第六部 第七章 第二十七話 進化し続けるメイド 


「私の最期ですか?フフフ……笑わせますね。私は神と共にある!つまり、私は永遠なのです!」



 トレイチェは戦闘形態へと変化したマリアンヌに対抗。胸に浮き出たプリティス教のシンボルが金属の甲殻を展開し鎧の如くその身体を纏う。一見して重装備の戦士にも見える。


「さぁ!神の威光を知りなさい!」



 続けて高速言語による魔法展開。トレイチェの周囲に出現したのは《闇葬刃あんそうじん》──時空間属性の神格魔法。

 黒い円刃がトレイチェの周囲に四つ、僅かに振動をしながら高速回転している。


 トレイチェが神格魔法……しかも高速言語で使用していることに、ライは少しだけ驚いていた。


(高速言語を使うってことは魔法王国時代の知識を持ってる訳か?じゃあ、奴等の親玉はアムドと繋がりが……いや……)


 アムドが偽りの神を名乗るような者と協力するとは思えない。利用している可能性も無いとは言えないが、知識や技術を渡すとは到底考えられない。


 となれば、魔獣を製造していたベリドの方が結託の可能性としては高い。

 しかし、あのベリドが神を名乗るだろうか?いや……利用する為にそんな演出をしないとも一概には言い切れない……。



 だが……そうなるとベリドはメトラペトラ達を封じる程の力を手に入れたことになる。それは即ち【神衣かむい】の修得───。

 今のライならば以前のベリドに引けを取らない自信があるが、【神衣使い】相手となるとかなりの脅威になる筈だ。


 ともかく……それは、飽くまで可能性の一つ。推測でしかない。

 プリティス教創設時期を考えると古い別の魔人という可能性も否定出来ないのだ。その辺りはトレイチェ達を倒してから確認しても良いだろう。


(それにしても、あの魔法──《闇葬刃》とか言ったっけ、あれ……?試してないけど、今なら俺も使えるかな……)


 そんなことを考えつつマリアンヌの様子を窺うライに、焦りの色は見当たらない。

 半精霊化を見る前はそれでも不安が先に立っただろうが、今のマリアンヌからは安心感すら感じる。こういった時のライの予感はほぼ的中する。


 そのマリアンヌが展開して見せたのはやはり《闇葬刃》 ……ライはそれを予想していた。


(俺みたいな不器用と違ってマリーだからね……。高速言語や神格魔法の知識を渡した時点でそれ位はやれると思ってたよ)


 マリアンヌが展開した《闇葬刃》の数はトレイチェと同数の四つ……恐らく意識して対抗して見せたのだろう。


「ほう……神格魔法を……。やはり神に捧げたいところですね。抵抗するならその手足を奪ってから神に捧げるとしましょうか」

「その低俗な言葉はもう結構ですよ、邪教の司祭。聞くに堪えません。ルーヴェスト様風に仰有るなら『言葉は無粋……力で示せ』です」

「……。では、後悔しなさい!」


 《闇葬刃》をマリアンヌに向け放つトレイチェ。しかし、マリアンヌはこれを《闇葬刃》で迎え打ち拮抗……黒い火花を散らしながら飛び交いつつ何度も衝突している。

 その間に新たな魔法を展開するトレイチェ。ほぼ同時……マリアンヌが展開するのはトレイチェと寸分違わぬ同じ魔法──。


 時空間重力魔法・《黒雷閃こくらいせん》 


 黒き閃光に撃たれる度に荷重が増え動きが鈍る神格魔法。しかし、黒い雷は互いの間合いの中間で衝突し霧散した。


「………」


 トレイチェは続けて幾つかの神格魔法を放つが、マリアンヌはその全てを寸分違わず同じ威力で模倣する。

 まるで合わせ鏡の様に、トレイチェの攻撃は全て打ち消されていた。


 ようやく異常に気付いたトレイチェは、甲殻の装甲で顔は見えないものの不快感で震えているようだ……。


「小娘……。貴女は私の魔法をわざと真似ていますね……?」


 返事は発さず冷笑一つで返すマリアンヌ。それは、“ お前の攻撃は一切通じない ”という無言の挑発だ。


(珍しいな……マリーがあんな真似するなんて……。アリシアの件が余程腹立たしかったんだな。……。まぁ、俺もだけど)


 皆の無事を確認したので一応は落ち着いているが、ライの心の中には怒りの炎が確かに燻っている。

 しかし……この場にて介入するのではマリアンヌの気持ちを無視することになるので、我慢しているに過ぎないのだ。



 そして……マリアンヌは確かに怒っていた。友人であり家族となったアリシアを傷付けられたマリアンヌの本気の感情……。

 元が機械兵かなど関係無い。それは大切なものを守るという感情からの怒りなのだ。


 だからこそマリアンヌは、トレイチェを圧倒して見せているのである。邪教の使徒が如何に程度の低い愚か者であるかを知らしめる為に……。



「くっ……。ま、まさか此処までとは……」


 トレイチェは流石に焦りを隠せなくなってきた。

 魔力はまだある……。しかし、何度攻撃しても通じる気配が無い。


「私しか知らぬ筈の魔法まで真似るとは……少々貴女を見縊っていましたよ。しかし、それでは貴女も攻撃が行えないでしょう?」


 そう問い掛けるトレイチェにうんざりだと言わんばかりの視線を向けたマリアンヌは、深い溜め息を吐いた。


「言葉は無粋と言った意味がお分かりにならないのですか……?仕方ありませんね……勘違いしている様なのでハッキリと言わせて貰います。あなたは弱過ぎて話になりません」

「………何?」

「思い違いで調子に乗っているのですよ、あなたは……。自らの努力の果てにその力を手にしたのですか?」

「フン……これは皆、偉大な神が授けて下さったものだ」

「だから弱いのです。仮にも聖職者染みた行為を行っていたならば神の為に努力を行うのが筋……しかし、あなたの攻撃もその姿も【心の芯】が感じられない」

「言わせておけば……その罪深さ、赦すまじ!」

「【心の芯】が無いから図星を隠す為に神の御名を使い、罪を捏ち上げる……。あなたは好き勝手できるオモチャを振り回している子供に過ぎない。恥を知りなさい!」

「ウルサイ!ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウッ!」


 興奮し言葉を乱すトレイチェ。次の瞬間、甲殻に覆われているその肩に銀の刃が突き刺さる。


「ぐっ……!馬鹿な!この鎧は神の……」


 更に二つ……腹部と右大腿部にも閃光と共に銀の刃が突き立てられた。


 マリアンヌは自ら展開していた魔力剣を射出したのだ。


 高密度に凝縮した魔力を物質化した銀の刃。それらはマリアンヌが修練の末に会得した力……。

 マリアンヌの意思と連動して飛翔するそれは意思通りに形状を変えられる。翼や冠も同様の素材……それらはライの分身に近い性能を有していた。



 一つ──それぞれを利用し魔法が展開できる。


 ライの竜鱗装甲アトラは、魔法詠唱を省略する特殊な魔法陣を展開することが出来る。マリアンヌは自らが展開する魔力物質に同様の魔法陣を発生させる術を得た。

 それは竜鱗装甲アトラの機能を《解析》し理解したもので、最近獲得した技能である。


 但し、魔力量の問題があり一つの魔力物質は一度魔法を使用すると消滅する為に再構築しなければならない。



 二つ──先に述べたように自在に形状を変えられる力。高圧魔力の防御をそのまま物質にしたそれは、非常に頑丈にして粘りがある。攻撃・防御、共に優れた効果を発揮する。



 そして三つ──形状だけでなく再び魔力にも戻すことが出来る。これにより魔力補充も可能だが、本来の使い方は別のもの……それが今、行使される。


 トレイチェに深々と食い込んだ魔力物質は魔力に戻ると同時に内部から炸裂した……。


「ギャアァァァ!う、腕がぁぁぁっ!足がぁぁっ!」


 意図的に暴発させた魔力は超・超圧縮の爆散……トレイチェを内側から爆ぜ肉体を破壊する。


 更に、腹部に刺さった魔力物質は魔法を発動。内側から放たれた火炎圧縮魔法・《金烏滅己》によりその身の内から劫火で焼き尽くす。


「グボォォォォッ!」


 甲殻の隙間から噴き出す炎はトレイチェに地獄の光景を見せている筈だ。


 とはいえ、トレイチェは魔獣を取り込んだだけあり回復は早い。炭化した肉体は増殖する細胞で補いトレイチェは復活する……筈だった。


 しかし──マリアンヌの怒りは静かなれど深い。

 マリアンヌはトレイチェが再生する端から次々に再構築した魔力物質を射出。暴発と魔法を組み合わせた一方的蹂躙劇が展開されることとなった。


 トレイチェは回復の為に魔力を削られその身体は徐々に萎んでゆく。

 鍛練などから程遠い痩せた老人姿……それこそがトレイチェの本当の姿である。


「うぐ……か、か……み…………」


 弱体化し不利を理解したトレイチェは転移で逃げようとしたものの、『蒼天』による青い球体結界で阻まれ逃げられない。


「ば、ばか……な……。わ、わた……し……私がぁっ……!」

「あなたが努力の果てに力を得たならまだ戦えた筈です。たとえ与えられたものでも、自らの力にする為の努力を忘れていなければ戦況も違っていた」

「わた……しは……ふ……じみ……」

「これで終わりです!尊厳を踏みにじられた者の痛みの一部でも味わいなさい!」


 マリアンヌは、全ての魔力物質を『幸運の剣』に重ね変化した大剣でトレイチェを斬り払う。


 全ての魔力臓器、そして心臓の破壊……これにより、トレイチェは生命活動を止め落下。

 マリアンヌが球体結界を解除した為に、かつてトレイチェだった魔獣はトゥルク国の大地へと叩き付けられた……。


 それは、大地へと還すマリアンヌの慈悲……。そこにマリアンヌの甘さがあるが、ライはそれでも良いと思った。


「マリー……凄かったよ」


 半精霊化を解除したマリアンヌはライの声に振り返る。流石に連戦で疲れたのだろう……飛翔がやや安定しない。

 急いでマリアンヌを支えたライは、そっとその身体を抱き締め回復魔法 《無限華》を展開──優しい声でマリアンヌを労った。


「マリーが居たから安心してたけど、結局無理させちゃったね。ゴメン……それに、いつもありがとう」

「ライ様……」

「アムドと戦った時とは逆になったかな?」

「そうですね……ウフフフ」


 実際のところ、泣いて弱音を吐露していたライと笑顔のマリアンヌでは大きく違う。そこは敢えて無かったかの様に美化して振る舞う……どんな時も不都合を捻じ曲げる『セコい勇者』は伊達ではない。



 世界に魔獣を出現させ混乱を齎したトレイチェという狂信者は、プリティス教発祥の地にて裁きが下された。

 そこに至るまでには、一人の勇者を信じ待ち続けた者達の活躍があったことを忘れてはならない……。

 

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