第六部 第八章 第五話 波動魔法



「ハッハッハ!貴様の様な愚にも付かぬ輩が、単独で私と対峙するだと?身の程知らずめ!」



 プリティス教主……いや、神の眷族デミオスに破壊され吹き晒しになった煉山上層──。

 およそ置かれている状況に相応しくない程の晴天の中、ライは単身デミオスとの対峙に挑む。


 ライ達の会話を聞いていたデミオスは、蔑んだその目をライに向けていた。



 デミオスは邪教徒を使い世界情勢を把握している。その中で、勇者ライの存在は耳にしたことすらないのだ。

 それは当然だろう。ライの旅の中でその功績を果たしたものは殆どが他者の手柄にされているのだから……。


 ノルグーの魔獣召喚騒動は騎士団と守護者クインリー、ディコンズのドラゴン和解は勇者フォニック、エノフラハ魔獣騒動は仮面の女性マリアンヌ、というのが公式な発表だ。


 ディルナーチ大陸側は鎖国されていたが故に情勢すら伝えられておらず、件の『魔獣アバドン』殲滅はロウドの盾の手柄とされている。英傑位授与も簡易式での伝達。『白髪の勇者』等というのは貴族達と商人組合、そして一部の関係者しか知らない。


 マレクタルがその称号を知っていたのは、武者修行の旅で知己となったシュレイドからの知識に過ぎないのだ。白髪の勇者は民にその存在を知られてすらいない。


 つまり無名の中の無名。デミオスがライを知らぬのは当然だったのだ……。



 それでも──ライの魔力に気付けば幾分なりの警戒があった筈だ。


 デミオスの油断の原因……それは【波動吼】──。

 ライはこの場に於いて波動吼・凪の状態。消費を抑える為に選択していた波動吼は、デミオスとの接触でライの内なる何かを呼び起こそうとしている。


「デミオスっつったっけ?一応聞くけど、和解して罪の責任を取る気はない?」

「罪だと?私に何の罪があるというのだ?」

「大勢の命を犠牲にしたろ?その心までも蔑ろにした。魔獣召喚で世界に混乱を与えた……それは罪と違うのか?」

「貴様は大聖霊との会話を聞いていなかったのか?我が神はこの世界の神とは異なる存在……ならば、他の神の落とし子など知ったことではないわ」

「ふぅん……」


 デミオスの視線に対しライの視線も物を見るかの様な冷たさが宿る。

 しかし、ライはデミオスに違和感を感じてもいる。


「まぁ、聞いただけだ。どのみちお前の罪は重すぎて死刑しか成り立たないだろうし」

「フン……貴様との会話は徒爾とじにして囈語げいご。その不快な命……早々に摘んでやろう!」


 神衣を纏うデミオスは再び手を振り払う仕草を見せ衝撃波が再び放たれる……。


「ぐっ!」


 衝撃波は波動吼・《無傘天理》によりライの手前で威力を低下させ僅かなダメージを与えるに留まった。その様子に驚愕したのは攻撃した側のデミオスだ。


「な、なんだと!」


 先程は山頂をも吹き飛ばす威力を見せたデミオスの攻撃。それが殆どの威力を失った。


「……貴様は何だ?」

「さてね……お前からすれば『知名度の低い一介の勇者』だろ?何だっけ?愚にも付かない……だっけか?」

「……偶然に決まっている。今のロウド世界に私に並ぶ者など……」


 デミオスは更なる力を行使する為に、その手に槍を現出させる。刃の部分が波打った奇妙な槍を手に、今度は本格的な構えを見せた。

 目には見えていないが、デミオスには纏装同様の展開が為されているだろう。



 神衣は神に至る準備なのだとメトラペトラは語っていた。概念力で対応できるとも。

 そして神衣の根幹───存在特性。ならばこそライは、対応する方法を探っていた。



 この窮地でさえ研鑽……ライは思考を拡大し思い付く限りの技能の総動員でデミオスの攻撃に備えた。


「神の怒りを味わえ!」


 槍を振るうデミオス。それは間違いなく神衣による飛翔斬撃。迫る圧力は先程よりも強力だが変わらず見えない。


 しかし……ライには手に取るようにその形状が判る。

 波動吼・《無傘天理》を利用した空間把握……斬撃がライに届く瞬間、《天網斬り》を抜き放ちデミオスの斬撃は霧散した。


「馬鹿な!」

「『馬鹿な!』ねぇ……随分ベタな台詞だな」

「さては貴様も神の眷族か……成る程。それで正体を隠していたか」

「勝手に決めんなよ………いや、少しは合ってるのか?」


 大聖霊は神の写し身。その契約者ともなれば眷族と言えなくもない。


「種が分かれば何ということはない。それに……貴様は神の力を使い熟せていないな?」


 デミオスは再び槍を構えライへと迫る。接近戦となれば槍に注意を払えば済む……と考えたが甘かった。

 天網斬りを展開し刃で槍の攻撃を受けることは出来る。纏装の方が効果が高い為に波動吼を纏装に切り換えたが、デミオスの斬撃は一撃毎にライの纏う【黒身套】を消し飛ばすのだ。


 その都度の再展開という消費はこれまでの戦いの中でも最も消耗が早い。

 それでも……デミオスの動きそれ自体には対応することが出来るので、刃がライに届くことはない。寧ろ反撃に転じ斬り付ける余裕もある。とはいえ、デミオスも深傷には至らない。


(それでも──天網斬りなら確かに届く。問題は単調になることか……)


 デミオスは斬り付ける端から自動回復が展開していて、力の消費は間違いなくライの劣性。このままでは黒身套すら展開できなくなる。


 そんな状態が四半刻……。


 拡大した意識の中──自らの内にある予感からライが最初に探り当てたのは魔法──そして、波動吼の更なる進化。それはライが神衣へ至る最初の一歩だった。


(感覚を研ぎ澄ませ!『纏装』と『存在特性』が一つになるのなら、纏装の元になる『魔力』と存在特性の余波『波動』も混じり合う筈だ!)


 波動は存在特性の余波のようなもの……そう告げたのはサザンシスの長エルグランだった。ライはそれがずっと気になっていた。

 命纏装と魔纏装の反発を調整し覇王纏衣を修得した様に、反発する魔力と波動が混じり合う可能性がある……そのイメージを意識の中で反復して繰り返し正解を辿る。


 そうして練り上げた感覚を手に集中──。


 自然はそれぞれ独自の波動を展開すると師トキサダから学んだ。


 炎は幾重もの波動が小刻みに激しく、氷は重く硬い波動がゆっくりと、雷は常時隙間ない波動を……魔法で展開されるそれらも本質は変わらない。

 その波を再現し魔法に組み合わせることにより、ライは魔法の質を更なる高みへと押し上げる。



 波動魔法・《雷龍槍》



 それは、お馴染み《雷蛇弓》を波動で進化させた魔法……。


「ぐあぁぁぁっ!」


 魔法はデミオスの神衣を貫通しその身体に到達。強烈な電撃を見舞った。


「馬鹿な!な、何故……何故魔法が……!」


 魔力は感じなかった。そもそも神衣の状態で魔法を使うことは更なる神格が必要な筈なのだ。

 デミオスですら行えない存在特性と魔法の融合……それを体感したデミオスは再び驚愕の表情を浮かべている。


(おかしい!この男は明らかに何かがおかしい!見ている限り神衣さえ使えない筈が、私よりも上位の力まで使う!まさか……創世神が……)


 ロウド世界を去った筈の創世神の介入。だが、ならばこんな回りくどいことを行う意味がない。何より力ではまだデミオスが上回る。


「……。貴様の名を聞いておこう」

「勇者ライだ」

「……。今から貴様への認識を変える。貴様は邪魔だ……我が計画の障害として排除する」

「計画?……どうせロウド世界を奪うとかそんなのだろ?」

「フン……こんな世界に興味などない。我が願いはロウドが戦乱で満たされること……それこそが我が主の復活に必要なことなのだ」

「何……?」


 邪神の復活……メトラペトラの悪い予感は的中したらしい。


「我が神の復活には【争いのエネルギー】が必要だ。その為にこの世界の古き邪教……確か『魔獣信仰』だったか?それを利用したに過ぎぬ。しかし、その甲斐あってかトゥルクは実に良く争ってくれた……」

「………」

「だが……ブロガンは途中から守りに専念するようになった。奴め……何かに勘付いたのだろう」

「トゥルク王……ブロガンさんを殺さなかったのは何故だ?」

「クックック……奴は餌よ。奴の孫マレクタルが国から出ていたことは知っていた。ならば、更なる争いの種を我が元に運んでくるのは必定。そして貴様らは見事に餌に食い付いた。予定とは随分と違う形になったがな」


 わざわざ陣営を国の両端に配置するよう誘導し広い大地での戦いを促す。そうすれば一方的な策により戦いが終了することはなく、長く争いが続く……筈だった。


「実際、昨日までは長い戦いになる兆しがあった。それを……壊したのは貴様だな?」

「それは違うぜ?本来、俺は最初から参戦する予定だったんだよ。手違いで遅れたに過ぎない。因みに、俺が最初から参戦していたらお前はどうするつもりだったんだ?」

「知れたことよ……私が自ら貴様を殺し、戦力を乱すだけだ。トゥルクももう限界に近い……この後はそろそろ本腰で諸外国に打って出るつもりだった。その為にプリティス教徒を世界に撒いたのだが……それを排除したのも貴様か?」

「排除したのは俺じゃない……けど、邪教徒を見付けて居場所を知らせたのは俺だよ」


 邪教の尽くを阻む男、ライ。思えば旅立ち最初の街にして起きた騒動が邪教徒アニスティーニとの戦いだった。それもまた因縁……。


「………では、もう一つ。メオラが放った魔獣を倒したのも貴様か?」

「メオラ……?」

「蟲型の魔獣……名を『アバドン』とか言ったな。倒したのは貴様かと聞いている」

「ああ……数は減らしたけど倒した訳じゃないな。あれはまだ生きてる。本体が届かない場所に居るんでね?」

「成る程………。ハッハッハ!この怒り……三百年の長きに渡るこの世界では実に久し振りだ。感謝するぞ、ライよ?我が神に捧げる戦いとして相応しき怒りだ!」

「そりゃどうも。じゃあ、代わりに幾つか答えて貰えるか?お前は一体幾つだ?」


 邪神の眷族・デミオス。その口振りからして邪神到来前から存在しているのだろう。


「私に寿命など無い。が……神の眷族として存在している時間は、この世界の概念で数千年を越える」

「……。もう一つ。何で余所の神様がロウド世界を狙った?」

「真なる神の崇高なお考えが理解できる訳もなかろう。だが我々は神の下僕……付き従うのみ」

「最後にもう一つだ……。邪神はいつ復活する?」

「その前に言っておこう。我が神は邪神に非ず。そして、我が神の復活はそう遠くない刻を経て果たされるだろう!」


 この戦いもまた神の復活への糧となっている。しかし、戦いを避けることは出来ない。


 ライとデミオスの戦いは更に激しさを増して行く──。

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