第六部 第七章 第三十一話 ブロガンの決意
トゥルク国内・王側の陣営──。
一先ず敵を退けた【ロウドの盾】。負傷者は存在するものの、各実力者の活躍により奇跡的に犠牲者は無く被害も軽微だった。
途中まで拡げていた土地占有用結界の一部は魔獣の攻撃により消し飛んでしまったが、トゥルク国中の平民プリティス教徒は無力化されアムルテリアにより封印が為されている。
これにより実質のトゥルク国土の制圧は完了したと言って良いだろう。
しかし──問題の【神衣】使いの存在が様々な危険を孕んだまま……。
トゥルク王陣営は、メトラペトラがライを通して大聖霊の力を束ね結界を強化した。これで不意な攻撃を受けること無く明日を迎えられるだろう。
「スミマセン、マレクタルさん」
夕刻──。
陣営内でエクレトルの飛行船を《復元》し終えたライは、トゥルクの王子でもある勇者マレクタルに声を掛ける。
「ライ殿か……。何か?」
「実はブロガン王に謁見願いたいのですが……」
「わかった。きっと祖父も喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
ライがトゥルク王との面会を申し出たのには幾つか理由がある。
現状、戦況は落ち着いてはいるものの相手が得体の知れない者だと理解させられた。
しかし、この状況に陥る前に何等かの対策が出来たのではという疑問がある。エクレトルに救いを求めることも出来た筈なのだ。
そうしなかった理由……それは自国の不始末を他国に知られたくなかった故ではないのだろうか?……ライはそう推察した。
ならばトゥルク王は相手の正体を知っている……ライはそれを確認したかったのである。
話ではプリティスの教主との戦いを望んでいるらしいブロガン。だからこそ、ライには確信があった……。
そうして謁見の許可を得たライは、マレクタルに案内されトゥルク王ブロガンの元へ。
ライに同行したのは、メトラペトラとアムルテリア……他の者には休養に専念するよう伝えてある。
辿り着いたのは玉座ではなく小さな部屋。ブロガンは体調が芳しくないようで、ベッドで横になっていた。
「ブロガン様。客人をお連れしました」
「マレクタルか。そちらが客人か……済まぬな、こんな姿を晒す非礼を詫びる」
無理に身体を起こそうとするブロガンを制止したライは、近付いたその場で回復魔法 《癒しの羽衣》を使用。
ブロガンの不調は怪我ではなく老化に因るものというメトラペトラの推察。王という重責も含め、肉体回復と共に精神疲労も癒すべきとライは配慮した。
「おお……気持ちが安らぐ。これは有り難い」
「どういたしまして……。私はライ・フェンリーヴという一介の勇者です。御目に掛かれて光栄です、ブロガン王」
「勇者ライか……。それで何を聞きたいのだ、大聖霊を友とする者よ?」
「!……大聖霊を御存知なんですか?」
「伊達に長くは生きておらん。私が若い頃にはそちらの大聖霊を見掛けたこともある」
「ワシも覚えておるぞよ?直接は話さなんだが、森の小さな集落で暮らす魔人……天然の魔人は数が少ない故に尚更にのぅ?」
互いに不干渉であったが、当時はまだ大聖霊を敬う文化があった。当然その姿は人々の伝承に残されていた。
三百年前の世界改変で大聖霊の情報が消失する以前から生きるブロガンは、多くの知識も蓄えていることになる。
そうとなれば、ライは是非に聞きたいこともあった……。
「何故、世界から大聖霊の情報が消えたんでしょうか……?」
「さてな。だが、あれは消えたというより忘却の部類だな。大聖霊を知る者達は、ある日を境に突然その存在を忘れた。呼び掛けて確認すると思い出すが、大聖霊の話自体滅多にしないのでな。そのまま世代が変わり忘却されたのだろう」
「書物とかは……」
「それは分からん。話ではいつの間にか歴史書が消えていたらしいが……」
「そうですか……」
世界改変以前の記憶を持っていても知らぬものはある。ブロガンはトゥルクの要……滅多に外には出なかったのも理由だろう。
「………。核心を聞きます。王はプリティスの教主を御存知ですね?」
「うむ。あれは私が清算せねばならぬ汚点なのだ。だからこそ、私の手で討ち果たさねばならぬ」
「そんな状態で……本当にやるんですか?」
「やらねばならぬ。我が生涯に於いてこれを果たさねば死んでも死にきれぬ。だからこそ、今まで生き続け機会を待ち続けた。そして今こそが最大の好機──どうか、力を貸して貰えぬか……」
「……。詳しく聞かせて貰えませんか?どんな因縁があるのか……もしかすると、俺にも多少関わりがあるかも知れない」
バベルが【神衣】を使ったというなら、どこかに繋がりがある可能性も否定は出来ない。
「………。確かに話すのが筋だな。マレクタルよ、お前も聞いておくが良い」
天井に視線を向け目を細めたブロガンは、トゥルク国が割れてしまった歴史を噛み締める様に語り始めた───。
ブロガンが森を開拓し、トゥルクが建国されて百五十年程が過ぎた頃──丁度、覇竜王ゼルトが邪神を封印した頃の時代……。
少しづつ豊かになったトゥルクに一人の男が現れた。
男は不思議な雰囲気を纏った若い僧侶で、ブロガンの力になりたいと申し出たのだ。
僧侶は博識にして干渉魔法……つまり神格魔法の使い手。その力を用い国の為に尽力したという。
内政に関して……また外交に対しても有能だった僧侶は、いつしかブロガンの腹心として欠かせない存在となった。
僧侶は神聖教とは別の神を崇めていたが、邪教という訳ではなく人々からの信頼を高めていったという。
しかし……やがて僧侶は宗派の総本山建設の許可を得ると、その勢力を急速に拡大。凡そ五十年程で『プリティス教』を国教にまで仕立て上げた。
僧侶の名はバーテス・ホレック。それがプリティス教の開祖である……。
この頃……トゥルク国の中では王権に対する排斥運動が起こり始める。当時は天候不順や日照りなどがあり、ブロガンは不作の不満があるものだとばかり思っていた。
だが……時が経つ程に王権の排斥運動は勢いを増して行く。
やがてそれが『プリティス教』に入信した者だと気付き、ブロガンはバーテスとの会談を行った。
「今から百七十年程前……その頃は私とてまだ動けたのでな。直接問い質すこととした。だが……」
会談はバーテスが一方的に『真の国主』であることを宣言し物別れとなる。
そしてトゥルクでは国を二分する争いが始まった……。
プリティス教はいつの間にかトゥルク国内に深く根付いていて、トゥルクの約半数の民がバーテスの側に回る。
それでもまだ……トゥルクの国は二分された内乱で済んでいた。
ブロガンはバーテスと幾度となく戦うも決着は付かない。やがて王の陣営はプリティス教徒に押され始める。
理由は簡単……邪教に染まったとはいえトゥルク国民なのだ。それに、操られているならば殺すのは躊躇われて当然のことと言える。
ブロガンは優秀な臣下の奔走もあり、領土を狭めつつも民の為の最後の土地だけは死守することが出来た。それが現在のブロガン陣営である。
しかし……ブロガンは魔人としても長く生き過ぎていた。最早その身体は戦うには限界だった。
「だが……それでも奴はこの手で討たねばならぬ。奴が勢力を伸ばし今の混乱を生んだのは私の責任だ。命を……そして尊厳を踏みにじられた我が民への贖罪の為にも、奴はこの手で……」
「ちょ……ちょっと待って下さい?今のプリティス教の教主って別の奴じゃないんですか?」
「名は変わっている。が、名前だけだ。今はナグランドとか名乗っていたな……。どちらが本当の名か……それともどちらも偽名かは知らぬ。が、間違いなく同じ者だ」
ブロガンが老いるまでの間となると百年以上──それは人の寿命では無い。
代替わりすらないのならば魔人以上……バーテスは初めから魔人だったのかという疑問が浮かぶ。
「………。メトラ師匠やアムルは何か知らないの?」
「うぅむ……」
メトラペトラは唸ってしまった……。代わりに答えたのはアムルテリアだった。
「神衣を使う者は魔人同様に老いが無い。常に展開していれば下位とはいえ神格……寿命というもの自体が無くなる」
『精霊格』になると、魔力体で存在を維持できる為に寿命の概念がなくなる。それよりも上の大聖霊は全員寿命の概念そのものがない。当然、その上の『神格』──【神衣】ならば同様に永遠を生きることになる。
「そんな奴が……。バーテスが三百年前から居たなら、何でバベルは放置してたんでしょう?」
「さてのぅ……。邪教としての面を巧妙に隠しておったのか……バーテスとやらはバベルが居なくなるのを待っておったのかも知れぬが……」
「だけど、バベルが神衣を使えるなんて普通知らないでしょう?」
「………さて、どうじゃろうな」
何かまだ核心が隠れている可能性……メトラペトラはそれを疑っている。
ともかく、情報が足りない。ブロガンの話の中に答えがある可能性も無視できないのでメトラペトラは話を続けることにした。
「邪教徒どもは何故一気に攻め入らなんだ?時間はタップリあったんじゃ……出来た筈じゃろう?」
メトラペトラの疑問……。しかし、それに答えたのはライだった。
「余裕があるから遊んでやがるんでしょう。流石は邪教……胸糞悪い」
「恐らくはその通りだろう。勿論、それだけではないが……」
ブロガンはある秘策を講じて土地を守った。
「私は勇者バベルとも親交があった。その中で私は、ある道具を預かっていた。それは意思ある神具……今の土地はその神具により守られている」
「意思ある神具って……まさか『星具』ですか?」
「知っているのか?ならば話は早い……。長らく沈黙していた星具は私達の窮地を見兼ねて力を貸してくれた。名を『
星鎌ティクシーの結界により守られた土地は安全ではあった。が……周囲はプリティス教徒に取り囲まれていた為に、トゥルク王陣営は他国へ救いを求めることが出来ない状態だったらしい。
それでも星鎌ティクシーの加護により作物は十分に実り、生活自体は問題なく行えた。
「………。それだと、マレクタルさんが世界を旅した時に救いを求められたんじゃないですか?」
「少し説明が足りなかったな。マレクタルが旅に出た時点ではまだ奴等は本性を出していなかった。奴等が魔獣を使い始めたのは最近なのだ……。その時点までは通常の内乱と同じ……他国に頼ることは出来ぬ」
内乱で他国に救いを求めることは多大な対価を必要とする。或いはエクレトルなら避難を受け入れて貰えたかもしれないが、恐らく人同士の戦いという理由で干渉しなかった可能性も否定できない。
マレクタルは国を建て直す為に自らを鍛える旅に出た。祖国に戻った際の変わりようには驚いたが、旅で知り合った仲間達は惜しげもなく協力をしてくれている。だからこそ王の陣営は維持できたとマレクタルは理解している。
「私はバーテスの違和感に気付けなかった。そのせいで国を蝕まれ少なからずの犠牲まで……。そして今では民に苦難の道を強要させている。王としては失格だろう」
「それは違いますよ……。トゥルクの民の目は死んでいません。それはブロガンさんの存在があるから……そうでしょう、マレクタルさん?」
「ああ……私もそう思う」
ブロガンは民の希望。王としてのブロガンは間違いなく民に愛されている。それは、ブロガン陣営内に住む民の顔を見れば判ることだ。
「要はバーテス……今はナグランドでしたっけ?ソイツを倒せば全て解決。邪教も潰れて皆安心、ハッピー、ハッピー!ですよ」
「ハッハッハ。簡単に言ってくれる」
「でも、俺はその為に来たんです。そして貴方と話して覚悟を決めた。最後まで付き合いますから」
「感謝する……勇者ライよ」
「いいえ……私の方こそ感謝を。謁見、ありがとうございました」
「うむ……。済まぬが、頼む」
「はい。それでは」
ブロガンに深く頭を下げたライは、そのままマレクタルに誘われ砦の最上階へ……。
ライは『星鎌ティクシー』とも対話が必要と考えたのだ。
この短き期間に失われていた星具が四つ──メトラペトラはその流れを最早偶然や運とは考えていない。
特に星鎌ティクシーはバベルより齎されたとブロガンは語った。ならばこれもバベルの意図が介在していると判断すべきだろう。
「またもやバベルか……」
「関係無いですよ、メトラ師匠。それに、使えるものなら逆に利用してやれば良いんです」
「フッ……そうじゃな」
星鎌ティクシーとの邂逅へ──トゥルク国の邪教討伐は結末へと動き始めた。
※お知らせ
間も無く文章ストックが切れます。第六部終了時点で一度更新を止め一週程休みを頂こうかと考えています。
詳しくは近況ノートに記載します。御了承、宜しくお願いします。
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