第六部 第八章 第七話 過去の出来事
「どう、アムル?」
半精霊化したマーナが顕現させた力『光竜』を自らの概念力で充たすアムルテリア。二体の『光竜』はその輝きを激しい赤色へと変化させる。
『光竜』はマーナの黒身套が形を成したもの。黒身套の筈が何故白いのかはマーナの修行をつけたメトラペトラも理解できなかったという。
しかし、判明したその性質は『全属性自己展開による攻撃・防御の自律行動』というもの。ある種、ライの分身亜種とも言える。
マリアンヌに続きマーナの半精霊化──。その力がライの力に近いのは偶然か必然か……ともかくライの周囲には確実に戦力が増えている……。
「良し……。マーナ!」
「ありがとう、アムル!」
アムルテリアとマーナは幼い時分に出会っている。ライと共に行動する中でマーナもアムルテリアと少なからずの交流があったのだ。
故にマーナに対しては他の者への態度よりもかなり柔和な印象を見せる。
そしてそれはマーナも同様で、幼き頃のことを覚えているが故にアムルテリアへの態度は何処か柔らかい。
(まさか、あのベルリスが大聖霊だったなんて……。本当にお兄ちゃんは妙な縁があるわね)
幼き日に出会った魔物は今、大聖霊として隣にいる。そんな不思議な感覚に、マーナは自然と笑みが溢れた。
「行くわよ!筋肉勇者……準備は良い?」
「クソッ……!」
「何?どうしたの!?」
「この姿じゃ……鎧が脱げねぇんだよ!」
「……。このぉ!変態勇者ぁ!」
ルーヴェストへの罵倒と同時に、アムルテリアの概念力で充たされた『光竜』が行動を開始。プリティス司祭それぞれと一対一で対峙するように突撃を始める。
光竜が司祭の展開する【擬似神威】に接触すると、透明な空間に一瞬だけその形状が浮かび上がる。概念力同士による衝突はやはり効果があるらしい。
マーナの『光竜』に概念力を加えたものは、やはり【擬似神威】の部類に当たるのだろう。マーナ自身の力ではない為に完全なる効果を引き出せてはいないものの、十分に撃ち破れる可能性ができた。
マーナがこれを成せたのは、幼き日の思い出によりアムルテリアへの警戒が無かった故かも知れない……。
そんな『光竜』二体はプリティス司祭へ向かい怒濤の勢いで攻撃を繰り返す。
激突する都度互いの力が干渉するのか、半透明の壁が浮かび上がり始めた。
プリティス司祭達を纏う大きな力……それはやはり纏装と同形態の力なのだろう。
不幸中の幸いか、プリティス司祭達の攻撃は『存在特性』の効果を宿していない。攻撃が見えない不利は存在するものの、マーナが周囲に撒いた大量の光魔法 《発光》の流れで攻撃は先読みできる。
プリティス司祭達にはそれを排除する、若しくは欺いて攻撃を行うことはない。やはり自我を奪い操られているだけ──メトラペトラはそう確信した。
「……憐れじゃのう。正に操り人形じゃな」
「……。私はお兄ちゃんと違って救うなんて真似は出来ないわよ?」
「それで良いのじゃ、マーナよ。寧ろアヤツの真似などされても困るわぇ……。マーナも見たじゃろ?此処に至るまでにライ自身もプリティス司祭を倒しておるんじゃ。今回の戦いは手を汚す覚悟が必要なのじゃ」
「私はお兄ちゃんにそういう悲しみを与えないつもりで勇者になったのに……赦せないわ、邪教!」
「そういえば、昔のアヤツはどんなじゃったんじゃ?」
「今と変わらないわよ?いつも誰か……主に私だったけど、誰かが困ったり泣いたりすると放っておけない人だったわ。ただ、今よりずっと物静かだったかも……」
「……記憶を見て良いかの?」
「………。本当は嫌なんだけど、師匠だから特別に良いわよ。だけど他人に話したら怒るからね?」
「わかっておる。安心せい」
プリティス司祭達は徐々にではあるが『光竜』に押され始めた。決定打こそないが、このまま行けば大きな隙ができる筈だ。
『光竜』は自動対応……神衣を破るまでの時間潰しとして、メトラペトラはマーナの頭に飛び乗り記憶の読み取りを始めた。
メトラペトラが辿った記憶──それはマーナが物心付いてからのもの。その大半はライとの記憶だった。
驚くべきことに、幼いライの印象は幸運竜ウィトそのもの。姿こそ違えど、穏やかで優しく、子供らしさは若干なりあるものの芯の強さを秘めていた。
その影響か、父ロイや母ローナの知人・友人、近所の者もライを可愛がっていた。
アムルテリアと出会ったのもその頃……。アムルテリアはライに完全に飼い慣らされていた……。
(……後で犬公をからかってやろうかの)
それが一変したのはマーナが蜜精の森で大型魔物に襲われた後……。
昏睡から目醒めたライは雰囲気は変わらないのだが、少し行動的になった。
それが妹を守る為に始まった心境の変化かは分からない。しかし、間違いなくライは変化していた。
(ま、まさか………頭を打っておかしくなったのかぇ?)
しかし……行動的になったとはいえ、今のライからはまだ掛け離れている。メトラペトラはそのことに少し安堵した。
その行動は誰かの為に……マーナが言っていた様に、ライは幼いながらも確かに他者の為に動いている。無論、今程の無茶はしていないのだが……。
(………。これはやはりウィトの影響じゃな)
『地孵り』は前世の人格そのものを引き継ぐ訳ではない。しかし、心理の根幹の部分には影響を及ぼす。もしフィアアンフが『地孵り』になった場合、間違いなく俺様キャラになることだろう。
そんな日々がしばらく続き……やがて起きる『風呂覗き冤罪事件』──。
ライは冤罪に対して戦ったが、そういった場合の女性達はとても冷たい。やがてライは自暴自棄になるが、生来の穏やかさから非行にも走れず、とうとう振り切れた……。
そう──痴れ者誕生の瞬間である!
どうせ信用されないなら他者を気にしても仕方無い。やりたいようにやる……但し、家族に迷惑は掛けたくない。ならば王都を出て外へ──。
ライは本格的に修行を始めたが、マーナが神聖機構に旅立つまで芽という芽が出なかった。そこでマーナの中の幼いライの記憶は途切れた……。
「………マーナよ」
「何、ニャンコ師匠?」
「……の……いだ……」
「え?何?良く聞こえないわ、ニャンコ師匠?」
「ライが痴れ者になったのは、お主のせいじゃ━━っ!」
メトラペトラは“ シャーッ !”っと毛を逆立てつつ叫ぶ!
「な、何よ、いきなり!」
「……ったく!ライのあの奇行の数々はお主のせいじゃろが!」
「し、仕方無いでしょ?ああでもしないとお兄ちゃん、実はモテるんだから!」
「そのせいでワシは何度白眼になったことか……くっ!」
「え、え~……何かゴメンね~?」
「軽い!軽いぞよ!何故そんなところばかりライに似とるんじゃ!」
実はその性格は『ある男』に原因があった……。
それは遺伝子的な原因──。『それなりの勇者』と名高いロイ・フェンリーヴさんの血統故である。
因みに……一応ロイの血筋側がバベルの子孫であることは忘れてはならないだろう。
そんな過去にメトラペトラが憤慨する中、遂に『光竜』達が戦況に変化を齎した。拮抗を繰り返し衝突を続けた『光竜』は、やがてその形を変えたのだ。
『光竜』は自立行動型。やがて相手の隙を学習し攻撃の型を変化。頭部に当たる位置を剣の様に変形させ高速移動……多角的な突撃を見せ始める。
しかし、それさえもフェイントの類い……神衣の要になっているプリティス司祭達は飽くまで人、若しくは魔人。その反応を上回る速度からの攻撃は、守りのリズムを崩すことに繋がった。
「ホ、ホラ!ニャンコ師匠!もう直ぐよ?」
「ぐぬぬぬぬ!し、仕方あるまい!お主への追及はまたの機会じゃ!」
何とか話題を逸らしたマーナは見えないようにニヤリと笑う。実に腹黒い……。
「筋肉……じゃなかった!ルーヴェスト!そろそろよ!準備は出来てる?」
「………。えっ?」
ルーヴェストは何とか己の鱗を脱ぎ肉体を晒せないか四苦八苦していた……。
「ちょっと━━っ!馬鹿じゃないの?そんな場合じゃないのよ!早く倒してお兄ちゃんの方に行くんだからっ!」
「悪ィ、悪ィ……。良し、じゃあ、今から凄いのやるからよ?」
「時間無いから早く!」
「了~解~!」
ルーヴェストの力の展開は、その手に黒き手斧を構築。黒身套で凝縮されたそれは、斬撃と投擲を可能にしたものだ。
「いつでも良いぜ?」
そんなルーヴェストを待っていたかの様に『光竜』達は一斉に回転を開始。ドリルのように【擬似神衣】に突入ししばし拮抗。
やがて僅かに食い込んだかに見えた瞬間……『光竜』は前方に指向性を持たせ炸裂した。
刃と化していた『光竜』の頭のみが【擬似神衣】を貫通。それぞれプリティス司祭達の肩や腹部に突き刺さると猛烈な振動を始める。
同時に【擬似神衣】が綻び弾けるように掻き消えた。
「今よ!」
「あいよっ!」
当然その隙を見逃すルーヴェストではない。白き翼で一羽ばたきを行い、一瞬でプリティス司祭(男)の首を切り落とし更に心臓付近への一撃。同時に身体を捻り、プリティス司祭(女)目掛けて手斧を投擲した。
手斧は司祭の腕を切り落としつつ脇腹に深々と食い込んだ。
しかし、ルーヴェストの攻撃はこれで終わりではない。更にその場から飛び退いた後、ルーヴェストの手斧が暴走、暴発を起こす。
連山の山頂付近は既に半壊していたが、ルーヴェストの力により更に大きく崩ることとなった。
結果として──その場に残ったのは勇者二名と大聖霊二体……。プリティス司祭はルーヴェストの力により跡形もなく消し飛んだのだ。
遂にプリティス司祭倒滅──。とはいうものの、三大勇者が二人掛でようやくと言った有り様……とても快勝とは言い難い結果である。
今回の戦いは間違いなく世界の危機に絡む事態……汗を拭うマーナは改めてそう思わずには居られなかった……。
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