第七部 第七章 第二十話 魔導竜オウガ


 ヴォルヴィルスの声に応える様に竜型の金属魔導生命は白き翼を広げた。そして割れた殻からゆっくりと飛翔しそのままヴォルヴィルスの前に降り立つとしばし動きを止める。


 ライはその様子を遠巻きに観察しつつ魔導生命の《解析》を始めた。


 頭部は外側から湾曲しながら前方へと向いた左右の角と、額から前へと伸びる角の計三本……。目の金色の輝きは魔石、足は前後共に獅子のような形状に鉤爪型。尾は幾重にも繋げた金属の鞭であり、先端は斬撃にも圧砕にも使えそうなほこの様だ。

 背には多数の細長い金属プレートを金属骨格と組み合わせた鳥の羽根の如き翼……それらは折り畳みで収納される仕組みになっている。


 特筆すべきはそのほぼ全てが覇竜王の鱗であることだろう。最高峰の硬度と耐久性を誇る竜……しかも覇竜王の鱗を纏う魔導生命はライでさえ《天網斬り》を使用せねば対峙に苦労すると思われる。


(……。だけど、アレも遺産だってのがミラの言葉だよな。『屈服』っていうのも多分『圧倒しろ』って意味じゃない筈だ。勝利条件は何だ?)


 恐らくはそれを看破することも含めての試練──ライは自分なりに考察しつつ戦いを見守ることにした。


 一方……ヴォルヴィルスと『魔導竜オウガ』はしばし互いを観察している。


(……? 何だ……どうしてかかってこない?)


 ヴォルヴィルスは疑問に思いつつも警戒態勢のまま剣を正眼に構える。と……その時、身体を起こし四足から二足立ちになったオウガの胸部装甲が開いた。

 生物ならば丁度心の臓にあたる位置には煌々と輝く赤い魔石……それがヴォルヴィルスの持つ竜鱗剣の魔石へ光を伸ばし繋がった。


『──ロタの【煌天こうてん石】を確認。継承者の出現と判断。これより魔導竜オウガは甲竜鏡心剣の煌天石との同調を開始……所有者適性の確認に移行する』


 胸部装甲が閉じオウガは再び四足立ちへ……。すると、突然猛烈な熱波を放った。


「ぐっ……!」


 即座に飛び退いたヴォルヴィルス。だが、態勢を立て直しオウガへ視線を向けると驚愕の表情を浮かべる。


「……!……何……だと……?」


 驚くのも無理はない。魔導生命であるオウガは纏装を展開していたのだ。


「……。あれは……纏装……か?」

(ヴォルさん、聞こえますか?)

「ライか……。どうなってるんだ、これは……?」

(良いですか、ヴォルさん。魔導生命は見た目は器物の様でも魔導具と違ってちゃんと命を持ってます。だから纏装が使えても不思議じゃありません)

「………」


 そもそも人間が獲得した纏装の技能は竜の力の模倣である。纏装自体は魔法王国時代にようやく編み出された技能ではあるが、覇竜王……いや、竜達はその力を以前から使用できた。


(オウガは多分、元々は獣型の魔導具だったんでしょう。それを魔法王国がゴーレムの様な疑似生命に改造して更に実験で魔導生命に変えた。でも、それだけなら多分纏装までは使えなかった。今、オウガが生命体化してるのはモルゼウスが手を加えた……と考えるべきです。つまり、どんな変化でも起こり得る)

「……成る程。力だけでなく技能も宿してる……か。これは厳しいな」

(俺は余所者なのでなるべく干渉しませんが、必要な時は呼び掛けて下さい)

「分かった。……。だが、ここからはギリギリまでは助言も手出しも無しで頼む」


 そう答えたヴォルヴィルスであるが最後まで頼るつもりが無いことをライは理解した。


 祖先が遺した力──それを手に入れる為の竜人化と竜鱗剣。そこまでのお膳立てがあって試練を単独で成し得なければ流石に面目が立たない……といったところだろう。


「フゥ〜………良し。オウガ……試すというなら試せ。俺がお前の相棒に相応しいかをな?」


 ヴォルヴィルスは【覇王纏衣】を展開しオウガへ備えた。


 成長しているとはいえヴォルヴィルスはまだ黒身套を極めるまでには至っていない。不慣れなものよりも慣れた技法──これには長期戦に備える意味合いも含まれている。


 と……ここで早速ヴォルヴィルスは己の肉体の変化に気付く。


(……。成る程……微量づつだが常に魔力が補充されるのか。お陰で身体に満ちているから消費も段違いに遅い。それに……)


 漠然と感じていた体内の力の流れ……生命力・魔力を問わず体内の隅々までそれを感じる。これならば技法や魔力操作もより扱いが楽になる。元々繊細な魔力操作が苦手だったヴォルヴィルスは魔法を苦手としていたが、竜人化した今後は研鑽の余地も生まれるだろう。

 

 更に……。


(一番変化したのは肉体だな……。これが竜人……)


 筋力のみならず肉体の耐久性が飛躍的に向上している。外見は変わらずとも少しの意識だけで皮膚が硬くなり、オウガから感じる圧さえも撥ね退ける。確かにこれは【魔人転生】同様の肉体再構築に等しい。

 魔人と同等……つまりそれは、その思考力の上昇も意味する。以前では考えられない程に視野は広がり、加速する思考と優れた判断力も手に入れていた。



 だからこそ……現時点での弊害をヴォルヴィルスは理解した。急激な変化の影響で意識と肉体の感覚にズレを感じるのだ。


 あまりにも大きな力はその扱いを持て余す……。ヴォルヴィルスの変化がどれ程だろうと即時全てを掌握することは不可能である。

 無論、時間を経ればその違和感も無くなる。だが、今この瞬間万全に至らないことは試練にどう影響するか……。


(……こればかりは少しづつ慣れるしかないな。後はオウガの強さ次第ってところか)


 そのオウガ……ヴォルヴィルスの覇王纏衣を確認した直後、その身に纏う纏装を解除した。そして再び驚かされる事態が起こる。それは……ヴォルヴィルスのみならずライもその目を見張るものだった……。


「!?……ま、まさか……覇王纏衣まで……」


 ライの言葉通り覇竜王より命を与えられたとするならばそれもまた当然──。しかし、ライが驚愕したのはそこではない。展開されている覇王纏衣はライの知るそれではないのだ。

 より純度が高く、より洗練されている。最良の消費でその効果さえ人の覇王纏衣よりも性能が高い。


 極薄などという次元ではなく肉体と覇王纏衣をほぼ同化させた力にライには思えた。


 【王鎧おうがい】──。


 覇竜王のみに与えられた本来の力はライも初見……。未だ知らぬ技法があったことに唸っている。


(覇王纏衣……の上位版?こんなのがあったのか……)


 メトラペトラならば或いは知っていたか……いや、そもそもメトラペトラは結構雑な部分があるので違いをそこまで気に留めていなかったのかもしれない。故にライに伝わることはなかったと考えるのが妥当だろう。

 何より一番の理由は黒身套の習得を優先させたからだと思われる。出力だけならば【王鎧】よりも【黒身套】の方が強い。膨大な量の魔力を持つライやメトラペトラにとって消費改善は後回しにしても問題なかったのも確かなのだ。


 しかし今、闘神への備えとして【神衣】の必要性に迫られている。より高度な修得の為にも【王鎧】はライにとっても有益な情報だ。


(ヴォルさんには悪いけど、これは嬉しい誤算かもしれない)


 とはいうものの、ヴォルヴィルスにとって益々試練が厳しくなったのは言うまでもない。覇王纏衣では王鎧に押し負けることはヴォルヴィルスも感じている様だ。

 ここでヴォルヴィルスの取れる行動は不完全ながらの黒身套……覇王纏衣二枚で何とか不利を覆す。


 その姿を確認したオウガは……遂に戦闘態勢へと移行を始めた。


 先ずは咆哮……口から放たれた衝撃波がヴォルヴィルスを襲う。


 しかし、ヴォルヴィルスは冷静だった。衝撃波が到達する前に身体を捻りその勢いで竜鱗剣を団扇の様に振るった。


「うおらぁぁぁっ!」


 圧縮された空気の壁が発生し衝撃波と衝突。爆発音を立てると試練の間を凄まじい気流が生まれる。これに素早く反応したヴォルヴィルスは、今度はお返しとばかりに剣に雷撃属性纏装を纏わせ思い切り振り抜いた。

 雷の斬撃は見事オウガを捕らえた……かに見えた。しかし斬撃は次の瞬間には忽然と消滅した。


「ちっ!斬撃を喰らいやがった!」


 正確にはオウガの口の手前で拮抗しエネルギーを取り込んだのだ。これにより遠距離攻撃を吸収する機構があると判明した。


「……まぁ良いさ。どうせ俺は魔法は苦手だしな。飛翔斬撃は挨拶代わりだ。ここからは……」


 ヴォルヴィルスは脚に力を集中し思い切り蹴る。以前とは比べるべくも無い速度での移動に狭まる視界……だが、難なくそれに反応できる自分を冷静に理解できている。

 が……ここで意識と身体のズレが仇となる。脚に入れる力加減を誤り試練の部屋の天井付近まで飛び上がり壁に激突してしまったのだ。


「ぐっ……!」


 直ぐ様壁を蹴り壁から離脱。空中にて態勢の立て直しを図るも、そこへ容赦無くオウガの口から放たれたのは高圧縮の炎……ヴォルヴィルスは反射的に纏装の力で宙を蹴り身を捩る。辛うじて炎は躱せたが、今度は床付近の壁に激突することとなった。


「クソッ……!力の出力が強すぎる……!」


 自分の身体が暴れ馬の様に言うことを聞かない……。これは強化された力の反動。しかし、強化されていなければ最初の衝撃波で敗れていたのは確かだ。

 とはいえ、このままではいずれ隙が生じ致命的な攻撃を受けるとヴォルヴィルスは感じていた。そこで取った行動はライをも驚かせる方法……。


 ヴォルヴィルスは自ら力の加減を捨て常に全力での行動に出たのである。


 意識を集中するのは脚部……壁を蹴り床を蹴り、細心の注意を払い姿勢を崩すことだけを回避する。思考を加速できるようになったヴォルヴィルスは同時にオウガの攻撃を躱すことに専念した。

 ゴムが跳ねる様に試練の部屋内を跳び回る。この間に意識と肉体の感覚を同調させるのが目的だ。


(……。俺も似たようなことをやったことがあるけど、ヴォルさんも思い切ったな)


 ディルナーチ大陸・久遠国にて行われた剣術最終試練……その際に肉体の過剰な力に慣れる為にライは己の感覚掌握に努めた。しかし、それは試練の前のこと……ヴォルヴィルスの様に戦いの最中ではなかった。

 今行われているのは戦いが長引くことよりも勘を掴むことを優先した行為である。消費が早まり力尽きる可能性もあるそれがどう影響してくるのか、ライにも予想が付かない。


(これは賭けなんだろうな……。竜人化したから全力移動の衝撃にも堪えられている。ヴォルさんはそれを理解して跳び回ってるんだ)


 オウガはしばらくその動きを観察していた。攻撃という攻撃は始めの内に数回……それからは攻撃が来ないと判断し待機状態。

 だが……ライには無機質な筈のオウガの顔が笑って見えた。


 やがて跳び回っていたヴォルヴィルスはオウガの前へと着地する。力はそれなりに消費しているがその目は死んでいない。


「……。待たせたな、オウガ。何とか足運びだけは慣れた」


 ここでオウガは身体を起こし再び二足立ちとなる。そして……突如盛大な笑い声を上げた。



 

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る