第六部 第七章 第二十八話 狂信者の結末
トレイチェとの戦いを終え疲弊したマリアンヌ。ライはマリアンヌを抱えつつ周囲を見回した。
「……。大体片付いたみたいだな。一旦戻ろうマリー……皆がまっ……!」
ライは硬直した。マリアンヌを癒す為に急ぎ抱き締めたまでは良かった。しかし……ライは気付いてしまったのだ。マリアンヌが半裸である事実に……。
服が残されている部位より肌が出ている面積の方が確実に多い。右肩と腰のスカート辺りにメイド服の面影が残されている以外は殆ど端切れ……。胸や腰は下着が露出している。
しかし、肝心な部分は殆ど見えない。そう……それはチラリズムである……。
ともなれば『勇者むっつ~り!』の悲しき習性故か……。戦場にも拘らず柔肌に意識を奪われるのが当然!と言わんばかりに盗み見て脳内補完……そして思考は妄想へと疾走する。
『ライ様~?おっぱい……見たいですか~?』
『あ~ん……ライ様~。私、こんなにされちゃったの~』
『もう!ダ・メ・だ・ぞ?』
『ウフフ……捕まえてごらんなさ~い?』
『USA!USA!』
マリアンヌが凡そ口にすることの無さそうな言葉が脳内に列び、“ あ~んなこと ”や“ こ~んなこと ”を勝手に妄想を始める……嗚呼、何たる残念さか……。
………。ところで『USA!』とは何ぞ?
「ライ様……?」
本物のマリアンヌが呼び掛けるまで僅か二秒……本当にこの勇者は何をしているのか……。
「何でもないでごじゃるよ?」
「ごじゃる?」
慌てるあまり聖刻兎・シロマリの口調で誤魔化すライに首を傾げるマリアンヌ。ライは思わず顔を赤らめた。
「さ、さぁ。とにかく戻ろう」
「はい」
『逃がさん……逃がさんぞ!神に弓引く愚か者共めが!』
そこで響き渡る声……それは先程倒した筈のトレイチェのものだった。
念話で語り掛ける者……しかし、落下した位置にトレイチェの姿はない。よく見れば三頭竜型魔獣の屍付近に黒い影が蠢いている。
『フハハハ!言った筈だ……私は不死身と!神のお力を……いや……私こそが神なのだ!』
トレイチェ復活──この事態にマリアンヌは少なからずの動揺を見せる。
「トレイチェ!何故……」
マリアンヌは珍しく失念していたのだ……。
度重なる戦い、そして不慣れな戦略。メトラペトラの封印からライが到着するまで、被害を抑える為に広範囲の知覚も行っていたマリアンヌ。可能性の見落としも仕方無きことと言える。
トレイチェ復活の原因は三頭竜型魔獣を復活させたあの赤黒い石……。あれは再生力が高い魔獣から奪った魔力臓器を魔術で魔石化したものだった。
先程は三頭竜型魔獣の復活を魔石の破壊で免れたが、そもそも魔石の数があれで全てとは限らない。
恐らくは偶然……持ち合わせた魔石が発動したことによりトレイチェ自身も死の淵より呼び戻されたのだろう。
そうして復活を果たしたトレイチェは、完全なる異形……まるで蝋で人型を形成した様な生気の失せた姿だった……。
「くっ……邪法の為せる業ですか……。でも……」
マリアンヌは自分の不始末と判断し再び戦闘態勢に移行しようとする。しかし、ライはそれを手で制止した。
「ライ様……」
「大丈夫。マリーは後衛で休んでて」
「ですが……これは私の不手際……」
首を振ったライはマリアンヌの頭を優しく撫でた。
「マリーは見事にトレイチェを倒したろ?やるべきことは完璧に果たしていた。今、あそこに居るのは新たな魔物だよ……」
「しかし……」
「それに……俺はマリーの体力は戻したけど魔力は戻していないんだ。魔力回復してあげても良いんだけど、俺にも少しは働かせて欲しいんだよ」
「……では、せめてこの場に」
「いや……マリーは皆のところで明日に備えて欲しいんだ。明日には全部終わらせたい」
マリアンヌは我が儘を言うことは滅多にない。当然、ライの言葉も大人しく聞き入れた。但し、珍しく渋々だったが……。
「分かりました……」
「ゴメンね。でも、マリーはこの戦いが終わって家に帰ってからも家事とか頼むことになると思うんだ。俺は家事は苦手だからさ……戦うこと位は任せて貰いたいんだよ」
「……では、戻ったら御馳走ですね?」
「うん。楽しみだ」
ライは自らのマントをそっとマリアンヌの肩にかけた後、転移魔法により後衛へと送った。
『貴様……あの小娘を何処にやった?』
トレイチェはマリアンヌに執着を見せている。ライはそれを鼻であしらった。
「オッサン……じゃなくて魔獣かな?執拗い男は嫌われるんだぜ?」
『……まぁ良い。貴様を嬲って見せれば引き摺り出せるだろう。その後、存分にいたぶり尽くしてくれる』
「無理だよ。お前はどのみち此処で死ぬから」
『ククク!小僧……後悔するぞ?見ろ!神となった我が力を!』
トレイチェは三頭竜型魔獣の骸に潜り込んだ……。
途端に魔獣一体が復活。更に魔獣は残り二体の魔獣の骸をも取り込み大型魔獣へと形を変える。
その姿は九頭竜……それぞれの頭には角が一つあり、中央の頭にだけ一際大きな二本の角が突き出ていた……。
更にその角の上に蠢く人型が出現。三本目の角の様に現れたのは、上半身を露出させたトレイチェ……真っ白な身体にはヒビのような赤い筋が走り魔獣の血管と融合していることが判る。
魔力臓器を複数持つだろうその姿からは膨大な魔力が迸る。
『フハハハ!どうだ!死からさえも蘇る私は、まさに神たる存在!竜神トレイチェの誕生だ!』
「……失礼な奴だな。ドラゴンてのは誇り高いんだぜ?お前みたいな奴が名乗って良いモンじゃない。それにお前……マリーの言葉聞いてなかったのか?」
『何だと?』
「借り物の力に頼るような奴が【神】に届く訳無いだろ?今からそれを教えてやるよ」
『ほざけ、小僧めが!神に唾する罰を受けろ!』
九頭による一斉放射攻撃。様々な属性の炎が混じり合い一つの赤黒い光となる。それは超巨大魔獣の光線並の威力──。
しかし……。
『なっ!何だと?』
トレイチェの攻撃がライに届くことはない。《吸収》により攻撃全てはライの中に取り込まれた。
「いやぁ……属性バラバラなら吸収するのに分身が必要だったけど、バカで助かるわ。流石は借り物……研鑽もされてないから知識もないか」
『き、貴様……!貴様は一体何者だ!?』
「ん?勇者だけど?一応最後に確認したいんだけど、改心してトゥルク王の罰を受ける気ってあるか?」
『神に対するその態度……その罪ゆ』
「あ~……はいはい。反省する気無しね?交渉決裂」
ライは即時戦闘態勢へと移行。燻っていた『アリシアを傷付けられた怒り』をトレイチェへと向けた。
次の瞬間、ライの周囲に出現したのは銀の刃……。
それは、マリアンヌの魔力物質構築──見よう見まねだったが、元々分身を操っているライには適性があったのだろう。難なく再現が可能だった。
『……貴様もあの女と同じ力を使うか』
「まぁ……マリーの分も怒りを晴らしてやらないとね?」
展開された銀の刃はマリアンヌのそれより大きく無骨……が、性能は分身で慣れている分だけ操作が上手い。
飛び交う刃は二十……九頭竜の身体や翼を次々に撃ち抜き爆散、そして魔法展開。
本来魔法防御を兼ね備えた竜型魔獣だが、体内での爆発となると事情が違う。
それでも魔獣トレイチェは高速再生で復活を続けるが、先程のマリアンヌ同様に一方的な展開だった……。
(成る程……精霊刀とも違うのか……。やっぱり効率化された分身って感じかな。流石はマリーだ)
人型にするデメリットを廃し徹底した効率化の末の魔力物質化……ライやアムルテリアの【精霊刀】は同じ様に物質で構築され魔力が宿ってはいるものの、本来の性能は概念力。ライはまだそれを上手く扱えていない。
どのみち半精霊化は抑えておかねばならない。その中でこの魔力物質化は有効に扱えそうだ。
『グアァァァッ!何故!何故だ!何故、私に攻撃が……!?』
「だからマリーが言ったろ?借りモンだから色々と甘いって。お前の力は中身がないんだよ」
『だが!私は神!』
「話を聞きやしないな、オイ……まぁ良い。お前には実験台になって貰う。アリシアが受けた分の傷の痛みを代表して受けろ!」
魔力物質を九頭竜の魔力核全てに突き刺した後、小太刀を抜刀……。そのまま魔力物質同士を魔獣体内で繋げ魔法展開。放たれたのは《
「どうやら上手くいったな……うん」
内側から円刃で切り裂く《闇葬刃》は、肉片をその中央の闇に取り込み消滅させて行く。《喰精蟲》が九頭竜の体内に散らばり生命力を奪う為、九頭竜の肉体はみるみる萎み始めた。
再び内側からの暴威……トレイチェは絶叫を上げるがライが手を止めることは無い。
四半刻もの間苦しみ続けたトレイチェはとうとう魔獣の身体から逃げ出した。自ら身体を引き抜き魔獣の外へと逃れた瞬間、ライの小太刀がトレイチェを両断する。
「ば、馬鹿なぁぁぁっ!」
「馬鹿はお前だ。……といっても、お前も犠牲者だったのかもしれないけどな……。でも、同情はしない」
「私は……神に……」
「神様ってのは世界を誘うモンだと俺は思っている。だけど、お前のは自分勝手な只の我が儘だ。生まれ直してこいよ、トレイチェ……その頃には邪教なんて無くしといてやる。きっと、もっと充実した人生が送れるぜ?」
「……う……ぉぉ」
遂にトレイチェは息絶えた。邪教の大司教トレイチェ……プリティス中枢の一人。
この男の浅はかな考えにより魔獣アバドンが復活し、トシューラのみならず小国にも多大な犠牲が生まれた。
魔獣アバドン出現の元凶は遂に討ち果たされたのだ……。
しかし、脅威はまだ滅んではいないはない。プリティス教総本山には教祖たる者が控えている。
そしてそれは神格──【神衣】に手を伸ばした者でもある。今はメトラペトラとアムルテリアという大聖霊二体と拮抗し続けた疲弊で動かないと見るべきだろうが、猶予はあまりない。
明日には決着を……ライは覚悟を決めねばならない。
(最悪、半精霊化を使わなくちゃならないか……。天網斬りがどの程度まで通じるか次第だな………)
緑豊かな筈のトゥルク国……戦いの傷痕で荒れた大地に目を向けたライは、小さく溜め息を吐いた。
だが、まだ後衛に戻る訳にはいかない。【力の勇者】の戦いは続いているのだ。
介入は無粋──ライはそのままルーヴェストとグレイライズの戦いを見守るのであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます