第七部 第五章 第十七話 守護獣との戦い③


 アービンは明星剣を鞘に納めると同時に波動吼を展開、剛猿へと迫る。


 今はガデル装着時限定の波動吼……しかし、やがては自らの技能となる。アービンは確かめるように戦いを始めた。


(……纏装とは使い勝手が違うな。身体から引き出す魔力や生命力と違い、波動は意思による強弱……強化の感覚も違う。慣れるのは骨だな……)


 ガデルの補正が掛かっている状態でも波動吼は使い勝手が難しい。特に波動吼・《凪》による身体能力強化は加減を誤ると暴れ馬に乗っているかの様だった。

 かといって纏装との使い分けは更に難しいらしく、アービンは悪戦苦闘しながらの戦いとなる。


 だが、恩恵もある。ここに来て剛猿は魔法を使い始めた。加えて飛竜の炎は次々に降ってくる。それらを波動吼・《無傘天理》にて受け流すことはアービンにとっても初めての体験である。


「魔力同士がぶつからないから衝撃も無いのか……。負担も少なくても済む」

『もう一つ利点が御座います』

「もう一つ……?」

『存在特性による攻撃をある程度防御可能です』


 波動は概念力の余波──つまり存在特性にも干渉することができる。


 本来ならば存在特性よりも劣る波動ではあるが、【波動吼】という技術によりその効果は上昇している。存在特性の攻撃を完全に防げるかは相性にもよるだろう。しかし、少なくとも無防備での直撃ということは回避できる。

 更に……波動吼による波は感知も加わっている。見えない存在特性であっても危機を察知し反応することは出来る筈だ。


「総合的な戦力では纏装が上だが、戦略的な可能性として波動は未知数……か。これは確かに強力な力だな……」


 波動吼を使い熟せれば、更にその先には【波動魔法】と【波動氣吼法】の修得が待つ。二つの力は神の眷族にさえ届き得る力──自分がその一端に触れていることにアービンは身が引き締まる思いだった。


 だが……アービンの振るう拳が剛猿を捉えることはない。不馴れも理由の一つではある。が、何より剛猿の反応が素早いのである。

 

(ベルフラガ殿の言うように魔物ではなく魔獣級と見るのが正しいか……確かにヒイロの魔物達は尋常ではないな)


 巨体の剛猿を竜鱗装甲を装備したアービンが捉えられない時点で魔物の域を越えている。加えて、まだ剛猿は存在特性らしきものを使用していない。


(さて……どうする?)


 剛猿はその素早さを利用し接近による打撃と離脱による魔法を行っている。連携する様に飛竜の攻撃が不規則に加わっていた。

 それでも波動吼により回避しているが、このままでは一向に埒が明かない。


 その時アービンの目に映ったのは、剛猿が飛竜を解放した際に引き抜いたまま放置されていた『竜鱗の鎖』……アービンはこれを拾うと波動を込め思い切り放り投げる。

 不規則に絡まっている鎖は網の様に広がり剛猿の頭上に。しかし剛猿はこれも容易に回避した……様に見えた。


 次の瞬間起こったのは鎖の上昇。盾に一部を回収したことにより操作が可能となった竜鱗の鎖をアービンは飛竜へ向けたのである。

 投網の如き鎖にて飛竜は再び絡め取られる。アービンはそのまま飛竜を剛猿に振り下ろした。


 剛猿は一瞬躊躇する様子を見せ躱すことなく飛竜を受け止める。やはり仲間意識があることを確認したアービンは、そのまま接近し鎖で剛猿を縛り上げた。


 剛猿と飛竜……二体の魔物を無事不殺で捕らえたアービン。だが……またもや思惑は外れてしまう。


『主!』

「!?」


 ガデルの呼び掛けで反射的に飛び退いたアービン。その足元から複数の岩が槍のように飛び出した。

 大地魔法による攻撃は、やはり剛猿の魔法……。 


「……。何故……」


 アービンは剛猿を縛り上げる際、波動吼を解除し竜鱗の鎖に魔力吸収属性の纏装を纏わせていた。これにより剛猿の力を奪いながらも、魔法を阻害できた筈だった……。

 しかし、アービンの目には鎖から脱した剛猿と飛竜の姿が映っている。鎖に断ち切られた様子はない。


 考えられる答えは一つ……。


「存在特性か……」

『その様です』

「これが剛猿の存在特性……」


 飛竜は一度捕まった時に自力脱出が出来なかった。故に飛竜の存在特性ではない……というアービンの推察は正しい。


 剛猿の存在特性は【透過】──あらゆる物を通り抜ける力。


 しかし、そうなると疑問も残る。何故、最初に飛竜が捕縛された際に存在特性を使わなかったのか……?


『恐らくは自らのみに働く存在特性かと。他の者は触れている場合に効果が付加されると推察します』

「確かに最初に飛竜を逃がされた時は触れていなかったが……」

『あの時は鎖を引き抜いた方が早いと判断したのでしょう。今回は魔力吸収も籠めていたので尚のこと存在特性に頼ったのでは?』

「ふむ。透り抜けというのは厄介だな……」


 アービンが拳を振るった際は波動吼の効果により【透過】ができなかったのだろう。改めて波動の有用性も明らかになった。


 しかし……捕らえるにはまだ足りない。竜鱗の鎖には纏装ではなく波動を使うべきだったとアービンは後悔するが、ガデルはそれを否定し鼓舞した。


『失礼ながら、存在特性との戦いは能力の看破と相性とのこと……剛猿の存在特性が判明した意味は大きいのでは?』

「確かにそうだが……」

『つまり、それは前進の証。現に主は波動吼と纏装の使い分けを理解しつつあるのです。次こそは魔物達を捕らえられましょうぞ』

「……ああ。そうだな」


 ガデルの前向きさにアービンは思わず笑みが溢れた。


「ガデル。勇者ライの戦いから選択肢を増やすと言ったが、あれは止めよう」

『宜しいのですか?』

「ああ。これは私の……私とお前にとっての初陣でもある。二人で勝ちたい」

『恐悦至極!』

「そうとなれば……先ずは試したいことがある。ガデル、明星剣と同期はできるか?」

『お任せを!』


 左手で明星剣の柄を握ったアービン。同時に竜鱗装甲の宝玉から魔力回路が伸び左籠手を通して明星剣との同調が起こる。


『完了致しました』

「良し……少し試したいことがあるんだ」


 アービンはそのまま目を閉じスラリと明星剣を抜き放った。その刀身には……何も存在していない。

 だがアービンは思惑が成功したことに安堵の笑みを浮かべる。


 見えぬ刃……それは確かに剣だった。ガデルと明星剣、そしてアービンの発想が生み出した一振り。敢えて呼称するならば──。


「波動の剣……『空震剣』とでも名付けるか」


 ライの技能を元に更に変化を遂げた波動……事象神具であっても明星剣でなければ成し得なかった変化であり、新たな波動吼の一形態。

 刃型の波動は波動吼・《鐘波》の前段階である『剣への凝縮状態』。これを波動のみで構築するのはライでも不可能である。

 

「行こう、ガデル」

『御意!』


 アービンは自らの最大戦力である未完成型・黒身套を展開。これにガデルが補助を加え完全版に変化。しかし、手にした明星剣は波動の刃を展開したまま。

 波動と纏装の同時使い分けという荒業を見事熟している。


 一気に踏み込んだアービンがそのまま魔物達へと迫ると、剛猿は再び飛竜が飛び立つまでの壁として立ちはだかる。

 剛猿の纏装展開……それは驚くべきことに覇王纏衣だった。


「覇王纏衣……やはり」


 尋常ではない。それは最早魔王級である。


 剛猿が特殊なのか、それとも守護獣全てが脅威なのか……判っていることは、剛猿はアービンがこれまで戦った中で最大の敵であるということだ。


 そんな剛猿はアービンの変化に気付き徹底して接近を拒む姿勢に移行。高速言語による魔法展開により空間防壁を幾重にも構築。


 それでもアービンは怯むことはない。空間防壁に近付き『空震剣』を振るえば魔法は断ち切られ霧散した。

 これにより空間防壁は全て消滅。流石の剛猿もたじろいでいる。


「済まないな……。私達は戦いの中で成長するのだ」


 アービンは空震剣を振るい剛猿の腕に切り付けた。


 波動は物理的な斬撃効果はない。しかし、凝縮された波動は対象の波動を掻き乱す。その結果、剛猿の左腕は外傷こそ無いが力と感覚が奪われることとなる。


『……!?』

「心配はいらない。やがてお前の波動は元に戻り腕は動くようになる。私達はお前達を殺すつもりはない」

『………』

「だが、まだ抵抗するならば無力化しなければならない。手足の自由を奪うことになるが、できれば避けたいのだ」


 剛猿はアービンの言葉に躊躇いの様子を見せる。しかし、そこで上空からの火炎が迫る。

 反射的に回避するアービン。同時に剛猿も大きく後退した。


 その時……アービンは微かな言葉を確かに耳にしていた。


「ガデル。聞こえたか?」

『はい。今のは剛猿の呟き……』

「……どうやら魔物にも事情がある、ということか」


 剛猿の言葉はアービンに向けたもので間違いないだろう。そしてアービンはそれを聞き逃さなかった。


 剛猿はこう呟いたのだ。


『今の命令は……創造主の真意ではない』


 この言葉の意味をアービンは考える。


 ライが指摘していた様に、ヒイロに何等かの異常があり精神構造が不安定になっているのか。または、ヒイロ自身が何等かの意図を敢えて隠しているのか……。

 それならば剛猿のあの反応は何なのか……。一瞬、救いを求めようとした様にも見えた。


 剛猿が明確に意思を示さないことにも違和感を感じる。あれだけの知能を持つ以上、ヒイロの意図を代弁しても良さそうなものだ。


 アービンは勇者として多くの人と接している。そして剛猿の様な反応を見せる人達に関わったこともあった。


(あの時は確か……家族を人質に取られていた人々だったな)


 女王クローディアより盗賊討伐の依頼を受け、現地の街にて情報収集を行ったアービン。しかし、街では盗賊はいないの一点張りだった。

 貴族とはいえアービンも勇者の端くれ。少なからず事態を見抜く目を持っている。街の住人の様子に違和感を感じたアービンは、一度街を離れるフリをして領主に連絡。夜分に隠密部隊と再潜入し盗賊を一網打尽にしたことがあった。


(あの時の住人達の様に本当のことが言えない状態……つまり、ヒイロは人質に取られているのか?いや、少し違うな……)


 強力な能力を宿す魔物を生み出せるヒイロが易々と人質になるとは思えない。何より、トルトポーリスの家族の様子を度々見に行っているのだ。人質というには些か違和感がある。

 では、親しき誰かが人質に取られていて従うしかないのか?それならばエイルの前に現れた時点で助けを求めていただろう……。


(……分からない。だが、一つ確かなこともある。魔物は戦いを望んではいない)


 望まぬ戦いを強いられ、真実も話せない。理由は何か……魔物は一体何を守ろうとしているのか……。


(……考えても答えは出ないな。ならばどうすべきか)


 『空震剣』にて無力化した場合、これまでの魔物の様に再創生されてしまうのだろうか……そう考えるとアービンはやるせない気持ちになった。


 魔物を不殺にする理由……それは魔物を救うこと。消されてしまっては本末転倒だ。


 そして……アービンは自らに更なる試練と成長を求めた。


「ガデル……聞きたいことがある。今の私に波動魔法は使えるか?」


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