第六部 第七章 第三十二話 星鎌ティクシー


 トゥルク王の砦──その最上階は、屋根は有るものの吹き抜けになった殺風景な場所だった。

 その中で唯一トゥルクの国旗が掲げられ固定された場所に、星鎌ティクシーは丁寧に立て掛けられていた……。


「星鎌ティクシー。少し話をしたい」

『…………』

「………?寝てるのか?」

『…………』

「良ぉし!なら今のうちにペッカペカに磨いちゃるか!……俺の涎で……」

『止めんかっ!』

「うぉう!……。何だよ、起きてるじゃないか」


 星鎌ティクシーは麦などを切る大鎌と似た形状をしている。


 銀に金の装飾が為された柄は先が枝分かれしていて同化するように刃を固定している。刃は幅の広い鈍い黒銀色。刃身の接合部には魔石が四つ……。

 柄にも幾つか小さな魔石が埋め込まれ縦に等間隔で並んでいる。


 更に接合部付近からは鎖が伸びており、先端には楔の様な分銅が付いている。鎖は柄に巻き付いた状態で柄頭付近に固定されていた。



『我を誰と心得る!』

「星鎌のティクさん?」

『何と気安い!』

「でさぁ、ティクさん?」

『くっ……どこまでも気安いか!』

「まぁまぁ、そう仰有らず……。アンタも気付いてるだろ?」

『………。エフィトロスのことか?』

「うん」


 星具同士が近くにいて気付かぬ訳がない。勿論、星杖エフィトロス側も気付いている筈だ。


『………お前は一体何者だ?』

「痴れ者じゃな」

「…………」

「…………」

『……。それは判った』


 メトラペトラの言葉にあっさり同意したティクシー。いきなり印象が悪い。


「くっ……!と、とにかく話を続けよう。俺は勇者ライだ。大聖霊契約者だよ」

『何と!……。いや、どうやら嘘ではないようだな』


 メトラペトラとアムルテリアの力に気付いたティクシーは、キラリとその魔石が輝く。


『………。それで、勇者が何の用だ?』

「御礼をね……?人間に絶望したアンタ達が人間に手を貸すなんて余程のことだろ?だから、そのお礼を言いたかった」

『……。我はアレ……ブロガンの生き様を最も長く見続けたからな。多少なりの愛着は湧く』

「そっか……。なら、それで良いさ」


 ブロガンがバベルから星鎌を託され三百年弱───その間会話を交わすことはなくとも、王としての生き様を見続けていたティクシー。気紛れでも何でもブロガンを救いたかっただろうことはライも理解している。


「それと……幾つか話がある」

『……何だ?』

「星具達の現状を……俺が知る限りを教える。聞きたいならだけど」

『………良かろう。話せ』


 ライは自分が出会った星具の話をティクシーに伝えた……。


 魔王と化した星杖ルーダの所業……そして結果としての破壊、エフィトロスを戻す為の浄化、更に異空間にて見付けた無言の星鎚を地天使スフィルカに託したこと……。ティクシーはそれを黙って聞いていた。


「──と、そんな感じだけど、アンタは一番問題なく会話できた相手だよ」

『そうか……』


 人と袂を別った星具……果てが幸せなものだったとは到底思えない。その中でティクシーはこうして敬われているのだ。かなりマシな方だろう。


 人が誕生した記念に、願いを込めて神が遺した星具──かつて人が付けた名は『驚くべきアメイジング・記念品トロフィー』。

 皮肉にも、人の為にと造られた神具は人から離れた為に孤独となったのである。


 いや……最初は人に寄り添おうとした星杖達を考えれば、人と共にあったからこそ不幸になったとも言える。



 だが……今、星鎌ティクシーの前に居るのは他者を幸運へと導く男。その存在特性は絶対的なものではないが、関わった者は幸運への流れへと誘われる。

 それは種族に限ったものではない。縁を繋いだ者全てに影響を与えるのである。


「それで、ティクシー……これからどうする?」

『……何?』

「ここまで力を貸してくれたんだ。最後まで付き合ってくれないか?」

『……。何が言いたい』

「じゃあ、ハッキリと言おうか。力を貸してくれ、ティクシー。俺達にはアンタの力が必要だ」

『……………』


 ティクシーは沈黙している。


 拒絶……という訳ではないのだろう。しかし、即答は出来ない様だ。

 長らく人から離れた星具は、今更素直になることが難しいのかもしれない……。


「仕方無い。じゃあ対価としてペッカペカに磨こう……涎で」

『止めろ!』

「え~?頼むよ~……力を貸してくれたら目一杯麦刈りして良いからさぁ~?」

『えっ……?』

「えっ……?」


 そこで意外な反応を見せたティクシーに、ライの顔はみるみる妖しくなってゆく……。


「あれれ~?もしかして、ティクさん……実は他の鎌にコソ~リ紛れて麦刈りまくってたり?」

『なっ!バカな!そ、そそ、そんな訳が……!』

「成る程ね~?そりゃあ、鎌だもんねぇ……麦が無いと刈れないやぁね~?それで手助けに踏み切ったんだ?」

『ち、ちち、違ぇしぃ~?気紛れだしぃ~?』


 動揺するティクシーはカタカタと音を立て揺れている。鎖の先はプルプルと震えているのでそれがハッキリと判る程だ。

 長らく人を見ていた為か、動揺した際の言葉遣いまでおかしい……。


 悲しいかな鎌のさが──神具とはいえ農具には違いないのである。


「そんな誤魔化さなくても良いよ~?今年は魔獣騒ぎで麦の収穫どころではないけど、来年なら………。いや……そういえば一ヶ所心当たりが無くも無い様な……」

『えっ……?』

「どうする、ティクさん?一発刈っとく?」

『うぅ………』


 神具と交渉……いや、誘惑している男……。その顔はとてもワルイカオ シテルヨ?


「あ~……刈りてぇなぁ~。スパ~ッと……凄んごく気持ち良いだろうなぁ~……?」

『ムムムムム!………。よ、良かろう……。だが、仕方無しだ。仕方無しに、ブロガンの為にだぞ?』

「ヘェイ!交渉成立ぅ!」


 ティクシーの刃がキラリと光る……。


 交渉成立──。立ち合った全員の視線が生温い。特にマレクタルは半笑いだ!


 思えば戦場のど真ん中から裸で『筋肉語』なるものを交わしつつ転移してきた勇者ライ。ルーヴェストも含めた強者はこうでなければ到達出来ないのか?等とマレクタルは苦悶している……。


「という訳で、明日はティクさんも一緒ね?」

『……それでは陣営の守りはどうするのだ?』

「そこは大丈夫。明日は精鋭で乗り込むから、残りは全員守備に回るよ。大聖霊の結界もあるし、念の為に契約霊獣にも頼むつもりだから。それにエクレトルの飛行船も直したから、いざとなった際は避難も安心」

『ふむ……ならば良かろう』

「じゃあ、マレクタルさん……。ティクさんをお任せします」

「はっ!……えっ?わ、私がか?」


 突然役割を振られたマレクタルは慌てる。いきなりの重責……まさに荷が重いと感じていた。


「ほ、本当に私で大丈夫なのだろうか?」

先刻さっき聞いたんですけど、マレクタルさんは農具とかの方が扱い易いんですよね?」

「た、確かにそうだが……」

「ティクさんはブロガンさんの為だから力を貸してくれた。なら、その孫が相棒なら問題ない……違いますか?」

「………。宜しいのだろうか、星鎌ティクシーよ?」

『構わん』

「感謝する」


 マレクタルがティクシーに手を伸ばすと、王陣営周囲の結界が消滅……代わりにライは霊獣を召喚……契約霊獣・リンキが守り努めることになる。


 リンキは鱗輝甲という種の聖獣が霊獣に変化したもの。半透明ながらも非常に硬い鱗を纏い、身体を玉の様に丸めて身を守る。その鱗は様々な力に属性を変換する。

 月光郷で契約した霊獣リンキは、基本守り主体の霊獣なので砦の守護役には打って付けだろう。


「頼むよ。リンキ」

『承知した』


 これで準備は整った。後は明日の決戦でバーテス……ナグランドを倒せればトゥルクは解放される。



 そう……倒せれば、だ。



 何せ相手は【神衣】を使う。神格を持つ相手にライの攻撃が通じるのか……口にはしないものの、かなり不安が残る。


 しかし……勝ち目がない訳でもない。


 バーテスは恐らく星鎌ティクシーの結界を破れなかったのだろう。星具は神の遺した事象神具……格は同様の下位神格と言っても良い。

 仮にもライはその一つを破壊したのだ。ならば大聖霊の力を上手く使えさえすれば、或いは……。


 そして切り札である天網斬り──メトラペトラ達すら捕らえた結界をライは天網斬りで断ち斬った。

 こちらを主軸に戦えば何とか負担を抑えつつ戦えるだろうと考えている。


 様々な対策を考える中で、ライはブロガンの願いを叶えてやりたいとも考えている。


 あの状態のブロガンをどう闘わせるべきか……その為には最低限の準備が必要だろう。


「……。マレクタルさん。もう一度ブロガンさんに話をしても?」

「あまり無理をさせないなら構わないが……」

「はい。気を付けます」

「ならば良い。祖父も他者と話せる方が喜ぶかもしれない」


 マレクタルは既にライが信用に値すると考えている様だ。星鎌を説得したことからも悪しき者ではないと理解したのだろう。


「少しブロガンさんと内密な話をしたいんですけど……」

「わかった。しばらくは部屋に入らないことにする」

『勇者ライよ……約束を忘れるなよ?』

「わかってるよ、ティクさん。……。ありがとうな、ティクさん。また人間に寄り添ってくれて」

『………』

「……涎、行っとく?」

『止めんか!』


 そしてライは、大聖霊二体を伴い再びブロガンの元へと向かう……。




 翌日──遂にプリティス教総本山『煉山』への突入が開始された。


 そこでライを待っているのは、これまでの戦いの中で最も過酷な戦い……。

 相手は下位なれど文字通りの【神】──同時にそれは、避けては通れぬ戦いでもある。

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