第七部 第七章 第十九話 竜の試練


 ヴォルヴィルスが突き立てられた剣の柄を握り自らの魔力を込めると、その台座から伸びる金属の根が赤みを帯び始めた。魔力は根を伝い六隅の燭台へと広がってゆく……。

 小さい燭台にはそれぞれ五つの青い魔石……魔力に満たされる毎にそれが一つづつ赤へと燈火ともしびの色を変える。


(成る程……つまり全部の燭台に魔力を込めれば良いんだな?だが……これは思ったよりもキツイな)


 試練の間はかなり広い。加えて、燭台の魔石一つを赤に変えるには最上位魔法一度分程消耗する。一つだけある大燭台は魔石の数が三倍程あるので全部で最上位魔法四十回分……。これは人間には到底宿らない魔力量である。

 そしてヴォルヴィルスは現時点で半魔人級……。ライと出逢い常時纏装を行っていた成果ではあるが、それでも足りるか足りないかといったところだ。


 更に不安は尽きない。ライの推測が正しければこの試練を乗り越えても直ぐに次の試練へが始まることになる。その際、尽きた魔力で挑むことは困難でしかないだろう。


(第三の試練が第二の試練より軽いってことは無いよな……。一度止めるべきか……?)


 ロタの日記には試練は三日以内であれば何度でも挑めると記されていた。しかし、そもそも三日で魔力量が大幅に増えることは有り得ない話である。

 現時点でヴォルヴィルスは試練を超えることは難しい……そう自覚した。


 だが、試練への挑戦は生涯一度の期間のみである。三日を過ぎれば二度と挑めず、そして残された時間で果たさねば永久に遺産は手に入らない。


(クソッ……!どうする!)


 ヴォルヴィルスが迷いながらも魔力を注ぎ続けていたその時、頭の中に凛とした声が響く。それは美しい女性の声……当然ライのものではない。


『第二の試練に辿り着き、そして挑む我が子孫……。今から二つ目の試練の本質を伝えます。心して聞きなさい』

(何……だ、これは……?剣から……聞こえるのか?)

『私達は竜の系譜……。代を重ねてもその身には竜の因子が眠る。そしてもう一つ……我が夫の系譜である“聖獣としての性質”もその身には宿っている。先ずはそれを覚えておきなさい』

(聖……獣?)

『第一の試練を乗り越えた者は己が内の種が芽吹こうとする者──肉体が魔力量に耐え得る強度を宿したと判断します。そして第二の試練は魔力の解放……これにより貴方は聖獣由来の竜人へと変化するでしょう。但し、これは謂わば荒療治とも取れる手法。肉体にも精神にも大きな負担となり、試練後は恐らく深く眠りに就くことになる。もしかするとそのまま数年目覚めないことも有り得る』

(…………)

『選びなさい。力を急ぎ欲するならば試練を、そうでないならば別の道を……。この力は平和には不要な力。だが、それでも望むならばこれよりは死の淵に在ると覚悟なさい』


 命を賭け力を得るか、それとも別の強くなる道を探すか……ヴォルヴィルスの答えは既に決まっていた。


 そして剣は意志に応える様に輝きを放つ──。


『……。試練に挑む者の意志は受け取りました。ならばこれより貴方は変わらねばならない。空いている側の手で剣の魔石に触れなさい。そして魔力の流れを血液と同じ心臓を意識するのです。竜の魔力は心臓から生まれる……但し、それは生まれ変わりを意味し苦痛を伴う変化となるでしょう』


 何事も急激なる変化には対価が生ずる。ヴォルヴィルスに課されようとしているのは【魔人転生】と同様の変化……竜人の因子が目覚めつつあるとはいえ、やはり苦痛が伴う行為だ。

 しかし勿論、これは【魔人転生】とは違う。大地を枯らすことなく、かつ竜人としての目覚めを促すもの。変化は魔力臓器を新たに造るのではなく、心臓の役割を増やすこと。ミラが子孫の為だけに遺したただ一度、ただ一人の為の術である。


 ライはチャクラの力 《読心》にてその経緯を聞いていたが黙って見守っていた。


(……。これは【魔人転生】ならぬ【竜人転生】とでも言うべきかな。竜の因子があれば他の人にも使える術が……いや……)


 命の危険の付き纏う術は反動も大きい。己を鍛え続けたアウレルでさえその目が変化してしまったのだ。並の者が安易に使用すればやはり暴走の可能性は捨てきれない。


 ライは眼前の光景に伴う効果を己の胸の内に仕舞うことにした……。


(魔石に手を……こうか?)


 右手にて剣の柄を握っていたヴォルヴィルスは空いていた左手にて鍔付近にある魔石に触れる。丁度腕で輪を作るような姿勢になったその時、ただ剣に注がれるだけの魔力の流れが変化した。

 右手から剣に流れた魔力は魔石を通し左手へ……その流れが再び右手へと流れ円環の魔力流となる。金属の根に流れる魔力は余剰分となるので勢いを弱めた反面、ヴォルヴィルスへ流れる魔力は身体の内で大きな奔流となる。


 腕から流れることにも意味があった。人の心臓の位置を流れる為だ。心の臓を魔力が絶え間なく流れることで更に全身に……。試練の部屋が簡易的な地脈のような役割となり、ヴォルヴィルスはいよいよ以って竜の因子を刺激され続ける。


「グウッ!グググググッ!」


 凡そ半刻……以前ライがアウレルに施した【真なる魔人転生】よりも長い時が流れる。その苦痛は内側から焼かれるが如き……しかし、ヴォルヴィルスの心は己の信念に従い自我を保ち続けていた。やがて魔力奔流の円環は遂にはヴォルヴィルスの周囲を包み巨大な赤き竜巻へと変わる。


 そして……その時は訪れた。


 魔力竜巻はやがて竜の影を形作る。部屋が静寂に包まれる中、竜の影は台座の剣へと吸い込まれる。同時に、ヴォルヴィルスの身体を竜を模した魔力が包み込んだ。



 再びの静寂───。


 周囲に満ちていた魔力は全て消えた。そして、ヴォルヴィルスの身体からは膨大な魔力が立ち昇っていた。


(………ヴォルさん)


 精神の異常化……そんな一抹の不安を胸にライは念話にて呼び掛ける。その声に反応したヴォルヴィルスは左手を魔石から離しヒラヒラと振って見せた。


(……。大丈……夫だ……。意識は俺のままだ)

(良かった……。でも、本当に大丈夫ですか?)

(ああ……。変な感じだな……纏装を使ってないのに肉体が弾けそうに滾っている)

(………。俺は竜人ではないので参考程度しか知りませんが、竜人は魔人と違う変化があるそうですよ)

(ああ……身をもって理解した。それより……このまま試練を続ける。恐らくこの力は一時的……気を抜くと多分眠っちまう)


 膨大な力の覚醒は安定の為に眠りを必要とする。ヴォルヴィルスもその例に漏れない、ということらしい。


(分かりました。………。正直な話、現時点でヴォルさんの目的は達成されてます。無理の必要は無いんですが……)


 遺産を受け継がずともヴォルヴィルスは既に膨大な力を手に入れた。己が肉体一つが超常へと手に掛けたのだ。武装は別の物を用意することもできる……ライはそう考えている。

 しかし、ヴォルヴィルスは小さく首を振っている。


(第二の試練の成果……それが今の俺だ。つまり、この力を用いなければ第三の試練には挑めない……ってことだろう?それ程の力を放棄するのは勿体無い……違うか?)

(確かにそうですけど……)

(それに……きっとミラは遺産を受け継いで欲しかったんだと思う。こんな手間掛けてまで遺したんだ。魔導生命にも心があるのかもしれないからな)

(…………)

(だから俺は試練を続ける。子孫が意志を受け取った……ってところをあの世の先祖達に見せてやりたいんだよ)

(………。分かりました。それならヴォルさん。きっちり遺産を手に入れて下さい)

(ああ。任せろ!)


 ヴォルヴィルスは魔力の流れを強め再び剣へ注ぐ……今度は先程の比ではない勢いで燭台の魔石が赤く変色を始めた。

 五つの燭台の魔石は全て赤へ……続けて金属の根を伝い大燭台へと流れ魔石は全て変色を果たした。


 その時……ヴォルヴィルスの持つ剣が刺さる台座が僅かにせり上がり四分割で開く。この瞬間、遺産の一つ竜鱗剣はヴォルヴィルスのものとなった。

 同時に……手にした剣から再び声が響く。


『貴方が手に入れた剣の名は甲竜こうりゅう鏡心剣きょうしんけん──。剣のみでも強力ですが、これは二つで一つの神具。対を成すのは魔導生命【オウガ】。その名は古くから伝わる言葉で王の牙を意味します。オウガは剣の所有者に従う臣下……』

王牙おうが……)

『しかし、オウガを従わせるには相応しき力を示さねばなりません。それこそが最後の試練──』


 剣を引き抜くと更に台座が開き地下から剣の鞘が現れる。ヴォルヴィルスは竜鱗剣を一度納め腰に帯びた。


『……。これが最後になります。我が子孫よ……見事、試練を乗り越えなさい。そして守るべきものの為に強く……』

(………)

『………。フフフ。戦う力しか遺してあげられない駄目な先祖だけど許してね。子孫達よ……どうか……強く生きて』


 剣からの声はそこで途絶えた……。


「……。俺は今、感謝しかないよ……ミラ。いや……アンタだけじゃない。モルゼウスもロタも……アンタ達が居たから俺達の今がある。ありがとう……力を遺してくれて……。そして必ず試練を越えてみせる。それが偉大なる祖先への俺なりの手向けだ!」


 ヴォルヴィルスは新たに手に入れた竜鱗剣をゆっくりと抜剣した。その視線の先は大燭台の根元……卵型の台座へと向けられている。


 試練の部屋にある全ての燭台は魔石を残して霧散……魔石は飛翔し卵の中へと吸い込まれる。やがて白磁の卵はまるで生きているかの様な脈動を始めた。卵の内には脈打つ度に何かの生物らしき影が浮かんでいた。


「さあ……目覚めろ、オウガ。そして俺に力を貸してくれ」


 卵の脈動は激しくなり生命の波動を放つと花が咲く様にその殻が開いた。中に居たのは螺鈿の如き輝きを含む硬質な真白の獣……。

 いや……それを獣と呼ぶにはロウド世界では些か障りがあった。人々にとっては偉大な力の象徴であり、また神として崇めるものも存在する荘厳な姿……。


 遠巻きに見ていたライは……思わず呟いていた。


「竜型の……魔導金属生命……」


 大きさはそれ程ではない。動き始めた魔導生命は牛よりも一回り小さい程だ。だが、その姿から伝わる力は小さいからこそ凝縮された恐るべき圧力。まさに竜……それも最上位竜と対峙しているかの様な存在感。


「フフフ……。竜の子孫が、竜の力を得て、そして竜に挑む……か。そして俺は、竜を越えなきゃならないんだな」


 得たばかりの力で戦うにも不安はある。しかし、ヴォルヴィルスは剣を掲げ高らかに宣言する。


「我が名はヴォルヴィルス・グラドス・ラヴェール!ラヴェリントの王族に連なる者なり!そしてこの試練を乗り越える者だ!勝負だ、オウガ!」


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