第七部 第五章 第十八話 ヒイロとの邂逅
剛猿と飛竜の攻撃が続く中、アービンがガデルに求めたのは魔法の極みである【波動魔法】。
『失礼ながら、波動魔法は並の力では御座いません。無論、主はレフ族の血を継ぐ故か魔法の才にも優れておりますが……』
「やはり難しいか……」
『………』
波動魔法に必要なのは、魔力と波動の融合を行う感覚、増幅された魔力の精密な操作、そしてそれらに耐え得る肉体……。
呼吸する様に波動を扱い、眠る時ですら纏装を纏う研鑽を続けたライでさえ神の眷族デミオスとの戦いの死中でようやく開眼した波動魔法。
そして今でも調整に研鑽が必要な力……。
「超越の技であることは理解している。だが、恐らく魔物達は死ぬまで抗うだろう。存在特性で封印さえも抜け出されると考えれば、波動魔法の封印でしか生かしてやる方法が見付からない」
『主……』
「魔物が……ヒイロを守る為に動いていると思うと殺すのが忍びなくなった。私は……甘いだろうか?」
『いいえ』
相手の気持ちを理解したら負ける……というのは、戦う者の覚悟として良く語られることだ。事実、戦いに於いて躊躇いは大きな隙を生む。
しかしアービンの場合は、相手が魔物だからこそ躊躇いが生まれた。
魔物には我欲の損得で判断する意味がない。恐らくそれは知能が高くなった今でも言えることだろう。
創造主たるヒイロは魔物にとっての親……故に純粋に守り従うのである。それを理解したアービンは魔物を何とか生かしてやれないかと考えた。
『結論から言えば、難しいでしょう……』
「そうか……」
『ですが……』
ガデルは主の意思を最大限汲み思考を巡らせる。これこそが意思ある竜鱗装甲の証であり、進化の鍵……。
『私の内にある情報から判断するに、不可能では有りません。但し、幾つかの条件を満たす必要があります』
「無理でないなら試したい」
『……了解しました』
ガデルの提示した条件は竜鱗装甲との同期を限界まで高めること。これには更なる互いの信頼が必要となる。
『更なる同期を行った上で役割を分担します。主には魔力操作を、私は波動操作を……ただ、どうしても力の発生源となる肉体を持つ主に多く負担が掛かってしまいます』
「構わない」
『それと限界同期は長時間は持ちませんので、短時間での決着が必要になります。加えて、実質波動魔法は一度しか使用できません』
「……つまり、二体同時に封じる必要があるということか」
そして更に、強引な手法なので波動魔法使用後はアービン・ガデル共に著しく力が低下するという。結論から言えば、波動魔法の使用はアービンの異空間での役割が終えることを意味していた。
「それについては心配していない。他の者は私よりも強いので上手くやってくれる筈だからな」
『主……』
「少し悔しいけどね……私はまだまだ弱い」
『ですが、波動魔法を体験すれば主は更に大きく飛躍しましょうぞ。寧ろこのガデルには、主の成長が楽しみに御座います』
「ハハハ……その為にはお前の力が不可欠だ。これからも頼む、ガデル」
『ハッ!勿体無き御言葉!』
「では……やるか」
『剣の勇者』は己の役割と信念の為、異空間最後の勝負へと舵を切った。
懸念として、波動魔法を使用するにも回避されては意味がない。そこでアービンは明星剣にて『空震剣』を展開したまま魔物達の弱体化を目指す。
差し当たり問題なのは、やはり剛猿……存在特性である【透過】は波動で構築された空震剣ならば破ることはできる。しかし、剛猿も一度攻撃を受けているので見抜いていると見るべきだ。
加えて、飛竜はまだ存在特性が判明していない。これまで二度剛猿に助けられていることから【空間】【物理干渉】系では無い様に思われる……とはいえ、決め付けは危険。
なれば、発動される前に空震剣で一気に意識を刈り取るのが最善と思われた。
「……そうなると、飛竜は頭部に当てねばならないな」
アービンは盾の機能・竜鱗の鎖を使用。上空に射出すると同時に再び剛猿へと迫る。
「剛猿、そして飛竜よ!お前の主は私の仲間が必ず救う!その為に我々は来たのだ!」
『…………』
「だが、お前達にも道理があるだろう!不本意だが私は今よりそれを捩じ伏せる!お前達の主を救い、そしてお前達も救ってみせる!安心してかかってこい!」
高らかに宣言したアービンは剛猿の傍まで駆け寄ると、盾を振るい上空に向けていた鎖を引っ張り下ろした。
鎖は背後から剛猿へと迫るが避ける様子が見当たらない。これを存在特性発動と見越したアービンは竜鱗の鎖に空震剣を当てた。
波動は鎖を伝い『波動を纏う鎖』となり剛猿の【透過】を妨害。鎖に絡め取られた剛猿の手足を波動の刃が通り抜けその力を奪った。
「………。お前……」
剛猿は……抵抗した様で故意に攻撃を受けたとアービンは瞬時に察した。
『……。イスカ……飛竜は我々の中で最もお前達のことを信じていた。故に手心を加えている』
飛竜の存在特性は未来視の一種【賢明】……より正しい選択を行う能力だと剛猿は呟く。
「お前達にも名前があるのだな」
『本当の主が付けてくれた名だ。我が名はラルゴという』
「では、ラルゴ……お前達を創生の力で消されぬよう封印する。安心して任せてくれ」
その間に飛竜はゆっくりと下降し剛猿と並ぶ。剛猿は飛竜と顔を見合わせ小さく頷いた。
「……少しだけ我慢してくれ。ガデル、頼む」
『承知』
同調率を限界まで高めたアービンとガデルは、力の勇者ルーヴェストの【竜血化】と近い状態の変化が始まる。全身に赤い竜の鱗を纏うその姿は、アービンに相当な負荷を与えた。
「ぐっ……!」
『主!』
「大丈夫……だ。一気にやるぞ、ガデル」
『ハッ!』
アービンは魔力を、ガデルは波動をそれぞれ受け持ち絶妙の加減で融合、高速言語により魔法を構築し一気に放出。
大地封印魔法・《水晶柩》は波動により強化され巨大な水晶を展開し魔物二体を封じ込めた。
『お見事です、主……』
「お前のお陰だ」
しかし……その負担は凄まじく、アービンは元の姿に戻ると全ての力が解除され立つことも儘ならない状態へ陥る。
更にガデルは機能が低下。鎧が解除されペンダントへと変化した。
『役目を果たせずこの様な姿になること、お許しを……』
「いや……ありがとう、ガデル。今はゆっくり休んでくれ」
『勿体無き……お言……葉……』
ガデルはそのまま静かになった。
実のところ、ガデルは反動の殆んどを受け持ったのである。アービンでさえ膝を突く程の負担……ガデルは機能停止寸前まで追い込まれた。それに気付いたアービンはペンダントを握り心から感謝を示した。
そんなアービンに剛猿からの念話が伝わる。
『……。意識が消える前に二つ忠告だ、強き者よ……。我が主は──』
剛猿の告白はアービンに多大な衝撃を与えることになる……。
◆
時は少し遡り、ライ、ベルフラガ、アービンの三名が戦いを始めた頃───エイルとフェルミナは遂にヒイロとの邂逅を果たそうとしていた。
「綺麗な花畑ね。これもヒイロが望んだ景色かしら」
「昔のカジームにはこんな場所が沢山あったのは覚えてる。ヒイロはそれを取り戻したかったのかな……」
「エイル……」
「大丈夫だよ、フェルミナ。アタシはもう気持ちの整理が付いてるからな。でも、ヒイロは……」
ヒイロの事情は未だ分からない。その為の対話であり、心を救う為の邂逅である。
しかし、トシューラ国が原因であるならば簡単な話ではない。自らの家族から離れて三百年もの孤独を選ぶ……その決意の深さの理由が怨恨であるならば、対話は上手くいかない可能性が高い。
それでも動かねば何も始まらない。対話が無ければ何も分からないのだ。
エイルはフェルミナと共に花畑を進む。そして辿り着いた大輪の花の蕾……エイルはそっと触れると小さく囁いた。
「ヒイロ、来たぞ。話をしようぜ?」
エイルの呼び掛けに反応するように花弁がゆっくりと開く。その中には……子供そのものの姿で仮面を外したヒイロが眠っていた。
「……。本当に子供の姿のままなのね」
「やっぱりレフ族でも有り得ない話だよな……アタシとそう変わらない頃に生まれてるんだから。封印されていた訳じゃないまま三百年なんだしさ?」
「……。その理由が今わかったわ。ヒイロは精霊体よ」
フェルミナは【生命を司る大聖霊】……ヒイロから感じる力や性質から霊位格を見抜いた様だ。
「ライやベルフラガの予想通りだったんだな。それで……魔力臓器に関してはどうなんだ?」
「それが……」
フェルミナが見た限りではヒイロには異常は見当たらないらしい。
それにしては色々と不安定なヒイロ……。こうして目の前に来ても警戒も示さず眠っているが、ならば魔物を攻撃に仕向けたのは何故なのか……。
「とにかく話だな。ヒイロ、起きろ。アタシは話をしにきたんだよ」
花の中に入ってヒイロを優しく揺らすエイル。ヒイロは微かな吐息の後に目を擦り体を起こした。
そして……目の前に居るエイルに対して明らかに驚愕の表情を見せる。
「……。な、何で此処に……」
「話をしに来た。ヒイロ……お前、アタシの前に姿を見せただろ?」
「………」
「アタシの名前、判るか?」
「エイル……エイル・バニンズ。レフ族から出た魔王……」
「元魔王な?今は違うぞ?」
ヒイロは幾分困惑の表情だ。
「………。どうして僕の名前を?」
「話すとちょっと長いけど聞くか?」
「うん……」
フェルミナは、ゆっくりと現在に至るまでの経緯を語り始める。
エイルが封印から解放され、新たなカジームが誕生。やがて知り合った魔女リーファムが全てのレフ族の所在を探り当てたこと。
そして、トルトポーリス国にて対面したヒイロが気になり長老に過去を確認した経緯、それから痕跡を追って異空間に入ったこと……全てを話し終えたエイルはヒイロの様子を確認しつつ改めて告げる。
「帰ろうぜ、ヒイロ。家族のところに」
「それは……出来ない。僕にはまだやることがあるんだ」
「それは……復讐か?」
「……そうだよ」
ヒイロはハッキリと肯定した。
「僕は騙された。あの日……僕がしっかりしていれば、カジーム国は……レフ族達は死なずに済んだんだ」
「……。聞かせてくれよ。お前が何で一人で抱え込む必要があるんだ?」
「…………」
「オルトリスとサリナがまだお前を捜してることは知ってるんだろ?家族を失うのは……本当に辛いんだぞ?」
「…………」
「ヒイロ!」
その時……ヒイロの目からポロリと雫が溢れる。
「帰りたいよ……。でも、僕のせいなんだ。僕のせいでレフ族が……」
そんなヒイロをエイルは優しく抱き寄せた。髪を撫でながら優しい声で諭しつつ、ヒイロへ語り掛ける。
「……。アタシはさ?家族が……兄さんが殺されて何も考えられなくなった。復讐に心奪われて逃げようとしたんだ……その結果、里の皆に何百年も苦労をかけちまった」
「…………」
「でもさ?里の皆はアタシを責めないんだよ……寧ろ戻らないアタシを心配して待っていてくれた。そんなお人好しなんだぜ、レフ族は?」
「でも……僕は……」
「ヒイロ。怖いのは分かるよ……でも、本当にお前が悪いとしても家族には関係無い。戻って来て欲しいんだ。間違っていたならアタシも一緒に謝ってやる。一人で悩む必要なんかないぜ?赦して貰える方法も皆で考えりゃ良いんだ。だから……話してくれないか?」
「…………」
エイルにとってヒイロは過去の自分……いや、心を壊していないまま復讐を考えている分エイルよりも苦しく長い時を過ごしていたとも言える。
しかもヒイロはエイルよりも若い。優しいレフ族にとって何としてでも救いたい相手である。
やがてエイルに諭されたヒイロは、ゆっくりとその過去を話し始めた……。
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