邪教終焉の章

第六部 第八章 第一話 邪教の巣窟 


 遂に邪教の巣窟……プリティス教総本山『煉山れんざん』へ踏み込むことになった【ロウドの盾】──。



 今回、エクレトルの天使達にはトゥルク王陣営の守りを任せている。


 アスラバルス、マレスフィ、共に砦の守りを固めて貰うことにしたのは、邪教の巣窟が不浄の地であった際の用心。それは、邪教のおぞましさを天使達には見せたくないというライの配慮からのものでもある。


 勿論、理由はそれだけではない。邪教が更なる策を弄した際、飛行船を使いトゥルクの民を避難させ、シウトへの援軍要請を迅速に行えるのは天使達こそが適任だからだ。


 代わりに、砦の守りに付いていたバズとドロレスが加わり総勢十八名での敵陣突入。本来なら愚策かもしれぬ行動だが、『脅威存在との対峙は少数精鋭で』という定石がある。そちらを優先した形となった。


 とはいえ、敵はまだ万の戦力を抱えている筈……。油断はならない。


「………。恐らく私達の想像よりは数が少ないと思います」


 煉山の麓……開かれたままの門の前でポツリと溢したファイレイ。


「どういうこと、ファイレイ?」

「あのね、イグナース……封印される魔獣っていうのはね?一部の力ある者による封印を除くと『命を賭けて封印した』場合が多いの。沢山の人達が自らの命を犠牲にして封印を施した場合、普通の方法じゃ解除出来ないわ……」

「えっ……?」


 まだ理解できないイグナース。ファイレイの言葉を継いだのはメトラペトラだった。


「魔獣の封印を破るには条件があるんじゃよ。一つは封印した者の血族の血を使い術式を解くこと。もう一つは大量の命を対価に魔獣を強化し封印に穴を開けることじゃ」

「それって……まさか!」

「今回確認された魔獣は四体……話によると同じ魔獣が三体居たらしいが、それは分断され封印されていたと考えるべきかのぅ。ともかく、超大型魔獣と大型魔獣の計三体分に換算するとじゃな……」

「約一万人は犠牲となっただろう」


 アムルテリアは吐き捨てるように告げた……。


「ま、魔獣召喚の為に一万人?それを奴らは……プリティス教の信者を使ったんですか?」

「恐らくは無関係に囚われていた者も含まれているじゃろうがの」

「そんな……そんなことを平気で……」


 イグナースは敵であれば平民でも斬る覚悟がある。それは騎士なった際に決意した信念……これはバズやイグナース、シュレイド、ドロレス、アーネストに共通した意識だ。

 しかしそれは、飽くまでも已む無き場合に限った話。だから、判断の難しいプリティス教平民達は殺すことを避けた。操られている可能性を否定できないが故に……。


「邪教とはそういう存在なのじゃよ。先に言っておくぞよ?恐らく中には世にもおぞましい光景が広がっておるじゃろう……じゃからこそライは天使達を遠ざけた。お主らも覚悟だけはしておくことじゃな」


 邪教の巣窟──仲間さえ平気で犠牲にするそんな相手。イグナース……いや、それ以外の者さえも胸の内に恐ろしさが芽生える。

 それは死への恐怖ではない……人の負の面が何処まで深く醜いのかという自らの心さえも含んだ恐怖だ。


 しかし、同時に沸き立つのは怒り───。そんな恐怖を生み出し利用する存在がこの世界に居ることこそ危惧すべき事態。放置しておく訳にはいかない。


 ここに揃った精鋭は強者……それは心の強さも含めた話。

 怯んだ様子を見せない強者達を確認したメトラペトラは力強く頷いた。


「うむ。問題は無いようじゃな……ではこれより、事前に打ち合わせた様に五組に分かれて行動とする」



 今回の組分けは少々特殊な形態を選択している。


 敵首魁たる教主殲滅を優先し、最大戦力で固めた一組目──。

 ライ、メトラペトラ、アムルテリア、マーナ、ルーヴェストは《千里眼》を頼りに直接敵首魁を目指す。


 残り四組は敵拠点探索組。可能性は低いが、まだ生きて囚われている者を救う役割を担う。三人一組となり煉山内の施設探索を行うことになっていた。

 組分けは転移ができる者を分散させて構成。飽くまで探索・捜索に行動を絞り、役割を終えた時点で撤退となる。


 有事の際は即時撤退。最優先は各自の無事であることがメトラペトラから念を押されていた。



 第一班は、マリアンヌをリーダーとした構成。同行者はクリスティーナ、アーネスト。


 第二班は、バズをリーダーに据えシルヴィーネル、サァラ。


 第三班は、ファイレイがリーダーを務め、イグナース、ランカ。


 第四班は、シュレイド、トウカ、ドロレス、マレクタルという構築だ。



 状況判断を冷静に行える者をリーダーとし、戦力バランスを上手く分散。それに加えて、各班には転移を行える者を分けた。


 マリアンヌ、ランカは転移術を、サァラとマレクタルは星具による転移を可能とした故の班分け。これにより煉山が崩落しても即時避難が行える。囚われていた者が居た際も転移で救い出せるだろう。


「では、行くぞよ!」

「待った!その前に……」


 ライは各種強化魔法を全員に使用。更に、煉山の入り口から幻覚魔法 《迷宮回廊》を内部に放つ。


「これで効果があるかは微妙だけど、一応ね」

「魔力消費しちゃって大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫。イグナース……今日で終わらせて早く帰ろうぜ?」

「そうですね」

「それでは改めて……行くぞよ!」


 メトラペトラの掛け声で一同は敵本拠地への突入を開始した──。



 煉山内部は削り出した岩を白い石の板で隠した内装……。白一色の大きな広間から始まる一階には三つの扉が確認できた。


「一番デカイ扉は親玉に続いてる。他の二つは地下への階段、それと通路だ。皆、気を付けて!」


 そう叫び先頭を走るライは、真っ直ぐに大扉に突き進み思いきり蹴破った。


 空間内に響く音は宣戦布告──。【神衣】に至る者の前で隠密行動など無意味と考えたライは、《迷宮回廊》に効果があったかを確かめる意図も兼ねたのだ。

 しかし、何者も姿を現さないことから魔法は無駄ではなかったらしい。


 ライの後に続く最強戦力班……ルーヴェストは一瞬立ち止まり大きく叫ぶ。


「お前ら!死ぬんじゃねぇぞ?帰ったら宴だからな!?」


 ニヤリと笑ったルーヴェストは、穴の開いた扉の向こう側へと姿を消した……。





 探索班は地下と地上の二手に分かれ行動を開始。ファイレイ、クリスティーナ、それと星具達による念話により情報網を構築し探索。

 途中、プリティス教徒と遭遇するも虚ろな視線でフラフラと歩いているだけだった。


「……これは一体?」

「ライの魔法ね……。全く、どこまでお人好しなんだか……」


 初めてライの力を目の当たりにしたバズは、シルヴィーネルの言葉に妙に感心しながら通路を走る。サァラは星杖エフィトロスに乗り魔女の様に飛んでいた。


「どうやらプリティス教徒は外に向かうよう術が発動しています」

「わかるのか?」

「はい。ライ兄ちゃんに色々教わったから……」


 サァラはライから記憶を流され使える魔法の幅が広がっている。特にサァラが手を汚さず済むよう精神魔法系統は重点的に仕込んでいた。

 知識があれば天才魔法少女サァラはそれを砂が水を吸うが如く取り込む。当然、《迷宮回廊》は修得済みだ。


「これは助かるな……」

「でも、油断は出来ません。魔法に抵抗する者もいます。ライ兄ちゃんの魔法に抵抗出来るということは……」

「強者か……わかった。心に留めておこう」


 煉山内の部屋を調べるには数が多い。そこでサァラ、トウカ、マリアンヌ、ファイレイの四名は方術札を使用し施設内を効率的に探索することにした。

 勿論これもライが伝えた術……六日で習得させる為に探索術のみではあるが、マリアンヌやファイレイがそれをあっさり使い熟した為にライが涙目だったのは言うまでもない……。


 更に星具達の能力も加わり探索は順調に進んだ。


 しばらく探索を続けた各班。階段を見付け上階にも分かれ駆ける者達……そんな中で地下に向かったのはマリアンヌの班だった。

 やがてマリアンヌ達は白い壁に浮かぶ赤い扉の部屋を見付けた。


「うっ!この臭いは……!」


 クリスティーナが思わず踞る。吐き気を催す臭気……それは異臭と言い換えても良い程のもの……。


「……。二人はここで待機を。私が中を確認してくる」


 アーネストはその臭いに覚えがあった。


 かつて盗賊討伐の任務で乗り込んだアジト──情報では連れ去られた貴族一家が居た為、慎重に捜索していた際のこと……。

 アーネストはその時の光景を忘れない。


「………。やはりか……邪教め」


 中の光景は地獄の一部を切り抜いた凄惨な光景だった……。

 あらゆる拷問器具が並び、人々の骸が拷問を受けた状態で光の無い目をアーネストに向けている。様々な苦悶の表情で固まった犠牲者は一人として五体が無事な者は居らず、人の形すら残していない者も……。


 腐敗、臓物の臭気、糞尿……この場を堪えられる者はそうはいないだろう光景。


「くっ!」


 どれ程の者が犠牲になったのか想像が付かない。他国の事情とはいえアーネストは己の怒りを抑えることに必死だった。


 普段は無骨……しかしアーネストは誰よりも優しい。故に一度誰かの為に怒りを宿すと別人のように苛烈に変わる。

 アーネストは内から湧き上がる感情を何とか抑え、己を律し部屋を出た。


「あの……アーネスト様?」

「……生存者はいない」

「………。そう……ですか……」


 その言葉でクリスティーナもマリアンヌも理解したのだろう。それでも直接目にしなかったことはクリスティーナにとっては幸いだった。


 クリスティーナは少し精神的に脆い部分がある。そしてそれは、聖獣を宿す身からすれば危険なこと……。

 その意味ではアーネストの判断は正しかったと言えるだろう。


「………。この階は私が捜索しよう。二人は通路にて警戒を」

「アーネスト様。私の心配はどうか無用に……」

「いや……これは戦いを生きる道とする私がやるべきこと。頼む」


 師とも言えるマリアンヌをも気遣いアーネストは各部屋を確認して行く。そこには、一人の人間として犠牲者を覚えておく覚悟……そして、僅かな生存者を求める優しい男の望みがあった……。


 そうして残すところ二部屋となった地下……。手前の部屋を開けアーネストが中へと入れば、そこには生きた人間が居た。


「た、助けてくれ!」

「その為に来た。安心してくれ」


 アーネストの言葉に、檻に捕らえられた者達が僅かな喚声を上げる。


「皆、動けるか?」

「は、はい!」


 ライの《迷宮回廊》から脱している様子から邪教徒ではない。魔力も並……囚われた平民は二十名程……。


「他に生存者は?」

「ここに居る者以外は皆、連れていかれました……」

「……そうか。だが、安心してくれ。もう帰れるぞ」

「ありがとう……ございます」


 平民達は直ぐに檻から救出されマリアンヌによりトゥルク王陣営へと送られた……。


 去り際、平民の一人が情報を残す。


「先程まで女性の悲鳴が聞こえてました。もしかするとまだ……」

「わかった。ありがとう」


 残された部屋はあと一つ……。罪無き者達が何とか生存していて欲しいと願いつつ、アーネストは地下最奥の扉を開いた……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る