第七部 第五章 第十六話 守護獣との戦い②
ライ、そしてベルフラガがそれぞれの役割に動き始めた頃、『剣の勇者』アービンも魔物との戦いを始めていた。
アービンは己の実力を冷静に分析し弱さを認める聡明さを持っている。今回相手をする魔物は先程の《解析》により一体づつなら相対することが可能だという結論に至っていた。
しかし、それは存在特性を省いた場合の話である。更に二体と対峙という状況は結論から言えば相当な不利を意味していた。
それでも……アービンは魔物二体の相手を引き受けた。
ライやベルフラガが後から加勢してくれると考えた訳ではない。それは寧ろ恥とさえ考えている。アービンはレフ族血筋であると同時に貴族──ベルザー家の次期当主でもあるのだ。
今回、アービンは自らの役割を一つの試練として考えている。魔獣級の魔物二体を相手に戦う困難……できれば魔物は不殺という枷は、自らの成長に繋がる筈だ。
無論、レフ族の血筋を救いたいという願いは嘘ではない。それら全てを一纏めにして試練であり役割と考えたのである。
意志を宿した竜鱗装甲・ガデルと共に、アービンは『試練』へと挑む……。
「ぐっ……!?」
移動した先にて魔物『剛猿』の攻撃に堪えるアービン……剛猿はその巨体で森に根差していた樹木を引き抜き、棍棒の様にアービンへと叩き付けたのだ。
纏装を樹に纏わせた状態での力任せの殴打……だが、単純が故にそれは強力だった。ガデルの右腕に備わった盾にて樹木を防ぐも、衝撃によりアービンは数歩分押される形となる。
それでもアービンは体を回転させ上手く勢いを往なし、即座に剛猿への反撃を試みる。しかし剛猿は、樹木をあっさり手離すと一跳びで後退。次の瞬間、上空から飛竜の火球がアービン目掛けて降り注いだ。
対するアービンは明星剣を氷の魔剣に変えて氷柱を展開……火球は氷柱を大きく溶かしたものの貫通することなく消えた。
「魔物同士の連携……これ程厄介とは」
知性が高い魔物同士による連携は確かに厄介だった。剛猿は地、飛竜は空、地の利と数を生かした連携攻撃に苦戦を強いられるアービン……。
現時点で負傷が無いのは間違いなく竜鱗装甲の強度の恩恵……しかし、状態としては防戦一方とも言える。
「流石に手強い……」
『僭越ながら主……』
「何だ、ガデル?」
『何故、私を存分に使われぬのですか?』
ガデルとの同期を高めれば戦力は高まり戦略の幅も広がる。しかし現在、アービンはガデルの機能を防具としてしか使用していない。
「……済まない。お前を頼りたくない訳ではないんだ。今は自分の力がどの程度か試していた」
『申し訳ありません。差し出がましいことを……』
「いや……私の方こそお前の気持ちを考えるべきだったよ」
『勿体無き御言葉……』
アービンは無意識にガデルの使用を避けていた。ライの経験や技能を継承した竜鱗装甲ともなれば、自らの実力を超えた成果をあっさり果たしてしまうという考えがあった故のこと……。
しかし、ガデルの意識は誕生して間もない。存在意義としてアービンの役に立ちたいのは当然である。
そこでアービンはライの言葉を思い出す。竜鱗装甲と装着者の関係は信頼……支えて、支えられて互いに成長するのだ、と。アービンは自らの余裕の無さを反省した。
「やはり私は謝罪すべきだな……。ガデル……私はまだお前を頼ろうとしていなかったのだろう。だが今、ここに誓おう。我が守護者にして我が友ガデル……今後は共に在る者として至らぬ私を支えてくれ」
『おお……!このガデル、我が至上の主アービン様の為全力を尽くしましょうぞ!』
「良し……では、行こう!」
竜鱗装甲ガデルの機能開放──。
右腕の前腕に装備された六角型の盾は更に拡大し、竜の背と翼を連想させる大盾へと変化する。
通常は前腕に固定された状態だが、拳の部分を起点に可動し前方への防御も容易に行える形状だ。
更に、竜鱗装甲の背部に竜の翼が展開。この異空間で無ければ飛翔にも使用できるだろう赤と黒の皮膜は、マントのように背面で折り畳まれている。
「ガデル。出来れば殺さずに制圧したい」
『御意』
その間に再び上空からの火球が迫る。アービンはこれに対し右手の盾を上空に掲げ防御の姿勢を見せた。
火球は盾に衝突するや否や一瞬にして消滅……いや、吸収された。同時に盾の縁に近い位置に赤い宝玉が一つ浮かび上がる。
「上空の敵は厄介だな……」
『では、捕らえましょうか?』
「出来るのか?」
『お任せを』
ガデルの意図を同期により理解したアービンは、盾の先端を上空の飛竜へと向けた。同時に竜の尾を模した先端……鎖付きの
飛竜はこれを素早く回避したが鏃はガデルの意思により操作されている。自在にうねりつつ追尾する『竜の尾』は回避する飛竜をどこまでも狙い続ける。
この間に剛猿が接近。飛竜への攻撃を妨げる意図も含めアービンへと迫るが、明星剣がこれを阻む。氷柱が蕀の如く地に突き出しその進行を防いだ。
(……成る程。確かに一人で戦っているのではないと自覚させられる)
一人で全てを熟せないことはアービンも理解している。それは移動中にライと交わした会話での『多くを救う難しさ』にも通ずるものだ。
ライは言っていた……『出来ることは多くても困らないだろう』と。確かにその考え方はアービンも持っていた。だからこそ一人でやれる限界を見極める必要もあった。
しかし……こうして竜鱗装甲ガデルを身に纏い戦って見れば、共に在る存在の大きさを実感させられる。竜鱗装甲との信頼は確かに大きな意味を持っていた。
(互いを支える……か。実際は支えられる方が圧倒的に多い様だが、恐らくそれはライも同じなんだろうな)
装着者の成長は竜鱗装甲の成長となり、装着者を更なる高みへと引き上げる循環を生む。思考さえも共有する半身とも呼べる存在との出逢い──。
アービンはガデルという存在に感謝した。
「ハハハ」
『如何なされましたか、主?』
「いや……こうしてお前と戦えることが嬉しくてね。今、理解したよガデル。私はお前と出逢えて幸運だ」
『その御言葉、ガデルの
「頼むぞ、我が半身」
『御意』
鎖付きの鏃にて飛竜、明星剣にて剛猿、ガデルとの連携にて二体を相手に戦うことさえ負担が無くなった。いや、寧ろ有利な展開へと変化して行く。
飛竜を追い続けた鏃はやがて目標を捕らえる。飛竜の首に鎖を二、三度巻き付けると鏃が落下を始めた。重力加重による下降……飛竜は抵抗するも竜鱗の鎖は千切れることなく対象を捕らえて離さない。飛竜は遂に森の中に墜落した。
ここで竜鱗製の鎖は鏃を起点に分裂。飛竜の身体を地に縫い付け、更に重力属性纏装を加え拘束した。
『捕らえました。滅多なことでは動けぬ筈です』
「良し。では、先ずはこちらを制圧しよう」
『ハッ!』
盾から伸びる鎖を地に撃ち込み分離。改めて剛猿へと向き合うが、既に姿はない。
「……飛竜を助けに向かったか。だが、そうはさせん」
《身体強化》を発動したアービンは即座に剛猿を追う。剛猿はかなりの速度で移動していたが、重ね掛け《身体強化》により先に回り込み行く手を阻んだ。
しかし、剛猿は大きく跳躍するとアービンを越えてあっさり飛竜の元に着地を果たす。
「くっ……!」
その行動は生存本能による戦略か、それとも仲間を守るという知性からの行動か……剛猿は力の限り竜鱗の鎖を持ち上げ地の呪縛より飛竜を解放。自らは飛竜が飛び立つまでの壁となる。
「…………」
そこでアービンは改めて剛猿の目を見た。その眼光は鋭いが奥深くに強い意思のようなものが見えた気がした。
(……ライはこれを見越していたのか)
『主?』
「ガデル。どうやらこの魔物達は悪ではないらしい。やはり殺さず無力化したいが……今の私では難しいか」
剛猿は鎖を引き抜く際、アービンに背を向けていた。逸早く飛竜を解き放つには必要だったのだろう行為……しかし、それは自らの被害よりも仲間を優先した形でもある。
その手には鎖を剛力で引き抜く際の負傷も見て取れた。
「……。ガデル」
『宜しいのですか?』
「頼む」
『承知しました。勇者ライの技能を一部開放致します』
竜鱗装甲ガデルを通しアービンに伝えられる感覚……それは【波動吼】。
アービンは魔物の不殺と己のプライドを秤にかけ、不殺の為の手段を選んだ。ライの技能を実戦で使うことに躊躇いがあったアービンは、魔物達の行動を目の当たりにし考えを改めたのである。
「これが……波動……」
『魔力と違い尽きること無き存在の波。勇者ライはこれを防御・回避に重用しております』
「それでは無力化に少し足りないな……」
『一先ずは慣れて頂く必要があるのです。その間に勇者ライの戦いを元に、魔物を無力化する手段を幾つか講じますれば御容赦を』
「いや……お前に従おう。勇者ライの戦い方……興味がある」
その間に飛竜は体制を立て直し飛翔……剛猿は近くの樹木へと手を伸ばし引き抜くと身構えアービンを凝視している。
「………。お前達を殺したくないのだがな……。大人しく拘束されて欲しいと言うのは流石に無理な相談か」
それは無意識にこぼれたアービンの言葉。魔物が応える訳もないと理解はしていた。しかし、ライの行動に幾分なり感じ入るものがあったのか願いが口を突いたらしい。
だが……アービンはこの後驚愕することになる。
『……人間よ。強き者よ』
「!?……お前、言葉を……」
何と剛猿が言葉を発したのである。
魔物が言葉を口にした例が無い訳では無い。空皇に海王という最上位存在は言葉を介し意思の疎通が可能だとベルフラガが口にしていた。
通常の魔物の中には真似事として言葉を発する者も存在はしているが、交流手段としてそれを用いた前例は無い。また、魔法を理解し使用する個体も存在するものの飽くまで高速言語の発声に近いという偶然の産物で対話が可能だった訳ではない。
ホオズキの存在特性による意志疎通は魔物の思考に合わせて調整されている。どちらかと言えば感情が感覚として伝わる【色】の様なものであり人の
言語が通じている訳では無い。
しかし、眼前の剛猿は明確な意思を持って言葉を発している。アービンにとっては初めてのことであり、その驚きは当然と言えた。
「……言葉が……通じるのか?」
『そう造られた』
「………。そうか。なら、話は早い。抵抗せず封印されてくれないか?お前達が消えずに済む手段を見付けようとしている者も居る」
『不可能だ』
「何故だ?」
『我々は本能として創造主に逆らえない。創造主は戦うことを我々に課している』
「だが、私達はその『創造主』を救う為に来たんだ」
『……。我々にはその真偽を確認する術はない』
「確かに証明はできない。だが、信用してくれないか?」
『………』
信用させる要素は無い。或いは魔物であればヒイロとエイル、そしてベルフラガやアービンも同じ血脈であることは感じ取れるのではないか……アービンはそう期待した。
『お前達の中には脅威が混じっている。だから信用する訳にはいかない』
「それは……」
皮肉にも最も魔物に配慮をしていたライとフェルミナが警戒の対象……ということらしい。
「だが、彼は……」
『問答は要らない。我々は創造主の意思に従うしかない』
「………」
『力ある者よ……示せ。それこそが我々野性の規律』
「仕方無い。ならば……」
押し通る……。アービンは魔物を殺さずに無力化する為の戦いへと踏み出した。
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