第六部 第八章 第三話 導く者 



 三人の勇者と二体の大聖霊は、邪教の巣窟内を駆ける──。



 探索に向かった者達と違い、敵首魁を目指す者達の前には次々に邪教の使徒が迫り来る。

 それは雑魚ではなく司祭級……最初から異形化しており、とにかく教主への道を阻み立ちはだかるのだ。


 しかし……世界でも指折りの勇者と超越存在たる大聖霊達。その尽くを難なく撃破し足を止めることはない。



「ったく……。大した相手じゃねぇんだが、数が邪魔だな。【魔力の勇者】さんよぉ?何かパパッとやっちまう方法はねぇのか?」


 魔斧スレイルティオを担ぎ至極面倒そうなルーヴェストはマーナに視線を向けた。


「目的の相手と戦う前に消費してどうすんのよ……。大体、殆どワンニャン大聖霊が倒してるじゃない」

「ワンニャン……」


 少し不満気なアムルテリア。しかし、メトラペトラは些細なことを気にしない。間違いなくライの影響だ。


「まぁ、ワシらは概念で倒しておるから手間ですらないがの。今回は露払いくらいはしてやるわぇ」


 メトラペトラ達からすれば概念力が効く相手であるならば労力にすらならない。だが、【神衣】が相手となると別──通常の概念力が効かぬならば、消耗してでも概念の力を高め対峙せねばならない。それでも効果があるかは半々といったところだろう。


 実のところ、メトラペトラにとっては魔王アムドよりも今回の邪教の方が厄介な相手だと考えている。

 これまではライの意を汲み手を出さなかったが、今回はそんなことを言っている場合ではないのだ。



 ライもそれは理解しているらしく、いつもの痴れ者ぶりは鳴りを潜めていた。


「どうした、ライ?」

「う~ん……いえ、【神衣】ってどんななのかなって……」

「そういやそうだな。大聖霊は何か知らねぇのか?」


 メトラペトラはしばし沈黙した後、自分の知る知識を伝えることにした。


「【神衣】とは、正確には神格に至る最低限の条件のことじゃ。当然、歴代の神は神衣を使えた。逆に言えば神衣が使えることが神に至る資格を意味しておる」

「神……」

「そうじゃ。ワシら大聖霊は歴代の神とも知己。その者らの殆どが神に至るべくして神衣を宿した者。それ以外で神威に目醒めた者は二名……バベルと大天使ティアモントのみ」

「どういうことだ、そりゃあ?」

「創世神以降の神はロウドの地上から選ばれる。種は様々じゃが、神に相応しきと判断された者が神より直々に神衣を伝授されるのじゃ。そうして神衣を会得した時点で【神の座】が託され神は代を変える」


 創世神に【神の座】を託された二代目の神アルタス以降、ずっとそうやって神の役割を繋いでいた。しかし、アローラが次代に託す前に邪神が襲来──一瞬ではあるが、覇竜王ゼルトは神衣を展開し命を賭して邪神を封じたという。


 そうした流れから外れ自力で神衣に至った者はバベルとティアモントの二名。ティアモントはゼルトが邪神を封じた後、来るべき邪神復活を阻止する為に【神の座】に就いてから神衣を修得した。

 バベルについては完全に自力での修得。この辺りは直接対峙した際には色々と聞き出したらしい。


 もっとも……バベルは割と嘘吐きだから全てを鵜呑みにはできないとメトラペトラは溜め息を吐いた。


「ワシも直接やり合ったのはバベルだけじゃからのぅ。完成された【神衣】の特徴は魔力、生命力を由来とする【力】を感じないことじゃな。無くなった訳ではないぞよ?感じることが。代わりに感じたのは恐ろしいまでの存在の威圧感……」


 下位とはいえ神格に至るということは、別次元の存在であることを意味する。【神衣】を使う者と使えぬ者との間には天と地程の差があるのだとメトラペトラは語る。


「バベルと対峙した際に理解した話じゃが、神衣にはまず魔法は効かんし攻撃も通らん。辛うじて概念攻撃で対応できるといった具合じゃ」

「は?そんな奴相手に俺達はどうやって戦うんだよ?」

「心配は要らん。大聖霊たるワシと犬公がそれぞれお主らに付いて、攻撃に概念を上乗せしてやるわぇ。さすれば致命は無理でも攻撃は通る筈じゃ」


 ルーヴェストにはメトラペトラ、マーナにはアムルテリアが補助を兼ねて助力する。


「お兄ちゃんは?」

「此奴には天網斬りがある。それに、力を解放し大聖霊紋章を使えば倒すことも出来る筈」


 事象神具『星杖ルーダ』を破壊したあの力ならば、たとえ【神衣】でも貫くことが出来る……というのは、メトラペトラの推測。この点はアムルテリアも同意していた。


 方向性としては、ライが攻撃し【神衣】を打ち破った隙に、ルーヴェスト、マーナ、メトラペトラ、アムルテリアでトドメを刺す。若しくは、ライ以外の面子で敵を削りつつライが一撃を狙うといった形になる。

 そのどちらも難しい時は、徹底して持久戦で粘り【神衣】の維持限界に持ち込む予定だ。



 但し……不安要素もある。敵が【神衣】を使えるならば、当然『存在特性』も使えることになる。その種類によっては対峙すら壗ならない恐れもあるのだが、こればかりは戦ってみなければ判らない。


「厄介な存在特性相手の場合はワシらが概念力で防御に徹する。特にワシは消滅の力を使えるからの……敵に操られそうならば存在特性の効果を消してやれるじゃろう」

「それだとメトラ師匠の負担が増えませんか?」

「そこは根比べじゃな。お主と契約を交わした頃より封印も解かれワシの力も回復しておる。何とかなるじゃろ」


 言い出しっぺは自分だからその分は動く、とメトラペトラは笑う。そこには邪神の復活を止めるという確固たる意思が秘められていた。


「それで……邪教の教主まであとどれ程じゃ?」

「この二つ上……最上階に居ます。手前には敵もわんさと……」

「問題ないわ。皆、覚悟は良いかえ?」


 メトラペトラの最後の確認にルーヴェストは笑いながら応える。


「ハッハー!覚悟なら始めから決めてきたぜ?」

「私もよ、ニャンコ師匠。ここまで事が大きくなったならどのみち『三大勇者』が出張らないとならなかったでしょ?」

「三大勇者か……俺、違うけどね?」


 勇者としての知名度はかなり限定的な男、ライ……。英傑位と併せて世間一般では知らない者の方が明らかに多い。


「そういや『白髪の勇者』だっけか?何とも締まりのねぇ称号だよな……良し。ここはお前に良い称号をやろう。『筋肉勇者・二号』だ!」

「ちょっ!何でお兄ちゃんが二号なのよ!」

「馬っ鹿、お前……そんなモン、俺のが歳上だからに決まってんだろ?」

「お兄ちゃんのが強いでしょ!アンタが二号になりなさいよ!」

「何ぃ?俺の筋肉の美しさが分からねぇのか?よぉし!今見せてやる!」

「ヤ~メ~テ~!何考えてんのよ!変態勇者!」



 ギャアギャアと騒ぎ軽口を叩きつつも、一行は常に動いている。立ちはだかる敵をメトラペトラが消滅させ、アムルテリアが石化させ、ルーヴェストが斧で叩き伏せ、マーナが魔力核を貫く……。


 そしてライは──。


「来い、クロカナ」


 ライが喚び出したのは契約精霊・クロカナ。


 ディルナーチ大陸・神羅国の王子キリノスケから託された精霊の一体──。

 その姿は半分透けた人型……見た目は美しい黒髪の女性。外套を羽織った様な姿だか、顔以外は見えず朧気な闇だけが漏れ出している。


『主……何用ですか?』

「立ち塞がる奴らの排除を頼む」

『食べて良いのですか?』

「構わない」

『感謝します、主よ』


 クロカナは高笑いを始め眼前の敵へと向かう。そして接触の瞬間、外套の中から無数の蔓が飛び出し司祭級の異形を貫いた。

 クロカナが蔓を引き抜くと、其処には魔力核が……。クロカナはそれを外套の中へと仕舞い込むと何かを飲み込むような音がする。


「……。何じゃ、アヤツは?」

「キリノスケさんの契約してた精霊で、名を『黒花女くろかな』と言います。てか、契約ん時メトラ師匠も居たでしょ?」

「……忘れた」


 クロカナはキリノスケの契約精霊の中ではかなり特殊で人型をしている。そして魔力過剰だったキリノスケが契約した中でも、滅多に喚び出さなかった精霊。

 他の精霊の様に属性は偏らず魔力を奪うことに特化した能力を持つ。元は中位精霊……しかし翼神蛇アグナ封印の要となりその魔力を奪い続けた結果、最上位精霊へと変化を果たした存在である。


 人型をしているのは人に擬態し魔力を奪っていた名残り。キリノスケと利害が一致した為に大人しくなったが、実はディルナーチでは危険視され討伐隊まで編成された過去がある。


「通常は精霊に善悪は無いからのぅ……。その辺りは人と触れあった場合は少しづつ覚えるんじゃが……」

「キリノスケさんの精霊達はその生き様を見て覚えたんでしょう。ただ、クロカナは性質上魔力を欲しますから……。この先、戦いの為に俺の魔力供給を弱めればしばらくは魔力不足になる訳ですし」

「じゃから前倒しで与えとる訳か……」

「他の精霊達にもあげたいところですけど、ちょっとグロくなりそうなのでクロカナにだけ……」


 本当は……司祭級を浄化出来るか試したいのがライの本音だった。しかし、これから得体の知れない相手と対峙するのに労力を費やす訳には行かない。切り捨てる覚悟が必要だった……。

 何よりメトラペトラとアムルテリアが自らの手を汚してまで先陣を切っているのだ。ならばライが甘いことを言って良い場面ではない。


 そうして一行が進む先にはこれまでに無い数の敵が道を遮る。だが、その殆どが足を止めることもなく葬られて行く。


 勇者達の道筋には死屍累々の残骸が続いていた。




「凄まじいな……」


 その僅か後……ライ達を後方から追うマレクタル。星鎌ティクシーを担ぎ辿るその道筋は、最早迷いようがない目印となっていた……。


『大聖霊もそうだが、他の者も魔人以上の存在の様だな……。特にあのライという男……あれは要柱か?』

「要柱……?」

『私も詳しくは知らん。人から大聖霊に至る者とも神に至る者とも言われているが……』

「………」

『只の噂だ。前例が無いので誰も知らぬ……が、この世界に於いては超越であることには間違いあるまい』

「……。何でも良いさ。彼のおかげで危機を乗り越えられた……そしてティクシーとも出会えたのだ。感謝だけをすれば良い」

『フッ……』


 真っ直ぐな男であるマレクタル。その手に取られたことがティクシーは誇らしかった。



 人に失望し姿を消した星具の中で、それでもティクシーは人の近くにいた。時折普通の鎌に姿を変えて紛れ、人の営みを見続けていたのだ。

 やがてティクシーは己の判断に迷いが生じた。


 人は数万年経過した今もまだ幼いのだ。神はその導き手として星具を生み出したのではないか……そんな考えが過った。


 星杖達は人と共に在り続け導こうとしていた。思い返せばその行動を嫌という程理解できる。

 結果としてティクシーは───再び人と在る切っ掛けが欲しかったのである。


 だからバベルを介し流れ着いたトゥルクではブロガンの姿に惹かれ、その生き様を見守った。行動を改める判断材料として見守り続けていたのだ。


 そんな時に起きた邪教との騒動。ブロガンは悩みながらも正しくあろうとした。ティクシーは気付いた時には助力を申し出ていた……。



 そして今、その孫であるマレクタルと共に在る。ティクシーは星具本来の『導き』の役割に戻ったのだ……。


(それを繋げたのはあのライという男──要柱とは『大聖霊の柱』という意味だけでは無いのやも知れぬ)


 話では、ライは既に四つの星具と遭遇しているという。ならばこの先も星具達と出会い導く可能性は高い。

 その存在にこそ意味があるとティクシーは改めて感じていた。


「ティクシー?」

『何でもない。行くぞ!』

「ああ。頼りにしてる」


 そしてマレクタルとティクシーは骸の道標を辿り先を急ぐ。

 助力になるかは判らない──しかし、マレクタルは王族として見届けなければならないのだ。


 後に『星鎌の勇者』と呼ばれるマレクタルは、その最初の戦場へと向かった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る