第六部 第七章 第二十六話 雨過天晴


 遂に現れた勇者ライは、皆の疲弊を鑑み単身にて三頭竜型魔獣二体と対峙。

 分身二体により叩き落とされた魔獣はそのまま大地に押さえ込まれている。


 その姿を観察しつつ、ライはクローダーの【情報】の中から聖獣・魔獣の項目を引き出した。


(え~っと……。三頭竜の魔獣は……情報無し?何だ、そりゃ?)


 ロウド世界の情報全てを網羅するクローダー──その記録情報に無い魔獣。可能性としては新種……『聖刻兎』同様のイレギュラーの可能性も否定出来ない。


「ま、良いか。取り敢えず……」


 魔獣を叩き落とし押さえ付けている分身二体が魔獣に呼び掛ける。反応次第では浄化か討伐か行動が分かれることになる。


「聖獣になる気があるなら応えてくれ。少しの反応で判るから……」


 魔力の圧力で押さえられている三頭竜型魔獣は、ただ踠くばかりで理知的な反応は見当たらない。念の為に洗脳や乗っ取りがされているかを《解析》で確認するものの、魔獣に手が加えられている様子はない。


「反応無し、か……。えぇっと、属性反転させられない魔獣が居るんだっけ?理由は確か──」


 ロウド世界の理の外……つまり、異世界の神が喚んだ魔獣の中には『存在の質』が単一で浄化出来ないものが居るらしい。クローダーの記憶情報にはそう記録されている。


(つまり、コイツは邪神とかがロウド世界に喚んだ魔獣か……。でも、一応……)


 契約印から力を引き出し《浄化の炎》にて魔獣二体を包む。しかし、やはり反応はない。


「そうか……残念だな」


 即座に分身二体により魔獣の魔力核を全て破壊。属性転化出来ないのならば、この先は脅威となり邪魔でしかない。その辺りの判断の早さはライの冷徹な面と言えよう。


(邪神の魔獣を使う教団か……しかも、【神衣】持ち。思ったよりヤバそうな相手だな)


 メトラペトラが過剰に反応した意味が今更ながら理解できたライは、少しばかり不安になった。


 【邪神の復活】──これは何としても止めねばならない様だ。そうなると、邪教の殲滅はやはり必須と言える。



 ともかく、現状の問題として解決が必要なのは三つ……。



 一つはプリティス教の平民。操られているのか洗脳されているかは判らないが、今後のトゥルクに民が少ないのでは国として存続すら出来なくなってしまう。

 とはいえ……相手の数が多すぎて個別対応は面倒なので、取り敢えずはアムルテリアに全員鉱物化して貰うことにした。



 二つ目はトレイチェ。マリアンヌが結界内部で戦闘状態なのは《透視》で確認している。ただ、マリアンヌの実力は信用している為【平民の鉱物化】を優先しても問題はないだろう。



 そして三つめ……。ルーヴェストとグレイライズの戦闘。正直、その余波で鉱物化した人達が破壊され兼ねない。



『あ~……ルーヴェストさん、ルーヴェストさん。聞こえますか?』

『この声は……ライか!?お前、遅ぇんだよ!!』

『文句も謝罪も後にしましょう。それより、手間取りそうですか?』

『さてな……今んところ互いに小手調べだ。だが、そろそろ──』


 遥か離れた空で大斧を振り回す男二人の姿はライもその目で捉えている。そんな中、ルーヴェストが全力を出そうとしたところでライから制止が掛かった。


『ストッ~プ!そのまま威力を上げられるとプリティス教の平民、皆死んじゃいますよ?』

『知らねぇよ。敵だぞ、敵?俺はお前みてぇに器用じゃねんだよ』

『いや、まぁ確かに敵なんですけど………ちょっとだけ我慢して貰えます?すぐに済むんで……』

『しゃあねぇな……早くしろよ?』

『スンマセ~ン』



 念話が切れるとほぼ同時……トゥルクの空に大量の魔法陣が出現。トゥルク王の陣営からプリティス総本山まで繋がるように展開された魔法陣は、トゥルクの大地全てに重なるように転写された。

 発動したのは《迷宮回廊》……対象はプリティス教徒。総本山の外に居る者達は全員抵抗することもなく昏倒した。



「な、何と……あれ程の大規模魔力展開を……!むぅ……やはり我が王が危険視するだけはある」

「はっ……余所見してる場合じゃねぇぞ、グレイライズ?アイツか来たからにゃ俺は出し惜しみの必要が無くなった。覚えてるか、先刻さっきの言葉を……」

「ハハハハ!『ぶちのめす』だったか?ならば存分に楽しめるではないか?」

「お前も大概だな、グレイライズ……まぁ、俺が言えた義理でも無いがな?」



 戦いを続けつつニヤリと笑うルーヴェスト。グレイライズも同様に笑いつつも、改めてライを脅威と認識した様だ。



「う~ん……。やっぱりあのプリティス教の拠点には結界があるのか……あっさり弾かれたな。となると、先ずは……クロマリ、シロマリ」

『何であるか、主』

『お役に立つでおじゃるよ?』


 契約印……ではなく、ボフンと白煙を上げて現れたのは『聖獣・聖刻兎』のクロマリ、シロマリ。早速の仕事だ。


「今、俺が昏倒させた二万人弱の人間を下の大聖霊の前に送れる?」

『御安い御用でおじゃる』

『任せるである』

(即答か……やっぱり規格外だな、コイツら)


 次の瞬間、昏倒したプリティス教平民二万人弱が落とし穴に落ちた。同時にアムルテリアの眼前に綺麗に整列して出現。


『アムル、頼んだ』

『分かった』


 アムルテリアの概念力発動によりプリティス教平民の全員が金属鉱物へと変化……更にその上から金属の壁で囲み固定。これにより問題の一つは解決した。



「流石は神獣様だな……。良し、御褒美だ。シロマリ、クロマリ。何が欲しい?」

『……あの森の花畑で暮らしたいである』

『……あと、快適な住み家も欲しいでおじゃる』

「ハハハ……わかった。じゃあ早速、城の娘達と相談して来て良いよ」

『やったー!である!』

『ひゃっほー!でおじゃる!』


 二体のウサギはボフンと上がった白煙と共に姿を消した……。


『………ライ。今のは?』

『新しい契約聖獣だよ。あれで下位聖獣なんだってさ?』

『なっ……ほ、本当か!』

「まぁ、普通驚くよねぇ。そうだ。アムルにも御褒美かな?何が良い……?』

『……。ミルクとチーズ』

『了解。じゃあ、アムルも後衛で待っててくれ』


 ライの言葉に従いアムルテリアも後退。これによりルーヴェストは力の加減が必要無くなった。


『お待たせしました、ルーヴェストさん。思う存分やっちゃって下さ~い』

『待ち兼ねたぜ……。それと、今回の遅刻は貸しだからな、ライ?』

『わかってますよ』


 激しい閃光の後、黒く暗転──。トゥルク国上空で衝撃波を散らしながら、ルーヴェストとグレイライズの本格的な戦いが始まった……。



 最後に残されたのは青い球体結界。中ではマリアンヌとトレイチェの戦いが続いている。


『待たせてゴメン、マリー』

『!……。お待ちしておりました、ライ様。きっと……来てくれると信じてました』


 球体結界内で戦いながら念話を続けるマリアンヌ。しかし、先程までの険しい表情は既に消えていた。


『アリシアは回復させてフェルミナに預けてきた。メトラ師匠もアスラバルスさんも、前線の皆も後衛で休んでるよ』

『はい……。良かった……』

『誰も死ななかったのはマリーのお陰だ。ありがとう、マリー……。それと、怪我はない?』

『衣服が破れた程度です。怪我はありません』

『良かった……。……。どうする?交代する?』

『いえ……ライ様が来て下さったならば、私が負けることはありません。どうか見守っていて下さい』

『わかった。無理しないでね』

『はい……』


 アリシアの無事、メトラペトラとアスラバルスの解放……戦況が一気に好転したのはライの到着によるもの。

 ライが傍に居るならば……もう恐れるものは何もない。


 そしてマリアンヌは、己の中に秘めた力の完全開放を始めた……。


 その背には六角形の銀の材質を組み合わせた無機質な翼が三対六枚。手首には金属の帯で出来た腕輪が出現。頭上には翼の材質同様の冠のような飾りが現れた。

 額には赤く細長い宝玉。そして、銀の剣型の物質がスカートのように腰を取り囲み展開されている。


 身体はメイド服が物質変換された白銀の衣装が肌と密着するよう包んでいた。



 それは、マリアンヌの【半精霊体化】──。


 その姿を初めて見せるのはライの前でと決めていたマリアンヌ。その力を今、トレイチェへと突き付ける。



「ほぅ……なんと美しい。我が神にその身を捧げる気はありませんか?」

「あなた達に捧げて有益なものなど何一つもありませんよ。それに、私には既に全てを捧げている方が居るのです」

「フハハハハ!それは残念………しかし、どう足掻こうとやがて全ては我が神の意のままになる!美も!命も!運命さえも逆らうことは出来ない!」

「人は運命が自由にならなくても魂までは奪われません!あなたは何も成し得ない」

「では……試して御覧なさい」


 トレイチェはプリティス教のシンボルを掲げた後、自らの胸に深々と突き刺した。

 しかし、血が出たのは一瞬……シンボルはそのまま胸に取り込まれた。


「ぐっ……!ぐうっ……グハハハ……!」


 やがて肉体の変化を始めるトレイチェ。それは司祭級が行った魔獣変化の秘術……。

 トレイチェは単身でも脅威となる魔人。そこに魔獣の力を取り込み進化を始めた。


 やがて肥大化を始めたトレイチェは、鋼の様な質感の筋肉質な上半身を晒す。暴走しないのは、適性があるのか魔人の精神力で力を掌握したのか判断は出来ない。

 しかし、トレイチェから確かに感じる魔力の猛りは三頭竜型魔獣の優に数倍──上位魔獣級である。決して油断して良い相手ではない。



 但し……それは『以前のマリアンヌ』であればの話──。



 マリアンヌとて日々を無駄に過ごしていた訳ではない。皆の指導や戦略構築、政治的な助言など多忙だったにも拘わらず自らの修行も欠かさなかったのだ。

 ライが成長を遂げる度、マリアンヌ自身も隣に在るに相応しい成長を遂げ続ける。ライの隣で剣を振るい、ライを守る盾となる為に……。



 そして、己の存在理由を再確認し新たに手に入れた力が【半精霊体・戦闘形態】だった。


 これにより上位魔獣すら倒す力を手に入れたマリアンヌは、『幸運の剣』をビシリ!とトレイチェに向け宣言する。


「今日があなたの人生最後の日です……覚悟なさい!邪教の大司教トレイチェ!」

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