第七部 第七章 第二十一話 勇者の再誕


『ハッハッハ!愚カナ継承者ヨ!』

「!……お前、対話できるのか?」

『無論。私ハ試練ノ判定者……自我ヲ宿ス者ナリ」


 魔導生命ということは自我の獲得があっても不思議ではない。もっとも……オウガはかなり特殊な存在なのでモルゼウスがそうなるように手を加えたと考えるのが妥当だろう。


『ソシテ、我ハ待ッテイタゾ……封印カラ解放サレルコノ時ヲ……』

「何……?」

『我ヲ縛ルノハ継承者……今ココデ貴様ヲ殺シソノ剣ヲ奪エバ、我ハ契約カラ解カレ真ナル自由ヲ手ニ入レル……故ニ……貴様ニハ死ンデ貰ウ』


 オウガは突然咆哮による衝撃波を放つ。ヴォルヴィルスは咄嗟に竜鱗剣を盾代わりに掲げ腰を落とし耐えた。


「クッ……!」

『ハハハハハ!貴様ノ戦イハ温イ。先程モ不意ヲ付ケタダロウニ……ソンナ甘イ考エデハ、当然我ヲ屈服ナド出来マイ』

「………」

『フン……。我ヲ縛ロウナドト、ソモソモガ愚行。我ハ魔導竜オウガ……覇竜ヲ超エタ存在ナリ』

「……。お前は……自由になりたいのか?」

『……。我ハ縛ラレル事ヲ好マヌ。ソレダケノ事ヨ』

「そうか……。なら、良いぜ?試練を終えたら契約を解いてやる。但し、世の中に迷惑をかけなければ、だがな」

『ホウ……。世ノ中……トナ?』

「ああ。惜しいが無理矢理は俺の趣味じゃない」


 ここでオウガはまたも盛大に笑う。


『ヤハリ愚カヨナ。自由トハ縛ラレヌ事……。何故貴様ノ言葉ニ従ウ必要ガアル』

「……。じゃあ、自由になったらお前はどうしたいんだ?」

『無論、自由ニスル。気ニ入ラナケレバ破壊シ、殺ス。ソレヲ決メルノモ我次第ヨ』


 それは実質魔王と同様……いや……【暴竜】の再来……。


 かつて【黒の暴竜】と呼ばれたフィアアンフは手の付けられない存在だった。時代も悪かったのだろう……天界が多くの天使を失い、神聖国家エクレトルが地上に建国されている最中に誕生し、かつ脅威を抑えられる存在も少ない時代……。覇竜王でさえ抑えられぬ竜の異端は、人の世では長らく恐れの対象となった。


 とはいえ、フィアアンフにはフィアアンフの道理があった訳だが、それを知る者は当然存在しない。



 ともかく、魔導竜オウガの魔力は覇竜王級である。今の世に解き放たれ暴れられればかつての暴竜の再来、または魔王の誕生と言っても過言ではない。

 ヴォルヴィルスはこれで敗けられない理由が増えた。


「……。どうやら意地でもお前を倒さなければならない様だな」

『フン……出来ルモノカ。貴様ノ意志ハ軽イノダ。我ヘノ剣モ躊躇スルナド、弱者ノ証』

「……そうかい。なら、遠慮はやめる。たとえお前を破壊しても止めて見せる」

『ホザケ……ナラバ見セテミヨ。貴様ガ【ミラ】ヨリモ強イトイウソノ証ヲナ!』


 オウガ、咆哮……と同時に高速言語が響く。左右に広げた金属の翼の前には魔法陣。展開されたのは重力魔法 《無重領域》と《黒錠輪こくじょうりん》──。


 《無重領域》はその名の通り指定空間を無重力へと変える魔法。これにより試練の間に存在するは重さを失った。

 そして《黒錠輪》……黒い小さな円環が対象の身体を拘束すると高重力の枷により大地に縛り付けられるというものだ。


 重力を失ったヴォルヴィルスの身体はフワリと部屋の上部へ持ち上げられる。それを狙うように多数の黒き円環が襲いかかった。


「チッ……!」


 ヴォルヴィルスは飛翔魔法を使えない。試練の間に挑むにあたりヴォルヴィルスは足りないものが多過ぎたのは確かである。


 しかし、同時にヴォルヴィルスにはある適性がある。あらゆる危機に対処し生き残る才能……それは覇王纏衣のみで成し得ることではなかった。

 要はヴォルヴィルスには竜人としての力以外にももう一つの可能性があったのだ。それが試練に挑む際に剣から聴こえた言葉に繋がる。


 迫る《黒錠輪》がヴォルヴィルスの手足を捉えたその時、忽然と消えたのである。


『何……!?』


 同時に……ヴォルヴィルスは宙空で態勢を立て直し浮かんでいる。足元には消えた筈の《黒錠輪》が出現しその上に乗っていたのだ。


『貴様!何ヲシタ!?』

「俺も良く分からん。が……直感を信じてみた。その結果がこれだってだけの話だ」


 そしてこの場で最も驚いて居たのは……ライである。


(魔法や神具の効果じゃない……。ま、まさか……存在特性まで?で、でも、何でいきなり……)


 そう……ライは失念していた。ヴォルヴィルスが剣に触れた際、その血筋が覇竜王のみではないと語られていたことを……。



 ラヴェリントの勇者となったミラは国を支えた聖獣の一体と伴侶となった。聖獣・【一角馬】の血筋がラヴェリントには流れている。

 つまりは【竜人】と【精霊人】の複合血統──。本来の精霊人は闘争への拒絶感により戦いには不向きだが、竜との血筋は相性が良かったのだろう。何より、人としての面が強く現れていることも戦いへの適合性が高かったと言える。


 先程の魔力循環による竜人化の際、ヴォルヴィルスの中に眠る存在特性も同時に刺激を受けた。そして強敵となるオウガの力を感じ、更には負けられぬ戦いであるという危機感も与えられた。

 だからこその一挙覚醒……それもまたヴォルヴィルスの生き残る為の才覚。


 覚醒めた力は聖獣由来の『概念力』──しかし、正確な能力は分からずほぼ勘で力を扱っているに過ぎない。だが、理由はどうでもヴォルヴィルスはオウガに引けを取っていない。


「確かに俺は魔法が苦手だ。が……今の俺には多分魔法は効かないぜ?」

『……。フン。ソレガドウシタ。貴様ナド魔法ヲ使ワズトモ我ニハ及バヌワ』

「そうかい……なら、トコトンやろうぜ」


 浮かんでいた上空から一気に踏み出したヴォルヴィルスの剣がオウガの身体を斬り付ける。が……やはり攻撃は通らない。対してオウガはその鋭い前足の爪でヴォルヴィルスを払い除けるも剣がこれを受け止める。

 だが、別角度から迫る尾には気付かず叩き伏せられた。


(クソッ……!言うだけはありやがる!)


 オウガは巨体ではない分動きが速く、かつ的も小さい。その上強固な竜鱗……確かに正面から打ち合って攻撃がすんなり通る訳も無い。

 竜人化してもヴォルヴィルスの技量が上がった訳ではないのだ。ここに来て研鑽不足という現実は心を折るに充分な理由となる。


 だが、その心は決して折れない。それこそがヴォルヴィルスの真の強さ……。


(ヴォルさんはアプティオ国での鍛錬に参加できなかった分技量が足りないか……。これもまた皮肉だけど……)


 ライは苦戦するヴォルヴィルスを見ても手助けを控えていた。理由は先程の存在特性……。


 危機に陥る程に己の中の力は否が応でも引き出される。今、余計な手出し・口出しをすることは成長を阻害することにも繋がりかねない。

 ヴォルヴィルスは既に勇者としての歩みを始めたのである。ライは試練が終わるまでは手助けをしないと心に決めた。


「うおぉぉぉぉっオラァ!」


 一方、ヴォルヴィルスは己の使える力のみに集中しての戦いを続ける。足以外の身体の違和感も少しづつ改善され始め、オウガとただ打ち合うだけならば成り立つようになっていった。

 爪を受け止め、尾を逸らす。時折翼の変則的な斬撃や衝撃波に態勢を崩されるものの致命的一撃は回避していた。


『……。良ク動ク……。ダガ、ダカラト言ッテ我ヲ倒スニハ至ルマイ』


 その言葉通りヴォルヴィルスにはオウガを仕留めるに足る技が無い。今のままでは竜鱗と【王鎧】は打ち破れないことは当人も気付いている。


(もう一つ……決め手が欲しい。何か無いか……何か……)


 魔法を戦いながら研鑽してもやはりオウガには通じないだろう。剣技は未だ届かず、体力や魔力はジリジリと削られている状態だ。このままでは試練を果たせず、それどころかオウガという厄災が世に放たれる恐れも出てきた。

 いや……オウガはライが抑えるかもしれないが、それは甘えだ。自らの力量不足を他者に補われることがヴォルヴィルスには情けないことに思えた。


(……。結局、俺は弱いんだな。また何も果たせないのか……)


 リーブラ国で多くの者を守れなかった無念。そして今、祖先の遺産を託されながら力が足りない無力感……それが怒りとなり剣を固く握る。

 と……ヴォルヴィルスはそこでようやく気付く。自分は既に託されたものを一つ手にしていたのだと。


(この剣も遺産……オウガにばかり意識が向いていたが、もしかして剣こそがオウガを屈服させる鍵なんじゃないのか?)


 竜鱗は竜鱗で、オウガの性能と渡り合う為のヴォルヴィルスの竜人化、ならばオウガの宿した能力と同等の効果が剣にあるのではないか……ヴォルヴィルスはそう考えた。


(だが、剣の効果は何だ……?無闇に発動させて問題無いのか?)


 通常、魔導具や神具は事前に使用方法を学ぶ。説明の無い場合でも道具自体に刻まれた魔法式からある程度は推測が可能であり、また神具の多くは持ち主の脳に直接使用方法が浮かぶ。

 だが、甲竜鏡心剣にはそれが無い。確かめるには魔力を込め感覚を頼りに発動する他無いのだ。


(どの道、持久戦では間違いなく負ける。分からないならば試すしかない……)


 剣を振るいつつ意識を剣へと向ける。その意志を甲竜鏡心剣が読み取り効果が発動……。


『貴様ァァァッ!』


 オウガは叫びを上げ光に包まれる。そして起こったのはオウガの外装の分離……。


 対オウガ専用の効果──ではない。外装の分離は飽くまで機能の一つ。ヴォルヴィルスはそれを偶然発動させたに過ぎない。

 その本当の効果は武装。オウガの外装の一部はヴォルヴィルスの身体へと装着される。


「……。こ、これは……」


 螺鈿の輝きある白き全身鎧──そう……それこそが『ラヴェリントの勇者』の正しき姿……。オウガは勇者の従者にして鎧……その為に命を与えられた宝具なのである。


 同時に……ライはある事実に気付いた。


(オウガは只の遺産じゃなかった……ってことか)


 覇竜王は天界の知識への干渉を許されている。つまり、エルドナがそれを生み出す元となった技術にも触れていたのだ。


(竜鱗装甲の原型……か。寧ろ今のアトラに近い)


 覇竜王モルゼウスは子孫の為にどれ程心を砕いたのだろうとライは思う。その短き寿命の中で後に繋がる力を遺そうとした偉大な存在……祖先とは皆こうなのだろうかと感動さえ覚える程だ。

 ヴォルヴィルスもその気持ちは同様だった。剣と鎧……戦う力と守る力……。子孫を守る為に我が身を削り遺した竜鱗の至宝。


 そしてこの瞬間にヴォルヴィルスは理解した。試練は……初めから仕組まれていたのだ、と。


「………。そういうことか……オウガ」

『…………』

「理解したよ。これは俺が竜人として目醒め、そして力を制御するまでの鍛錬だったんだな」


 ヴォルヴィルスの言葉を受けたオウガは……その場に伏せ恭順の意を示した。


 それは、永き時を経てラヴェリントの勇者が再誕した瞬間でもあった──。





 

 


 


 

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