第六部 第七章 第三十話 竜人体


 斧から放たれる黒身套による斬撃──同時にグレイライズは斧の機能を発動。


 神具の効果は【倍増】──物質の質料等は変わらないが、魔法、身体能力、思考速度など全てが倍加する効果。グレイライズの放つ斧の飛翔斬撃はルーヴェストに届く前に巨大に膨れ上がる。


「ぐっ!ぐぎぎっ!」


 突然の変化に反応が遅れたルーヴェスト。斬撃を反射的に防御し拮抗……上手く身体を捻り斬撃を逸らした。

 トゥルクの大地に振り下ろされた斬撃は、大きな裂け目を刻み崖を生み出す結果となる。


「ぷぅ……。クッソッ……奥の手ってヤツかよ」


 ルーヴェストは斬撃を受けた腕をプルプルと振って痛みを和らげている。黒身套を展開した竜鱗のお陰でケガはない。が、少なからずの痛みはあった。


「ハッハッハ。流石に応えたか?」

「なぁに……楽しくなってきたじゃねぇか」

「やはりお前は我に似ているな……戦いの高揚感に魅入られた勇者」

「そう言われると戦闘狂みてぇじゃねぇか……」

「違うとでも?」

「さてな。それを確かめさせて貰う」


 ルーヴェストは胸の魔石に触れ再び呟く。


『七号術式まで全て解放。スレイルティオ……俺と共に』


 徐々に膨れ上がる魔力……。大地までも圧力で揺らすその力を目の当たりにしたグレイライズは、初めて笑顔を消した。


(やはりこの時代は異常よな……。あの力……魔人化した我に並ぶ力よ。魔人転生に人の力で並ぶなど千年前では考えられぬ)


 ルーヴェストはスレイルティオと完全融合し【竜人体】へと進化を果たした。


 身体を覆う鱗は白く変化し、金の竜眼、その背には竜の翼までも備わる……。

 伝説のバベルは竜人──子孫ルーヴェストは、スレイルティオと同化することでその力を引き出した。



 限定半精霊化【竜血化】



 ルーヴェストは魔の海域にてアムドと戦うライに触発され、より過酷な研鑽を続けた。その果てに手に入れた力のが【竜血化】だ。

 力を引き上げる為に徹底して己の潜在能力を確認し、エルドナの力まで借りて到達した力でもある。


 竜の身体に半精霊体の魔力……そしてルーヴェストの持ち得る【力】の具現化。その力の顕現は魔王アムドの喉元にさえ届くだろう。

 だからこそグレイライズは笑みを消したのだ……。


「……どうやら貴様を甘く見ていた様だ。その力は我が主に届き得る危険な力よ」

「【危険な力】てのは平穏な世界に害為すヤツに当て嵌まるんだぜ?俺は勇者だから危険とは言わねぇよ」

「フン。戯れ言だな……」

「ま、良いぜ?それより……」

「無粋、だな。ならば我が王の為に……」

「来な。魔王一派」


 グレイライズは神具を全て解放。白銀の鎧は副腕さえも覆い巨大な斧となる。更に腕に持つ斧は倍化の力を常時解放。巨体とは思えぬ俊敏さでルーヴェストに襲い掛かった。


 対してのルーヴェスト。身体を螺鈿の様な輝きある白き鱗で包んだその姿は、まるで魔人……いや、魔神と表現すべき姿。赤髪だけが燃えている様にも見える。

 やはり巨体とは思えぬ俊敏さ……。白き残像を残しグレイライズへと迫る。


 最早、超常の対決……。拳を合わせて斧を振り翳す度に大気と大地を揺らして上空の雲すら散り始めた。


(うわぁ……洒落にならないな。こりゃ結界張っとかないとダメかな?)


「とんでもない戦いじゃな……」

「うぉう!メトラ師匠!」


 《心移鏡》にて現れたメトラペトラは、後衛まで響く衝撃が気になり様子を見に来たらしい。


「お主の力では無かったので見に来たんじゃが、あの男の姿……やはりバベルの子孫よな」

「バベルってあんな姿だったんですか?」

「あの姿を手に入れたのは【神衣化】の直前じゃな。その前は人型のまま。以前言ったじゃろ?お主は既にバベルを越えたと……。あれは『を越えた』という意味であって、その後のバベルのことではない」

「……?」

「バベルは世界を救った後も色々あっての……。そちらは神格に至るまでの話じゃから記録すらあるまいよ。ワシも詳しくは知らん」


 一度だけ……バベルはメトラペトラの前であの姿になった。


 メトラペトラが封印される直前に見せた竜人化の力──結局、封印無しのメトラペトラには通じず、最終的には【神衣】で押さえ付けられたと不満たらたらに語る。


「………。メトラ師匠、酒に酔って封印されたって言ってませんでしたか?」

「そうじゃよ?バベルと戦っている途中で眠気に襲われての……気付いたら寝とった。そうでなければ【神衣】ですらワシを止められる訳も無いわ」


 神の写し身、大聖霊。考えてみれば、世界を創る神の力を五つに別けたとしても概念としては尋常ではない筈。ディルナーチでは神そのものとして祀られる存在でもあるのだ。

 その全開の力となると一体どれ程のことになるのか……かなり気になるライであった。


「まぁ、竜人化の力は半精霊化じゃ。確かに凄まじいが、既にお主が通った道よ」

「でも、ルーヴェストさんならではなのか生命力は物凄いですね……」

「そうじゃな。今のお主でもやはり半精霊化せねば危ういじゃろう」

「…………」


 現在、ライは半精霊化を使うことを控えている。それは大聖霊契約の限界からのものだが、一番の理由は変調で苦しむ姿を親しき者に見せぬ為。

 特にメトラペトラには見られたく無かった。



 ライがそんな逡巡をする眼前で続く猛攻……。ルーヴェストの拳はグレイライズの鎧を貫き、副腕を引き契る。その手の爪は刃の如く鋭くグレイライズに深傷を与えている。

 しかし……グレイライズの神具の力も倍化しており、傷は瞬く間に塞がり副腕も再生。鎧はひび一つなく元通りとなる。


 とはいえ、グレイライズの攻撃はその殆どが竜鱗を滑り逸らされている。時折直撃はするものの、神格魔法属性ですら黒身套を纏う竜鱗を砕くことも断つことも出来ない。それは黒身套の力が高密度故のこと……。

 加えてルーヴェストはこの力の為の体術を修得している。初めて他者から学んだそれは、ルーヴェストの為にあったとも言える体術だった。



 互いに消耗戦とも言える状態が更に半刻──。そこでようやく二人は距離を置いた。


「ちっ……厄介な神具だな」

「頑丈な奴よ……」

「………。テメェはまだ何か隠してやがんな?」

「それは御互い様だろう。貴様、それ以上何を隠している?」

「隠してる訳じゃねぇよ。まだ使い熟せねぇだけだ。今回ソイツを使えば反動で数日は動けなくなる……俺もまだ修行が足らんのさ」

「……。互いに役割がある以上、この辺りが退き時か」

「オイ……ここまでやって逃げんのか、コラ?」

「どうとでも取れ。だが、我はお前の力を見て考え直したぞ。我もまだ力が足りぬ……真に王の盾となるには時間が必要だ」

「…………」

「ルーヴェスト・レクサム!貴様は我が獲物……それを忘れるな!次に相見あいまみえる時を楽しみにしているぞ!?」

「ああ……。その時は返り討ちにしてやるぜ!」


 グレイライズが転移で姿を消したと同時……ルーヴェストは半精霊化を解除した。

 その手にはスレイルティオが握られているが、竜鱗装甲の飛翔はようやくといった風だった。


「ちっ!【竜血化】まで使って倒しきれなかったかよ!………。ま、良いか。気が済むまで殴れたし」

「いやぁ……。それ、勇者の台詞じゃ無ぇっすわ……」

「おっ?ライか……。どうよ、今の?」

「あの竜人になるヤツですか?確かに凄かったですね」

「今の俺ならお前を倒せるか?」

「無理です」


 あっさり否定されたルーヴェストは少し不満気な顔をしている。


「何でだよ……」

「天網斬りですよ……修行中に見せたでしょ?アレをルーヴェストさんが使える様になれば別ですけど」

「つったってなぁ……。アレ、【波動吼】とか言うヤツよりムズいぜ?」

「それは追々教えますよ………暇な時に」

「……暇な時ってお前、じっとしてた試し無ぇじゃねぇか」

「だって~、忙しいんですもん。それならルーヴェストさんも手伝って下さいよ、各地の防衛強化と戦力育成」

「………。良し!取り敢えず腹減ったから帰ろうぜ?」

「くっ……!筋肉勇者め……!」

「何ぃ?筋肉が見たいだとぉ?良し、待ってろ!程良く使って引き締まった筋肉を見せてやる!」


 いそいそと鎧と服を脱いだルーヴェストは、ムッキムキの筋肉を見せ付ける。


「…………。負けるかぁぁっ!」


 服を脱いだライは対抗するように己の筋肉を晒した。僧帽筋、大胸筋、上腕三頭筋、腹筋群……ミシミシと音が聞こえそうな程だ……。


「フッ。やるな……ハッ!」

「こなくそっ!ホッ!」

「ヌゥン!」

「ドリャァァッ!」


 そして始まる『筋肉語』──トゥルクの青空の元、互いの筋肉を褒め称えつつ天気や趣味について語る。ピクピク動く筋肉により交わされる無言の会話の様子に、メトラペトラは“ ニャーっ ”と白眼だ!


「………。痴れ者が二人……付き合いきれんわぇ」


 面倒になったメトラペトラは《心移鏡》にてライとルーヴェス共々後衛の陣地に転移。


 突然帰還した『半裸の筋肉勇者・約二名』により陣営の中は微妙な空気になった……。

 白眼になる者、悲鳴を上げて顔を覆う者、ライの筋肉を見つめガン見する者など様々だったが、メトラペトラによるしつけで勇者二名が宙を舞い場は一応落ち着きを取り戻す。


「それで……どうなった?」


 アスラバルスはまだ白眼のまま問い掛けていた……。


「ア、アスラバルス様……?」

「ハッ!……す、済まぬ、マレスフィ。ゴホン!そ、それで、勇者ライよ……敵はどうなったのだ?」

「魔獣は取り敢えず殲滅。プリティス教の平民は皆、鉱物にしてアムルが固めました」

「そうか……取り敢えずは安心だな。見事だ、勇者達よ」

「しっかしよぉ……グレイライズの野郎は何しに来やがったんだ?」


 唐突に現れルーヴェストと戦い、そして去ったグレイライズ。主命というのが気に掛かる。


「……。注意は必要だろうが、今は本来の目的を優先する。明日、いよいよ敵の本拠地『プリティス教総本山』へと向かう。短い時間で悪いが明日までは休んでくれ」

「それじゃ遅れたせめてもの侘びに、俺が皆の疲れを癒します。全員集めて貰えます?」

「………わかった」


 ライが行使する回復魔法 《無限華・極大》と魔力吸収の逆流 《魔力譲渡》により、殆どの者は全快。一部の者は魔力全快には至らないが、明日まで休めば問題はないだろう。

 それをあっさり為したライをアスラバルスが唸りつつ見ていたのは余談としておこう。




 邪教の本陣討入りを明日に控え、戦士達はトゥルク王の本陣にての休養と相成った。

 そこでライを待っていたのは、トゥルク王ブロガンとの邂逅──。


 王の口からは小国の真実が語られることとなる。


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