第六部 第七章 第二十五話 遅れてきた勇者

「そんな……。シルヴィさん、トウカさん……」



 超巨大魔獣による暴発の光が消えた後、ファイレイはシルヴィーネル達の姿を捜す。

 暴発の爪痕は凄まじく、魔獣を中心にした半里程には何も存在していない。超大型魔獣の残された身体以外は全て消し飛んでいた。



 クレーター型に窪み土色が顕になった大地に姿が見当らないとなれば、上空……シルヴィーネルの青い姿は保護色となり確認しづらいのでは?と僅かな希望を胸に捜すものの、飛翔出来るなら戻らない筈がないという事実がファイレイの心を折った……。


 大地に跪いたファイレイは、唯唯ただただ後悔の言葉ばかりが口を突く。


「……私のせいだ。私の甘い見立てのせいでシルヴィさん達が………」


 指揮を任されたにも拘わらず犠牲を出した。しかも親しい者達が……そのことにファイレイは震えが止まらない。


 しかし、直後に背後から発された言葉に一同はハッと息を飲む。


「あ~あ……酷い目に遭ったわね。トウカ、大丈夫?」

「はい。シルヴィ様のお陰で私は無事です。でも、シルヴィ様がお怪我を………」

「ん?ああ……この程度はその内に治るわよ」


 振り返った一同が視界に捉えたのは、人型に戻ったシルヴィーネルとトウカの姿……。

 トウカは戦う前同様の無傷だが、シルヴィーネルは身体のあちこちに火傷の様な痕が見えた。


 そして、二人の背後にはもう一人……白髪の男が申し訳無さそうに立っている。


「駄目だよ、シルヴィ。女の子は傷なんか残しちゃ……」


 人型のシルヴィーネルは小柄。その頭にポンと手を置いた白髪の男──ライは、回復魔法 《無限華》を発動。シルヴィーネルの傷は瞬く間に回復した。


「………。来るのが遅いアンタに言われたく無いわよ」

「うっ!ゴメンナサイ……ちょっと問題があって遅れた」

「問題……?何が……」

「それは後で話すよ。それより……」


 同じ様にトウカの頭を撫でたライはファイレイの前に立ち手を差し伸べた。


「悪い、ファイレイ」

「ライ……さん?」

「頑張ったみたいだな。シルヴィとトウカは見ての通り無事だ。安心して良いよ」

「はい……はい!」


 引き起こされたファイレイはそのままシルヴィーネル達に飛び付いた。未だ戦場……しかし、ファイレイは安堵で泣き出している。


 暴発の瞬間──高速飛行でシルヴィーネルの元に辿り着いたライは、そのまま転移魔法で回避したのである。


「ランカも無事?」

「うん。大丈夫だ」

「良かった……。イグナース、遅くなって悪い」

「本当ですよ……。でも、来てくれたから良しとしましょう」

「ハハハ……。それで、そちらの方々は初見ですね。俺はライ・フェンリーヴです」


 握手を求めるライに応えるアーネストとマレクタル。


「私はアーネスト。故国は同じシウトで【ロウドの盾】に所属する者。会えて光栄だ、白髪の勇者殿」

「アハハ……。その呼び方、定着しちゃってるんですね……」


 自らの頭を触りつつ照れているライには、やはり強者特有の威圧感は無い。


「私はトゥルク王の孫、マレクタルだ。宜しく」

「お会いできて光栄です」

「王族だからといって緊張しないで欲しい。私も勇者だ」

「本当ですか?」

「ああ。といっても、プリティス教をどうにも出来なかった情けない勇者だが……」

「仕方無いですよ。相手が邪教だったんですから……。それで……現状は?」


 すぐに泣き止んだファイレイが涙を拭いつつ説明を始めると、ライは怒りの表情へと変わって行く。

 ライの怒りを初めて目の当たりした者達はその迫力に息を飲んだ。


「アリシアは?」

「後衛にある王の砦だ。ボクが連れて行こう」

「じゃあ、一度全員で撤退を。あのデカイ魔獣は《千里眼》で見ているから、何かあれば分かる」

「わかった。行くよ?」


 王の砦へと転移した一同……ライは周囲への挨拶も忘れ真っ先にアリシアに駆け寄る。思ったよりも傷が深く意識も無いアリシアの姿に、ライは震えていた。


 即座に《無限華》を発動……これにより完全に傷は癒えた。しかし、失われた翼は戻らない。


「………。悪いけど、一度アリシアを居城に連れていく。フェルミナに翼を治して貰わないと……」

「アリシアは……大丈夫なの?」

「うん……。直ぐに戻る」


 転移で居城へと戻ったライは、フェルミナにアリシアを預けると言葉通り直ぐ様王側の陣地へと引き返した。


「ここからは俺が受け持つ。皆さんは休んでいて下さい」

「いや。流石にそれは……」

「お願いします……」


 ライはバズの言葉を遮り寂しそうな笑顔を浮かべている。妙な迫力があった為、誰もライの申し出を拒否できなかった……。


 そして再び前線へと転移したライは、まずアムルテリアの元へ。アムルテリアはやはり結界に封じられていた。


「アムル」

「来たか、ライ……。済まない。私としたことが……」

「俺の方こそゴメン。それで……アムルが封印されてるってことは……」

「神格持ちの仕業──だが、恐らくこれは【神衣かむい】だろう。神の力にしては

「そうは言っても大聖霊でも破れないなら油断できないよね?」

「我々も力を封印されている身。そうでないならこの程度の結界など……」


 珍しく憤慨しているアムルテリアは鼻息が荒い。邪教に封印されているのが余程不快だった様だ。


「ま、まぁまぁ。ともかく結界を破らないと……少し下がって」

「しかし、【神衣】の力だぞ?ライといえど破るには相当の力を要する筈だ」

「大丈夫。天網斬りなら多分破れるよ」

「いや……無理だ」


 メトラペトラが封印された際、アムルテリアも封印されたと推測したトウカは直ぐ様駆け付け《天網斬り》を放ったのだという。しかし、結界の破壊は出来なかったのだそうだ。


「それはトウカがやったからだよ。俺なら破れる」

「剣の腕の違いか?」

「いや……単純な『存在格』の問題ってヤツ?」


 万物両断の【天網斬り】は神斬りの為の試作技。それでも、上位格相手を斬り裂くことは出来る。


 しかし、神格となれば別。トウカは魔人……神格には下から『半精霊』『精霊』『大聖霊』を越えねばならない。

 トウカが鬼人化を行なっても良くて半精霊──神格には届かない。


「でも、俺は精霊格だ。しかも契約で大聖霊格に近い力もある。天網斬りは格上の相手にも通じるって話だから、大聖霊の力に近い俺なら……」


 ライが構えるのを確認したアムルテリアは結界の端に移動した。同時に振り下ろされた一太刀で結界は斬り裂かれ消滅……アムルテリアは解放された。


「成る程。私はまだライを甘く見ていたか……」

「いや……天網斬りは存在特性由来だからちょっと特殊なんだよ。……ん?そういや、アムルはトキサダさんにあの空間を創ってあげたんだよね?『神斬りの技』の依頼したのってアムルじゃないの?」

「いや……あれは他の者の依頼だ。私はオズ・エンに頼まれて手伝っただけ。意図までは知らないが……」

「う~ん。もしかして、今回みたいな時の為に依頼したのか?でもなぁ………っと。考えるのは後にしよう」


 上空では戦いが続いている。流石にあまり悠長にはしていられない。


「それより疲れてないか、アムル?」

「いや……ライとの魔力経路が回復したから問題はない」

「じゃあ、悪いけど此処に人を送るから鉱物化を続けてくれるか?結構な数だと思うけど」

「それも問題ない。では、私はこのまま待機していよう」

「また結界張られないかな?」

「その時はまた解放を頼む」

「了~解!」


 そのまま上空へ向かったライは、結界に封じられているメトラペトラとアスラバルスを視認。通り抜け様に結界を斬り裂いた。


「うぉう!ラ、ライか?遅いぞよ、バカ弟子め!」

「チョり~っす!へへっ!遅れちまってゴメ~ンちゃい?」

「シャーッ!」

「ギャァァーッ!」


 メトラペトラのネコ・バイディングが炸裂!鼻を噛まれたライは痛さと酒臭さに上空を悶え回っている。

 どんな時も騒がしい……流石は『痴れ者とおニャンコちゃん』の師弟コンビ。アスラバルスの視線は当然ながら生温い……。 


「全く……何処をほっつき歩いとったんじゃ!たわけめ!」

「いやぁ……ちょっと異空間に飲まれちやって」

「はぁ?い、異空間じゃと……?」

「まぁ、詳しくは後で。アスラバルスさんは一度後衛に下がって皆の士気を回復して下さい。後は俺が……」

「うむ……。………。時にアリシアは?」

「大丈夫です。フェルミナに任せてきましたから傷も癒えるでしょう」

「済まぬな」

「俺の方こそ遅れて申し訳ありませんでした……。ともかく、戦力と態勢の立て直しをお任せします」

「うむ。貴公も気を付けてな」


 転移で後衛に下がったアスラバルス。メトラペトラはライの頭上定位置に収まった。


「あの魔獣が二体……と、あの青色の球体の中にマリーと……坊さん?」

「プリティス教の魔人じゃな。マリアンヌならば不覚を取ることはあるまい。先ずは魔獣が先じゃ」

「了解っス!」


 この言葉と同時……マーナ達が戦っている三頭竜型魔獣の背に上空から矢のような一撃が炸裂。二体の魔獣を大地に叩き落とした……。

 そのどちらもがライの分身による攻撃。まるで隕石落下……遥か上空からの蹴りはそれだけでも戦況を一変させた。


「お兄ちゃん!」

「ライ!」

「ライ兄ちゃん!」


 マーナ、クリスティーナ、サァラの三名はライに気付き笑顔を浮かべる。三人ともかなり疲労している様だが、怪我がないことにライは安堵した。

 即座に三人の頭を優しく撫でつつ回復魔法を掛ける間に、マレスフィも合流を果たす。


「ライ殿!」

「特訓の成果はバッチリみたいですね、マレスフィさん」

「お陰様で魔獣を抑えられました。不慣れ故に少し疲弊が激しいですけど……」

「お疲れ様でした。ここからは俺がやります。皆は後衛で回復を……メトラ師匠、お願いします」

「やれやれ。戻って早々ネコ使いが荒い弟子じゃな」

「帰ったら極上の酒が待ってるぜ、ニャイ棒?」

「マ、マジでぇ~?」

「マジもマジ。ティムが祝勝会用にって送ってきたんですよ、極上の酒を」

「………。し、仕方無いのぉ。仕事の後の酒は格別じゃからの」

「あ……全部片付けてから俺も後衛に下がりますから、そのまま待機してて良いですよ?」

「随分と頼もしいことじゃな……まぁ、疲れとるのも確かじゃから休ませて貰うとするかの。……。ライよ、油断するで無いぞよ?」

「了解ッス!」


 皆が心移鏡の中へと姿を消したのを確認し、ライは地に落ちた魔獣に視線を移す。


 遅れてきた勇者ライは、不在の分の役割を取り戻すかのように行動を始めた。

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