第七部 第七章 第十七話 歴史の転換点


「天より数多あまた降り注いだ炎は魔法王国を……いいえ、大陸を砕き焦土へと変えたとあります。しかし、人はその多くが命を拾った。ただ、クレミラ王都・バーセナルワルドの者は殆ど助からなかったといいます。だからこそ魔法王国は滅亡した……」


 神も人を滅ぼすことが望みであった訳ではない。裁きは謂わば教訓の意も含まれていたのだ。


 だが……神はあるものを確実に滅ぼす意図があった。それが魔法王国クレミラの時代と思想──。


 世界を変えるには支配階級のレフ族が邪魔になる。当時の神アーヴィーンはその為に排除すべき者を見定め【天の裁き】を放った。無辜むこの民を極力避け傲慢な者へは容赦なき制裁を下したのだ。

 故に、今残っているレフ族は善良なる者の末裔……。それは【天の裁き】後の彼等の行動からも推し量ることができる。


 と……ここでフェルミナは、ライのみに念話を繋ぎ話を補足する。


『実は二度目の【天の裁き】が下される可能性もあったんです。それを止めたのは……』

『天使達……だろ?それが【天魔争乱】の真実なんだね』

『はい。一度目の【天の裁き】の際に多くの天使が人を守る為に自ら盾となり犠牲になりました。そして二度目を止めようとした為に起こった天使の反乱──だから【争乱】となっています。結果として意思を変えず神に逆らってまで人を護ったのは間違いなく天使達です。生き残り堕天使となった者達はそのまま地に降り人と共に……』


 千年前は歴史の転換点──魔法王国は滅び、純天使は大きくその数を減らした。大地は割れ親大陸ペトランズと子大陸ディルナーチへと分かれた。そして地に降りた天使が変化し人と結ばれ、高い魔力を持つ存在も生まれた。

 人類の更なる高みを求めた魔法王国の存在は、皮肉にも滅亡後に人類の進化へ影響を与えたのである。



「魔法王国が滅亡し乱れた世界の中でもラヴェリントは無事でした。モルゼウスが用意していた結界により国も民も守られたのです。聖獣達の助力もあり食料は維持できたので何とか生き永らえたラヴェリントの民は難民を受け入れ更に拡大。そしてロタは……やがて導き手の役割を子に譲ったのです。それが『ラヴェリント王国』としての初代女王ミラです」

「……。ロタの子……勇者は女の人だったんですね」

「はい。恐らくこの世界最初の女勇者だろうと歴史研究家は話しています。ですが、女王となると同時にミラは勇者の力を封じた。国に必要だったのは個の力ではなく民の団結……。それに……」

「いつか脅威が現れた時の為に子孫に【力】を残した訳ですね」


 世界は【天の裁き】により混迷状態で侵略戦争等は起こりようが無かった。聖獣とも縁あるラヴェリント……ミラは過剰な力たる竜鱗剣の神具と魔導生命を封印することを選択した。


 だが──。


「……。皮肉にも『勇者の試練』はそれ以来一度も果たされていません。故に只の成人の儀式に成り果ててしまった。だから魔獣……アバドンと言いましたか?その脅威が迫る中でも【ロウドの盾】の力を借りるしかなく……。今回のペトランズでの大戦も民は不安がっています。そんな中で」

「俺が戻って試練に挑んだって訳だ」


 ヴォルヴィルスの帰還は小国のラヴェリントにとって希望となった。女王イリスフェアの甥という王家血筋であり、何より実戦経験が豊富……ヴォルヴィルスはラヴェリント帰還後に国の防衛体制の見直しと兵の鍛錬を行ったのである。

 その気さくな性格から民からも慕われた。そして今回、『勇者の試練』に挑み一つ目とはいえ乗り越えた。ラヴェリントにとってそれは大きな活路に感じたことだろう。


 その証拠に……ライとフェルミナの耳には城の外のちょっとした宴の声が聞こえている。だが、そうなるとヴォルヴィルスの立場が益々ラヴェリントから離れづらくなるのではなかろうかとライは思った。

 

「………。そもそも、ヴォルヴィルスさんは何でラヴェリントに戻ったんですか?」

「それなんだがな……。親父に呼び戻されたんだよ」

「お父さんに、ですか……?」

「ああ。俺がリーブラ国に居た最初の理由はお袋の病を癒やす為の方法を探していたからなんだ。かなり特殊な病でな……」

「病……」

蒼星あおぼし病……って知ってるか?」

「いえ……。フェルミナは知ってる?」

「はい。人間は知らないと思いますが、蒼星病は簡単に言うと劣化魔人症です」

「劣化……魔人症?」


 【蒼星病】は細胞に魔力が溜まり何かしらの理由で放出されないことで起こる病である。魔法による放出もできない為に部分的に魔人化が起こり肉体が徐々に変形を始めるのだとフェルミナは言った。

 人間と魔人の肉体が部分的に混在し馴染まない身体には青い斑点が浮かぶので【蒼星病】──拒絶反応が起き長期的には死に至る。しかし、僅かな希望もあった。


「滅多に出回らないが『妖精の妙薬』……ってのがあってな?それを飲めば助かると聞いていた。だから俺と親父は妖精伝承のあったリーブラ国へ向かったんだよ」


 今は亡きリーブラ国王バルゼラの口利きで妖精王イスラーと出逢ったヴォルヴィルス達は、妖精の妙薬の対価として戦力となることを約束した。そしてリーブラに残ったのがヴォルヴィルスである。


「ラヴェリント国は男が王にはならないからな……出奔も問題なかったんだ。それに『伝説の勇者』なんて夢物語だと思ってたからなぁ……。加えて、リーブラ王やイスラー王への恩義もあった。何より、リーブラの騎士達とは妙に馬が合った」

「それで……ヴォルヴィルスさんのお母さんはどうなったんですか?」

「治ったよ。親父からの連絡で“お袋がどうしても会いたい”って言うんで戻ったんだ。そうしたら叔母上が……」

「はい。私が勇者の試練を受けさせた次第です。ヴォルは成人の儀をする前にリーブラ国へ行ってしまったので」


 元々ヴォルヴィルスは母の病が完治するまでの約束でリーブラの戦力となった。しかし、そこでトシューラ侵略という憂き目に遭いリーブラ国の民が囚われることとなる。ヴォルヴィルスは仲間達の解放の為にトシューラ国内を奔走していたが単身では限界があった。

 そんな中で魔獣アバドンが出現。敵地とはいえトシューラの難民を放置できず共にシウト国トラクエル領へ……。そこでフリオとパーシンに出逢い、やがてライとも知己となる。


 現時点で……ヴォルヴィルスがアプティオ国に縛られる理由は無い。だからこそライは確認がしたかった。


「………。ヴォルヴィルスさん……。アプティオ国のことは……」

「わかってるよ。今の俺の国はアプティオだ。それは叔母上にも伝えてある。が……ラヴェリントは親父とお袋の国でもあるんだ。手助けしてもバチは当たらないだろう?」

「……でも、ヴォルヴィルスさんが居なくなるとラヴェリントの民は落ち込むんじゃないですか?」

「それはまぁ……な」


 チラリとイリスフェアを見ればその表情はただ微笑みを浮かべており心中を察することはできない。ヴォルヴィルスを留めるのが目的で『勇者の試練』を受けさせたのか、それとも別の意図があるのか……。


 そんなライの思考を察したのか、イリスフェアは口を開く。


「……。ヴォルを『勇者の試練』に挑ませたのはトシューラ国との戦いに備える為ではなく、【闘神】に備えてのことです。なので、勇者の力をヴォルが手に入れても好きに使っても構いません」

「叔母上……」

「どのみち封印が解けねば宝の持ち腐れでしょう?それに私は女王としてこの国の勇者を見てみたかっただけなのかもしれません」

「………」

「まぁそのお話はこれまでということで。それより……次の試練の話をしましょう」


 イリスフェアは古びた手帳を開きテーブルへと乗せる。


「二つ目の試練は“城の地下にある剣に魔力を注ぐもの”だそうです。一つ目の試練はその部屋に至る封印を解く為のもの……。この城に地下の部屋は一つですが何もありませんでしたので、恐らく地下への通路が開いているかと思われます」

「試練の期限は……同じく三日以内か……。………。叔母上……今からライを連れて見てきても良いだろうか?」

「ええ。好きになさい」

「良し。悪いがライ……試練を見て何か意見をくれないか?」

「それは構いませんけど……良いんですか?」


 一応ながら王家のみに伝わる国の重要案件……しかし、イリスフェアはライ達に対し秘事にするつもりはないらしい。


「王家の恩人たる大聖霊様とヴォルや国の恩人とも言えるライ殿に対して隠すことは無いでしょう。寧ろ私からお願い致します。ヴォルの力になって下さいませ」

「……わかりました」

「地下へは俺が案内する。叔母上も少しお休み下さい」


 応接間を離れたライとフェルミナは、ヴォルヴィルスの案内で地下室へと向かう。途中、ヴォルヴィルスは小さな溜め息を吐いた。


「……。どうしたんですか?」

「ん……?ああ……悪い。……。ライ……ラヴェリントが女王制度なのは知ってるだろ?」

「ええ。そう聞きましたね」

「実はな……叔母上はまだ未婚なんだよ。だから後継が居ない」

「……。相手が居なかった訳では無いんですよね?」

「それがなぁ……婚約者が居たんだが、長く待たせるのが嫌で破棄したんだよ」

「それはまた…………」

「その後は少し落ち込んでいて、更にお袋の為に親父とラヴェリントを離れただろ?兄妹は二人だけだったから公務が叔母上に降り掛かってお相手探しどころじゃ無くなっちまったんだよ。つまり、未婚は俺達家族のせいなんだ」


 勿論、他にも親類は存在する。しかし、ラヴェリント王家としての責任感や能力が少しばかり不足しているとヴォルヴィルスは再び溜め息を吐いた。


「男達は兵としちゃ優秀なんだが政治には不向きでな。そして女達は何というか……すぐ結婚しちまうんだ。その中で直系ということもあって叔母上は公務の殆どを取り仕切った結果、婚期を逃した。親父が戻ってもお袋に付いてることが多かったから手伝えなかったのも理由だが……」

「……。つまり、イリスフェアさんの未婚は文官不足が原因ですか……」

「そういうことになるな。しかも叔母上はもう三十路過ぎ……だから尚の事難しい」


 ペトランズ大陸各国では二十歳までに相手を見付けるのが一般的である。特に王家筋は十五、六には婚約をして安定した継承を確保することが多い。その中でイリスフェアは齢三十八……これは由々しき事態なのかもしれない。


「で、でも、お相手は何処かの王家じゃなきゃ駄目!って訳でも無いんですよね?」

「ああ。その辺りは自由だ。でも、誰でも良いって訳じゃ無いだろ?」

「た、確かに……」


 少なくともイリスフェアを支えられる者で無ければ話にはならない。しかし、それ程優秀な者が未婚というのもまた稀である。

 ロウド世界は割りかし厳しい世界情勢である。魔獣や魔物の危険性は勿論、医療の発展も神聖国家エクレトルを除くとかなり遅れている。早めに婚姻し子孫を残すという考えは当然だと言える。


「うぅむ……。実は戦争より女王制度存続が危機なのでは?」

「だから困ってるんだよ。せめてもう少し叔母上が若かったらな……」

「それは大丈夫なんじゃないですか……?イリスフェアさん、美人ですし」

「じゃあ、お前貰ってくれるか?」

「……。何故そうなる……」


 年齢がどうは気にしないが、そもそも『堅苦しい立場が嫌な男』であるライ……。それに、恋愛話は現状でも一杯一杯である。

 そんな中、ヴォルヴィルスの悩みに光明を齎す声が響く。何と、フェルミナが問題を打開する為に名乗りを上げたのだ。


「わかりました。では、私に任せて下さい」


 この時ライは、フェルミナが女性ならではの人脈にてイリスフェアのお相手を見付けるものだとばかり思っていた。同居人達を含めればかなりの候補が見付かるだろう、と……。


 しかし、フェルミナの行動の結果がライの想像を遥かに越えるものになるとはこの時は思いも寄らなかった。


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