第七部 第七章 第十六話 ロタの生きた時代


「ロタの生きた時代……つまり、古の魔法王国の階級制度を御存知ですか?」

「いえ……。血統主義だったとは聞いてますが……」

「そうですね。当時のクレミラ体系は『王貴族』『血外貴族』『労民』『奴隷』の四階級だったそうです」


 イリスフェアは部屋に置かれた机の中から小さな日記帳を取り出し席に戻る。そして膝の上に乗せそっと手を置いた。

 手帳を開くことはしなかった。古いながらも大切にされてきただろう青い手帳……その内容は全て覚えているらしい。


「王族はレフ族……と言っても今のレフ族とは随分考え方が違ったみたいですね。クレミラ王都は当時今の神聖国家エクレトルの北部にあったとロタの日記には記されております。クレミラ王都・バーナセルワルド──レフ族血統の『王貴族』は当時そこに集中して大都市を構築していた」


 高い魔力を宿し魔法知識が豊富なレフ族──そういった者達が選民意識を持つのは歴史の悪しき一面。とはいえ、カジームのレフ族からはとても想像できない。


「……。カジームの長の話ではレフ族の中にも階級制度を疑問視していた者が居たと聞いてますが……」


 現代レフ族の長・リドリーは唯一当時の生き証人でもある。ライはレフ族に関わる歴史を少しだけ聞いていた。


「ええ。ロタの日記にもそうありました。ですが、『王貴族』の中でも中枢に居る者は特に選民意識が強かったそうです。何せレフ族は長命……国の中枢に絡む人材の入れ替えが無いということは新しい時代の風が吹かないことを意味します。それを良しとしないレフ族達は地方統治を『血外貴族』と共に行っていたとありました」


 『血外貴族』はレフ族の血を継がぬながらも優秀な存在に与えられる地位である。魔力や魔法知識はレフ族血統だけに継がれたものではないので、そういった者達を取り立てて治世に回していた。

 レフ族は出産率も低く数が少ない。当時一つだった大陸はあまりにも広大……故に考え出された制度である。


 ライの母ローナの血筋・アステ国イズワード家はその『血外貴族』の系譜……。他にもアロウン王家やトシューラ国・メルマー家などもその『血外貴族』だったという。


「その他の者は『労民』と『奴隷』──しかし実のところそこに区別はなく、『王貴族』の物差し加減で『労民』は『奴隷』へと落とされたとか。ロタもまたその一人でした……」


 『労民』として生まれたロタは魔力の高さを知られた為に魔法実験の為の『奴隷』へと身分が変わった。両親の必死の訴えも虚しく引き離され、幼いながらに過酷な環境へ放り込まれてしまったのだ。


 当時、魔法式は非常に複雑で繊細なものだった。同じ様な組み合わせでも誤作動を起こし暴発なども多々あったという。新たな魔法を模索する為に行われた実験……それが現代魔法知識の基礎となっているのは皮肉な話である。

 それでも神格魔法にまで至った魔法王国の探究心……一体どれ程の犠牲があったのかを考えるとライは複雑な心境だった。


(そういえばメトラ師匠が言ってたな……。“魔法王国は人の身でありながら【神域】に手を伸ばそうとしてその非道さで神の怒りを買った”って……)


 因みにライが使っている魔法式はメトラペトラが概念から公式化したものである。魔法王国が【大聖霊】という存在無しに多大な犠牲の元その領域に踏み込んだことは、恐ろしく、そして業が深い……神の怒りもまた同然のことと言えよう。


「それで……ロタさんは……」

「奴隷として魔法実験体に選ばれたロタは長らく魔法式の研究に従事させられました。ですが、やがて成長したのを見計らい新たな実験へ変更になった……それが、『人造魔人計画』──」


 ある意味に於いて人類の進化の一形態とも言える魔人──その存在は魔法王国でも既に認識していた。人を遥かに超えた魔力とそれを操る肉体……魔法を更なる高みへ導くだろう【魔人】ではあるが、天然では百年でも一人生まれるか否か……。

 何せ体内に高性能の魔力精製臓器を持つ存在である。魔人一人で国を一つ滅ぼせる力ともなれば王国としては何としてでも発生の仕組みを解明したいところだった。


 魔法王国の時代……世界に溢れる魔力は今の時代よりも少なく、たとえ高い魔力に晒されても小さな魔力臓器が精々である。そこで考え出されたのが人工の魔力臓器──理論は既にあったもののそれに耐えられる者が居なかったのである。


 魔力の高さは魔力耐性でもある。故にロタはその実験台として選ばれた。


「肉体に純魔石を核とした臓器を埋め込まれたロタは運良く僅かな変化で済んだそうです」

「どんな変化だったんですか?」

「瞳の色が変わっただけだそうです。ただ、やはり赤い瞳は異質だったのでしょう。【呪縛】で行動を抑制されたと記されていました」

「……。だからこの国では【呪縛】を禁忌にしたんですね」

「はい。どんな些細なものでも【呪縛】は使わない……それが私達の祖先への誓いですので」


 ロタが魔力臓器の移植に成功し経過観察をされていた頃、同時期に魔導具への魔力臓器の移植実験も行われていた。それがロタの囚われていた施設の隣だった。


 脱出へ繫がる運命は既に回り始めていた──。


「魔導具の生命化……それって魔導生命の基礎みたいなもの、だったと聞きましたけど」

「ええ。今ヴォルが受けている試練はそれを解放する為のものです。簡潔に言ってしまえばそれこそがこの国の勇者に託された力……」

「どんなものなんですか?」

「竜を模した金属……とだけ記されてますが、正確な形状までは……」


 ロタの魔力臓器と魔導生命の魔力臓器が共鳴し暴走……そのまま魔導研究所を破壊。魔導生命はその背にロタを乗せて遥か彼方へと逃亡した。


 しばらく彷徨った後、ロタの身体に異変が起こる。無理な魔人化はやはり負担が大きく、肉体が対応できなかったのだ。やがて魔力はその肉体を蝕み衰弱を始めた。その頃にはロタと共鳴した魔導生命も機能が低下し、不具合で移動も叶わなかった。

 そのまま無念の死を迎えようとしたところを覇竜王と旅をしていたフェルミナが通り掛かり救いの手を差し伸べるに至る。


「そのことは覚えてます。あの時……ロタを癒やすこと自体はそれ程難しいことではありませんでした。ただ、魔石を取り除いたロタは普通の人間に戻ったので生きるには力が足りなかったんです。それでモルゼウス……当時の覇竜王がロタを守ると。あの時はまさか伴侶となるとは思いませんでしたけど」

「きっとモルゼウスには何か惹かれるものがあったんだろうね……。……。イリスフェアさん……自分達が覇竜王の系譜だと知ってたんですか?」


 ライの問いにイリスフェアは小さく首を振った。


「モルゼウスの名は書かれていましたが、まさか覇竜王という存在だったとは知りませんでした。てっきり魔導師かと……」

「魔導師……?」

「モルゼウスは動かなくなった魔導生命を修繕・改修しロタの守護者にした……とありましたので」

「フェルミナ……覇竜王ってそんなことできるの?」

「はい。覇竜王は天界の知識を継いでいます。そして覇竜王は脅威に対抗する為に生まれるので必要な知識は慈母竜から学んでもいます。その過程で魔導の技能も得ていたのでしょう」

「そう言えば……」


 ディルナーチ大陸に齎された覇竜御雷刀はりゅうみかづちとうもまた覇竜王が知識を授けたと伝わっていた。ならば覇竜王であるモルゼウス自身が魔導生命を完成させることも可能なのかもしれない。


「モルゼウスは湖に外から見えなくなる結界を張り小さな集落を造ったとあります。そして、同じように魔法王国から逃れた人を匿い住まわせた。やがて人は増え集落は街に、街は国に……。その頃は聖獣も多く居て発展に力を貸してくれたそうです。それが古き言葉でラヴェ・リント水鏡の都の始まり──」


 魔法王国から逃れた者達の国は最終的に五千人にまで増え水産で成り立つ様になった。やがてロタとモルゼウスの間には子が生まれた。それを確認したモルゼウスは忽然と姿を消したという。


「……。モルゼウスは覇竜としての役割を果たしに向かったのでしょう。覇竜は……」


 フェルミナはそこで何かを言い淀んだ。どうやらライを気遣ったらしく少し悲しげな表情だ。


『フェルミナ、どうしたの?』


 念話で語り掛けるライにフェルミナは戸惑ったが、やがて諦めて語り始める。


『覇竜は脅威に対する力として生まれるのはライさんも知ってますよね?』

『うん……。……。もしかして、モルゼウスはその脅威にやられたのか?』

『いいえ。恐らく脅威は討ち果たしたと思います。でも、戻って来なかった……。覇竜王は雄の天空竜……その強力な力の代償として役割を終えると力を失うんです。寿命も……』

『………』


 確かに覇竜王は他の竜の様に長く存在していないことには違和感があった。強力な力を宿すならば尚更に【空皇】や【海王】の様に知名度が高くなる筈……。

 そうならない理由をフェルミナから聞かされたライは少し動揺したものの、何となく理解もしていた。


『……。今はイリスフェアさんの話を聞こう』

『そうですね……』


 気を取り直しライは話の続きをイリスフェアに促した。


「……モルゼウスが去った後、ラヴェリントの長となったのはロタでした。街を造ったモルゼウスの伴侶であり、魔導生命を操る事ができる存在……。それに、皆を導いたのはロタの優しさ。それから十六年もの間、皆で支え合いラヴェリントは安らかに暮らせたそうです。ですが……」


 魔法王国がラヴェリントの存在に気付いてしまった。湖上の生活とはいえ陸の物が一つも無い訳ではない。人の暮らしは何かと必要なものがある。物資を手に入れるにはどうしても陸へ調達に出向かねばならない。

 民がそれを行うのを偶然見られてしまい追跡──やがてバーナセルワルドに伝わり調査隊が編成される。


「小さな湖上の国と世界規模の大帝国──戦いは瞬時に終わるかと思われました。しかし、そうならなかった」

「それがラヴェリントの勇者伝承……ですね?」

「はい。ロタとモルゼウスの子はとても強かったそうです」


 竜人……しかも覇竜王と人との間の子は、モルゼウスの残した剣を手に取り無双の力を振るった。

 ラヴェリントの勇者は迫る魔法をものともせず、ロタの魔導生命体を従え侵攻を尽く阻み続けた。


 たった一人の勇者では限界があった筈。それでもラヴェリントが残った最大の理由……それは魔法王国に振り下ろされた神の鉄槌──【天の裁き】。


 魔法王国支配体制の崩壊はラヴェリントにとっての活路だったのだ。

 

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