第六部 第七章 第二十九話 力の勇者 対 魔王の臣下


「おっと……アッチは終わったみてぇだな。これで本当に遠慮なく行けるぜ?」



 ライがトレイチェを倒したことに気付いたルーヴェストは、魔王アムドの忠実なる下僕しもべ──グレイライズ・ナイガットに向かい呼び掛ける。



 互いに全力……というには程遠い戦い。出し惜しみと言えばそれまでだが、それぞれには思惑があった。


 ルーヴェストは戦況次第ではグレイライズを誘導し魔獣との乱戦に巻き込む予定だった。結果的に魔獣とトレイチェは撃破された為、その必要は無くなった。


 そして……。


「グレイライズ。テメェの主命ってのは何だ?何でこのタイミングで割り込んで来た?」

「ルーヴェストよ。素直に教える訳が無いことなど貴様にも理解できよう?」

「そうかよ……まぁ、良い。ここからは気掛かりも邪魔も無ぇ。存分にやらせて貰うぜ?」

「フハハハハ!望むところだ、ルーヴェストよ。やはり、そうでなければ戦い甲斐が無いわ!」


 グレイライズはルーヴェストの言葉を受け能力の解放を始める──。



 魔人化による【異形化】には個人差がある。


 ディルナーチの魔人達は自然派生故に異形化する者自体が少ない。また、先天的・後天的に限らず血筋の影響を受ける百鬼の民の異形化は、【鬼】になる確率が高い。


 ペトランズ側は純粋な自然派生魔人の数が極端に少ない。現時点で判明している生来よりの魔人は、少年アーリンドとブロガン……この二名のみである。それ以外の者は殆どが何等かの手段で後天的な魔人化をしているのだ。

 そして人為的な手が加わる場合、かなりの確率で異形化する。


 エイルは《魔人転生》に適性があったのか僅かな肌色の変化で済んだ。魔王アムドは魔力吸収・放出が強化される角を身に宿し、ヤシュロは下半身が蜘蛛に変化した。

 他にも下半身の蛇化や身体中の目など、魔人化する者の恐怖……または願望が反映される場合が多い。


 最上位魔人ともなれば外見の特徴を調整出来るようになる。アムドは敢えて隠していないが、本来は形状を隠蔽することすら可能なのだ。


 グレイライズもその例に漏れず、通常時は異形化を抑えていた……。



 始まった変化は硬質化とでも呼ぶべき形態──。


 鎧の背部が開き現れたのは岩のような質感の副腕……。それが二本、翼のように生えたのだ。

 その瞳の色は赤く変化し強膜部分は黒く染まる。


 更に角……アムドの様な大きさはなく親指程のもので、額の中央に翼と同じ質感で伸びていた。


「へぇ……魔人てのは異形化すると強力になるのか?」

「逆だ。普段抑える為の人の姿よ」

「ハッ!やっぱり手ぇ抜いてやがったかよ……」

「それは貴様も同じだろう?見せてみよ……我が退屈を見事振り払ったその時、貴様に死をくれてやる」

「クックック。後悔すんなよ?」


 ルーヴェストは魔斧スレイルティオを自らの胸に当てる。魔石が丁度心臓の上に当たる位置で止めた後、魔法詠唱のような言葉を呟く。


 そして……。


『封印術式一号から四号まで限定解放。敵を殲滅する。力を貸せ、【スレイルティオ】』


 カッ!と閃光を放つ魔斧スレイルティオは、魔石から赤い線を伸ばして行く。線は小刻みに向きを変更・分岐しつつルーヴェストの身体の隅々まで伸びた。

 それは肉体・竜鱗装甲の区別なく全ての表面に行き渡ると、やがてスレイルティオが斧の形状を失いルーヴェストの身体と同化した。


 胸の魔石を中心にパズルの様な歪な赤い円が二重ふたえに、そこから放射状に伸びる赤い線はまるで血管の如く脈動している。

 ルーヴェストの頬で途切れたその線は鮮やかな赤を主張していた。


「……それは邪法か?そんなものに頼るなど……貴様には失望したぞ!」

「おいおい……勘違いすんな。これも俺の力だ。テメェと同じだぜ?」

「何……?」

「スレイルティオは俺の分身──俺が無駄に力を使わないよう封印してんだよ。普段は大体半分てところか」

「ほう。面白い……」


 グレイライズは嬉しさで口許が歪んだ。


 グレイライズが魔人化したのは魔法王国時代……当時から強者だったグレイライズは魔人化により殆ど敵無しに変わった。

 口にこそしないが、魔法王国クレミラの王・イフェルコーデに封印されるまで世界が矮小に感じていた程だ。


 しかし、アムドにより復活を果たした世界はどうだろうか?強者に溢れているではないか……。グレイライズはこれを天運とし喜ばずには居られない。


(我が王に感謝せねばな……。強者と力を交えることこそ我が愉悦にして生き甲斐。見せて貰うぞ)


「では、やるか……」

「テメェをブチのめせば企みを吐くか?」

「さてな……。だが……」

「言葉は無粋……はっ!皮肉なモンだぜ。そんなトコは同じ考えなんだからな!」

「ハッハッハ!では、行くぞ!」

「応っ!」


 仕掛けたのは両者同時……まずは挨拶代わりの一撃。


 互いの拳が相手の頬に食い込み反発するように弾け飛ぶ。


「ぐっ!」

「がぁっ!」


 しかし……両者は再び相手に向かって飛翔。再度拳を放つ。


 今度はルーヴェストの拳が先に届き、グレイライズの腹部を鎧の上から撃ち抜いた。

 ルーヴェストの手足には魔斧スレイルティオの変化した部位が同化している。その打撃は斧そのものより鋭く重い。


「グハッ!……クッ……クックックッ!ハーッハッハ!これだ!この痛みこそ戦いの醍醐味!もっとだ!もっと来い、ルーヴェスト!」

「言われなくてもそうしてやるぁぁ━━━っ!」


 打撃戦……と言っても良いのだろうか。乱打戦──グレイライズは背中の副腕を斧の様に変化させてその手の斧と合わせてルーヴェストへと迫る。

 対するルーヴェストは、腕だけではなく足をも使いそれを迎え撃つ。


 魔斧スレイルティオは竜鱗製。つまり、ルーヴェストの身体は竜鱗で覆われている状態。

 力の封印を解除し全身凶器と化したルーヴェスト。大気を揺るがしながらルーヴェストと対等に打ち合うグレイライズは、確かに最上位魔人と呼ぶに相応しい。


 しかし──そんな戦いをライは怪訝な表情で見守っていた。



(魔法王国時代には纏装は無かったって言ってたよな……でも、グレイライズって奴は明らかに魔法特化じゃない。何でだ?)


 魔法の才能で階級付けされていたという魔法王国クレミラ。しかし、グレイライズは魔法らしい魔法を使っていない。

 纏装修得は恐らくアムドの仕業だろう……。それでも、アムドの様な神格魔法を使えば戦いを有利に持ち込める筈……。


 グレイライズが使用しているのは精々が肉体強化系の魔法。これはライの魔法王国のイメージとはかなり掛け離れていた。


(魔法王国……というか、レフ族か。確かメトラ師匠の話では、エイルの兄ちゃんは纏装特化の戦士だったって言ってたよな。グレイライズも同じタイプか?)



 ライがそれを知ることはない。知る方法はあるが、人の過去を探るつもりは無い。少なくとも今は必要がないのだ。

 それ故の推察……そして、それは的を射ていた。



 グレイライズは神格魔法が使えない訳ではない。ただ拘りがあったのだ。


『敵を倒すのは自らの手で……それがせめてもの礼儀』


 身体強化と魔法防御に特化した魔法を主とし、自らの肉体で敵を討つ……。魔法全盛の時代に於いて直接攻撃を主軸にした在り方は、大きな不利。

 それでも、近衛騎士団の団長にまで登りつめた実力は云わば異常──それはアムドの目に止まるには十分な存在だった。


(とはいえ、時折転移や重力斬撃も使うんだよなぁ……。ゴリゴリにやり合う根性勝負型って言うよりは、常に戦況を掌握しようという指揮官型か……?戦いのルール線引きがよく分からない奴だけど、考えてみれば王に仕える者なら思考自体は柔軟なのか……)


 恐らくグレイライズは強者に対しての区切りは無い。魔法特化でも纏装特化でも【強者】と判断するのだろう。

 そしてどんな手を使おうと力を示せば強者として認めると思われる。



 事実……最初の邂逅で力を示したルーヴェストは強者と認められた。ルーヴェストもグレイライズを敵と認めたからこその奥の手の解放……。

 しかし、半刻も打ち合えば形勢も僅かながら動き出す。



 攻撃力ではルーヴェストの方が圧倒している。一撃がぶつかり合えばルーヴェストが押し勝っているのだ。手数は五分、そして命中率はグレイライズ……。


 結果──優勢になったのはルーヴェスト。強者同士の戦いは現代の強者【力の勇者】に形勢が傾いたのである。


「ゴハッ!……フッ。やはり、この時代は面白い!」

「おいおい……時代なんて言葉で纏めんなよ」

「いいや……時代だ。貴様は気付かなかったか?今の時代の強者の数は我々の時代のそれより多い。魔法の知識では劣るのだろうが様々な進化をしている」

「そりゃ当たり前だろ……人は進化しねぇと世界に負ける。進化してんのは世界の存在全てだ」

「だが、その進化の効率が良すぎる……。何者かの意思の介入を疑う程にな。その理由こそ我が王が危惧し───」


(グレイライズよ、そこまでだ……。強者との戦いに歓喜するのは構わぬが、それ以上の情報開示は王が望まぬだろう)


 グレイライズへの念話……しかし、声の主の姿は見当たらない。


(済まぬ、ハイノックよ。我ながら悪い癖よ)

(フッフッフ……。お前にしては随分と饒舌だったな)

(何……此奴は少し我に似ている故な)

(お前は既に役割を果たしている。が、折角の楽しみを邪魔するつもりはない。我等が王が咎めぬということは、今少し楽しめ……ということなのだろう。但し、程ほどにな?)

(感謝するぞ、ハイノック。そして、我が王のお心にも感謝を……)


 一際大きな音を立て衝突し互いを大きく引き離したルーヴェストとグレイライズは、まだ余力がある。今しばし楽しめそうだ……グレイライズは再びニヤリと笑う。


「魔人となった私と対等に戦える者、ルーヴェスト・レクサムよ!見事だ!」

「テメェも大したもんだぜ、グレイライズ?この状態の俺とこれだけの時間戦えた奴は初めてだ」

「フッ……。本来なら撤退すべき頃合いだが、折角だ。今少し付き合え」

「……へっ!まぁ良いぜ?どうせ倒すつもりだったからな?」


 再び接近するルーヴェストとグレイライズ。先程からグレイライズの攻撃が徐々に回数を増やしている。現在の優勢はグレイライズに傾き始めていた。


 対してルーヴェストの打撃はグレイライズの鎧に阻まれる。既に破壊されていても不思議ではない回数攻撃を受けた鎧は傷一つ無い。間違いなく神具……そうなれば斧も同様と見るのが妥当だ。


 鎧は自己再生や魔法防御の類いと判断……しかし、斧は何か?ルーヴェストは警戒を忘れていない。


「では、次だ!見事受け切ってみせよ、ルーヴェスト・レクサム!」



 グレイライズはその大斧を振りかぶり渾身の一撃を放った……。 

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