第六部 第八章 第四話 神の眷族
マレクタルの向かう先──最上階では、先行している勇者・大聖霊一行が最後の扉を打ち破り部屋の中へと突入していた。
最上階に当たるその場所は、岩を削り出し加工された白一色の造り。しかし、それまでの部屋よりも様々な装飾がされている。
更に部屋の奥、中央には複雑な構造の祭壇。
そして──。
「待っていたぞ、愚か者共」
赤に金の刺繍を配った法衣……階級を表す帽子は一際高く、やはり赤地に金の刺繍。その手にはプリティス教のシンボルを型どった杖。
皺の無い若い男は笑顔だが、その視線がやけにギラついた印象を与える。
プリティス教・教主ナグランド……ブロガンの言葉が真実ならば、この男は開祖バーテスということになる。
「よぅ……テメェがバーテスって奴か?」
ルーヴェストの言葉を受けた教主は絵に描いた様な薄っぺらな微笑みで応える。
「その名を聞くのは三百年振りか……クックック。ブロガンにでも聞いたか?」
「じゃあ、テメェは……」
「その通りだ。我が名はバーテスでありナグランドだ。まぁどちらの名にも愛着すら無いが……」
「やはり偽名か……どうせテメェは死ぬんだ。墓に刻む名くらい聞いてやるぜ?」
ルーヴェストの問いにバーテスは盛大に笑い声をあげて腹を抱えている。プリティス教のシンボルの杖は無造作に放り投げられていた。
「ハーッハッハッハ!随分な自信よ!多少力を持った程度の存在が勘違いでもしたか?」
「その言葉、そのまま返してあげるわよ。力を持った程度で勘違いしたお馬鹿さん?」
マーナの言葉で笑いを止めたバーテスは、別段不快な様子はない。
「ほう……。娘、貴様は良い素材だな。神たる我のものとして生かしてやっても良いが?」
「今度は神を名乗るの?女と見れば物としてしか見られない下衆は一生……いえ、永遠にモテないわよ。童貞さん?」
ここで初めてバーテスに怒りの色が見えた。青筋をピクピクとさせた目は充血している。
「小娘……神への妄言、その身をもっ……」
「はぁ~……モテないからって八つ当たりはやめてくれる?私も暇じゃないのよ、醜男さん?まぁ、手間を取り払って自害してくれれば虫程度には覚えていてあげるわよ」
「………」
明らかな怒りの感情……悪口合戦はマーナの方が一枚上手だった。
「そこまでじゃ、マーナよ。此奴には聞くことがある。取り合えずはバーテスと呼ぶが、貴様は一体何者じゃ?」
「何者……だと?ハッハッハ!」
「何がおかしいんじゃ?」
「これがおかしくないとでも?貴様らは神を前にしているのだぞ?」
「神衣を使えるからといって完全なる神とは言えまいよ。第一、貴様が『真なる神』ならばワシら大聖霊の力と拮抗などしまい?」
そこでスッと真顔になったバーテス。それまでの軽薄さが消え完全な無表情になった。
「大聖霊か……知っているぞ?神の写し身であり理の存在……だったか。会うのは初めてだがな。成る程……昨日のアレは貴様らか。しかし……神の眷族たる『理の存在』とやらがあの程度であれば、この世界の創世神もタカが知れるな」
「お主……何故現行の神ではなく『創世神』を口にした?」
「現行の神?何を言っている……各世界を創世した神は一人づつ……。残りは眷族神か紛い物に過ぎん」
「その知識……貴様の目的は何じゃ?何故、神衣を使える!全て吐けぃ!」
ここで再び笑みを浮かべたバーテス。その顔は余裕と表現するに相応しいもの。
「フハハハハ!愚かな貴様らへの冥土の土産だ!少しだけ教えてやろう!」
自らプリティス教の法衣を剥ぎ取り現した姿は黒い魔術師の姿。見たことの無い造りの衣装には、黒い帯を巻き付け鋲で止めた様な装飾が全身無造作に為されていた。
「我が名はデミオス!真なる神の下僕にして神の眷族!我が役目は真なる神の復活!」
「やはりか!貴様の神の名を吐けぃ!」
「我が偉大なる
デミオスから立ち上る魔力が唐突に消えた──。
代わりに空間を充たしたのは説明が出来ぬ威圧……魔力、生命力、怒気や言語による威嚇とも異なる存在の圧力……。
「くっ!これが神衣って奴かよ……!」
「た、確かにこれは得体が知れないわね!」
「来るぞよ!」
デミオスは手を振り払う仕草を見せた。と、同時にライ達を猛烈な衝撃波が襲う。
「ぐっ!クソッ!あの野郎、何しやがった!」
「これが神衣の力じゃ!出し惜しみしていると死ぬぞよ?」
衝撃波は部屋の外壁を破壊……煉山の上部を轟音と共に消し飛ばした。
咄嗟に前に出たメトラペトラ、アムルテリアの防御によりライ達は無事……しかし、ルーヴェストからは余裕の笑みが消えている。
(クソッタレ!神衣ってのは、まさか此処までの力かよ!)
戦力差は歴然。それを理解したルーヴェストの対応は早かった。
魔斧スレイルティオとの融合から潜在能力解放……【竜血化】により半精霊化。黒い斧と緑の鎧は白き螺鈿の輝きある鱗となりルーヴェストを包む。
「マーナもじゃ!ここで此奴を倒さねば多くを失うぞよ?出し惜しみなどせず死ぬ気で戦えぃ!」
「分かったわよ!」
兄の前では見せないつもりだったマーナの切り札は二つ───竜人化による変化と魔剣……。
マーナの竜人化は最近メトラペトラの猛特訓で無理矢理覚醒させられた力だ。元より竜人の力をほぼ完成させていたマーナは、其処から更に半精霊体に昇華した。
但し、ルーヴェストのそれとは随分と違う外見。竜鱗装甲の全身均一化と竜の翼は同じだが、マーナは輝く衣を纏っている。更にその周囲には小さな光る竜が二体具現化されていた。
加えて、マーナの切り札たる魔剣……旅の最中に見付けたそれは奇しくもエノフラハで手に入れた装備。
『フーラッハ遺跡』で現在確認されている最も深い層で回収した魔剣は、やはりバベルの遺産。
【天宝剣】
刀身にもう一本の刀身が巻き付いた様な奇妙な黒き細剣は、時空間属性に特化した事象神具である。
意思を宿している訳ではないものの、使用者の代わりに自動回避をも熟す優れもの。時空間魔法効果をも単体で発動する。
但し……この剣には欠点があり戦闘後に対価が必要となる。命に関わるものでは無いのだが、マーナはその対価が何より嫌いだった。
そして……。
「ライ!お主も半精霊化じゃ!」
「いや……俺はこのままでやります」
「何じゃと?」
「ちょっち試したいことがありまして……」
「……。良かろう。じゃが、いざとなったら迷うで無いぞよ?」
「了解です、メトラ師匠!」
この時点で戦力がデミオスに劣っていることはライにも判る……。だが、ライは何かを掴み掛けていた。
見えない力──先程デミオスから受けた衝撃波はライの中の何かを刺激したのである。
それこそが戦いを拮抗させる切り札になるのではないか……それは推測でありながらも確信に近い。
「ほぅ……流石は勇者を名乗る者か。確か力の勇者『ルーヴェスト・レクサム』と魔力の勇者『マーナ・フェンリーヴ』だったか?」
「へ~……俺達のことを知ってやがるのかよ?」
「無論だ。貴様らは我が主神の復活に欠かせぬ駒だからな?」
「駒だとぉ?野郎……ナメやがって……」
ルーヴェストは拳に力を溜め一気にデミオスに向け放つ。ここでメトラペトラは即時に反応し自らの概念を上乗せした。
力はデミオスに届く筈だったが、手前に出現した者によりルーヴェストの攻撃が遮られる。
「プリティス司祭……まだ居やがったのか」
「いや……待て、ルーヴェストよ。この気配は……」
「………。おいおい。もしかして、絶体絶命じゃねぇか……コレ?」
現れたプリティス司祭は二人の若い男女。
そしてルーヴェストとメトラペトラが感じ取った違和感……それは……。
「コイツらまで神衣を使いやがんのかよ……」
「いや……。この感じは真なる神衣では無いじゃろうな。恐らくこれは……」
数年前……エノフラハでライが受けた肉体の乗っ取り。恐らくそれに近い技法で間接的な神衣が展開されているとメトラペトラが見抜く。
勿論、操っているのはデミオスで間違いないだろう。
「しかし……これは厄介じゃぞ?真なる神衣ではない為攻撃に存在特性は無いと見た。当人達がそれに気付いているとは思えぬ故な。じゃが、守りは神衣そのもので堅い。これを打ち破ることが困難じゃ……」
「五対三……数では優勢なのに戦力は劣勢かよ。俺のプライドはボロボロだな」
「その割には嬉しそうじゃない、筋肉勇者?」
マーナは苦笑いを浮かべてルーヴェストを見た。困難にも拘わらず笑顔を浮かべる……強者の証。ルーヴェストは実に楽しそうだ。
「そりゃあな……ぶっ壊す壁は厚い方が楽しいだろ?」
「それを言うなら『乗り越える壁は高い方が』じゃないの?」
「俺流の言葉だ!うむ!素晴らしい……流石だ、俺!」
「全く……頼もしいわね!」
ルーヴェストの姿にマーナも吹っ切れた様だ。
「良し。では、やるぞよ?先ずは一体の殲滅じゃ!」
「メトラ師匠。提案が……」
「何じゃ、ライよ……。こんな時に……」
「デミオスは俺が受け持ちますから、ルーヴェストさんとマーナに協力して二体を倒して下さい」
「この
ライの眼差しは真剣だった。
「……。何かあるんじゃな?」
「はい。少なくともソッチを倒すまでは粘って見せます」
「……。どうする、犬公?」
「ライに任せるべきだ。早めに敵を倒してライに加勢する」
「良かろう。油断するでないぞよ、我が弟子よ!」
「了解っす!」
そして勇者達と大聖霊による対【神衣】戦が始まった──。
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