第七部 第七章 第十五話 ラヴェリント建国伝承


 ヴォルヴィルスの一つ目の試練が終了したことを確認したライは、素早く食事料金の精算を済ませフェルミナと共に転移した。目立つとは思ったが次の試練に移行される前に対話せねばならなかった為である。


 転移した先は王都の端にある船着き場。その一画にひっそりと建てられた白い小さな石碑……その傍らに疲労困憊で屈んでいるヴォルヴィルスの姿があった。


「ヴォルヴィルスさん」

「うぉっ!?」


 声を掛けられ驚いたヴォルヴィルスは身を捩りながら腰を着いた。余程疲れていたのか感知を切っていたらしい。


「……。何だよ、ライか……久し振りだな。………。ん? ライ……? 拘束されてるって聞いたが何でこんなトコに……」

「あ、あはは〜……。ま、まぁ色々ありまして」


 取り敢えず来訪までの経緯を大まかに説明すると、ヴォルヴィルスは呆れるように笑い地に寝転がった。


「相変わらずな訳か」

「そうですね〜。性分なんで……」

「で、そちらのお嬢さんが噂の大聖霊の……」

「フェルミナと言います」


 互いに見つめ合うフェルミナとヴォルヴィルス。それが恋慕の情ではないことは判るのだが、幾分長く観察しあっていることにライは首を傾げた。


「どったの、フェルミナ?」

「いえ……。彼がロタの子孫か確認していました。間違いなく彼女の血統ですね」


 この言葉に応える様にヴォルヴィルスが口を開く。


「ロタの血統……か。てことは俺の事情も理解してるんだな?」

「今、フェルミナが確認した程度には……ですけどね」

「……。王家の伝承に残る【生命の大聖霊】……ってのはアンタだったのか……。アンタのお陰でラヴェリント王家……そして俺も存在してる訳だな。一族を代表して礼を言わせて貰うよ」

「遠い昔の偶然の出来事……なので礼には及びません。彼女は助かるべくして助かった。それだけですから」

「そうか……。だが、やはり歓迎はさせてくれ。叔母にも会って貰いたい」


 ムクリと身体を起こしたヴォルヴィルスだが、未だ疲弊抜けきらぬ様子。ライは手を差し出すと引き起こしながら回復魔法を発動した。


「悪い。助かった」

「いえいえ。ところで……次の試練ていうのはすぐに始めなくても大丈夫なんですか?」

「取り敢えず休息期間があるから大丈夫だ。さて……。こんな時勢に小国……大したもてなしもできないが城へ来てくれるか?そこで詳しい話をしよう」

「わかりました。行こう、フェルミナ」

「はい」


 ヴォルヴィルスに渡していた神具の腕輪にて転移……と行きたかったところだが、全て置いて来たとのこと。なのでライの神具にて王城付近の路地裏へ転移。そこから歩きながらの移動となる。


「そう言えば、腕輪や剣も改修しないとならないんですけど……」

「そうなのか……?」

「ええ。問題が判明したので……。……。ところでヴォルヴィルスさん。試練ていうのは幾つあるんですか?」

「三つ……って話だ。だが、この一つ目さえ誰も成功した者は居なかったらしい。俺が突破できたのはお前のお陰でもある」

「俺の……?」

「纏装の常時発動の話を聞いていたからな。トシューラで別れてからずっと使ってた。覇王纏衣だったか? アレを極薄、次がそれを重ねる……だったよな?お陰で基礎体力が増えた」


 ヴォルヴィルスが行っていた『勇者の試練』一つ目は、己の肉体のみで魔法陣を辿ること。魔法や神具・魔導具、それに纏装さえも使用不可でただひたすら走り通すものだったという。そして試練は並の肉体では果せないものだったのだ。

 纏装の常時発動は肉体の能力を向上させる。ヴォルヴィルスは元々覇王纏衣が使用できたが限定的にしか展開していなかった。それをライの助言で常時使用を心掛けた結果、身体能力は大幅な向上を果たしていた。


 それでも二日の走り通し──。広い王都全体を端から端への行き来、それも人を避けながら五芒星を百度描くそれを『三日以内に』という条件は確かに常人では到底成し得ない試練である。


「神具や魔導具は持ってるだけで試練が反応しない。だから完全に手ぶらだ」

「それで腕輪も剣も無かったんですね」

「この試練で苦労したのは寧ろ肉体制御だな。暴れ馬に乗ってるみたいで慣れるのに結構掛かった」

「あ〜……。確かにそうかも……」


 纏装を制御に回す常時極薄展開は、その分制御を解くと肉体操作の調整が難しい。現在のライは波動吼との使い分けが増えた為にそれも制御しつつあるものの慣れるまで苦労した記憶がある。


「ともかく、何とか一つ目の試練は終わった。後は三日以内に次の試練を受ければ良いんだが……」

「次の試練ていうのはどんなのなんですか?」

「過去の突破者が居ないんでな……俺も知らん。だからこの後、叔母上にお聞きするつもりだ。ほら……あれが王城だ」



 ラヴェリント王城・【鏡花城きょうかじょう



 湖面に映る姿が美しい城は白亜一色。中央に聳える大きめの塔は螺旋型の円塔型。通常の城の様に石を積んだ形跡が見当たらず、白く塗られた滑らかな壁が螺旋状に上まで続いている。

 中央の塔の周囲には五つの小塔が等間隔で配置され、それを更に低めの城壁が囲んでいた。


 中央塔から小塔へと伸びる橋により上空からは華の様な形状に見える。橋は中央塔との連絡通路となっているらしく、結構な人の行き来が見て取れた。


 中央塔の周囲には円環の水路が配置され、更に小塔の周囲にも大きめの水路が広がっている。城は水路による物資の運搬が主流らしく、五つの小塔全てに船着き場が用意されていた。


 ヴォルヴィルスの案内により向かったのは中央塔。正門から伸びる道は真っ直ぐ中央塔へ向かっていて湖上にも拘わらず街路樹が植えられている。



「周囲の塔は役所や詰所、それに備蓄庫。中央は王家の役目に使われるのが殆どだな」


 当然のように正門の警備兵へ挨拶したヴォルヴィルスはそのまま中央塔の中へ。塔の入り口にも兵が駐在しておりヴォルヴィルスの帰還に気付き声を掛けてきた。


「お帰りなさいませ、ヴォルヴィルス様。試練の方は……?」

「ああ。終わった。何とか突破できたよ」

「ほ、本当ですか!?」


 歴史上初の第一試練突破……その報告に周囲に居た兵も押し寄せ称賛を始めた。


「流石はイリスフェア様の甥!」

「遂に我が国に伝説の勇者が!」


 兵達は既に祝杯へと移行しそうな程の喜びぶりだ。流石に困ったヴォルヴィルスは慌てて兵を宥める。


「待て待て! まだ一つ目の試練だろ? これまで一つ目が突破できないってことは二つ目はもっとトンデモナイとは思わないか?」

「そ、それは……確かに……」

「とにかく、喜ぶのは全て突破してからにしてくれ。それよりも客人だ。俺は着替えてくるから応接間へ案内してやってくれないか?」

「了解しました!」

「じゃあ、ライ……悪いがちょっと待っていてくれ」


 ヴォルヴィルスと別れたライとフェルミナは、兵に案内され王家の応接間へ。落ち着いた調度品で整えられた中をしばらく待っていると、身なりを整えたヴォルヴィルスが現れる。

 白い貴族衣装に剣を帯びた姿は普段とは違いかなり凛々しい。


 そして……ヴォルヴィルスの背後にはもう一人。白いドレス姿の女性が……。


「待たせた。それと紹介しよう。俺の叔母にあたる女王イリスフェア様だ」


 非公式ながらの女王との面会……ライは直ぐに立ち上がり礼に則った挨拶を行った。


「お初にお目に掛かります。私は……」

「ライ・フェンリーヴ殿ですね? お噂はかねがね」

「噂……ですか?」

「ええ。シウト国のクローディア様とは友人となりましたので。それに、ヴォルやアスラバルス様からも色々と」


 そこでイリスフェアは深々と頭を下げた。


「えっ……? ちょっ! ど、どうしたんですか、いきなり……?」

「貴方には沢山の感謝を。ヴォルの……リーブラ国、いえ……今のアプディオ国を救って頂きました。そして我がラヴェリントの恩人でもあります。魔獣を滅ぼしたあの流星はあなたの魔法だったとアスラバルス様よりお聞きしましたので」

「あ、あれは成り行きで勝手にやったことなので! それより頭を上げてください! 俺は只の一介の勇者……それだけですから」

「……。分かりました」


 顔を上げたイリスフェアは微笑みを浮かべている。それは女王といった威厳ある顔ではなく普通の女性としての柔らかな笑顔だった。


「フフフ……。聞いていた通りの方ですね。全く偉ぶらない」

「あはは……性分です。苦手なんですよ、堅苦しいのは」

「では、ここからはヴォルの叔母として接することに致しましょう。それと……あなたが大聖霊フェルミナ様ですね?」

「ええ。私も堅苦しいのは無しでお願いします」

「承知しました。ただ、感謝だけは伝えさせて下さい。我が一族は貴女が居たから命を繋いでいます。心より感謝を」

「繋いで行くのが命の役割ですよ。私にではなくロタとモルゼウス……あなた達の祖先へ感謝を忘れないで下さいね」

「はい。肝に銘じます」


 フェルミナの差し出した手を握り返しイリスフェアは微笑む。その目には涙が薄っすらと浮かんでいた。


「さて……挨拶も済んだ。叔母上……色々と聞きたいことがある」

「ええ。先ずは……そうですね。ラヴェリントの成り立ちからお話をしましょう。ライ殿とフェルミナ様……そしてヴォル、あなたも聞いて下さい」


 イリスフェア自らが紅茶を用意し始まった昔語り。それはラヴェリント建国にまつわる歴史でもあった……。




 魔法王国時代──。


 ロタは高い魔力を宿して生まれた。当時は今のように世界が魔力で満ちて居らず、故に身体に魔力を取り込む量も少なかった為に誰もが魔法を使えた訳ではなかった。


 先天的に高い魔力を宿す者には条件があった。生まれ付き小さな魔力臓器を宿しているか、魔力の高い地──例えば魔石鉱山や地脈の要等に暮らし魔力に晒されているか……。

 しかし、ロタはそのどちらでもなかった。もし魔法王国の血統であれば『天授』として持て囃され育てられたことだろう。だが、ロタは平民……寧ろ実験材料として目を付けられることになる。


 後に判明するのだが、ロタの魔力は『存在特性』から来るものだったという。魔力を増やす力──【魔力増幅】。後にロタには【チャクラ】が宿り、その力がライへと受け継がれているのも不思議な縁である。


 ロタは……子供の内に家族から引き離され魔法研究機関へと送られた。それが彼女にとって数奇な運命の始まりだった……。




 

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