第七部 第七章 第二十二話 アルミラ


 試練を終えたヴォルヴィルスは手にした剣を鞘に納める。すると武装解除された鎧は再びオウガの外装へと戻った。


 ヴォルヴィルスは改めて己の手を見つめている。多くの想いを受け継いだその胸中はやはり複雑な様だ。


「ヴォルさん」

「ライ……。……。お前は何時から気付いていた?」


 ヴォルヴィルスは途中からライが念話で語り掛けなかった理由を『試練の意味を理解していたから』だと考えていた。確かにライも気付いてはいた。だが、ヴォルヴィルスはどの時点からか気になったのだろう。


「そうですね……。ヴォルさんとオウガが話し始めた辺りかな……」

「そんなに早くか……」

「いや……だっておかしいでしょ?最初に流暢に『継承者の判定』って語ってて急にカタコトになるって」

「…………」


 言われてみればその通りだとヴォルヴィルスは目頭を押さえている……。


「つ、つまりアレか……。オウガはわざとそれっぽい演技してた訳か……」

「多分ですけどね〜。それに、剣の魔石も理由ですね」

「魔石……?」

「ええ。その剣の魔石とオウガの心臓に当たる魔石、同じ物ですよ。つまり、それがロタの手帳にあった『共鳴した魔石』なんでしょう。だから剣を手に入れた時点でオウガはヴォルさんと契約したことになるのかなって」

「………教えてくれよ」

「いやいや、それじゃオウガの折角の演技が無駄になるじゃないですか……。実際、追い込まれて色々と力にも目覚めたでしょう?その方が都合が良いかと放置したんですよ」

「…………」


 盛大に溜息を吐くヴォルヴィルス。確かにオウガの立ち回りが無ければただ竜人化した力に今も翻弄されていたかもしれない。

 少なくとも思い切り力を使ったことで肉体の制御はかなり慣れてきた。お陰で日常生活に差し障りは無いと思われる。


「それにしても……まさか存在特性まで目覚めるとは思わなかったですよ」

「……?何の話だ?」

「あ〜……気付いてなかったんですね。無重力になった時、オウガの魔法を取り込んで自分で使ったでしょ。アレ、魔法じゃなかったので存在特性で間違いないと思います」

「存在特性……俺が?」

「どんなものかまでは分かりませんでしたけどね……それも追い込まれたから出たんですよ。それにしても、一日で二人も存在特性に目覚めるなんて……どうなってるんだろ?」

「二人……?何の話だ?」

「ここに来る前にちょっとありまして……まぁそれは良いんですよ。それより……」


 ライに釣られて視線を移したヴォルヴィルスは恭順を示し伏せたままのオウガの姿を捉える。


「オウガ……ちゃんと会話できるのか?」

『はい、ヴォルヴィルス様』

「そうか……。平伏はしなくて良いから聞きたいことがあるんだが……」

『試練について、ですね?』

「ああ。頼む」

『わかりました。では……』


 促されたオウガはその体を起こし己の役割と試練について語り始める。


『先ず、第一の試練は竜人化に耐え得る肉体の確認。第二試練は竜人化そのものの苦痛に負けぬ精神の確認です。その時点で私の役割は二つ……竜人化した際に精神異常が起こった場合は排除を担い、耐え抜いた際はその者を主として補助することです』

「異常となった者の排除……それって【魔人転生】で暴走したら魔王になるのと同じだからか?」

『【魔人転生】……というものがどのようなものか分かりませんが、ミラの推測では竜人化を急激に行うと苦痛で精神構造が変化する恐れもあるとのこと。前例は無く飽くまで可能性の話ではありますが、そんな者を放置する訳にはいかないので排除……という方針になっていました』

「………」


 【魔神転生】は魔王となる為にアムドが編み出した禁術……一部の実験体以外への使用は行われておらず情報もレフ族に伝わるのみ。ほぼ同時期に開発され逃亡したオウガは当然情報を持ち得ていない。


 そして竜人化は本来、竜の血脈で突出した才あるもののみに起こる。その稀有な因子を強制的に覚醒めさせる第二試練はやはり【魔人転生】と同じで危険なものだった様だ。

 但し、竜人の魔力臓器は心臓……そして異常が出るのは肉体変化を処理しきれない脳側ということになる。


 オウガの役割は暴走した継承者の排除も兼ねていたものの、これまで第一試練を乗り越えた者が存在していないのでやはり前例は無いらしい。


「……俺が暴走したら排除されていた訳か」

「いや……念の為の保険でしょう。そうならない為の第一試練だった訳ですから」

「う〜む……それでも複雑な気分だな……」

「まぁ、暴走した時は無理矢理取り押さえて異常を治すつもりでしたけどね。フェルミナも居ますし」

「…………」


 そう考えればライの同行はヴォルヴィルスにとっての幸運……どのみち竜人化は果たされたと考えて良い。


『ヴォルヴィルス様が竜の血を無事覚醒させたので、オウガの使命は力の調整役へと移行。但し、指導にはやはり時間を要します。しかし、ヴォルヴィルス様は第一試練の直後に続けて試練へ挑んだ……。つまりは早急な力の獲得を望んだと判断しました』

「だからあんな演技してまで……」

『はい。そしてオウガにはもう一つ役割がありました。それが遺産の使用方法の伝達です』

「それは剣と鎧……それとオウガ自身のことだな?」

『はい。最重要は剣によるオウガとの同期……それを果たされた時点でオウガの役割は“指導”から“従属”へと変化しました』

「成る程……手順を飛ばしてしまったから戦いが終わったんだな」


 オウガ自身は予め決められていた選択肢内から行動を選んでいたに過ぎないのだろう。最終工程である“オウガの従属”を示す全身鎧の装着により試練は終了と相成った。

 従属が果たされれば直接オウガから説明を受ければ良いのである。とはいえ、色々と面倒なことだとヴォルヴィルスは再び溜息を吐いた。


「それで……これからどうしたら良い?」

『先ずは予定通りヴォルヴィルス様へ神具の説明を……』

「いや……それは後で良い。俺が言いたいのはお前はどうなるのかだ」

『このままおそばで従う……では問題が?』

「いや……。……。なぁ、ライ?」

「はい……?」

「出来れば試練を果たしたことは内密にした方が良いと思うんだが……」


 ヴォルヴィルスの試練達成を知られれば益々ラヴェリントから離れづらいことになると考えている。如何せん第一試練を果たしたばかりで民達の感情が高まっているのだ。時期的にもあまり宜しくはない。


「俺としては試練に失敗したことにして国を離れるつもりだったんだよ。騙すようで悪いとは思うがな」

「それで良いんじゃないですか?」

「いや……そうもいかないだろ。オウガが付き従っていたら“失敗しました”は嘘だとバレる」

「それは……そうですね」


 王家の身としてはこのまま“ハイ、サヨウナラ”と姿を消す訳にはいかないのだ。皆に別れを告げるにしてもオウガの姿を隠しておかねばならない。その為にオウガの行動を制限するのもまたヴォルヴィルスとしては気が引けるらしい。


「で……オウガを聖獣や霊獣に偽装して欲しい訳ですか?」

「できるか?」

「可能と言えば可能ですが……」


 ライはオウガの姿を注意深く観察した。すると、オウガはライの傍に近付いてきた。


「ん……?」

『……あなたからは強い竜の気配が複数します』

「………」

『そして、オウガに近い気配も感じます。恐らくはその胸の装飾品……見せて頂けませんか?』

「驚いたな……。アトラの気配を感じたのか……」


 ライはペンダントへと変化している竜鱗装甲アトラを首から外す。そしてオウガの前に掲げた。


『…………』


 するとオウガは目の前にあるアトラを……パクリと食べた。


「うおぉぉぉぉぉい!ちょっとぉっ!何やってんの!」

「オ、オウガ!ダメだ!食べるな!吐き出せ!」


 ライはオウガの口に手をかけ開こうとするも固くて開かない。ライの怪力を以てしても微動だにしないオウガ……流石にアトラを失う訳にはいかないライは本気で破壊を考えた。


 その時──オウガが眩い光を放つ。


「くっ!な、何だ!?」


 光が収まるとオウガはようやく口を開きアトラをライへ返却した。


「ア、アトラ……な、何とか無事だな。おい!アトラは俺の相棒なんだぞ!もう二度とこんな真似するなよ?」

『失礼しました。取り込もうとした訳ではなく助力を得ようと考えたのです』

「助力……?」

『はい。その【竜鱗装甲アトラ】から許可を得て多くの機能を転写しました。結果、ヴォルヴィルス様の要望に応えることが可能となりました』


 今度は仄かに輝くオウガが光へと変化……眼前には魔法陣が出現し光はその中へと吸い込まれる。そして代わりに魔法陣から現れたのは十歳程の少女……。


「んなっ!?」


 良く見ればそれは少女を模した魔導人形……。要は初期のマリアンヌに近い存在である。

 オーバーサイズ気味の白いローブに身を包んだ少女型魔導人形は一見して本当の人間と見分けが付かない。


 ヴォルヴィルスは……いや、ライでさえも先程から色々と思考が付いていけない事態である。


「……お、お前……オウガ……か?」

「そうですよ〜、ヴォルヴィルス様〜」

「マ、マジか………」


 やや舌足らずで間延びした喋り方とニコニコとした表情……。額には小さな雫型の石が付いた少女は、白いツインテールの髪を赤いリボンで飾っている。白いローブに施された金の刺繍は良く見ればオウガの装甲の装飾と同じものだ。


「ダメだ……状況に付いていけない。ライ、後は任せた」

「え〜……。ま、まぁ何となく想像は付くんですけどね。オウガは多分、俺のアトラの機能を元に“竜の神秘”を獲得した……違うか?」

「はい〜。大体合ってます〜」


 ロウド世界の竜は一つの魂に二つの身体を持つ。一つは人型、そしてもう一つは竜……。但し、【海王リル】の様に同時に二つを使用することはできない。竜は用途ごとで二つの身体の片側へ魂を移し使い分けるのだ。

 その際、使用しない方の身体は自らの内に空間収納している。それが竜の神秘……。


 生物としてかなり特殊なその機構は、竜鱗を元に作製された竜鱗装甲アトラも進化にて獲得している。鎧とペンダントの二形態は常にライと共に在る為に得た機能なのだ。


 オウガはアトラからその機能を自らに転写……これはオウガを造り出した技術が竜鱗装甲の元となっているからこそ可能な所業だった。


「オウガはヴォルさんと一緒に居ても違和感がない姿になる為にアトラの機能を取り込んだ……それはまぁ分かる」

「はい〜」

「でも……何でアトラみたいにペンダントじゃなく女の子の姿なんだ?」

「この姿はミラの小さい時の姿です〜。オウガ、折角変わるならこの姿で一度自由に動きたかったんです〜」

「そっちは単なる願望だった訳ね……」


 ロタと同期していたオウガは存在の形と役割を変え確かな自我も獲得した。その際、幼い頃から見ていたミラに憧れを抱いていたのだろう。魔導生命もまた命……願望を持っていても不思議ではない。


「だそうですよ、ヴォルさん?」

「な、成る程……」

「でも、これでオウガが一緒に居ても違和感は……ありますね」

「ああ。ありまくりだな……」


 この言葉にオウガはやや不満げだ。


「何故です〜?オウガ、人と変わらないですよ〜?」

「いや……。俺が子供連れてたら逆に違和感が……って言っても人の感性なんてわからないか……」

「ま、まぁまぁ。遠い親戚の子を預かってるとでも言えば良いんじゃないですか?あの姿のまま連れて歩くよりは違和感少ないし」

「確かにそうだが……」

「と、とにかく試練を果たして力も手に入れた……。いやぁ……良かった良かった」

「……。お前、さては面白がってるな?」

「そんなことより!女の子の姿で【オウガ】は変ですよね。ヴォルさん、名前変えましょう!」

「………。ハァ〜……仕方無いか」


 しばらくの協議の末、オウガが人型の際の名はミラから名前を貰い【アルミラ】に決まった……。

 





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