第六部 第八章 第六話 星鎌の勇者
自らの主たる神が邪神であることを否定したデミオスは、ライを真なる敵と認識した。
その顔付きは先程とはまるで違い、存在感までもが高まっている……。
まるで巨大な何かに押し潰されそうな強大な力……ライはその圧力で脂汗が滲んだ。
(何……だ?
デミオスが構え斬撃を放つと同時、ライは即座に新たな波動を調整し魔法を展開──。
波動魔法・《瀑氷壁》
氷壁陣を波動で進化させた魔法は、デミオスの斬撃を遮る筈だった。しかし……氷壁はゆらりと動き左右に割れ、デミオスは一直線にライに向かってくる。
「なっ……!」
「やはり貴様は神の力を使い熟せていないな……?いや、その力は似て非なる力か?ならば……」
デミオスの斬撃を辛うじて《天網斬り》で防ぐが、今度はその余波でライの身体にダメージが行き渡る。
更に……攻撃の余波で鈍ったライを幾度も斬り付けるデミオス。やはり先程の比ではない速さと力……今度は防ぎきれず深傷を負うこととなった。
「グハッ!」
デミオスは更なる追撃の挙動を見せるが、即座にライが波動魔法を展開。使用したのは《崩壊光》……火炎魔法・《穿光弾》を元にした光線がデミオスに迫る。
しかし、光はデミオスを避けるように逸れ空の彼方へと消えた。
「な……」
そこへ更なるデミオスの追撃……。小太刀を構えるライだが、デミオスの攻撃は構えた槍とは別方向──空からの見えない圧力だった。
「くっ……!」
「やはり見えていないな?ならばそのまま圧潰してくれる!」
ミシミシと押し潰されるライは辛うじて堪えているが、反撃どころではない。完全なる窮地……。
やがてデミオスの力に耐えられなくなったのは階層の床。亀裂が拡がり崩落を始めた。
土煙を上げながらガラガラと崩れる岩に巻き込まれライは階下へと落下し姿を消した……。
「ライ!」
「お兄ちゃん!」
ルーヴェストとマーナはその様子に歯噛みするが、大聖霊達は冷静に判断している。
「心配は要らん。奴はまだ無事じゃ」
「でも……」
「良いか、マーナよ。アヤツはまだ竜鱗装甲を纏ってはいない。それに、半精霊化もの?」
「つまり、ライの野郎はまだ力を隠してんのかよ……」
「そういうことじゃ。奴はこの状況でも研鑽しておるのじゃろう。全く……ホトホト困った奴じゃ」
ライは今までもそうやって危機を乗り越えてきた。今回もまた何かを掴むという確信がメトラペトラの中にはある。
しかし………。
「今回アヤツは自分が倒すとは言わなんだ……。つまり、デミオスとやらを倒すのはそれでも難しいのじゃろう。アヤツは此方が早く敵を倒し加勢に来ると信じている筈じゃ。ならば、お主らがやることは何か……理解したかぇ?」
「とっとと倒せってか……。分かっちゃいるんだがな」
ライと違い波動も天網斬りも使えないマーナとルーヴェストには、たとえそれが不完全な神衣でも破る術がない。大聖霊の支援で概念力を乗せても僅かな威力しか通らないのだ。
そしてそれも、瞬時に【自動回復】されてしまう。指折りの実力者たる二人がこうも無力さを感じたのは初めてのことだろう。
「せめて天網斬りってのが使えればな……」
「無いものねだりをしても仕方あるまい。此処からはワシとアムルテリアが力を引き上げる。お主らは奴らの動きを牽制し動きを制限させよ」
「……わかったわ」
マーナ、ルーヴェスト、共に優先すべきは敵の打倒。元より手柄に興味がない二人は役割を理解すればそれに徹する。
有り体に言えば今回は囮……それでも、この場に立てるのはマーナとルーヴェストだったからこそだとも理解している。
しかし、そんな二人と言えど敵に更なる加勢が加われば戦況は維持できなくなる。階下からは、それまで控えていたプリティス教司祭達の魔力が機会を狙ったかのように押し寄せてきていた……。
その危機を救う男がマレクタル──。
ライ、マーナ、ルーヴェスト、そしてメトラペトラとアムルテリア……。その戦いの様子を階段の扉の位置で見守っていたマレクタルは、己の無力さを感じていた。
(やはり見守るだけしか出来ないのだな……。己の国を救う戦いだというのに……勇者達が戦ってくれているのに……)
世界を旅して強くなったと思っていたが、自分はまだまだ弱い……それが辛いと感じながらも、マレクタルは諦めない。
特に……今は力を貸してくれる者が居る。
「ティクシー……私は強くなれるだろうか?」
『……。
「…………」
『恥じることはあるまい。人は平等ではないのだ。彼の者らは彼の者らの力を宿す必要があった。お前はどうだ、マレクタル?』
「私は……私も強くならねばならない。民の為、国の為、勇者としても!」
『ならば、お前はまだ先へと歩いて行けるだろう。人の可能性は確かに無限ではないかも知れぬ。だが、限界へは諦めぬ者しか辿り着けぬのだ。そして其処に至った際、人は新たな役割を悟り自らを成長させる』
ティクシーはマレクタルを導こうと決めている。王たる資質をも持つ若き勇者を導くことで、ティクシー本来の役目は必ず正しく果たせると信じて……。
『私はお前の力となると約束しよう。勇者マレクタル……私と契約する覚悟はあるか?』
「……。昨日、ティクシーを手にした時思ったことがある。私はティクシーに相応しき使い手になりたいと……たとえ一時でも共にあり、ティクシーが私との時間を有意義であったと感じられる様に……」
『……。ならば再度問う。我は星の導き手・
「迷う必要は無いさ。私はティクシーと共に在る」
『良かろう!この出逢い、勇者ライに感謝を!』
幸運に導かれた者達の繋がり──ここに新たな絆が生まれた。
星具と真なる契約を結んだ者は身体の一部に星の紋章が浮かぶ。マレクタルは拳の表面……歴代で『星鎌』と契約を交わした者は初である。
「ありがとう、ティクシー……」
『まだ礼には早いぞ、マレクタル。我々には最初の仕事がある』
「分かっている」
階下から迫る魔力の群れは数千はくだらないだろう。だが、この場に於いて他の勇者達の戦いを邪魔させる訳にはいかない。
戦えるのはマレクタルのみ……しかし、恐れはない。
「最初の仕事がお前には辛い思いをさせてしまうな」
『仕方あるまい。だが、ここを越えれば結果として多くの実りを生む。雑草を刈り取るのもまた我の役割だ』
「頼もしいことだ。そうだ……ライとの報酬は私も行く。それで良いか?」
『と、当然だ。ああ……報酬が楽しみだ』
ティクシーが僅かに奮えたことにマレクタルは思わず笑みを溢す。
敵は数千。しかしティクシーとならば───。
「行くぞ、友よ!」
『応っ!』
階段……眼下に異形が現れたとほぼ同時、マレクタルは一気に階段を駆け下りる。そうして振るわれる鎌の一撃──狭い階段の中でも問題なく振るうマレクタルは、やはり農具の扱いに慣れている。
幼き頃より手近にあるものを利用し修行した結果ではあるが、それこそがティクシーを使い熟すに必要な素養。
ティクシーもマレクタルと意識を同調させている為、最適な形を維持しつつ敵の中へと斬り込んで行く。
星具の真なる契約者となったマレクタルの覇王纏衣にティクシーの概念力が加わったそれは、疑似劣化とはいえ神衣……。
威力は限定的だが概念力の効果は高く、敵の再生力や魔力核の数とは無関係に一撃で葬り去られて行く。
星鎌ティクシーの概念力は『刈り取る』こと──。
恵みを刈り取ることは命を刈り取ることでもある。ティクシーは豊穣の導き手であり、同時に奪うものでもあるのだ。
そしてマレクタルは契約と同時にそれを理解していた。手足を斬り付ければその者の手足の動きを刈る。身体や頭ならば急所でなくとも一撃で死に至る。それが掠り傷でも再生する間も無く息絶えるのだ。
戦闘に集中したティクシーは例えるなら死神の鎌……完全なる即死攻撃を止められる者は異形の中には存在しない。
しかし、異形と化した者達にはそんなことは関係ない。まるで泥が湧き出るが如く次々に異形が押し寄せた。マレクタルは消耗戦を覚悟せねばならなかった……。
(だが、それで良い。あの勇者達の邪魔はさせん!)
星鎌の勇者マレクタル……その初戦は『一騎当千の働き』でも言葉が足りぬのだが、その活躍を目にする者は無く語り継がれることもない。
一方、階上の勇者達。不完全故に漏れ出るマレクタルの気配に気付く。
「これは……トゥルクの王子か?此処にきて化けやがったな?」
戦場は戦士を進化させる。ルーヴェスト自身も何度も体験したことだ。
「でも、お陰で集中出来るわ。……私達も負けてられないわよ?」
マーナもまた前線で戦う者……。影から手助けを受けているならば奮起して当たり前である。
「……アムル。一つ相談があるわ」
「何だ、マーナ?」
「私のこの子竜をあなたに託すから概念を組み込める?」
マーナの周囲に浮かぶ二体の小さな光る竜。それは先程から攻撃に参加をしていない。
存在の意味が判らない力……だが、宿る力は尋常ではない。
「出来なくはないが、維持は難しいぞ?」
「大丈夫よ。この子達は勝手に動くから。今動かないのは攻撃が無駄になるからね……でも、アムルの力で充たせば……」
「分かった」
アムルテリアによる概念変換。光の子竜は金色に輝きを増す。
「筋肉勇者!私が今から穴を開けるから、一撃で仕留めてよ?」
「んなこと出来んのかよ?」
「良いから!どうなのよ?」
「……。良いぜ?神衣じゃないなら一撃で仕留めてやらぁ」
「じゃあ、行くわよ!」
三大勇者は今こそが正念場……。そしてここから反撃の狼煙が上がり始める。
邪教討伐戦はいよいよ以て佳境へと向かう──。
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