に成り得ますし)


 突然地形が変わるとアービンが対応しきれない可能性を含め、ベルフラガは比較的大人しめの方法を選ぶことにした。

 こうしてベルフラガは罠を張る準備に入る。ヒイロとの対話を妨げられないよう足止めにはなっているので問題は無いと判断したのだ。



 そして一方、魔獣と魔物のライは……。


「……やり辛ぇ」


 こちらも存外な苦戦中。


 強さがどうこうではなく、単に飛翔の可否が戦況を停滞させていた。


 とはいえ、膠着状態という訳ではない。飛翔する魔獣・影鹿鳥へ跳躍、更に風属性と空間属性の纏装を一瞬足に展開した空中跳躍を加えた攻撃はそれなりに効果を発揮していた。

 しかし、魔獣の例に漏れず影鹿鳥は高い再生力で即座に回復……ライは反撃を回避し着地という流れを繰り返していた。


 始めから不殺を念頭にしているライは、ある意味当然の理由での苦戦なのだが……当人としてはそれを含めたのが通常。地の利というものすら今まで無理矢理覆していたので、こと異空間に関してはかなり学習になったことだろう。


「備えってのは大事だね……でも、まさか今更対空戦闘で苦戦するとは思わなかった」

『今後は主の予備神具も考慮せねばなりませんね』

「まぁ、それは後から考えるとして……どうすっかな」


 こちらも選択肢が無い訳ではない。纏装による飛翔斬撃、波動魔法、華月神鳴流剣技にも対処技が無くもない。が……どうにもやり辛いのである。


 その理由が影鹿鳥の能力……。


 ライは再び跳躍、纏装による軌道変化を行ない魔獣へと迫る。と……影鹿鳥の角が輝き始める。


「くっ……今度はどっちだ!?」 

『申し訳ありません。判別不能です』


 ヘラジカの角は眩い程の輝きを溜めた後、猛烈な熱光線を放つ。


「今度はソッチか!」


 反射的に手にしていた朋竜剣で《天網斬り》を使用……光線は両断され二筋の光を残す。そしてその間に影鹿鳥は距離を空け降下するライを見下ろしている。


「……追撃もして来ないのかよ」


 着地と同時に影鹿鳥に視線を向けるライは小さく舌打ちした。


『恐らく光線を放った後、一時的に魔力が低下するのでしょう。狙う隙はそこにある……と言いたいところですが……』

「ああ。光線とは限らないから厄介なんだよな……」


 最初に魔獣の角が光った際、光線ではなく只の閃光だった。目眩ましの類いと思っていたが、直後にライは動きが封じられ影鹿鳥の魔力を纏った爪で攻撃を受けた。


 アトラの解析では影の概念による攻撃……影鹿鳥はその名の通り『影』を操作する概念力を宿す魔獣。ライの動きが封じられたのは閃光により生み出された影がライを捕らえ硬化した結果だった。

 二度目は光線……圧縮魔力の熱は竜鱗装甲でなければ流石に危なかった。


 そして先程のは五度目の攻撃。影鹿鳥は他にも自らの影を硬化し射出したり神格魔法を使用したりと多彩な攻撃を行っている。


「予備動作が全く同じで発動のタイミングも同じだから見分けが付かないんだよなぁ……。勘で行くしかないかな?」

『しかし、どのみち飛翔で距離を置かれるかと……』

「うぅむ……」


 そこでふと浮かんだのはその手に携えている朋竜剣・暁……機能を詰め込んだ神具ならば何か打開の糸口となるかとライは考えた。


「考えてみれば朋竜剣は多機能神具なんだよな……。アトラ、コイツの機能全部教えてくれ」

『全てとなると相当な数になりますが……』

「良いよ。多分だけど、エルドナもラジックさんもわざと多機能にしたんだと思うし」

『何故そんなことを……多機能過ぎれば使い勝手が悪くなる気もしますが?』

「多分、実験のつもりなんだろうな……。機能が幾つまでなら使いやすいとかを測るのが目的……ってトコか」


 それだけでなく、複数の効果組み合わせによる新たな術式情報獲得という目論見があることまではライも知らない。


 エルドナもラジックも結果が面白い程に燃える変態……もとい天才である。

 最早二人にとってのライは、多少の無茶振りさえ応え新たな知識欲を与えてくれる存在。しっかり実験台として利用されていた。


「でも、まぁこの際だ。朋竜剣を使い熟せる様にしようかと……」

『分かりました。では、朋竜剣・暁の魔法式から発動できる効果、六十七の機能を情報共有します』

「頼ん……え?ご、六十七?」

『六十七種です。直接的な効果以外にも間接系、補助・回復等もありますのでその位には』

「わ、分かった。頼む」


 アトラとの同期により脳内に溢れる朋竜剣の機能情報。多数の機能があるとは聞いていたがその数にライは驚くばかりである。最初に聞いていた攻撃特化系は本当に一部だったらしい。


「………。空間収納機能があるよ、おい……」


 そもそも竜の格納機能は空間収納機能と類似。備わっていても不思議ではない。


『しかし、収納空間は余裕が無い様です』

「何が入ってるんだ?」

『多種多様ですね。主に食糧や水、衣装、靴、後は……』

「あ、後は……?」

『……。ラジック氏の発明道具(失敗作)が相当量』

(……。さては、俺の力で素材に戻すつもりだったな?)


 それにしても剣の空間収納庫に食糧や服を入れておくのは無しだろうと言いたくなったライだが、考えてみれば聖刻兎の異空間と今回の異空間のどちらも閉じ込められた状態……これが長く続けばライやフェルミナ、そしてベルフラガはともかく、エイルやアービンが飢えてしまうかもしれない。

 備えとは確かに必要なもの……ライは改めて再認識するに至る。


 同様にラジックの発明品も何かの素材として使えるかもしれないと諦めることにした。


「転移系の機能もあったぞ……」

『どのみち、この空間では転移阻害の法則が組み込まれていると思われます』

「そういや、魔物も転移しないな……」

『転移は有利になる分、相手が使えば脅威にもなりますからね』

「確かにな……。ともかく、剣の機能は把握した。割と使えるじゃん……エルドナは戦闘特化の強力なヤツだって言ってたのに」


 ライが聞いていたのは数種。通常の神具は一つから三つの機能なので、そこまで多彩な機能が備わっていたとは今回初めて知ったこと。

 エルドナには少々人を驚かせて喜ぶ趣向があるので意図しての可能性も捨てきれないのだが……。


 事前に把握することの大切さもライは続けて学習した。


「良し……これなら何とかなるだろう。さて、やるか」





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