第七部 第七章 第十八話 ヴォルヴィルスの覚悟


「じゃあ、私はイリスフェア女王とお話ししてきます」

「わかった。後で行くから詳しくはその時に聞かせてくれ」

「はい」


 フェルミナは来た道を戻りイリスフェアの元へと向かう。一方のライとヴォルヴィルスは白い石の階段を地下へ……。


 階段は大きな螺旋型で暫く続いた。どうやら塔型の王城の内壁に沿って下っている様だ。


「……。大丈夫……なのか?」

「はい?ああ……フェルミナのことですか?多分大丈夫ですよ。以前は世間知らずな面も多かったんですけど今はすっかり現代に馴染んでますから」

「そうか……。お前がそういうなら、まぁ問題無いか」


 大聖霊フェルミナに関しての伝承をヴォルヴィルスは伝え聞いている。恐らく覇竜王だったモルゼウスの知識の一部をラヴェリント王家は継承しているのだろう。しかしながら、絵空事だと思っていた存在なので人の常識が通じるのか不安になったようだ。


「それより……試練、どうします?」

「それなんだが……このまま直ぐに始めたいと思う。お前なら試練を越えるには何が必要か分かるだろ?」

「さて……。そればっかりは見てみないと……」

「まぁ半分は不安なんだよ。この国には知人は居ても友人は少ないからな。それに……今は皆の期待が少し重い」


 先程の会話にも通じるが、ヴォルヴィルスはアプティオ国を選んだのだ。イリスフェアの容認があるとはいえ今後を考えれば【勇者の力】はやはり魅力的な申し出である。

 しかしながら、それを乗り越えるにラヴェリントの民への後ろめたさもある。その気持ちはライにも分からないでもない。


(う〜ん……。ソッチも少し考えるか……)


 要はヴォルヴィルスに代わり希望となる存在が居れば良いのだ。


「ヴォルヴィルスさん」

「……前から言ってるがヴォルで良いぞ?」

「じゃあヴォルさん。ラヴェリント王家筋で『勇者の試練』を受けてない人って誰か居ます?」

「う〜ん……居ることは居るが子供なんだよ。まだ十やそこらだ。それ以外もまだ幼児だな」

「……となると駄目か。じゃあ、国外に渡った王家は居ないですか?」

「……。また何か考えてるのか?」

「ええ。ヴォルさんの代わりの『ラヴェリント国の勇者』がいないかなぁ……と」


 この言葉にヴォルヴィルスは苦笑いだ。相変わらず誰かの為に……そしてそれが自分の為であることが分かるだけに尚の事申し訳ない気分だった。


「足取りが追えそうなのは近年国外に移った王族だが……試練は受けていただろうし、子も若いだろう」

「試練に関してはヴォルさんに突破して貰うつもりですよ。ただ、長期的に考えてラヴェリントにも勇者が居たほうが良いのは確かでしょう?」

「それはまぁ……そうだな」

「じゃあ、血筋的にも繋がってた方が良いかなぁ……と」

「う〜ん……。だが、そうなると数代前からになるだろうな。その辺りは叔母上に聞かないと分からん」

「分かりました。ともかく試練を優先しましょう。その後で改めて……ということで」


 ともかく、今は試練を確認する──。


 もしヴォルヴィルスが【ミラの遺産】を受け継げば大きな力となる可能性が高い。何せ魔法王国の遺物に覇竜王が手を加えたもの……魔導具ではなく神具級と考えて良いだろう。それはイリスフェアが述べていた様に闘神への備えにも繫がる筈だ。



 長い螺旋階段を下った先には真っ赤な大扉があった。ヴォルヴィルスがやや重い扉を押し開けば、その中には再びの真白な空間。部屋は円筒型……飾り気も何も無くまるでくり抜いて放置されたかの様な無機質さだった。


「……。おかしいな。中央塔の地下はここだけなんだが……何も変化が無いな」

「いえ、ありますよ。転移陣ですね、コレは……」

「ん……?」


 部屋の中央にはそれと気付かない程微弱な魔力の流れがある。ライはそれを目で捉えているがヴォルヴィルスは気付かなかった。


「……。どうやら第一の試練を達成した人が中央に立つと陣が発動するみたいですね」

「転移……次の試練の部屋か」

「多分、外部からの侵入を禁止にする為に隔絶した空間がある……と見るべきでしょう。まぁ城の中の部屋には変わらないと思いますけど」

「良し。じゃあ、早速行くか」


 歩み出るヴォルヴィルスに続きライも中央へ──。が……ここで想定外の事態が起こる。術式が発動した瞬間、ヴォルヴィルスのみが転移し姿を消したのだ。


「……。弾かれたか……まぁ可能性はあったけどさ」


 試練を受けていないライは転移対象から除外されたらしい。考えて見ればラヴェリント王族ですらないのだから当然と言えば当然ではある。

 だが、想定外に慣れているライからすればこの程度は序の口……寧ろ、ヴォルヴィルスが今頃慌てている可能性がある。ならば早く合流すべきだろう。


「ちょ〜っと、ズルするけど……悪いね」


 ヴォルヴィルスを感知することはできているので試練の部屋の位置は判る。此処より更に地下……そこが第二の試練の間であるのは間違いない。距離も然程離れておらず未踏の空間でも座標は判るので転移はできると思われる。

 しかし、試練を受ける者以外は転移を遮断する仕組みがあるかもしれない。そう考えたライは念の為に額のチャクラで《千里眼》を発動し、確実に転移できそうな位置を探る。そこはヴォルヴィルスの気配から僅かに離れた位置だ。


「フムフム……管理者用の非常転移先ってトコかな。まぁ正規の転移陣が機能しなかったら閉じ込められて死ぬことになるし」


 『第二の試練の間』には階段も通路も無い。恐らく小さな通気口程度は存在するだろうが人が通れるものではないだろう。そうでないと“転移でしか行けない”構造にする意味がない。


 ライはホイホイ使っているので当人も忘れているが、転移は失われたと言われる神格魔法である。レフ族でさえエイルを除けば使えるのは長老リドリー、そしてアムド一派のみである。

 つまり、普通の人間では使えないのが当然なのだ。裏を返せば転移陣無しに『試練の間』へ行くことは想定されていないとも考えられる。但し、その空間を作った者を除けば……だ。


「覇竜王モルゼウスが『試練の間』を造ったのはミラが生まれる前なんだよなぁ……。本来は別目的の空間なのか、それとも《未来視》で子孫の為に遺したのか……。ま、その辺りは試練を越えれば分かるかもね」


 恐らく神具による転移では弾かれると考えたライは、自らの魔法にてヴォルヴィルスの元へと向かった。



 そうして転移した先は先程とは違い少々手の込んだ造りだった。六角柱型の空間は白壁……対照的に床は赤い絨毯で敷き詰められている。外縁部に近い床は高く、中央は二段程低く段差が設定されていた。

 部屋の六隅には青い魔石燭台が配置され光を灯していて、その内の一つは一際大きい燭台が設置されていた。大燭台の下部は白磁の卵とでも表現すべき形状で、良く見ればその卵から他の燭台へ繋がるよう金属の根が伸びていた。金属の根は燭台から更に中央へ……そこには円形の台座に深々と突き立てられた剣が見えた。


 転移した時、ヴォルヴィルスは台座の前に立っていた。しかし、遅れて現れたライに気付き駆け寄って来る。


「ライ!無事だったか!?」

「ご心配お掛けしました。やっぱり余所者だったので弾かれたみたいです。なので、裏口から無理矢理入りました」

「そうか……。………。どうやらあの剣が叔母上の言っていたものらしいが……」


 台座に突き刺さっているのは螺鈿の輝きのある両刃剣。大剣寄りの長剣で、剣の鍔部分には四角錐型の深紅の魔石が輝いている。

 覇竜王の竜鱗剣──伝承通りならばミラの遺産の一つで間違いないだろう。


「ふぅ〜……良し!やるか!」

「あ〜っと……ちょっと待って下さい」


 気合いを入れたヴォルヴィルスをライは引き止める。


先刻さっきの転移もそうですけど仕掛けがあるのは間違いないでしょう。第二の試練は剣への魔力注入……じゃあ、その魔力は何処へ行きます?」

「剣に……じゃないのか?」

「ええ。台座から伸びる金属の根が辿る先はあの大燭台の根元です。で、あの中身は……」

「ロタと共鳴した魔導生命か……」

「はい。……。ロタの日記には第三の試練が書かれていなかった……。これは推測ですが第二と第三の試練は繋がってると思います。それを一応伝えておこうと」

「つまり……」

 

 第二の試練達成直後、第三の試練が始まる……というのがライの見立てだ。


 第一試練と違い武器防具、及び神具持ち込み制限が無い第二試練。それに続くと意味するところは戦闘……恐らくその相手は魔導生命体……。


「要は屈服させろ……ってことだな」

「ええ。それでですね……多分、この試練は生死を賭けたものかも。途中で逃げられないみたいですし」


 部屋に転移陣が存在しない以上、本来逃げることは叶わない。恐らく試練を越えると帰り道が開くと思われる。


「どうします?下手をすると大怪我……最悪死にますけど?」

「……。やるさ。これは俺にとっても好機なんだ。乗り越えた先の力があればアプティオの皆の力になれる。ライ……俺はな?本当は……ずっと後悔していたんだ……」


 リーブラ国の力となる約定により騎士となったヴォルヴィルスだが、大恩あるリーブラ王と妖精王を守れなかった……。それどころかリーブラの民も救うには力が及ばなかったのである。

 それはリーブラの騎士全てに言えることかもしれない。相手は大国トシューラである以上、いずれはその結末に至っただろう。しかし、ヴォルヴィルスは理屈を言い訳として受け入れられる程達観してもいない。


 足りないのは己の力、失ったのは恩義ある相手、守れなかったのは自国の民──自分一人生き抜く強さはあれど、何一つ護れていない。そのことがヴォルヴィルスにとっては大きな心の傷となっていた。


「なら……力が手に入るこの試練を避けるなんてできない。俺は……俺には守る力が足りないんだ」

「ヴォルさん……」

「だからライ……結果がどうなろうと最後まで手を出すなよ?これは俺の今後を賭けた試練でもあるんだ」

「……。分かりました。でも、必要な時は口を出しますからね?助言くらいはさせて下さい」

「ああ……頼りにしてるさ」


 そうは言ってもライはヴォルヴィルスを死なせるつもりはない。恨まれようが本当に危険な際は連れて逃げるつもりである。



 やがて覚悟を決めたヴォルヴィルスは単身中央の台座へ。ライは部屋の隅でこれから始まる試練を見守ることに。


「偉大なる我が祖先、ロタとモルゼウス。そして伝説の勇者ミラ・ラヴェリントよ……。どうか……俺に力を!」


 ヴォルヴィルスは覚悟を決め台座に刺さる剣の柄を握った。今……一人の男がラヴェリント王家史上初の試練へと挑む──。



 

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