第六部 第八章 第二話 騎士の怒り 

「マリアンヌ殿!クリスティーナ殿!」


 邪教の巣窟『煉山』の地下最奥──扉を開いたアーネストの言葉に反応した二人は、即時臨戦態勢へと移行。

 部屋の中には二体の中型魔獣……そして、プリティス司祭の姿が……。


 そこにあったのは生け贄の祭壇──。


 魔獣を喚び出す部屋はそれ程の広さはない。この部屋は巨大魔獣ではなく、小型から中型の魔獣召喚に特化した儀式祭壇の様だ。


「む……?今は生け贄の儀式の最中……。邪魔をするのは何者か?」

「……生け贄だと?邪教め」

「成る程……どうやら先程の幻覚魔法はお前達の仕業か。クックック……ならば貴様らも贄にしてやろう!存分に嬲り物にしてから神への供物となれぃ!」


 魔獣二体はそれぞれ鳥と豹の姿をしていた。しかし、対応したのがマリアンヌとクリスティーナ……当然ながら上位魔獣ですら倒す二人の敵ではない。魔獣は瞬く間に討伐された。


「ば、馬鹿な!」

「貴様の相手は私だ、邪教徒!」


 魔獣が一息の間に討ち果たされ驚愕しているプリティス司祭。そこにアーネストの容赦ない攻撃が行われる。

 しかし、プリティス司祭級になれば邪教の技を用いる。司祭はアーネストの攻撃を受け止め弾き返した。


 その手には黒い剣……。司祭は堂に入った構えを見せた。


「貴様……剣の心得が……」

「ハッハッハ!私は元トゥルクの騎士だ!が、プリティス教の教えにより目醒めたのよ!そしてこの魔剣を手に入れた!」

「愚かな……」


 アーネストがチラリと祭壇を見れば女性が生け贄にされかけていた様だ。


「マリアンヌ殿!」


 アーネストの意図を察したマリアンヌが頷き祭壇へと走る。


「させるか!」


 マリアンヌを阻止する為に司祭が飛び掛かろうとした瞬間、アーネストは斧槍型魔導具の力を開放し司祭を弾き飛ばす。


「くっ……。貴様、邪魔をす……」


 言葉を終える前に司祭の首が宙を舞う。それはアーネストの一撃……。



 アーネストの魔導具、『斧槍・憤怒ふんぬ』は使用者の感情に力を左右される。


 アーネストはロウドの盾の中で唯一エルドナからの武器提供を受けていない。それは自分より他者に与えれば生き残る者が増えるという心からの配慮。


 しかし……それでは流石に心許ないと思ったライは、昨日自らの力でアーネストの武器を強化した。

 鎧はシルヴィーネルから鱗を分けて貰い強化。斧は《物質変換》により玄淨石製に変えた。更に魔石を埋め込み様々な機能を《付加》したのである。


 その中で、元より斧槍の機能として備わっていた感情反応の魔法式を操作。憤怒に特化した魔導具へと変えたのである。


 それはアーネストにとって最適とも言える組み合わせ──。肉体へのギリギリの負担で魔力凝縮し身体能力を引き上げる効果は、当人が鍛え上げられる程に威力が上がる。

 怒りを溜め込んだ今のアーネストは、魔人級の強化が為されていると言って良い。


 そして司祭は完全に油断していた。魔獣の力を行使する前の絶命……これが勝敗を分けることとなったのだ。


「王を裏切り邪教に付くなど……地獄でも生温い!」


 そんなアーネストにクリスティーナは若干引いていた……。


 無口なれど温厚なアーネスト。今後怒らせないようにしよう……クリスティーナはそう誓ったのは余談である。



 その後、堅実に魔剣を破壊し祭壇へと向かうアーネストとクリスティーナ。マリアンヌにより拘束を解かれたのは全裸の若い女性……。手足の骨は砕かれ、拷問の痕が痛々しい。

 アーネストは自らのマントを外し女性にそっと掛ける。


「マリアンヌ殿……」

「大丈夫です。しかし、身体は回復できますが精神は……」


 マリアンヌの回復魔法で意識を取り戻した女性は、目を開けた途端暴れ始める。


「いやぁぁぁ~っ!やめて!助けて!助けてぇ~!」


 完全な錯乱状態……マリアンヌも対応に少し困っている。が……それを収めたのはアーネストだった……。


 アーネストは女性を抱き締め穏やかな声で囁く。


「もう大丈夫だ。助かったのだ……大丈夫」


 何度も繰り返される言葉で落ち着いた女性は、まだ警戒心は消えていないものの暴れることは無くなった。


「今から貴女を外へ送る……」

「い、嫌っ!ひ、一人にしないで!お願いだから……!」

「大丈夫だ。直ぐに安全で人の多い場所に……」

「あぁ……嫌ぁ……」


 アーネストの腕を掴んで離さない女性。このまま転移させるにも再び錯乱を起こす恐れもある。


「マリアンヌ殿……」

「わかっております。アーネスト様……貴方はその方と後衛へ。私達は大丈夫ですから」

「……済まぬ」

「いいえ。貴方は正しいです。一を救うこともまた必要なこと……。後衛の戦力不足も少し気になっておりましたので」

「わかった。……。皆、どうか無事で」

「はい」


 アーネストは女性を抱えマリアンヌが展開した転移陣の中に。女性はまだ震えていた。


「大丈夫だ。私が共にいる」

「ほ、本当……?」

「ああ。私はアーネスト。貴女の名を聞いても?」

「ア……アリアヴィータ……」

「大丈夫だ、アリアヴィータ殿。傍にいる。貴女が大丈夫だというまで、ずっと傍に……」

「………ありがとう。アーネスト様……」


 二人は転移の光を残して消えた。


「……さて。私達は役割を続けます。先ずはこの場を焼き払いましょう。クリスティ様。これも修行です。ライ様から伝授された圧縮魔法を試して下さい」

「は、はい!」


 クリスティーナは魔法を圧縮した魔力の矢を展開。放たれたのは火炎魔法 《金烏滅己きんうめっき》を凝縮した矢──。


 その名を《紅蓮赫矢ぐれんかくし》。矢を包む巨大な炎の鳥は、縦横無尽に部屋の中を焼き尽くす。

 しかし……その勢いは止まらない。



「!……これはいけません。逃げましょう」

「えっ!あ……ご、ごめんなさぁ~い!」


 クリスティーナの尋常ならざる魔力により炎の鳥は暴走。猛烈な炎が二人へと迫る。

 マリアンヌの転移により最初の広間に戻った二人……僅か後に地下からの轟音が響き振動が伝わる……。


「ご、ごめんなさい、マリー……」

「減点、一です。五点貯まりましたら特訓が待っているのであしからず」

「うぅ……。修行が足りませんです……」


 マリアンヌの感知と方術で地下に生存者がいないことは確認済み……とはいえ、今後こんなことがあっては安心して単独行動を任せられない。それもまたマリアンヌの愛のムチである。



 ともかく、マリアンヌとクリスティーナは煉山内部の探索を再開した。


 二人の実力ならば人数不足は然したる問題ではない……しかし、念の為に人数の多い班からトウカが移動し合流。再び施設内の探索・捜索が再開された。


 施設内の生存者捜索結果は総勢二百人程。それ以外は皆ライの幻覚魔法により煉山の外に移動し、列を組みつつトゥルク王陣営の方角へと向かっている。

 といっても、トゥルク王陣営まで徒歩で数日掛かる距離である。ライが幻覚に仕込んだのは集落跡地に着いたら大人しく待機というもの。取り敢えず戦いに巻き込まれることは無い筈だ。


 念入りに煉山探索を終えた四班は、再び入り口広間に集まっている。


「……やはり僅かしか救えなかったか」


 苦々しげに口にするバズ。


「仕方ありませんよ。もっと早ければ違う結果だったかもしれませんけど……」


 イグナースも内心は舌打ちしたい心境だった。しかし、事実を受け止めねばならない。


「それで……これからどうします?」

「ライ殿に言われただろう、イグナース……撤退だ」

「でも、シュレイドさん……」

「私達は強くなった。だが、首魁との決戦に挑んだ者と比べれば足元にも及ばぬのだ。足手纏いこそ避けねばならん」

「………はい」


 実力不足……当然当て嵌まらぬ者もいるものの、メトラペトラは事前に撤退を厳命していた。それを破る訳にはいかない。


 但し……それはロウドの盾としての話。これに従う必要の無い者も居る。


 その男には戦いを見届ける道理があったのだ。


「……済まないが私は行く。私は王子として、そしてトゥルクの勇者を名乗る者として見届けなければならないんだ」

「なっ!マレクタルさん、ズルい!だったら俺も……痛い!」


 イグナースの脳天にファイレイの手刀が炸裂……。


「何だよ、ファイレイ……」

「あのねぇ……マレクタルさんは王族として見届けると言ってるのよ?それに今はあの神具が力を貸しているの……マレクタルさんは、いざとなれば転移で脱出できるんだからね?」

「………。はぁ~い」


 イグナースはファイレイの尻に敷かれている……。皆、思ったことだが誰も口にはしない。


「……本来なら同行したいのですが」

「いや……マリアンヌ殿は皆を頼む。私はティクシーがいるから大丈夫だ」

「わかりました。どうか御無事で……」

「私は……見守るだけだ。だが、皆の分も見届ける。では……」


 マレクタルは穴の開いた大扉に走り出した。


「それでは皆様……帰りましょう。待つこともまた役目です」


 マリアンヌの転移陣により全員後衛へ帰還。天使達と情報を共有し今後の対応の打ち合わせを始めた。


 こうして邪教本拠地『煉山』内探索は終了……。



 そして場面は決戦に挑む者達へと移る──。


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